119 / 122
ハロンズ編
114 暗転
しおりを挟む
「ジョー!」
街の中から俺の名を呼ぶ声が聞こえて、俺は足を止めた。
「アンディさん!? それにダイアンさんも!」
城壁近くで俺を呼んだのは、以前に空間魔法の講習会をした相手のアンディさんだった。それに、同じく空間魔法使いのダイアンさんも一緒にいる。
「城門に行ったら、空間魔法使いはジョーの指示に従えって言われたの!」
「ありがとうございます! 今そっちへ降ります!」
俺は手近な建物の屋根に飛び移り、ふたりの側へと降りた。そんな俺をふたりは酷く驚いて見ている。
「タンバー様の恩寵です! 賜った神獣アヌビスと同化していると身体能力が上がるんです」
「空間魔法だけじゃなくてそんな能力まで……あんたはとんでもない奴だな」
アンディさんが俺を畏怖の籠もったような目で見ながらしみじみと呟く。
血まみれのタンバー様の神像を、空気読まずに丸洗いしたことで得た恩寵なんだけども……。それは言わないでおくことにしよう。
「今降りてきた城壁に上りましょう。高いところからだと視界が開けるので空間魔法を一番活用できます」
「あなたの言うことはもっともだわ。今城門近くではジョーの掘った落とし穴が効果的に働いて、一時的かもしれないけど魔物の侵入を防げているの」
「じゃあ3人で手分けしてどんどん城壁の周りに堀を作りましょう! アンディさんとダイアンさんを城壁に上げたら、俺は反対側へ向かいます!」
俺は今降りてきたばかりの城壁の上へと移動魔法でドアを繋いだ。ふたりがそのドアをくぐって城壁の上へ移動する。警備兵の詰め所が城壁に沿って4カ所あり、そこからだったら梯子を使って城壁に登ることができるんだけども今は移動魔法の方が早い。
「凄い大きさの穴だな。土を収納して大穴を空けるなんて考えた事もなかった」
「えっ……ヒュドラ討伐の時、ロキャット湖の水を全部しまっちゃえば早いのになとか思ったんですが」
「私もそんなことは考えたことがないわ……。倒した魔物や輸送する物資を収納する魔法だと固定観念に囚われすぎていたのかもしれない。私たちは移動魔法は使えなくても、それ以外のことならジョーと同様にできるはずよ。ここは私たちに任せてちょうだい」
「心強いです! じゃあ、そこの大穴に溶岩を入れて行くので、アンディさんは先行してどんどん落とし穴を掘って、ダイアンさんは一度溶岩を収納した後にそれを少しずつ入れて行ってください」
「穴の中に溶岩か……。おまえ、考えることがえげつないなあ。まあ、空間魔法使いが戦おうと思ったらそういう手段も必要になるか」
「魔物を収納して時間経過で殺す手もありますが、今はそんな余裕がないので」
俺はひとつ大穴を掘ると、そこになみなみと溶岩を入れた。すかさずダイアンさんがそれを収納し、再度穴に溶岩を少し入れる。
ニルブス山の溶岩は粘度が高いので素早く広がってくれたりはしない。それが不便だけども、溶岩の粘度まで選べる余裕は俺には無かった。この戦いが終わって事態が落ち着いたら火山ツアーをして、使い勝手のいい溶岩をゲットしようと心に決める。
その場をアンディさんとダイアンさんに任せ、俺は東側の壁から反対回りで堀を繋いでいこうと一度城門に戻った。
冒険者だけではなく、揃いの鎧で武装した人たちもいる。今まで見たことなかったけど、王都にいる騎士団なのだろう。
唯一外部に開かれている城門周辺では、土魔法使いによる《防壁》の魔法や、その後ろから魔道具を使った魔法などを撃ち込んで魔物の侵攻をなんとか止めることができていた。
「土魔法使いは《防壁》を何重にも重ねよ! 他の属性の魔法使いは城壁の上で飛行能力を持つ魔物の迎撃に当たれ! 土を含む2属性以上の魔法使いは土魔法による防衛を優先とする!」
平服で冒険者に指示を出しているのはアンギルド長だった。俺はギルド長に駆け寄り、魔法使いたちの移動を助けるために声を掛ける。
「ギルド長! 城壁の上へ移動魔法を繋げます! それが一番早いので!」
「わかった、頼むぞ。魔法使いはジョーの移動魔法で城壁の上へ!」
俺はすぐに城壁の最初上った地点へとドアを繋いだ。移動魔法をそのままにして置いて、今度は城門の東側の壁を内側から上る。その時、城壁のかなり先の方で俺に手を振る人影が見えた。
高い身長に金色の髪、そして隣に並ぶ黒髪の少年。それでもうその人影が教授だとわかる。
「教授! ルイも!」
「城壁の上から攻撃した方がいいと思ってね。王城の塔はもっと高いが遠すぎる」
教授も「高所からの攻撃の有利性」にすぐ辿り着いたようだ。まあこの人だったら当然だろうな。
ルイは今回は剣を使うつもりはないらしく、アラクネの糸で織った鎧下だけを付けて杖を構えている。
「喋ってねえで迎撃しろよ! 《火槍》!」
《火球》よりも長大な炎――まさに槍としか言えない魔法がルイの杖から放たれる。それはソニアの魔法とは全く比べものにならない正確さで、飛んできている巨大なコウモリの胴を焼き、撃ち落とした。
「僕はここで攻撃と支援に当たるよ。ところでその耳は一体どうしたんだい? 後で時間ができたらじっくり聞かせてもらうよ!」
「タンバー様の恩寵です! うちのクロと一体化しました!」
後で根掘り葉掘り聞かれるのが面倒なので簡潔に説明したつもりだったけど、教授はますます目を輝かせるばかりだ。
「後で詳しく!!」
「わ、わかりました! 教授もルイも、どうか無事で!」
そこからアンギルド長の側へ移動魔法の扉を繋ぐ。先に出した方の扉は消えて、今度は魔法使いたちが東側の城壁に上がってきた。
俺は魔法使いたちより先を走りながら、東側にも穴を掘り、その穴に溶岩を入れる。しばらくは迂闊に人も近づけなくなるけども、溶岩はその内冷える。それまでに事態が解決するのを祈るしかなかった。
ひたすらに城壁の上を走っていたとき、背後から悲鳴が聞こえた。
その声に振り向くと、東から黒い塊が飛来してくるのが見えた。
黒い塊……いや、黒い靄を纏った翼ある何かの骨。物理法則というものを完全に無視して空を飛ぶそれは、恐怖を呼び起こすものでしかなかった。
「あれは……」
「屍竜? まさか、そんなものが実在していたなんて」
思わず足を止めて呆然と呟いた俺に、思わぬ答えが間近から返ってくる。
かなりの速さで走っていたつもりだったけど、その俺のすぐ後ろに息を荒げながらも付いてきている魔法使いがいて驚いた。
「古代竜の死骸が何らかの理由で仮初めの命を持ったものと言われてる。異世界から来た君は知らなくて当然だろうね。僕もおとぎ話でしか聞いたことがない」
古代竜のものと覚しき革鎧に杖を持った男性は、当たり前のように俺に話しかけてくる。てか、知らない人なんだけど向こうは俺を知ってるみたいだな……。
「覚えてないだろうね。僕はエリッヒ。『黄金の駿馬』の魔法使いだよ」
「あっ!」
「そう、君たちがハロンズへ来たときに戦った相手さ。あれからピーターが少しおとなしくなってくれて助かったんだ」
クスリと笑った後、エリッヒは表情を一変させて《暴風斬》で近づくグリフォンをズタズタに切り裂いた。
そうだ、そういえばあの中で唯一謝ってくれた常識派の人がいた。エリッヒって名前は聞き覚えがある。
どう対応したらいいかわからなくて俺が戸惑っていると、エリッヒさんは気にするなというように手を振った。
「別に僕は君たちに含むところもないよ。今は星5を背負うものとして果たすべきことが大事だ。――しかし、屍竜は伝説の中では魔法が通じないと言われている。あれを墜とすにはどうしたらいいか」
「そう……ですね」
魔法が通じないなら物理攻撃しかない。そうするとサーシャの出番だけども、地上からあの屍竜に攻撃することは不可能だろう。
俺が考えている間にもどんどん近づいてくる屍竜は、口から黒い靄を吐いた。あれが屍竜のブレスなのだろう。そのブレスに触れた木はぐずぐずと腐るように崩れていく。……なんて恐ろしい攻撃なんだ。
「サーシャのところへ行きます」
「ああ、僕もそうした方がいいと思う。ピーターでも、とてもあれには対抗できない」
エリッヒさんに頭を下げ、俺は城壁から飛び降りた。堀の内側を走り、サーシャがいるはずの城門へと急ぐ。
「サーシャ!」
「ジョーさん! ご無事ですか!」
「魔法使いたちがどんどん攻撃してくれたから俺はなんともない。サーシャは?」
「こちらも他の冒険者や騎士の方々がいるので、私も無傷です」
魔物は西側のロクオ方面から来ているものが多い。そちら側に先に落とし穴を作ったことで、ハロンズという都市を攻めようとする魔物たちのルートはかなり限定されていた。
その場所に防御を集中することで、魔物の都市への侵入は現在のところ完全に阻まれている。
ただ――。
「東から屍竜が来ている。あれは魔法は通じないぞ」
アンギルド長が険しい目を屍竜に向けた。そのブレスはまだハロンズの街に直接届くほどではないが、おぞましい姿ははっきりとわかるようになっていた。
「私が戦います! 魔法が効かないなら、直接打撃を当てるしかありません」
サーシャがきっぱりと言い切った。俺もそれしか無いと思う。けれど、サーシャを危ない目には遭わせたくない。
危ない目に遭わせたくないというのは本心だけど、サーシャが立ち向かおうとしているものから彼女を遠ざけることもできなかった。そんなことをしたら彼女の心が傷を負う。――俺は物理的な強さではサーシャを守ることができないから、彼女の心を守ろうと決めたんだ。
「サーシャ、城壁へ上がろう。俺がサーシャを抱えて目一杯飛ぶから、途中でサーシャは俺を踏み台にして更に飛び上がるんだ」
「ジョーさん、耳が!?」
「以前みたいにクロと一体化してる。今の俺なら身体能力が凄く上がってるから」
俺の頭の上に付いた犬耳に驚いたサーシャだけど、俺の説明ですぐ頷いてくれた。
その時――。
屍竜から、赤い光を纏った何かが飛び降りてきた。
赤とオレンジの混ざった、力強く眩い光。
俺は以前にそれを見たことがある。あれは、あれは――。
悠然と着地したそれは、魔物の群れの中を一直線にこちらに向かって歩いてくる。魔物たちは彼が近づくと畏れるように道を空け、俺たちからその人までは何も遮るものが無くなった。
「アーノルドさん……」
「アーノルド、何故おまえが」
サーシャとレヴィさんの口から出た名前は、俺が一番信じたくない事実を示していた。
場違いなほどいつもと同じ眩い笑顔を浮かべ、アーノルドさんは俺たちに手を差し伸べる。
「やっと、やっと俺は強くなったよ。だからお兄ちゃんと一緒に行こう。な、マーシャ」
その場の誰もが、魔物の王のように君臨するアーノルドさんに目を奪われていた。
全ての音が消え去ったような中で俺の耳に届いたのは、本当にいつもと変わらない調子のアーノルドさんの声だった。
街の中から俺の名を呼ぶ声が聞こえて、俺は足を止めた。
「アンディさん!? それにダイアンさんも!」
城壁近くで俺を呼んだのは、以前に空間魔法の講習会をした相手のアンディさんだった。それに、同じく空間魔法使いのダイアンさんも一緒にいる。
「城門に行ったら、空間魔法使いはジョーの指示に従えって言われたの!」
「ありがとうございます! 今そっちへ降ります!」
俺は手近な建物の屋根に飛び移り、ふたりの側へと降りた。そんな俺をふたりは酷く驚いて見ている。
「タンバー様の恩寵です! 賜った神獣アヌビスと同化していると身体能力が上がるんです」
「空間魔法だけじゃなくてそんな能力まで……あんたはとんでもない奴だな」
アンディさんが俺を畏怖の籠もったような目で見ながらしみじみと呟く。
血まみれのタンバー様の神像を、空気読まずに丸洗いしたことで得た恩寵なんだけども……。それは言わないでおくことにしよう。
「今降りてきた城壁に上りましょう。高いところからだと視界が開けるので空間魔法を一番活用できます」
「あなたの言うことはもっともだわ。今城門近くではジョーの掘った落とし穴が効果的に働いて、一時的かもしれないけど魔物の侵入を防げているの」
「じゃあ3人で手分けしてどんどん城壁の周りに堀を作りましょう! アンディさんとダイアンさんを城壁に上げたら、俺は反対側へ向かいます!」
俺は今降りてきたばかりの城壁の上へと移動魔法でドアを繋いだ。ふたりがそのドアをくぐって城壁の上へ移動する。警備兵の詰め所が城壁に沿って4カ所あり、そこからだったら梯子を使って城壁に登ることができるんだけども今は移動魔法の方が早い。
「凄い大きさの穴だな。土を収納して大穴を空けるなんて考えた事もなかった」
「えっ……ヒュドラ討伐の時、ロキャット湖の水を全部しまっちゃえば早いのになとか思ったんですが」
「私もそんなことは考えたことがないわ……。倒した魔物や輸送する物資を収納する魔法だと固定観念に囚われすぎていたのかもしれない。私たちは移動魔法は使えなくても、それ以外のことならジョーと同様にできるはずよ。ここは私たちに任せてちょうだい」
「心強いです! じゃあ、そこの大穴に溶岩を入れて行くので、アンディさんは先行してどんどん落とし穴を掘って、ダイアンさんは一度溶岩を収納した後にそれを少しずつ入れて行ってください」
「穴の中に溶岩か……。おまえ、考えることがえげつないなあ。まあ、空間魔法使いが戦おうと思ったらそういう手段も必要になるか」
「魔物を収納して時間経過で殺す手もありますが、今はそんな余裕がないので」
俺はひとつ大穴を掘ると、そこになみなみと溶岩を入れた。すかさずダイアンさんがそれを収納し、再度穴に溶岩を少し入れる。
ニルブス山の溶岩は粘度が高いので素早く広がってくれたりはしない。それが不便だけども、溶岩の粘度まで選べる余裕は俺には無かった。この戦いが終わって事態が落ち着いたら火山ツアーをして、使い勝手のいい溶岩をゲットしようと心に決める。
その場をアンディさんとダイアンさんに任せ、俺は東側の壁から反対回りで堀を繋いでいこうと一度城門に戻った。
冒険者だけではなく、揃いの鎧で武装した人たちもいる。今まで見たことなかったけど、王都にいる騎士団なのだろう。
唯一外部に開かれている城門周辺では、土魔法使いによる《防壁》の魔法や、その後ろから魔道具を使った魔法などを撃ち込んで魔物の侵攻をなんとか止めることができていた。
「土魔法使いは《防壁》を何重にも重ねよ! 他の属性の魔法使いは城壁の上で飛行能力を持つ魔物の迎撃に当たれ! 土を含む2属性以上の魔法使いは土魔法による防衛を優先とする!」
平服で冒険者に指示を出しているのはアンギルド長だった。俺はギルド長に駆け寄り、魔法使いたちの移動を助けるために声を掛ける。
「ギルド長! 城壁の上へ移動魔法を繋げます! それが一番早いので!」
「わかった、頼むぞ。魔法使いはジョーの移動魔法で城壁の上へ!」
俺はすぐに城壁の最初上った地点へとドアを繋いだ。移動魔法をそのままにして置いて、今度は城門の東側の壁を内側から上る。その時、城壁のかなり先の方で俺に手を振る人影が見えた。
高い身長に金色の髪、そして隣に並ぶ黒髪の少年。それでもうその人影が教授だとわかる。
「教授! ルイも!」
「城壁の上から攻撃した方がいいと思ってね。王城の塔はもっと高いが遠すぎる」
教授も「高所からの攻撃の有利性」にすぐ辿り着いたようだ。まあこの人だったら当然だろうな。
ルイは今回は剣を使うつもりはないらしく、アラクネの糸で織った鎧下だけを付けて杖を構えている。
「喋ってねえで迎撃しろよ! 《火槍》!」
《火球》よりも長大な炎――まさに槍としか言えない魔法がルイの杖から放たれる。それはソニアの魔法とは全く比べものにならない正確さで、飛んできている巨大なコウモリの胴を焼き、撃ち落とした。
「僕はここで攻撃と支援に当たるよ。ところでその耳は一体どうしたんだい? 後で時間ができたらじっくり聞かせてもらうよ!」
「タンバー様の恩寵です! うちのクロと一体化しました!」
後で根掘り葉掘り聞かれるのが面倒なので簡潔に説明したつもりだったけど、教授はますます目を輝かせるばかりだ。
「後で詳しく!!」
「わ、わかりました! 教授もルイも、どうか無事で!」
そこからアンギルド長の側へ移動魔法の扉を繋ぐ。先に出した方の扉は消えて、今度は魔法使いたちが東側の城壁に上がってきた。
俺は魔法使いたちより先を走りながら、東側にも穴を掘り、その穴に溶岩を入れる。しばらくは迂闊に人も近づけなくなるけども、溶岩はその内冷える。それまでに事態が解決するのを祈るしかなかった。
ひたすらに城壁の上を走っていたとき、背後から悲鳴が聞こえた。
その声に振り向くと、東から黒い塊が飛来してくるのが見えた。
黒い塊……いや、黒い靄を纏った翼ある何かの骨。物理法則というものを完全に無視して空を飛ぶそれは、恐怖を呼び起こすものでしかなかった。
「あれは……」
「屍竜? まさか、そんなものが実在していたなんて」
思わず足を止めて呆然と呟いた俺に、思わぬ答えが間近から返ってくる。
かなりの速さで走っていたつもりだったけど、その俺のすぐ後ろに息を荒げながらも付いてきている魔法使いがいて驚いた。
「古代竜の死骸が何らかの理由で仮初めの命を持ったものと言われてる。異世界から来た君は知らなくて当然だろうね。僕もおとぎ話でしか聞いたことがない」
古代竜のものと覚しき革鎧に杖を持った男性は、当たり前のように俺に話しかけてくる。てか、知らない人なんだけど向こうは俺を知ってるみたいだな……。
「覚えてないだろうね。僕はエリッヒ。『黄金の駿馬』の魔法使いだよ」
「あっ!」
「そう、君たちがハロンズへ来たときに戦った相手さ。あれからピーターが少しおとなしくなってくれて助かったんだ」
クスリと笑った後、エリッヒは表情を一変させて《暴風斬》で近づくグリフォンをズタズタに切り裂いた。
そうだ、そういえばあの中で唯一謝ってくれた常識派の人がいた。エリッヒって名前は聞き覚えがある。
どう対応したらいいかわからなくて俺が戸惑っていると、エリッヒさんは気にするなというように手を振った。
「別に僕は君たちに含むところもないよ。今は星5を背負うものとして果たすべきことが大事だ。――しかし、屍竜は伝説の中では魔法が通じないと言われている。あれを墜とすにはどうしたらいいか」
「そう……ですね」
魔法が通じないなら物理攻撃しかない。そうするとサーシャの出番だけども、地上からあの屍竜に攻撃することは不可能だろう。
俺が考えている間にもどんどん近づいてくる屍竜は、口から黒い靄を吐いた。あれが屍竜のブレスなのだろう。そのブレスに触れた木はぐずぐずと腐るように崩れていく。……なんて恐ろしい攻撃なんだ。
「サーシャのところへ行きます」
「ああ、僕もそうした方がいいと思う。ピーターでも、とてもあれには対抗できない」
エリッヒさんに頭を下げ、俺は城壁から飛び降りた。堀の内側を走り、サーシャがいるはずの城門へと急ぐ。
「サーシャ!」
「ジョーさん! ご無事ですか!」
「魔法使いたちがどんどん攻撃してくれたから俺はなんともない。サーシャは?」
「こちらも他の冒険者や騎士の方々がいるので、私も無傷です」
魔物は西側のロクオ方面から来ているものが多い。そちら側に先に落とし穴を作ったことで、ハロンズという都市を攻めようとする魔物たちのルートはかなり限定されていた。
その場所に防御を集中することで、魔物の都市への侵入は現在のところ完全に阻まれている。
ただ――。
「東から屍竜が来ている。あれは魔法は通じないぞ」
アンギルド長が険しい目を屍竜に向けた。そのブレスはまだハロンズの街に直接届くほどではないが、おぞましい姿ははっきりとわかるようになっていた。
「私が戦います! 魔法が効かないなら、直接打撃を当てるしかありません」
サーシャがきっぱりと言い切った。俺もそれしか無いと思う。けれど、サーシャを危ない目には遭わせたくない。
危ない目に遭わせたくないというのは本心だけど、サーシャが立ち向かおうとしているものから彼女を遠ざけることもできなかった。そんなことをしたら彼女の心が傷を負う。――俺は物理的な強さではサーシャを守ることができないから、彼女の心を守ろうと決めたんだ。
「サーシャ、城壁へ上がろう。俺がサーシャを抱えて目一杯飛ぶから、途中でサーシャは俺を踏み台にして更に飛び上がるんだ」
「ジョーさん、耳が!?」
「以前みたいにクロと一体化してる。今の俺なら身体能力が凄く上がってるから」
俺の頭の上に付いた犬耳に驚いたサーシャだけど、俺の説明ですぐ頷いてくれた。
その時――。
屍竜から、赤い光を纏った何かが飛び降りてきた。
赤とオレンジの混ざった、力強く眩い光。
俺は以前にそれを見たことがある。あれは、あれは――。
悠然と着地したそれは、魔物の群れの中を一直線にこちらに向かって歩いてくる。魔物たちは彼が近づくと畏れるように道を空け、俺たちからその人までは何も遮るものが無くなった。
「アーノルドさん……」
「アーノルド、何故おまえが」
サーシャとレヴィさんの口から出た名前は、俺が一番信じたくない事実を示していた。
場違いなほどいつもと同じ眩い笑顔を浮かべ、アーノルドさんは俺たちに手を差し伸べる。
「やっと、やっと俺は強くなったよ。だからお兄ちゃんと一緒に行こう。な、マーシャ」
その場の誰もが、魔物の王のように君臨するアーノルドさんに目を奪われていた。
全ての音が消え去ったような中で俺の耳に届いたのは、本当にいつもと変わらない調子のアーノルドさんの声だった。
0
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。
藍生蕗
恋愛
かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。
そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……
偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。
※ 設定は甘めです
※ 他のサイトにも投稿しています
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
異世界もふもふ食堂〜僕と爺ちゃんと魔法使い仔カピバラの味噌スローライフ〜
山いい奈
ファンタジー
味噌蔵の跡継ぎで修行中の相葉壱。
息抜きに動物園に行った時、仔カピバラに噛まれ、気付けば見知らぬ場所にいた。
壱を連れて来た仔カピバラに付いて行くと、着いた先は食堂で、そこには10年前に行方不明になった祖父、茂造がいた。
茂造は言う。「ここはいわゆる異世界なのじゃ」と。
そして、「この食堂を継いで欲しいんじゃ」と。
明かされる村の成り立ち。そして村人たちの公然の秘め事。
しかし壱は徐々にそれに慣れ親しんで行く。
仔カピバラのサユリのチート魔法に助けられながら、味噌などの和食などを作る壱。
そして一癖も二癖もある食堂の従業員やコンシャリド村の人たちが繰り広げる、騒がしくもスローな日々のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる