添い寝屋浅葱

加藤伊織

文字の大きさ
上 下
8 / 35
玲一編

二度目の「お昼寝屋」

しおりを挟む

 ノー残業デーが水曜日であることを、玲一は心底ありがたく思った。週の半分を乗り切ったという達成感と、残るは二日だけという少し得をした感じがあるからだ。水曜日である趣旨もそういったところなのだろう。
 その半分を越えたところにある自分への褒美がお昼寝屋で、ゲームで言うところの回復ポイントだな、などと思ったりもしている。

「いらっしゃいませ」

 先週よりも1時間早く着いた店内では、また浅葱がフロントで出迎えてくれた。
 一度会っただけだが、彼には玲一の事情を話している。知った顔がそこにあるというだけで、かなり安心するものだ。

「こんにちは。今日は3時間コースをお願いできるかな。添い寝付きで」

 真新しい会員証をトレイの上に出しながら尋ねる。それを受け取って浅葱はかしこまりました、と答えた。

「コートをお預かりします」

 玲一のコートを受け取った浅葱は、クローゼットにそれを掛ける前に軽くブラッシングしてくれた。自然にそういうことをしてくれる辺りが、この店の質の良さを表している。

「枕はどれをお使いになられますか?」
「先週買わせてもらった馬毛の枕、家で使っていても凄く良くて感動してる。でもせっかくだから今日は別のもので……そば殻の、セパレートになってるのをお願いするよ」
「はい。それではそば殻のセパレートをご用意いたします。――フロントお願いします」

 レジ横のベルを浅葱が鳴らすと、奥から女性スタッフらしき声で応答があった。そのスタッフがフロントに入ったのと入れ替わりで、館内着とそば殻の枕をふたつ入れた籠を持った浅葱が玲一を部屋へと案内した。

「この枕は頭の部分を低く、首に当てる部分をそこよりも少し高めになるようにそば殻を入れております。高さをご確認ください」

 着替えを済ませてから浅葱の説明を受けて、言われるままに玲一は横になって枕の上に頭を乗せた。若干、首の部分の支えが物足りないのでそれを正直に告げる。

「高さはよろしいでしょうか?」
「少し低い、かな」
「首の部分に少し足しましょう」

 浅葱は枕を玲一から受け取って首に当たる部分のファスナーを開けると、籠に一緒に入っていた予備のそば殻を詰め始めた。枕を立てて、散らばらないように差し込んだ漏斗のなかにそば殻を入れるとさらさらという心地のいい音がする。
 繊細に動くその手元を興味深く見ながら、そば殻の枕など古臭いと思っていたが合理的なのだなと玲一は認識を改めていた。中身を足したり抜いたりできるという所はパイプやビーズと同じだし、ビーズのように細かすぎるわけでもなく、通気性もいい。馬毛の枕に満足しているので今は枕を増やしたいとは思わないが、布団のように夏と冬で変えてもいいかもしれないとも思い始めた。

「そういえば、ここのアロマのオリジナルブレンドに入っていたのは何だっけ? この前聞いたのを忘れてしまって。差し支えない範囲でもう一度教えてもらえると嬉しいな」
「ラベンダーとマージョラムをベースに、柑橘系がいくつかとベンゾインです。何をどのくらいというところまではお教えできませんが……後でメモをお渡ししましょうか」
「それは助かるよ、ありがとう。やっぱりラベンダーかぁ。アロマテラピーの本を読んでそんな気はしたんだけど。後で知ったけど、ラベンダーって有名なんだね」
「最初に一種類だけ手元に置くものを選ぶならラベンダーだと、私も店長から教わりました。――準備ができましたので、どうぞごゆっくりお休みください」

 少しだけ高さを増したそば殻の枕にカバーを掛け終えて、浅葱は布団をめくって玲一に促した。彼ともう少し話していたかったけれども、ここは眠るための場所であり、浅葱もお喋りの相手が仕事なのではない。心の片隅に残念に思う気持ちが引っかかりつつも、玲一は布団に入った。
 やはり、何とも言えない心地よさだ。湿気がまるでないし、家のベッドではどう頑張っても味わえない特別感がある。適温の風呂に浸かったときのようなため息が思わず零れた。

「失礼します」

 無駄に布団をめくることはなく、隣に浅葱が入ってきた。前回と同じく玲一と肌が触れ合わない程度の近さに落ち着くと、ゆっくりとした深い呼吸がすぐに始まる。
 首を傾けて、玲一は浅葱の寝顔を眺めた。
 変に力んだところのない、落ち着いた寝顔だった。薄暗い中でも通った鼻梁や長くてはっきりとした睫毛がよく見える近さだ。
 白い枕カバーの上には濃茶の髪が散っているが、鬱陶しさは感じない。彼にはむしろ清潔感がある。きっとこの店のスタッフとしては、清潔感は大事な要素なのだろうなと玲一は思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

変態村♂〜俺、やられます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。 そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。 暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。 必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。 その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。 果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?

女装趣味がバレてイケメン優等生のオモチャになりました

都茉莉
BL
仁科幸成15歳、趣味−−女装。 うっかり女装バレし、クラスメイト・宮下秀次に脅されて、オモチャと称され振り回される日々が始まった。

可愛い男の子が実はタチだった件について。

桜子あんこ
BL
イケメンで女にモテる男、裕也(ゆうや)と可愛くて男にモテる、凛(りん)が付き合い始め、裕也は自分が抱く側かと思っていた。 可愛いS攻め×快楽に弱い男前受け

俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ

雨宮里玖
BL
《あらすじ》放課後、三倉は浅宮に呼び出された。浅宮は三倉の親友・有栖のことを訊ねてくる。三倉はまたこのパターンかとすぐに合点がいく。きっと浅宮も有栖のことが好きで、三倉から有栖の情報を聞き出そうとしているんだなと思い、浅宮の恋を応援すべく協力を申し出る。 浅宮は三倉に「協力して欲しい。だからデートの練習に付き合ってくれ」と言い——。 攻め:浅宮(16) 高校二年生。ビジュアル最強男。 どんな口実でもいいから三倉と一緒にいたいと思っている。 受け:三倉(16) 高校二年生。平凡。 自分じゃなくて俺の親友のことが好きなんだと勘違いしている。

手作りが食べられない男の子の話

こじらせた処女
BL
昔料理に媚薬を仕込まれ犯された経験から、コンビニ弁当などの封のしてあるご飯しか食べられなくなった高校生の話

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

平凡腐男子なのに美形幼馴染に告白された

うた
BL
平凡受けが地雷な平凡腐男子が美形幼馴染に告白され、地雷と解釈違いに苦悩する話。 ※作中で平凡受けが地雷だと散々書いていますが、作者本人は美形×平凡をこよなく愛しています。ご安心ください。 ※pixivにも投稿しています

友達が僕の股間を枕にしてくるので困る

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
僕の股間枕、キンタマクラ。なんか人をダメにする枕で気持ちいいらしい。

処理中です...