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クレインマジックの原点とは
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「合い挽き肉の粗挽きの方を1キロお願いします」
「あらっ、クレインマジックの! いつもお疲れ様」
商店街が賑わい始める夕方、夏生に頼まれたお遣いで買い物にでた悠に、行きつけの肉屋のおばさんがキャッと妙に可愛らしい声を上げた。
「いつもクレインマジックのコマーシャル見てるわよー。頑張ってね! はい、これおまけ」
肉屋のおばさんは挽き肉を包む前に、揚げたてのメンチカツを紙に挟んで渡してくれた。ありがとうございますときっちり御礼を言ってから、その場で悠はメンチカツにかぶり付く。御礼がてらこの場で食べた方が宣伝になっていいだろうという考えがあった。
「あっ、あふっ……ん、うまっ」
揚げたてのメンチカツは口に入れた瞬間にジュッという音がした。
ざくりと衣を噛み千切ると、ラードらしい脂の匂いと、肉汁が口の中に溢れ出す。時折感じる違う食感はタマネギだろう。そのまま食べると塩味よりも甘みの方がより感じたのは、肉の甘み以外にタマネギの甘みも出ているに違いない。
店によって大分味が違うイメージが強いが、この店のメンチカツはパンチの強い「おかずメンチカツ」とは違って、「おやつメンチカツ」と言えるほど優しい味だ。そのまま5枚くらいペロリと食べられそうな気がする。
高校時代の部活帰りにコロッケを買い食いしたことを懐かしく思い出す。このメンチカツはウスターソースをたっぷりめに掛けて、キャベツの千切りと一緒にパンに挟んで食べたらきっと美味しい。もちろん、揚げたてをそのままでもとても美味しいが。
「凄くうまいです。脂の匂いが全然違うし、胡椒がきつくなくて優しい味で」
はふはふと熱さを逃しながら店頭でメンチカツを食べる悠の反応に、肉屋の店員も喜んでいる。
「本当にいい笑顔をしてくれるのね。こんな子がいたら頑張って美味しいものを作ろうって気になるよ。四本さんの気持ちわかるわあ」
「ごちそうさまでした。……そんなに顔に出てますか」
「出てる出てる。正直ね、コマーシャル見る前はたまに見かけても今時のちょっと怖そうな子だなーって思ってたのよ。四本さんが凄く人懐こいから余計にそう思っちゃったのかもね。
でもね、何か食べてるときのあなたの笑顔、凄くいいの。見た瞬間『この子絶対いい子だわ』って思っちゃうのよー。おばさん、ファンになっちゃった」
包み終わった挽き肉と引き換えに代金を払いながら、悠は表情に困っていた。
「その……あ、ありがとうございます……」
「ふふっ、嫌よねえ、面と向かってそんなこと言われたら照れるわよねえ。私も照れちゃう! また来てね、四本さんによろしく」
いつか夏生が使っていたスーパーのロゴ入りのエコバッグに挽き肉を入れ、急いで頭を下げると悠は慌てて肉屋を後にした。
ファンだなんて言われると、顔から火が出るほど恥ずかしい。
しかし、クレインマジックから近いこの商店街では、夏生も悠も既に顔が知られていて、あちこちで声を掛けられるのだった。
「それでは、クレインマジックのとりあえず順調な滑り出しを祝って。乾杯!」
「かんぱーい!」
6つのジョッキがごつごつとぶつかり合う。生ビールが注がれているのが5つで、残りのひとつはウーロン茶だ。
打ち上げには、クレインマジックの社員ではないが制作スタッフとして剣持も参加していた。カメラマン兼ライトマンとしてクレジットに剣持の名前も載せるようにしたので、彼も仕事が増えたと喜んでいる。
打ち上げをするといって平日の夜に悠がわざわざ連れてこられた先は、まさかの月島だった。東京都の中でも西に位置する市部にあるクレインマジックからはかなり遠い。だが、打ち上げはどうしてもここでやりたかったのだと、桑鶴が移動中に言っていた。
「ここのもんじゃはうまいんだ! 月島のもんじゃストリートの中でもやっぱり店毎に味が違うしな。味がソースがちの店もあれば、だしが強く出てる店もある。それに……」
「僕と桑さんが初めて会ったのが、ここなんだよね」
ジョッキの半分まで一気に中身を減らした夏生が、上機嫌でいくつかの注文をしてからメニューを閉じる。
「初耳だな。……もんじゃ屋で出会って、それがどういう繋がりになったんだ?」
剣持がぽつりと呟いた一言は、その場の桑鶴と夏生以外の全員の気持ちを代弁していた。理彩と高見沢すらきょとんとしている。
「いやー、隣のテーブルにいたナツキチのへら捌きが凄くてな! 俺の作り方と微妙に違うのも驚いたし、同じ店の同じもんじゃなのに、出来上がったときの味が違って更に驚きだった」
「僕は当時大学生で、友人と一緒に来てたんだけどね。あの時桑さんは、突然『君の手元を動画に撮らせてくれないか』って話しかけてきて驚いたよ。
撮影した後で、自分のへら持ってきて、勝手に人のテーブルのもんじゃ食べてったしね。まあ、その後は、お互いにお酒が入ってたから、いつの間にか一緒にテーブル囲んでて、全部奢ってもらって、連絡先交換して」
「クレインマジックを立ち上げようと思ったのは、結局あの時にナツキチの手元を動画で撮ったことがきっかけなのさ。まあ、そこに至るまでは数年かかった訳だが」
「でも、なんだかあっという間に感じたよ。僕もその間に色々あったし……っと、来たね、定番の明太もちチーズもんじゃ! さーて、久々に腕を振るおうかな」
山盛りに具材が乗った大ぶりの椀と、小皿に別添えのとろけるチーズが運ばれてきた。夏生は油を引いた鉄板にまず具を乗せると、慣れた手つきで具材を炒め始める。その手元を高見沢が興味深そうに見つめていた。
「あらっ、クレインマジックの! いつもお疲れ様」
商店街が賑わい始める夕方、夏生に頼まれたお遣いで買い物にでた悠に、行きつけの肉屋のおばさんがキャッと妙に可愛らしい声を上げた。
「いつもクレインマジックのコマーシャル見てるわよー。頑張ってね! はい、これおまけ」
肉屋のおばさんは挽き肉を包む前に、揚げたてのメンチカツを紙に挟んで渡してくれた。ありがとうございますときっちり御礼を言ってから、その場で悠はメンチカツにかぶり付く。御礼がてらこの場で食べた方が宣伝になっていいだろうという考えがあった。
「あっ、あふっ……ん、うまっ」
揚げたてのメンチカツは口に入れた瞬間にジュッという音がした。
ざくりと衣を噛み千切ると、ラードらしい脂の匂いと、肉汁が口の中に溢れ出す。時折感じる違う食感はタマネギだろう。そのまま食べると塩味よりも甘みの方がより感じたのは、肉の甘み以外にタマネギの甘みも出ているに違いない。
店によって大分味が違うイメージが強いが、この店のメンチカツはパンチの強い「おかずメンチカツ」とは違って、「おやつメンチカツ」と言えるほど優しい味だ。そのまま5枚くらいペロリと食べられそうな気がする。
高校時代の部活帰りにコロッケを買い食いしたことを懐かしく思い出す。このメンチカツはウスターソースをたっぷりめに掛けて、キャベツの千切りと一緒にパンに挟んで食べたらきっと美味しい。もちろん、揚げたてをそのままでもとても美味しいが。
「凄くうまいです。脂の匂いが全然違うし、胡椒がきつくなくて優しい味で」
はふはふと熱さを逃しながら店頭でメンチカツを食べる悠の反応に、肉屋の店員も喜んでいる。
「本当にいい笑顔をしてくれるのね。こんな子がいたら頑張って美味しいものを作ろうって気になるよ。四本さんの気持ちわかるわあ」
「ごちそうさまでした。……そんなに顔に出てますか」
「出てる出てる。正直ね、コマーシャル見る前はたまに見かけても今時のちょっと怖そうな子だなーって思ってたのよ。四本さんが凄く人懐こいから余計にそう思っちゃったのかもね。
でもね、何か食べてるときのあなたの笑顔、凄くいいの。見た瞬間『この子絶対いい子だわ』って思っちゃうのよー。おばさん、ファンになっちゃった」
包み終わった挽き肉と引き換えに代金を払いながら、悠は表情に困っていた。
「その……あ、ありがとうございます……」
「ふふっ、嫌よねえ、面と向かってそんなこと言われたら照れるわよねえ。私も照れちゃう! また来てね、四本さんによろしく」
いつか夏生が使っていたスーパーのロゴ入りのエコバッグに挽き肉を入れ、急いで頭を下げると悠は慌てて肉屋を後にした。
ファンだなんて言われると、顔から火が出るほど恥ずかしい。
しかし、クレインマジックから近いこの商店街では、夏生も悠も既に顔が知られていて、あちこちで声を掛けられるのだった。
「それでは、クレインマジックのとりあえず順調な滑り出しを祝って。乾杯!」
「かんぱーい!」
6つのジョッキがごつごつとぶつかり合う。生ビールが注がれているのが5つで、残りのひとつはウーロン茶だ。
打ち上げには、クレインマジックの社員ではないが制作スタッフとして剣持も参加していた。カメラマン兼ライトマンとしてクレジットに剣持の名前も載せるようにしたので、彼も仕事が増えたと喜んでいる。
打ち上げをするといって平日の夜に悠がわざわざ連れてこられた先は、まさかの月島だった。東京都の中でも西に位置する市部にあるクレインマジックからはかなり遠い。だが、打ち上げはどうしてもここでやりたかったのだと、桑鶴が移動中に言っていた。
「ここのもんじゃはうまいんだ! 月島のもんじゃストリートの中でもやっぱり店毎に味が違うしな。味がソースがちの店もあれば、だしが強く出てる店もある。それに……」
「僕と桑さんが初めて会ったのが、ここなんだよね」
ジョッキの半分まで一気に中身を減らした夏生が、上機嫌でいくつかの注文をしてからメニューを閉じる。
「初耳だな。……もんじゃ屋で出会って、それがどういう繋がりになったんだ?」
剣持がぽつりと呟いた一言は、その場の桑鶴と夏生以外の全員の気持ちを代弁していた。理彩と高見沢すらきょとんとしている。
「いやー、隣のテーブルにいたナツキチのへら捌きが凄くてな! 俺の作り方と微妙に違うのも驚いたし、同じ店の同じもんじゃなのに、出来上がったときの味が違って更に驚きだった」
「僕は当時大学生で、友人と一緒に来てたんだけどね。あの時桑さんは、突然『君の手元を動画に撮らせてくれないか』って話しかけてきて驚いたよ。
撮影した後で、自分のへら持ってきて、勝手に人のテーブルのもんじゃ食べてったしね。まあ、その後は、お互いにお酒が入ってたから、いつの間にか一緒にテーブル囲んでて、全部奢ってもらって、連絡先交換して」
「クレインマジックを立ち上げようと思ったのは、結局あの時にナツキチの手元を動画で撮ったことがきっかけなのさ。まあ、そこに至るまでは数年かかった訳だが」
「でも、なんだかあっという間に感じたよ。僕もその間に色々あったし……っと、来たね、定番の明太もちチーズもんじゃ! さーて、久々に腕を振るおうかな」
山盛りに具材が乗った大ぶりの椀と、小皿に別添えのとろけるチーズが運ばれてきた。夏生は油を引いた鉄板にまず具を乗せると、慣れた手つきで具材を炒め始める。その手元を高見沢が興味深そうに見つめていた。
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