上 下
20 / 30

決着を付けに

しおりを挟む
「社長、四本さん、メール転送しますので早めに見てください」

 高見沢の声はいつもと変わらなかった。だが、わざわざ「早めに」と彼女が言うからには緊急性が高い事項のようだ。桑鶴は無言でマウスを握り、試作中で野菜を切っていた夏生は自席へと慌てて戻った。

「……これ、会社宛に来たのかい? このフォーマットからすると問い合わせフォームからだよね」
「そうですよ。もしかして貴方、自分の連絡先を親に教えてないんですか?」
「だってお前とは絶縁だ、勘当だって言われたし……そのあとスマホの契約乗り換えるときについでに番号も変えたから。亮介りようすけくん経由で連絡来るんじゃないかと思ってたんだよ、僕は」
「物騒な話をしてるなあ」

 理彩が眉をひそめて呟く。悠と理彩だけがメールの中身を見ていないが、高見沢と夏生の会話の内容からすると、クレインマジックの問い合わせ用のフォームを使って夏生の親が連絡をしてきたらしい。桑鶴は座ったままでそれを読み終えると、頭の後ろで腕を組んで背もたれに深く寄りかかった。

「どうする? ナツキチ」
「向こうから会って話したいというなら、行くよ。いつかは片をつけなきゃいけない問題だって僕もずっと思ってきたし。CMはきっかけだったけど動画チャンネルも、いつかこの状況になるように――父に届くようにやってきたんだしね。
 今日の仕事はするけど、明日から休みをもらっていいかな。1日で帰ってこられればいいんだけど、徹底的にやり合ってくるつもりだから、正直いつ戻れるかわからない」
「そこまで険悪なんですか、貴方のところ」
「いいぞナツキチ、書類なんぞ後でいくらでも融通してやるから、満足いくまでやり合って、結果を勝ち取ってこい」
「その書類、どうこうするの私なんですけどね……」

 ぼやく高見沢に手を合わせて、夏生は苦笑した。

「ごめん、高見沢さん。うまく行ったらお土産になにかいいもの持ってくるから。速水さん、ちゃんと言ってなくてごめん。僕、主義主張の対立で料亭やってる親から勘当されててさ。クレインマジックでは、僕の理念を発信させてもらってたんだ。僕のポリシーはここまで支持されてるって、いつか父に突きつけるためにね」
「どうしてそこで私の名前だけ……そうか、悠は知ってたのね」
「ああ。同居してるしな。しばらくしてから夏生から聞いた」

 夏生が四本の姓を名乗り続ける以上は彼にとっては伏せておきたい事だと思っていたので、悠は誰にも夏生のプライベートを話す気はなかった。彼が自分にだけ打ち明けてくれたのは信頼の証しだとも思っている。
 疎外感に打ちのめされたのか理彩は額を押さえて呻いた。そこへ高見沢のフォローが入る。

「ちなみに私も今のメールで知った口なので、気にしなくていいんじゃないですか」
「そうか、そうよね――やるからには勝ちなさいよ」
「当然だよ。だって、僕が負けたらここに戻れなくなるからね。さてと、それじゃあ、今日の仕事はきっちり終わらせて行かないとね!」

 ノートPCを閉じて、夏生が立ちあがる。丹念に手を洗ってから作業を開始する夏生に視線を投げると、夏生と目が合った。何か言いたげな様子を察知して、頷いてみせる。仕事が終わったら、部屋に戻ってから話したいのだろう。

 終業後、悠はさりげなく真っ先に退社した。元々デスクもないから片付けも少ない。上の部屋に住むようになってからは更に荷物も減って身軽なのだ。
 リビングで夏生を待っていると、すぐに夏生も帰宅した。夏生がリビングまで来るのを待って、ふたりは黙って拳を合わせた。

「ハルくん……」

  拳を握ってはいるが、夏生は声を震わせていた。彼がクレインマジックの癖の強い面々の中でも際だって繊細な性格なのだと、今では悠もよくわかっている。
 心配するなという気持ちを込めて、悠はもう一度夏生の拳にゴツリと音がするほど拳をぶつけた。

「大丈夫だ。あんたは間違ってない。自信を持って行ってこい」

 気分はリングサイドのセコンドだ。そのまま気合いを入れるように夏生の広い背中を叩いた。

「うん――うん、ありがとう、ハルくん。勝って、ついでにA5ランク和牛1キロぐらいぶんどってくる」
「本当か? それ凄いな。やっぱりステーキか?」
「ステーキもいいけど、すき焼きもいいよね。ふたりだったらどっちも食べられるよ」
「楽しみだ。社長たちには内緒にしておこう」

 顔を見合わせて、ふたりで笑う。それで緊張がほぐれたらしく、夏生が深く息をついた。

「これから、すぐ実家に戻るよ。着替えとかさすがに持っていかないといけないから、ちょっと準備するね」

 自室に戻った夏生は、すぐに小さなボストンバッグを持って戻ってきた。玄関に向かう夏生に付いて、悠もシューズボックスの前まで行く。

「それじゃ、行ってきます」
「ああ。気をつけて。頑張れ」

 頑張れ、と送り出しながら、夏生の背中に添えた手にありったけの応援の気持ちを込める。
 悠の喜ぶ顔が好きだからと、いつも夏生は美味しいものを食べさせてくれる。そんな夏生に対して、せめて一番の理解者として応援したいと悠は願っていた。
 

 1日2日では夏生は戻ってこないのではないかと覚悟はしていたが、3日目の夜もひとりで過ごすとなると、心細さが募ってくる。
 上京してからはひとりが当たり前だったし、実家にいたときだってひとりで過ごすことが多かった。夏生と暮らすようになってからは1ヶ月足らずだったが、世話焼きな彼の存在は悠の自覚以上に膨らんでいたらしい。

 朝食も夕食もひとりで食べて、コーヒーは自分で淹れる。「ハルくんもコーヒー飲む?」と柔らかな声で尋ねてくれる年上の友人は今はいないのだから。
 朝食はパンをかじるばかりだったが、毎日夕食はそれなりに作った。冷蔵庫の中に生鮮食品があったからだ。腐らせるのは辛い。

 夏生のアシスタントをしているうちに身についた技術で、アプリを見ながらではあったが、悠もなんとか食べられる料理を作れるようになっていた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

処理中です...