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なんだそれは、嫌に決まっているだろう。自分が見ているだけで恥ずかしい動画をCMに使われたらたまらない。全国の人間に見られるなんて考えたくもない――。
立て続けに文句が頭の中で出てくるが、一方でボーナスは非常に魅力的だ。
「……ボーナスは、いくらですか」
最初にここに来た時と状況が似ているなと思いながら尋ねると、桑鶴が得意げに片手をパーの形に広げて見せた。
「5万円?」
「馬鹿か君は。50万円だ」
「はっ!? 社長の方が馬鹿じゃないのか!?」
思わず叫び返すと、肩をすくめた桑鶴が芝居がかった様子でやれやれと首を振って見せた。
「それだけ掛けても使いたいほど、価値があるってことさ! 美味いものを食べてる時の君は、非常にいい顔をしてる。
それに考えてもみろ、CM制作会社を通して発注して、安いとはいえタレントを使って1本作ったら、時間も金もどれだけ掛かると思う? 50万では済まないんだぞ。予算はできるだけテレビ局の放送枠の方に回したい。だから映像は自社制作できたらベストだと俺は計算しているしな」
「そうだよ、ハルく……いや、ええと、速水くんに試食してもらうようになってからのレシピ、我ながらよくできてると思うんだよね。君がこうして食べてる姿が、僕の活力になってるんだ。君は普段はぶっきらぼうにしてるのに、食べた時には思いっきり素直に顔に出てるからね。たまに微妙な顔をするときもあるけど、その反応で僕も勉強させてもらってる」
「同種のサービスが複数提供されている現状、頭ひとつ抜け出すための決めの一手が欲しい。リリースと同時の今回のCMは、どでかい博打なんだ。うちのアプリで作った料理は、作りやすいだけじゃなくて確実にうまいということをアピールしたい」
桑鶴と夏生に畳みかけられ、悠は唸って考え込んだ。自分の恥ずかしさをとりあえず考慮から外すと、ふたりの言うことは理にかなっていた。おそらく悠が桑鶴の立場なら、こういう生の反応は使いたいと思うだろう。
しかし、これを決めの一手とするには、少々足りないものがある気がする。自分で動画をもう一度再生しながら考えて、何が足りないかに悠は辿り着いた。クレインマジックのレシピは、確かに食べる者を笑顔にさせる。
しかし、生まれる笑顔はそれだけではないのだ。
悠は桑鶴に並んだ夏生に目を向けた。悠の強い視線を受けて、夏生は不思議そうに瞬きをしている。
「……四本さんが作ってる姿、手元だけじゃなくて全身映した方がいいんじゃないのか。あんたが料理してるところは凄く楽しそうだから、CMの中でそれも見せたらいいと思う。提供する動画では音声は切ってるが、簡単に作れて食べて美味しいだけじゃなく、楽しく作れるんだということを俺はアピールポイントのひとつに含めるべきだと提案したい」
「なるほど、ナツキチが作っているところか。確かに、いつも楽しそうに作っているしなあ。君らは顔も良いからきっと話題性も高い。うん、それは確かに悪くないな」
「ええ? 僕の姿を?」
そんなブーメランが返ってくるとは予想していなかったのだろう、夏生が思い切り嫌そうな顔をしている。
「ナツキチ、事情があるのはわかってるが、ハルキチを起用する以上は君が断れる筋合いじゃないんだぜ?」
「うーん……まあ、隠しきれることじゃないし、本来隠すようなことでもないしなあ。僕も自分のやってることに自信を持つべきなんだよね……」
悠には意味のわからないことを呟きながら、夏生は考え込んでいる。ややあって、夏生は「うん」と頷くと悠を見返してきた。
「僕が作っているところを出すなら、君の食べてるところを出してもいいかい?」
「ああ、構わない。クレインマジックのことを考えれば、それが一番いいと思う。……さすがに俺は、割のいいバイト先に潰れられたくない」
「おっ、ハルキチ、いいことを言うじゃないか.アルバイトの君にまでそう思ってもらえて、社長としてはありがたい限りだ。それじゃ、構成は俺に任せてもらっていいか? 桑鶴祥吾一世一代の渾身のCMを作ろう!」
桑鶴の力強い一言で、会議は終わった。
立て続けに文句が頭の中で出てくるが、一方でボーナスは非常に魅力的だ。
「……ボーナスは、いくらですか」
最初にここに来た時と状況が似ているなと思いながら尋ねると、桑鶴が得意げに片手をパーの形に広げて見せた。
「5万円?」
「馬鹿か君は。50万円だ」
「はっ!? 社長の方が馬鹿じゃないのか!?」
思わず叫び返すと、肩をすくめた桑鶴が芝居がかった様子でやれやれと首を振って見せた。
「それだけ掛けても使いたいほど、価値があるってことさ! 美味いものを食べてる時の君は、非常にいい顔をしてる。
それに考えてもみろ、CM制作会社を通して発注して、安いとはいえタレントを使って1本作ったら、時間も金もどれだけ掛かると思う? 50万では済まないんだぞ。予算はできるだけテレビ局の放送枠の方に回したい。だから映像は自社制作できたらベストだと俺は計算しているしな」
「そうだよ、ハルく……いや、ええと、速水くんに試食してもらうようになってからのレシピ、我ながらよくできてると思うんだよね。君がこうして食べてる姿が、僕の活力になってるんだ。君は普段はぶっきらぼうにしてるのに、食べた時には思いっきり素直に顔に出てるからね。たまに微妙な顔をするときもあるけど、その反応で僕も勉強させてもらってる」
「同種のサービスが複数提供されている現状、頭ひとつ抜け出すための決めの一手が欲しい。リリースと同時の今回のCMは、どでかい博打なんだ。うちのアプリで作った料理は、作りやすいだけじゃなくて確実にうまいということをアピールしたい」
桑鶴と夏生に畳みかけられ、悠は唸って考え込んだ。自分の恥ずかしさをとりあえず考慮から外すと、ふたりの言うことは理にかなっていた。おそらく悠が桑鶴の立場なら、こういう生の反応は使いたいと思うだろう。
しかし、これを決めの一手とするには、少々足りないものがある気がする。自分で動画をもう一度再生しながら考えて、何が足りないかに悠は辿り着いた。クレインマジックのレシピは、確かに食べる者を笑顔にさせる。
しかし、生まれる笑顔はそれだけではないのだ。
悠は桑鶴に並んだ夏生に目を向けた。悠の強い視線を受けて、夏生は不思議そうに瞬きをしている。
「……四本さんが作ってる姿、手元だけじゃなくて全身映した方がいいんじゃないのか。あんたが料理してるところは凄く楽しそうだから、CMの中でそれも見せたらいいと思う。提供する動画では音声は切ってるが、簡単に作れて食べて美味しいだけじゃなく、楽しく作れるんだということを俺はアピールポイントのひとつに含めるべきだと提案したい」
「なるほど、ナツキチが作っているところか。確かに、いつも楽しそうに作っているしなあ。君らは顔も良いからきっと話題性も高い。うん、それは確かに悪くないな」
「ええ? 僕の姿を?」
そんなブーメランが返ってくるとは予想していなかったのだろう、夏生が思い切り嫌そうな顔をしている。
「ナツキチ、事情があるのはわかってるが、ハルキチを起用する以上は君が断れる筋合いじゃないんだぜ?」
「うーん……まあ、隠しきれることじゃないし、本来隠すようなことでもないしなあ。僕も自分のやってることに自信を持つべきなんだよね……」
悠には意味のわからないことを呟きながら、夏生は考え込んでいる。ややあって、夏生は「うん」と頷くと悠を見返してきた。
「僕が作っているところを出すなら、君の食べてるところを出してもいいかい?」
「ああ、構わない。クレインマジックのことを考えれば、それが一番いいと思う。……さすがに俺は、割のいいバイト先に潰れられたくない」
「おっ、ハルキチ、いいことを言うじゃないか.アルバイトの君にまでそう思ってもらえて、社長としてはありがたい限りだ。それじゃ、構成は俺に任せてもらっていいか? 桑鶴祥吾一世一代の渾身のCMを作ろう!」
桑鶴の力強い一言で、会議は終わった。
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