添い寝屋浅葱

加藤伊織

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玲一編

ファーストインプレッション

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 目を閉じていると、すぐに隣から規則正しい寝息が聞こえてきた。ゆっくりと深い呼吸は何故か玲一の呼吸とシンクロしていて、それを聞いているうちに思わず欠伸をもらしていた。
 耳を澄ませて聞こえるのは、浅葱の静かな寝息だ。それと自分の心臓の立てるコトコトという音。
 店内に流れている波の音と浅葱の呼吸を聞いているうちに、いつしか玲一は深い眠りについていた。

 低い音で緩やかなメロディが流れる。けたたましいアラームとは対照的な音だったが、玲一はそれだけで目覚めることができた。
 頭がかなりすっきりしていて、眠れたことと、あっさりと起きられたことに驚く。

「お休みになれましたか」

 隣で眠っていたはずの浅葱はタイマーを静かな動作で止めると、玲一の顔を覗き込んで尋ねた。

「よく眠れた気がします。驚いたなぁ……」

 部屋に漂う香りは最初よりもいくらか甘い。枕、布団、アロマ、そして添い寝。何がいちばん効いたのかはわからなかったが、眠る前とは体と頭の軽さがまるで違った。

「最近、本当にずっと寝付きが悪くて悩んでたんだ。でも、凄くよく眠った気がする。1時間半しか経ってないんだよね?」
「人間の眠りはおおよそ90分毎のサイクルがあるので、当店では自然に目覚められるように90分とその倍の3時間のコースをご用意しているんです。眠りが深いタイミングで無理に起きようとすると目覚めが悪くなります。ただ、個人差があって正確には80分の人もいれば100分の人もいるので、その人に合った眠りの浅いタイミングで目を覚ますことができるのが最適だそうです。睡眠管理のアプリで眠りが浅いタイミングで起こしてくれるものもありますから、そういったものを利用されるのも寝起きをよくするには効果があると思います」
「へえ、凄く勉強になる……このアロマ? 香りもやっぱり効果があったのかなあ。僕も家で使ってみようかな。どこに行ったら買えるんだろう」
「これと同じ物でしたらフロントで販売しています」
「なるほど、ここで使った物は一通りここで買えるんだ。凄く助かるなあ。――いろいろ教えてくれてありがとう。こんなにふかふかの布団で寝たのも初めてだったし、初対面の人と寝るのって緊張するなあとか思ってたのに、君があっさり先に寝ちゃったから安心して眠れたよ」
「すみません」

 玲一が笑顔を浮かべると、浅葱も顔を伏せ気味にして微かに笑った。

「それでは、お着替えなどのご準備が終わりましたらフロントにお越しください」

 一礼をして浅葱が部屋から出て行く。着替えをしながら玲一は何度も布団の手触りを確かめた。
 これは、きっと癖になってしまう。他では得られない体験だった。
 一目見たときにやんちゃをしているのかと思った浅葱は、この短い時間の間に真面目で礼儀正しい青年だとすっかり印象が変わっていた。


 馬毛の枕は多少値が張ったが、どうしても気に入ったので買うことにした。それにお昼寝屋特製ブレンド付きのアロマランプも一緒に買って、白い大きな紙袋に全てを入れて貰う。

「ありがとう、また来ます」
「ありがとうございました。お待ちしております」

 社交辞令ではなくて心の底から礼を言うと、浅葱はフロントから出てドアの外まで玲一を送って深く頭を下げた。払った金額は安いものではなかったが、玲一にとっての価値は計り知れない。ここは良い店だ、また来ようと既に心に決めていた。

 帰宅すると部屋の空気の冷たさが物寂しい。時間が遅くなってしまったので夕食は軽い物で済ませ、風呂に湯を溜めている間に真新しい枕に一緒に買ってきたカバーを掛け、ベッドに置く。ベッドはあの店の布団のようには柔らかくはないが、毎日寝るには少し固めの方がいいのではないかとチラリと思った。
 あの店は「お昼寝屋」で、毎日あんな贅沢に埋もれていたら腰が痛くなりそうだ。

 いざ寝ようとアロマランプをセットしてお昼寝屋の香りを垂らすと、玲一の部屋にも心地よい香りが広がっていく。ベッドサイドの明かりはこれで十分かと照明を消して布団に入り、それまで浮かれ気味だった気持ちが急にしぼむのを玲一は感じてしまった。
 ベッドの中は冷たく、それまでは気にならなかったが、お昼寝屋の布団に比べて湿っている気がした。
 枕と香りだけが一緒でも駄目なのだ。がっかりしながら再度照明を付けて、失望の衝動で布団乾燥機をネットショップで注文した。これでいくらかはましになるはずだ。

 乾いた心地の良い布団もだが、微かに感じていた浅葱の温かさが無性に恋しくなった。
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