添い寝屋浅葱

加藤伊織

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玲一編

そこは眠りの専門店

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 飾り気のないタンブラーにウォーターサーバから水を注ぎ、丁寧に盆に乗せて運んでから青年は玲一の傍らにそれを置いた。暖房の少しきつかった眼鏡店と乾燥した外のせいで、玲一はありがたくそれに手を伸ばす。一口含んでかなりの軟水であることがわかる水は、冷たいがするすると体に染み込むように喉を流れていった。

「お替わりはいかがですか」
「いただきます。ありがとう」

 すぐに玲一のコップが空になったことに気付いて、青年がもう一度水を満たしてくれる。喉の渇きが治まると人心地付いて、水のまろやかさを味わう余裕がやっと出てきた。
 水を飲み終わるタイミングで、玲一の前にメニュー表が差し出された。

「当店はお昼寝屋という名前の通り、個室でご休憩いただけるようになっております。使用しております布団は高級旅館などでも使われているもので、枕もこの種類が全てお試しいただけますので、お客様の好みに合ったものをお選びいただけます。
 時間は90分と180分のコースからお選びいただき、リラックスしてお休みいただくための館内着やタオルも無料で貸し出しをしております。なお、入浴設備などはありません。
 イメージとしては、3時間の休憩をするためにネットカフェなどで仮眠を取られたりされた方はわかりやすいかと思いますが、ただのリラックススペースではなく眠ることに特化した感じですね」
「へえ……確かにネットカフェのリクライニングシートよりは布団の方がよく休めそうだ」
「はい。夜行バスなどで移動されるお客様がリピーターとしてお立ち寄りになるケースもあります」

 青年の説明を聞きながら玲一はメニュー表に目を落とした。180分コースで4000円という価格は、ネットカフェに比べれば格段に高い。しかし、リクライニングシートではなくて高級旅館で使用されている布団というところが魅力的だ。枕も実際に試したものを買うことができると思えば、失敗がないだろう。

「やっぱり、布団で睡眠は変わりますか?」

 何気なく聞いたつもりだったが、青年の表情がきゅっと引き締まった。彼は膝の上にカルテを挟んだバインダーを置き、じっと玲一を静かな目で見つめてくる。

「布団を変えてすぐ睡眠の質が変わると言うほどではありませんが、特に敷布団で疲れの取れ方は変わっていきます。快適さを左右するのは掛布団ですが、寝心地を決めるのは敷布団と枕というのが当店のこだわりです」

 自分が求めていたのはまさにこの店ではないだろうか。青年の言葉に何度も頷きつつ、たまたま看板に目を止めた自分を褒めてやりたいと玲一は思った。

「今空きがあれば利用したいんですが」

 身を乗り出すようにして告げると、青年は振り返って時計を確認し、玲一にボールペンを添えたカルテを向けた。
「今からですと閉店時間の関係で90分コースしかご案内できませんが、それでもよろしいですか?」
「はい、それでお願いします」
「それでは会員証をお作りしますので、こちらの太枠内にご記入をお願いいたします」

 言われるがままに玲一はボールペンを走らせた。住所氏名と電話番号、そして個人情報保護に関する文言に目を通してチェックを入れると、ありがとうございますと青年がそれを受け取る。

「初めてのご利用ですので、事前にヒアリングをさせていただきます。
 現在睡眠でお悩みになっていることはございますか?」

 青年は変わらず玲一の目を真っ直ぐに見つめていた。
 この目には見通されている。そんな確信が玲一の中に生まれてしまうほどだ。
 どこまで話すべきなのか。どこまで話していいのだろうか。問題の全てをここで解決できるとは元より思っていない。けれど、彼の淀みない説明を聞いていると、少なくとも問題の根本は置いておいても睡眠に関する悩みになら専門的な立場から乗ってもらえそうだった。

 少し逡巡したが、玲一は長い指を組んで一度目を閉じると、思い切って言葉を切り出した。

「……もしかしたら睡眠障害と言うべきものかもしれない。酷く寝付きが悪くて、やっと眠れたと思ったらもう朝なんです。眠れたと思ってもすぐ目が覚めることもある。疲れも抜けなくて、目を閉じると不安感に襲われたり、よく眠りたいと思うのに眠ることができない。
 友人に枕を変えてみたらどうだとアドバイスされて、まずそこからしてみようかと思って偶然見かけたこのお店に入ったんですが」

 せわしなく指を組み替えながら、真っ直ぐ見つめられる目の強さに耐えられずに玲一はそわそわと視線をさまよわせた。
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