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もんじゃの美味しい作り方

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「実は私、江戸っ子なのにもんじゃを食べるのも、作るのを見るのも初めてなんですよ」
「……あんたが途中で言いそうな言葉に気づいてしまった。食べるときまで喋らないでよ」

 ジョッキを傾けながら苦い顔をする理彩に、高見沢はムッとした顔を向けた。

「貴女にそんなことを言われる筋合いはありません」
「いや、待て。俺もなんとなくわかってしまった。確かに……言いそうだな」

 剣持までが理彩と視線を交わし合って頷いている。

「あー、そういうことだ。雛子、最初だけでいいから黙っててくれないか」

 桑鶴にまで念を押され、高見沢は腑に落ちないという表情のまま口をつぐんだ。その間に鉄板でしんなりとした具材を使って、夏生はもんじゃ独特の丸い土手を作り上げている。

「ハルく……速水くんは、もんじゃ経験は?」

 土手の中にかなり水分の多い生地を流し込みながら、夏生が尋ねてくる。ある、と短く答えた後で、悠は逆に夏生に問いかけた。

「四本さんは俺がいないところでは、俺のことをハルくんって呼んでるんじゃないのか?」
「……うっ」
「ばれたね、四本さん」
「とうとうばれましたね。まあ、今更ですが。だいたい、速水がふたりでややこしいですしね」
「あああっ、どうしよう! ごめん、やっぱり馴れ馴れしくて嫌だよね?」

 焦りながらも土手を決壊させない夏生の手際が凄まじい。それに感心しながら、悠は首を振った。

「いや、別に構わない。俺だって年上で正社員のあんたにため口を利いてるし、確かに速水がふたりなのもややこしいから今更だ」
「じゃあ、僕のことも呼び捨てにしていいよ。ナツキチでも夏生でもなっちゃんでも」
「26の男に向かってなっちゃんはあり得ないですねー。何言ってるんですかね、この人」

 高見沢が水のようにビールを飲みながら厳しい言葉を吐き、3杯目の生ビールを頼んだ。悠は未成年なのでウーロン茶で喉を潤す。鉄板の前は結構暑く、氷の浮かんだウーロン茶は喉に心地よい涼をくれた。ジョッキを下ろすと、自分を見つめている夏生と目が合った。

「ハルくんって、いい子だよね……」
「当たり前でしょ。私の従弟だし」
「…………速水さんの従弟なのにね」
「四本さん?」

 わざとらしく怒気を込めたような理彩の呼びかけを無視して、夏生はふつふつと沸騰した生地にチーズを落とす。桑鶴の言う通り、そこからが凄かった。両手に持ったへらで土手を崩すと、躊躇無くへらで生地と混じった具を切り刻んでいく。ガンガンという鉄板とへらの立てる音も気にせず、具材を細かくしてから夏生は生地を平たく広げた。

「具材を先に刻んじゃう人がいるんだけど、火が通った後から刻んだ方が生地にうまみ成分が溶け出しやすいんだよね」

 解説を聞きながら、悠は夏生の手捌きを見て思わず唸った。確かに桑鶴が動画を撮りたくなったという気持ちがわかる。

「ああ、なるほど。これは……アレですね」
「だから、その先は絶対言うな! あんたにもんじゃを食べる資格はない!」
「言ってないじゃないですか! まだ何も!」

 理彩と高見沢の言い争いが激化して、とうとうテーブルの下で蹴り合いが始まった。それを横目に悠は小さなへらを手にすると、端でおこげになっている部分をこそげ取る。
 まだ熱いが、もんじゃは熱いうちに食べるものだ。少しだけ吹き冷まして熱さを我慢しながら口に入れると、焦げたチーズの香ばしさと、明太子の深みのある味が良く合っていた。切いかが多めのこの店のもんじゃは、うまみが強い。

「確かに、うまい。俺が食べたもんじゃの中で一番うまい」
「ハルくんにそう言ってもらえて嬉しいよ。桑さんも僕も、ここが一番美味しいと思ってるからね」

 悠の満足げな表情を見て、夏生と桑鶴は目を細めていた。

「そういえば、僕と桑さんの馴れ初めってここだけど、速水さんと高見沢さんって桑さんとはどこで知り合ったんだい? 桑さんの事だから求人サイトとかじゃないんだろう?」

 豚玉と海鮮ミックスのお好み焼きを同時に焼きながら、夏生が桑鶴に尋ねた。のんびりとビールを飲んでいた桑鶴は口元に付いた泡をティッシュで拭くと、突然笑い始める。

「雛子は俺の同級生の妹でな。経理と総務と人事を全部兼ねられる人材を探してるって相談に行ったら自分で売り込んできたんだ」
「そういうことです。ブラックな匂いはちょっとしましたけど、桑鶴さんとの付き合いもそこそこ長いですから心底まずいことにはならないと思いまして。何より自分の能力がその時の会社で正当に評価されてないという不満が募ってたときだったんですよ」

 半袖のサマーニットから出ている細腕を高見沢が叩いてみせる。確かに高見沢は辣腕家だ。

「自分から売り込みか。確かに、らしいな」

 うんうんと頷く剣持に視線で促され、理彩が少し嫌そうな顔をして口を開いた。

「私は……確か一昨年の秋頃かな? 同僚とお酒を飲んでたんだけど、気がついたら途中から相手が桑鶴さんにすり替わってた」
「何ですかそれ」
「どういうこと?」

 高見沢と夏生に口々にツッコまれて、理彩は気まずそうに視線をさまよわせる。理彩が言い淀んでいる続きは桑鶴の口から語られた。

「べろんべろんに酔った速水に愚痴絡みされて相手が困ってたからな、替わってやって、適当に愚痴を聞いてやっただけだ。最後に泣き出したから、こいつ面白いなと思って、ポケットに俺の名刺を突っ込んでおいた」
「真っ青になったんですよ、あの次の日は! 一緒に酒を飲んでたはずの同僚は、本当に途中で帰ってたし! どうやって帰ったか覚えてないし!」
「タクシー呼んだらちゃんと自分の住所言ってたぞ。それから後は俺は知らん。翌日の夜になって速水の方から電話を架けてきたんだ」
「架けるでしょ! 『知らない男性がお前の愚痴引き受けてくれた』とか飲んでた同僚に言われたら! ポケットに入ってた名刺の番号に電話して謝るでしょう!? ついでに何もなかったか確認するでしょ!」
「わかった。とりあえず理彩は駄目な社会人だって事はよくわかった」
「その後、改めて飲み直して仕事の話を聞いてな。いやー、縁故採用はいいぞ! なにせ経費が掛からない。採用するときにちゃんとスキルチェックもしてるしな。片っ端から知らない奴と飲むのも、何かに繋がるんだぜ。面白いな!」
「それ、桑さんだからできることだよ」
「そうですね。少なくとも私も兄も絶対できませんよ」

 桑鶴以外がうんうんと頷く。
 夏生は焼き上がったお好み焼きに刷毛でソースを塗り、青海苔を振って鰹節を散らした。熱で踊る鰹節を見て悠がごくりと唾を飲み込んでいると、夏生は大きめに切り分けたものを悠の皿に取り分けてくれた。

「マヨネーズはお好みでね」
「四本さん、問答無用で青海苔掛けましたね」
「だって美味しい方がいいだろう? 歯に付くとか気にしてたら損だよ。はい、どうぞ」

 6つに切り分けたうちの比較的青海苔の少ないところが高見沢用に取り分けられたのは、夏生のせめてもの優しさだったのかもしれない。

 その日は思う存分お好み焼きともんじゃ焼きを堪能し、全員が満足して帰路についた。
 クレインマジックに嵐が迫っている事に、まだ誰も気付いてはいなかった。
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