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案外知らないオリーブオイルの話
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「手順も簡単だし、そのままホットケーキにするより断然日持ちもする。軽食にちょうどいいから、会社に持っていっておやつにしたりするのもいいよ」
今度はカメラに向かって夏生が提案する。日持ちがするものになるという提案は、料理ライト層には魅力的だろう。ホットケーキをたくさん焼いても、冷凍しなければ日持ちがしないのだから。
「材料は……はい、みんなの友達、ホットケーキミックス。それと、牛乳。あとは、油。このみっつだけ。油脂はバターを使うのが一番美味しいけど、下準備が必要だったりするから、まずは簡単に作れる方法をマスターしようか。油はサラダ油でもオリーブオイルでも構わないよ。ハルくん、持ってきてもらえるかな」
「わかった。オリーブオイルだな」
悠は一度画面に映る範囲から消え、シンク下から濃い緑色の液体を取り出した。
「あっ……そうか、うーん、ごめん。これじゃなくて、黄色いピュアの方を持ってきてもらえるかな?」
「これじゃ駄目なのか?」
「これはエキストラヴァージン・オリーブオイル。オリーブオイルっていうのは、オリーブの果汁から取れる油なんだ」
「果汁!?」
「果汁!?」
悠の言葉と、撮影を見守っていた理彩の驚いた様子の言葉が重なった。バコンという音がそれに続く。
悠の位置から見えたのは、ファイルで高見沢が理彩の顔を横殴りにしたところだ。音は大きかったが、それほど手の動きが速くはなかったから大して痛くはないだろう。
「分類は本当はかなり細かいんだけど、日本では、ヴァージンとピュアとポマースという3種類で販売されてるよ。簡単に言うと……そうだなあ、ヴァージンはエクストラヴァージンで有名な一番搾り。果実から自然に絞れる果汁ってところ。フレッシュなオリーブの香りや味が一番でてるオイルだよ。
ピュアはただオリーブオイルとも呼ばれることがあって、ぎゅーっと絞った果汁から取れた油を精製して、エキストラヴァージンを足したもの。エキストラヴァージンよりも安価で、癖の少ない味が特徴。天麩羅なんかもこれで作れるよ。ポマースは絞りかすから溶剤を使って抽出した油。これは食用じゃないから一般的じゃないね」
「夏生、なんでそんなに詳しいんだ?」
しげしげと悠が感心していると、今度はごふっという咳き込んだ音が聞こえた。咳の主の高見沢は全力で理彩から距離を取っている。
「え、一応僕、料理人だし……。オリーブオイルはオレイン酸が多くて酸化しにくくて、実はサラダ油よりも身体にいいんだよ。だから、うちで揚げ物したりするときもピュアオリーブオイルを使ってるんだけど」
「ああ、そういえばそうだったな」
悠の視界の隅で桑鶴が全力で両腕で×印を作って見せていた。同居を匂わせる事柄はアウトと言うことなのだろう。しかし、言ってしまった言葉は戻らない。
悠と夏生は素知らぬ顔で続ける事にした。当たり前の顔をしていれば、案外怪しまれないものなのだ。
「エキストラヴァージンは風味を楽しむのがいいね。使っても構わないんだけど、例えばそういうときには甘さは控えてナッツを刻んで入れたり、刻んだオリーブをトッピングして焼いたりしたら美味しいかもね。とりあえず今日は、こっちのピュアを使うよ。あ、もちろん、みんなはサラダ油でもいいからね。まずは、ボウルにホットケーキミックスを一袋入れます。そこに、油を大さじ2。ざっと入れたら、そこに手を入れて、粉と油を馴染ませるようにさらさらと手のひらで揉むよ。さて、僕はオーブンを加熱しておくから、ハルくんがやってみようか」
「わかった」
夏生がオーブン側にはけ、悠がボウルの前に立つ。
そして、ホットケーキミックスと油の入ったボウルに手を入れ、一瞬困ったような顔をしてから粉をぎゅっと握った。
手のひらで揉む、と言われてもわからない。表情だけで夏生にヘルプサインを送ると、彼は苦笑しながら悠の後ろに回った。
「えーと、粉をね、手で挟んで手のひらで擦り合わせるみたいに……うーん、ちょっとごめんね」
夏生は悠の手を取って、粉を手の上に乗せると手を擦り合わさせた。夏生の手の内側にある悠の手のひらで、油と混じった部分の粉がより細かくなっていく。
「ああ、なるほど、こういうことか」
悠にとってはとてもわかりやすいが、視聴者は「何を見せられているんだ」という気にならないかどうかが気になる。
「はい、じゃあ後はひとりでやってみて」
「わかった」
夏生にレクチャーされたとおり、粉を掬い上げては手のひらで摺り合わせ、ひたすら無心に粉を油と混ぜていく。やがて全体がそぼろ状になり、夏生がオーケーサインを出した。
「うん、油が綺麗に粉に混ざったね。ビスケットは、この粉と油の混ぜ方が重要なんだ。バターを使うと美味しく出来るけど難しいっていうのはここ。液体のオイルと違ってバターは固い分難しいんだ。
これが出来るようになると、後は何も困らないよ。じゃあ、ここに牛乳を50ミリリットル入れて、捏ねます。ここは、生地が固めの方が扱いやすいけど、牛乳多めの方が美味しくなるから、わりとアバウトでも大丈夫」
今度はカメラに向かって夏生が提案する。日持ちがするものになるという提案は、料理ライト層には魅力的だろう。ホットケーキをたくさん焼いても、冷凍しなければ日持ちがしないのだから。
「材料は……はい、みんなの友達、ホットケーキミックス。それと、牛乳。あとは、油。このみっつだけ。油脂はバターを使うのが一番美味しいけど、下準備が必要だったりするから、まずは簡単に作れる方法をマスターしようか。油はサラダ油でもオリーブオイルでも構わないよ。ハルくん、持ってきてもらえるかな」
「わかった。オリーブオイルだな」
悠は一度画面に映る範囲から消え、シンク下から濃い緑色の液体を取り出した。
「あっ……そうか、うーん、ごめん。これじゃなくて、黄色いピュアの方を持ってきてもらえるかな?」
「これじゃ駄目なのか?」
「これはエキストラヴァージン・オリーブオイル。オリーブオイルっていうのは、オリーブの果汁から取れる油なんだ」
「果汁!?」
「果汁!?」
悠の言葉と、撮影を見守っていた理彩の驚いた様子の言葉が重なった。バコンという音がそれに続く。
悠の位置から見えたのは、ファイルで高見沢が理彩の顔を横殴りにしたところだ。音は大きかったが、それほど手の動きが速くはなかったから大して痛くはないだろう。
「分類は本当はかなり細かいんだけど、日本では、ヴァージンとピュアとポマースという3種類で販売されてるよ。簡単に言うと……そうだなあ、ヴァージンはエクストラヴァージンで有名な一番搾り。果実から自然に絞れる果汁ってところ。フレッシュなオリーブの香りや味が一番でてるオイルだよ。
ピュアはただオリーブオイルとも呼ばれることがあって、ぎゅーっと絞った果汁から取れた油を精製して、エキストラヴァージンを足したもの。エキストラヴァージンよりも安価で、癖の少ない味が特徴。天麩羅なんかもこれで作れるよ。ポマースは絞りかすから溶剤を使って抽出した油。これは食用じゃないから一般的じゃないね」
「夏生、なんでそんなに詳しいんだ?」
しげしげと悠が感心していると、今度はごふっという咳き込んだ音が聞こえた。咳の主の高見沢は全力で理彩から距離を取っている。
「え、一応僕、料理人だし……。オリーブオイルはオレイン酸が多くて酸化しにくくて、実はサラダ油よりも身体にいいんだよ。だから、うちで揚げ物したりするときもピュアオリーブオイルを使ってるんだけど」
「ああ、そういえばそうだったな」
悠の視界の隅で桑鶴が全力で両腕で×印を作って見せていた。同居を匂わせる事柄はアウトと言うことなのだろう。しかし、言ってしまった言葉は戻らない。
悠と夏生は素知らぬ顔で続ける事にした。当たり前の顔をしていれば、案外怪しまれないものなのだ。
「エキストラヴァージンは風味を楽しむのがいいね。使っても構わないんだけど、例えばそういうときには甘さは控えてナッツを刻んで入れたり、刻んだオリーブをトッピングして焼いたりしたら美味しいかもね。とりあえず今日は、こっちのピュアを使うよ。あ、もちろん、みんなはサラダ油でもいいからね。まずは、ボウルにホットケーキミックスを一袋入れます。そこに、油を大さじ2。ざっと入れたら、そこに手を入れて、粉と油を馴染ませるようにさらさらと手のひらで揉むよ。さて、僕はオーブンを加熱しておくから、ハルくんがやってみようか」
「わかった」
夏生がオーブン側にはけ、悠がボウルの前に立つ。
そして、ホットケーキミックスと油の入ったボウルに手を入れ、一瞬困ったような顔をしてから粉をぎゅっと握った。
手のひらで揉む、と言われてもわからない。表情だけで夏生にヘルプサインを送ると、彼は苦笑しながら悠の後ろに回った。
「えーと、粉をね、手で挟んで手のひらで擦り合わせるみたいに……うーん、ちょっとごめんね」
夏生は悠の手を取って、粉を手の上に乗せると手を擦り合わさせた。夏生の手の内側にある悠の手のひらで、油と混じった部分の粉がより細かくなっていく。
「ああ、なるほど、こういうことか」
悠にとってはとてもわかりやすいが、視聴者は「何を見せられているんだ」という気にならないかどうかが気になる。
「はい、じゃあ後はひとりでやってみて」
「わかった」
夏生にレクチャーされたとおり、粉を掬い上げては手のひらで摺り合わせ、ひたすら無心に粉を油と混ぜていく。やがて全体がそぼろ状になり、夏生がオーケーサインを出した。
「うん、油が綺麗に粉に混ざったね。ビスケットは、この粉と油の混ぜ方が重要なんだ。バターを使うと美味しく出来るけど難しいっていうのはここ。液体のオイルと違ってバターは固い分難しいんだ。
これが出来るようになると、後は何も困らないよ。じゃあ、ここに牛乳を50ミリリットル入れて、捏ねます。ここは、生地が固めの方が扱いやすいけど、牛乳多めの方が美味しくなるから、わりとアバウトでも大丈夫」
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