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滑り出しは順調
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それから悠は週に3日ほど、株式会社クレインマジックでアルバイトをすることになった。最初のうちは、既に撮影済みの動画から料理をひたすら作り続けた。大部分の料理は悠でもほぼ同じように作れたが、中には難しいものもあり、その度に夏生は手順の説明を練り直している。
それと平行して行われていたのが、夏生のレシピ開発だ。扱うレシピは初心者向けを謳い文句にし、極端に難しい料理は作らないというポリシーがある。
その分開発も簡単なのではと悠も最初は思ったが、夏生にとっては足枷になるらしい。
繊細な味を表現するためにスパイスを多用したり、口当たりを優先して手間を掛けて裏ごししたりという作業は入れられないようだ。一般的なスーパーで入手できる珍しさのない素材と、複雑すぎない工程とで作ることのできる料理を模索している。
その試食をするのは夏生の希望通りに悠の仕事で、期待に満ちた目で皿の上の料理を見つめ、口に運んでは噛みしめて「うまい」と呟く悠の様子をいつからか夏生は撮影するようになった。
「俺が食べてるところを動画に撮って、どうするつもりなんですか」
「モチベーションの維持になるんだ」
そんなものがモチベーションの維持になるのかと悠が訝しげにしていると、夏生は人当たりの良い笑顔で理由を詳しく説明してくれた。
「前にも言ったけど、高見沢さんや速水さんは辛口すぎて褒め言葉とか期待できないしね」
「確かに」
理彩も高見沢も確かに辛口だ。理彩は人の能力に対してシビアであり、高見沢は「四本さんの料理は美味しいのが当たり前だから、当たり前のことを褒める必要はない」と思っている節がある。
「何度も料理を試作して、うまくいかなくて疲れたなって思ったときにこの動画を見るんだよ。そうすると、頑張ろうって気持ちが復活するんだ。僕の作った料理を君が喜んで食べてくれて、『うまい』って言ってくれる。それも、軽くじゃなくて、本当に言葉を噛みしめながら言ってくれる。それがどんなに作った人間にとって嬉しいか、わかるかい?」
「実感できる訳じゃないけど、なんとなく理解はしました」
そもそも夏生が試食係に悠を指名した理由がそれだったのだから。
もっとくだらない理由だったら撮るなと言おうと思っていたが、夏生の主張は筋が通っている。社長の桑鶴は底の見えない人物だが、理彩と高見沢は夏生のようなクリエイターとしての繊細さとは縁遠い。会社全体に関わるアシスタントとしては、案外重大な問題にも思えた。――まあ、自分はいつも素で試食をし、思ったことを言うだけなのだが。
それほど表情豊かではないと周囲からも言われ、自分でもそう思っていたが、夏生から見るとそうでもないらしい。
レシピが出来上がると夏生は桑鶴に企画書を出す。料理のコンセプトや使う材料、その料理を作ることで得られる技術など、記載は多岐に渡っていた。ここから料理のキャッチフレーズをつけたりするのは桑鶴の仕事らしい。
先に企画書があって料理の開発をするのではないかと悠は疑問に思ったが、夏生に言わせると「出来上がってからじゃないとレシピの記載ができないから」ということらしい。名前こそ企画書だが、企画が通らなかったのは悠が働くようになってから見たことがない。
企画にゴーサインが出てから、撮影の日取りが決まる。撮影くらいここにいる人間でできるのではと悠は思ったが、アプリにとっては最も重要な部分であるから、プロのカメラマンに頼んでいるらしい。
カメラマン兼ライトマンの剣持は夏生より更に上背があり、悠とは頭ひとつ分ほども身長が違う人物だった。
影を配慮して高い位置からライトを当て、鍋から立ち上がる湯気などで画面が曇らないようにカメラの死角から扇風機で風を当てたりするのも彼の仕事だ。明るさや色味の調節などはさすがプロというこだわりがあって、剣持の指示に従って動きながら悠は新たな驚きを感じていた。
「ライティングは俺の本職ではないのだが、大学時代に叩き込まれたし、スタジオ撮影では避けられないものなんだ」
初対面の悠に剣持はそう自分のことを評した。床にテープを貼って作られたラインがあるのを初めてここに来たときから悠はずっと疑問に思っていたが、剣持がその位置を基準にライトを設置したのを見て納得する。照明と撮影のどちらもこなす剣持は、その点が桑鶴に気に入られているのだろう。
本来は物撮りをすることが多いが、依頼があれば余程の専門外でない限りは受けると彼は言っていた。今までで一番辛かったのは、コレクターから頼まれて三百体以上ものこけしを撮影したことらしい。悠からすると、聞いただけで気が遠くなる。
剣持はあくまで専属ではなくてフリーであるために、スケジュールを入れられた日にまとめていくつもの撮影をする。そういう日には理彩と高見沢も撮影の手伝いに回り、キッチンはとても賑やかだ。
撮影した動画は理彩が編集をして音声をカットし、夏生の指示に従って字幕を入れる。そのうちこれはあんたにやらせるからねと、悠は理彩から宣言されていた。理彩はアプリ開発をひとりでこなしているので、リリースに向けて忙しいのだ。夏生の手伝いがないときには、既にデバッグも悠の仕事として動きつつある。
それと平行して行われていたのが、夏生のレシピ開発だ。扱うレシピは初心者向けを謳い文句にし、極端に難しい料理は作らないというポリシーがある。
その分開発も簡単なのではと悠も最初は思ったが、夏生にとっては足枷になるらしい。
繊細な味を表現するためにスパイスを多用したり、口当たりを優先して手間を掛けて裏ごししたりという作業は入れられないようだ。一般的なスーパーで入手できる珍しさのない素材と、複雑すぎない工程とで作ることのできる料理を模索している。
その試食をするのは夏生の希望通りに悠の仕事で、期待に満ちた目で皿の上の料理を見つめ、口に運んでは噛みしめて「うまい」と呟く悠の様子をいつからか夏生は撮影するようになった。
「俺が食べてるところを動画に撮って、どうするつもりなんですか」
「モチベーションの維持になるんだ」
そんなものがモチベーションの維持になるのかと悠が訝しげにしていると、夏生は人当たりの良い笑顔で理由を詳しく説明してくれた。
「前にも言ったけど、高見沢さんや速水さんは辛口すぎて褒め言葉とか期待できないしね」
「確かに」
理彩も高見沢も確かに辛口だ。理彩は人の能力に対してシビアであり、高見沢は「四本さんの料理は美味しいのが当たり前だから、当たり前のことを褒める必要はない」と思っている節がある。
「何度も料理を試作して、うまくいかなくて疲れたなって思ったときにこの動画を見るんだよ。そうすると、頑張ろうって気持ちが復活するんだ。僕の作った料理を君が喜んで食べてくれて、『うまい』って言ってくれる。それも、軽くじゃなくて、本当に言葉を噛みしめながら言ってくれる。それがどんなに作った人間にとって嬉しいか、わかるかい?」
「実感できる訳じゃないけど、なんとなく理解はしました」
そもそも夏生が試食係に悠を指名した理由がそれだったのだから。
もっとくだらない理由だったら撮るなと言おうと思っていたが、夏生の主張は筋が通っている。社長の桑鶴は底の見えない人物だが、理彩と高見沢は夏生のようなクリエイターとしての繊細さとは縁遠い。会社全体に関わるアシスタントとしては、案外重大な問題にも思えた。――まあ、自分はいつも素で試食をし、思ったことを言うだけなのだが。
それほど表情豊かではないと周囲からも言われ、自分でもそう思っていたが、夏生から見るとそうでもないらしい。
レシピが出来上がると夏生は桑鶴に企画書を出す。料理のコンセプトや使う材料、その料理を作ることで得られる技術など、記載は多岐に渡っていた。ここから料理のキャッチフレーズをつけたりするのは桑鶴の仕事らしい。
先に企画書があって料理の開発をするのではないかと悠は疑問に思ったが、夏生に言わせると「出来上がってからじゃないとレシピの記載ができないから」ということらしい。名前こそ企画書だが、企画が通らなかったのは悠が働くようになってから見たことがない。
企画にゴーサインが出てから、撮影の日取りが決まる。撮影くらいここにいる人間でできるのではと悠は思ったが、アプリにとっては最も重要な部分であるから、プロのカメラマンに頼んでいるらしい。
カメラマン兼ライトマンの剣持は夏生より更に上背があり、悠とは頭ひとつ分ほども身長が違う人物だった。
影を配慮して高い位置からライトを当て、鍋から立ち上がる湯気などで画面が曇らないようにカメラの死角から扇風機で風を当てたりするのも彼の仕事だ。明るさや色味の調節などはさすがプロというこだわりがあって、剣持の指示に従って動きながら悠は新たな驚きを感じていた。
「ライティングは俺の本職ではないのだが、大学時代に叩き込まれたし、スタジオ撮影では避けられないものなんだ」
初対面の悠に剣持はそう自分のことを評した。床にテープを貼って作られたラインがあるのを初めてここに来たときから悠はずっと疑問に思っていたが、剣持がその位置を基準にライトを設置したのを見て納得する。照明と撮影のどちらもこなす剣持は、その点が桑鶴に気に入られているのだろう。
本来は物撮りをすることが多いが、依頼があれば余程の専門外でない限りは受けると彼は言っていた。今までで一番辛かったのは、コレクターから頼まれて三百体以上ものこけしを撮影したことらしい。悠からすると、聞いただけで気が遠くなる。
剣持はあくまで専属ではなくてフリーであるために、スケジュールを入れられた日にまとめていくつもの撮影をする。そういう日には理彩と高見沢も撮影の手伝いに回り、キッチンはとても賑やかだ。
撮影した動画は理彩が編集をして音声をカットし、夏生の指示に従って字幕を入れる。そのうちこれはあんたにやらせるからねと、悠は理彩から宣言されていた。理彩はアプリ開発をひとりでこなしているので、リリースに向けて忙しいのだ。夏生の手伝いがないときには、既にデバッグも悠の仕事として動きつつある。
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