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思い出のナポリタンの味は

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「ハルくんがいつも僕を励まして、たくさん勇気をくれたおかげだよ。あ、そうだ、牛肉送ってくれるってさ。すき焼き用にスライスした奴。ふたり分じゃなくてクレインマジックのみんなで食べられる分。いやー、大盤振る舞いだよね。こっちも何かお礼返さないといけないなって思っちゃうよ」
「だったら、もう本名で仕事をすればいいんじゃないか? 自分は梅崎夏生だって、胸を張ってるのを見せたら親父さんも喜んでくれると思う」

 悠の言葉に夏生ははっと息を呑んでいた。しばらく考え込んでいたが、やがて夏生は目に決意の色を宿して頷いた。

「そうするよ。僕は梅崎夏生として生まれて育ってきたから。原点に帰るためにもどこかで切り替えはきっと必要だったんだろうね。――そうだ、ハルくんに食べてもらいたいものがあるんだ。夕飯まだだよね? ちょっと待っててくれるかな」

 夏生はキッチンへ向かい、冷蔵庫の中身を確認した。きちんと中身が減っているのを見て「ちゃんと作って食べてたんだね。偉い」と悠を褒める。

 夏生は寸胴鍋に湯を沸かしている間に、ニンジン、ピーマン、タマネギを千切りにして、ウインナーを斜めに切る。そして湧いた湯でパスタを固めに茹で上げながら、フライパンにたっぷりのバターと少しのおろしニンニクを入れ、熱し始める。

 ワークトップには他にも夏生が普段使っている定番のケチャップが並んでいる。それを見て、悠は「子供の頃に父が作ってくれたナポリタンが再現できない」と夏生が嘆いていたのを思い出した。

 ニンニクの食欲をそそる香りが、バターの香りと一緒に漂ってくる。そこで夏生は先に野菜とウインナーを炒め、ケチャップを入れ、更に砂糖を入れた。茹で上がったパスタをそこに入れて、強火で水分を飛ばすように炒めて仕上げる。

「はい、食べてみて」

 見た目的には普段のナポリタンと何も変わらない。渡されたフォークを持って、悠はじっくりとナポリタンを観察した。
 敢えて言うなら、酸っぱい香りがしない。そして、バターの香りが強く出ている。

「いただきます」

 悠はいつものようにたっぷりとフォークにナポリタンを巻くと、口いっぱいに頬張った。
 口に入れた瞬間からそれは「今までのナポリタン」と違うことがわかった。噛みしめる毎に、甘みと酸味の絶妙な塩梅と、コクが口に広がる。

「なんだこれ、今までのと全然違う。普通に作ってるようにしか見えなかったのに。凄くうまい」

 またがっつりとフォークに巻いて頬張る。やはり、全然違う。いつもと同じトマトケチャップを使っていたのに、味にケチャップ独特のとがりがなく、とても優しい味だった。

「夏生が子供の頃に食べた、親父さんの作ってくれた再現できなかったナポリタン……これがそうなのか」

 いつの間にかキッチンを片付けて、夏生はハムスターのように頬を膨らませながら食べる悠の様子をニコニコと見ていた。

「美味しいだろう? ほんのちょっとの違い……というには結構大きかったかな。手順は完全に間違ってなかったんだけど、バターと砂糖の使い方が凄く大胆だったんだよ。
 何か食べたいものはあるかって聞かれたから、『お父さんが作るナポリタンが食べたい』と言ったら凄く喜んでてね。作り方も教わってきたんだ。
 バターはケチらずに多過ぎなくらいにたっぷりと使えっていうことと、入れすぎかって引くほど砂糖を入れろっていうこと。あと、水分が飛んで焦げる寸前くらいまで炒めること。これがコツだった。
 確かに、『バターをケチるな』って美味しさの基本的な要素なんだけど、主婦の作る家計を考えた料理じゃなくて、たまに作る男の手料理の発想なんだよね。僕も常識的に使うくらいの量しか使ってなかったし」

 ケチャップの酸味は、砂糖を多く入れることとよく炒めることで飛んでいるのだろう。アルデンテより更に早めに湯から上げたパスタを炒めることで、独特のもちもちとした歯応えと香ばしさが増している。
 悠の知っているものの中では、屋台の鉄板で焼き上げた焼きそばがイメージ的に近い。ただ、それよりも味的にはとても複雑だ。

「うまい……。飲み込むのがもったいない」

 一口食べると皿の上にある残りが減る。それが悲しくなるほど美味しかった。

「いや、ちゃんと飲み込んでね!? これからはいつでも作れるし」

 嬉しいを通り越して悲しそうな顔になっている悠を見かねて、慌てたように夏生が言った。
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