【完結】いただきます ごちそうさま ――美味しいアプリの小さな奇跡

加藤伊織

文字の大きさ
上 下
13 / 30

もんじゃの美味しい作り方

しおりを挟む
「実は私、江戸っ子なのにもんじゃを食べるのも、作るのを見るのも初めてなんですよ」
「……あんたが途中で言いそうな言葉に気づいてしまった。食べるときまで喋らないでよ」

 ジョッキを傾けながら苦い顔をする理彩に、高見沢はムッとした顔を向けた。

「貴女にそんなことを言われる筋合いはありません」
「いや、待て。俺もなんとなくわかってしまった。確かに……言いそうだな」

 剣持までが理彩と視線を交わし合って頷いている。

「あー、そういうことだ。雛子、最初だけでいいから黙っててくれないか」

 桑鶴にまで念を押され、高見沢は腑に落ちないという表情のまま口をつぐんだ。その間に鉄板でしんなりとした具材を使って、夏生はもんじゃ独特の丸い土手を作り上げている。

「ハルく……速水くんは、もんじゃ経験は?」

 土手の中にかなり水分の多い生地を流し込みながら、夏生が尋ねてくる。ある、と短く答えた後で、悠は逆に夏生に問いかけた。

「四本さんは俺がいないところでは、俺のことをハルくんって呼んでるんじゃないのか?」
「……うっ」
「ばれたね、四本さん」
「とうとうばれましたね。まあ、今更ですが。だいたい、速水がふたりでややこしいですしね」
「あああっ、どうしよう! ごめん、やっぱり馴れ馴れしくて嫌だよね?」

 焦りながらも土手を決壊させない夏生の手際が凄まじい。それに感心しながら、悠は首を振った。

「いや、別に構わない。俺だって年上で正社員のあんたにため口を利いてるし、確かに速水がふたりなのもややこしいから今更だ」
「じゃあ、僕のことも呼び捨てにしていいよ。ナツキチでも夏生でもなっちゃんでも」
「26の男に向かってなっちゃんはあり得ないですねー。何言ってるんですかね、この人」

 高見沢が水のようにビールを飲みながら厳しい言葉を吐き、3杯目の生ビールを頼んだ。悠は未成年なのでウーロン茶で喉を潤す。鉄板の前は結構暑く、氷の浮かんだウーロン茶は喉に心地よい涼をくれた。ジョッキを下ろすと、自分を見つめている夏生と目が合った。

「ハルくんって、いい子だよね……」
「当たり前でしょ。私の従弟だし」
「…………速水さんの従弟なのにね」
「四本さん?」

 わざとらしく怒気を込めたような理彩の呼びかけを無視して、夏生はふつふつと沸騰した生地にチーズを落とす。桑鶴の言う通り、そこからが凄かった。両手に持ったへらで土手を崩すと、躊躇無くへらで生地と混じった具を切り刻んでいく。ガンガンという鉄板とへらの立てる音も気にせず、具材を細かくしてから夏生は生地を平たく広げた。

「具材を先に刻んじゃう人がいるんだけど、火が通った後から刻んだ方が生地にうまみ成分が溶け出しやすいんだよね」

 解説を聞きながら、悠は夏生の手捌きを見て思わず唸った。確かに桑鶴が動画を撮りたくなったという気持ちがわかる。

「ああ、なるほど。これは……アレですね」
「だから、その先は絶対言うな! あんたにもんじゃを食べる資格はない!」
「言ってないじゃないですか! まだ何も!」

 理彩と高見沢の言い争いが激化して、とうとうテーブルの下で蹴り合いが始まった。それを横目に悠は小さなへらを手にすると、端でおこげになっている部分をこそげ取る。
 まだ熱いが、もんじゃは熱いうちに食べるものだ。少しだけ吹き冷まして熱さを我慢しながら口に入れると、焦げたチーズの香ばしさと、明太子の深みのある味が良く合っていた。切いかが多めのこの店のもんじゃは、うまみが強い。

「確かに、うまい。俺が食べたもんじゃの中で一番うまい」
「ハルくんにそう言ってもらえて嬉しいよ。桑さんも僕も、ここが一番美味しいと思ってるからね」

 悠の満足げな表情を見て、夏生と桑鶴は目を細めていた。

「そういえば、僕と桑さんの馴れ初めってここだけど、速水さんと高見沢さんって桑さんとはどこで知り合ったんだい? 桑さんの事だから求人サイトとかじゃないんだろう?」

 豚玉と海鮮ミックスのお好み焼きを同時に焼きながら、夏生が桑鶴に尋ねた。のんびりとビールを飲んでいた桑鶴は口元に付いた泡をティッシュで拭くと、突然笑い始める。

「雛子は俺の同級生の妹でな。経理と総務と人事を全部兼ねられる人材を探してるって相談に行ったら自分で売り込んできたんだ」
「そういうことです。ブラックな匂いはちょっとしましたけど、桑鶴さんとの付き合いもそこそこ長いですから心底まずいことにはならないと思いまして。何より自分の能力がその時の会社で正当に評価されてないという不満が募ってたときだったんですよ」

 半袖のサマーニットから出ている細腕を高見沢が叩いてみせる。確かに高見沢は辣腕家だ。

「自分から売り込みか。確かに、らしいな」

 うんうんと頷く剣持に視線で促され、理彩が少し嫌そうな顔をして口を開いた。

「私は……確か一昨年の秋頃かな? 同僚とお酒を飲んでたんだけど、気がついたら途中から相手が桑鶴さんにすり替わってた」
「何ですかそれ」
「どういうこと?」

 高見沢と夏生に口々にツッコまれて、理彩は気まずそうに視線をさまよわせる。理彩が言い淀んでいる続きは桑鶴の口から語られた。

「べろんべろんに酔った速水に愚痴絡みされて相手が困ってたからな、替わってやって、適当に愚痴を聞いてやっただけだ。最後に泣き出したから、こいつ面白いなと思って、ポケットに俺の名刺を突っ込んでおいた」
「真っ青になったんですよ、あの次の日は! 一緒に酒を飲んでたはずの同僚は、本当に途中で帰ってたし! どうやって帰ったか覚えてないし!」
「タクシー呼んだらちゃんと自分の住所言ってたぞ。それから後は俺は知らん。翌日の夜になって速水の方から電話を架けてきたんだ」
「架けるでしょ! 『知らない男性がお前の愚痴引き受けてくれた』とか飲んでた同僚に言われたら! ポケットに入ってた名刺の番号に電話して謝るでしょう!? ついでに何もなかったか確認するでしょ!」
「わかった。とりあえず理彩は駄目な社会人だって事はよくわかった」
「その後、改めて飲み直して仕事の話を聞いてな。いやー、縁故採用はいいぞ! なにせ経費が掛からない。採用するときにちゃんとスキルチェックもしてるしな。片っ端から知らない奴と飲むのも、何かに繋がるんだぜ。面白いな!」
「それ、桑さんだからできることだよ」
「そうですね。少なくとも私も兄も絶対できませんよ」

 桑鶴以外がうんうんと頷く。
 夏生は焼き上がったお好み焼きに刷毛でソースを塗り、青海苔を振って鰹節を散らした。熱で踊る鰹節を見て悠がごくりと唾を飲み込んでいると、夏生は大きめに切り分けたものを悠の皿に取り分けてくれた。

「マヨネーズはお好みでね」
「四本さん、問答無用で青海苔掛けましたね」
「だって美味しい方がいいだろう? 歯に付くとか気にしてたら損だよ。はい、どうぞ」

 6つに切り分けたうちの比較的青海苔の少ないところが高見沢用に取り分けられたのは、夏生のせめてもの優しさだったのかもしれない。

 その日は思う存分お好み焼きともんじゃ焼きを堪能し、全員が満足して帰路についた。
 クレインマジックに嵐が迫っている事に、まだ誰も気付いてはいなかった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

私は、忠告を致しましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私マリエスは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢ロマーヌ様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。  ロマーヌ様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ?

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

忌み子と呼ばれた巫女が幸せな花嫁となる日

葉南子
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞 奨励賞をいただきました! 応援ありがとうございました! ★「忌み子」と蔑まれた巫女の運命が変わる和風シンデレラストーリー★ 妖が災厄をもたらしていた時代。 滅妖師《めつようし》が妖を討ち、巫女がその穢れを浄化することで、人々は平穏を保っていた──。 巫女の一族に生まれた結月は、銀色の髪の持ち主だった。 その銀髪ゆえに結月は「忌巫女」と呼ばれ、義妹や叔母、侍女たちから虐げられる日々を送る。 黒髪こそ巫女の力の象徴とされる中で、結月の銀髪は異端そのものだったからだ。 さらに幼い頃から「義妹が見合いをする日に屋敷を出ていけ」と命じられていた。 その日が訪れるまで、彼女は黙って耐え続け、何も望まない人生を受け入れていた。 そして、その見合いの日。 義妹の見合い相手は、滅妖師の名門・霧生院家の次期当主だと耳にする。 しかし自分には関係のない話だと、屋敷最後の日もいつものように淡々と過ごしていた。 そんな中、ふと一頭の蝶が結月の前に舞い降りる──。   ※他サイトでも掲載しております

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...