殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

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ハロンズ編

112 教授とマリオンのワクワク☆大発明

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 チャーリー事件は色々な意味で俺たちにとって大事件だったけども、日常が特に変わったわけじゃなかった。
 最近の日課は、魔物討伐に出かけ、依頼をこなしてギルドに戻り、また依頼を受けてから帰宅して、それでほとんど1日が終わるって感じだ。
 移動魔法が使える俺がいるから日帰りでこなせるのであって、他の冒険者だったらひとつの依頼を片付けるのに2.3日掛かってしまうだろう。
 そして、機動力と戦力の揃った俺たちは、その分次々と名指しで依頼をされるようになった。

 凄い勢いでお金が貯まっていく……。素材買取と報酬依頼でギルドが破産するんじゃ? とちょっと心配になるレベルだ。
 ギルドに預けてある金額が一桁上がってしまったので恐ろしくなってレヴィさんに聞いてみたら、今回のような大規模災害とも言える魔物討伐依頼なら国から報酬が出ているはずだし、冒険者がギルドに持ち込んだ素材は街の商人に流れて武器防具の材料や食用肉、それに薬などになるから買取に関しては損は出ていないはず、と言われて安心した。

 つまり、一部不穏な空気をはらみつつも、ハロンズは活気に満ちているのだ。
 冒険者は潤い、武器防具屋は活気づき、結果総合的な戦力も上がっている。
 これが地方まで及んでいればお手上げだったけれども、魔物の増殖は各地で確認されているけれど、ハロンズ近郊での出現ばかりが上がったおかげで現在のところ対処できている。
 

 今日も俺たちはロクオ山脈でワイバーンとダイアウルフの群れを退治し、ギルドに倒した魔物を持っていった。正直もう買取とか面倒だけど、討伐証明にもなるから何も持っていかないわけにいかない。
 そして帰宅すると――。

「やあ、お帰り! 待ってたよ!」
「悪ぃ……教授がどうしてもおまえらに見せたいって駄々捏ねて……」

 何故か異様ににこやかな教授と、疲れ切った顔のルイに出迎えられた。
 いや、教授とルイだけじゃない。テントの返却予定がなかったので今日はギルドの窓口にいなかったマリオンが、教授の後ろでぴょこぴょことジャンプしてこちらを窺っている。

「みんな、見てーな!! どえらいモンができたで! コリンは早速工房で加工始めてるわ」

 目をキラッキラにして飛び跳ねるマリオンに、俺たちは一瞬疲れを忘れた。
 教授はともかく、マリオンは常識派だ。教授に近い研究者気質はあるけど、オーサカの商家で生まれ育ったという経歴が地に足を付けているんだろう。

「マリオンさんがそんなにはしゃいでいるなんて、ただことじゃありませんね」
「教授はいつものことだけどね。むしろはしゃいでないときの方が珍しいわよね」

 女性陣の言葉があまりに的確すぎる。
 そんな俺たちの様子に気を悪くすることもなく、教授は「じゃーん!」と効果音を自分で付けながら俺たちの前に一枚の金属板を出して見せた。
 何の変哲もない鉄板に見える。……なにやら模様が描いてあることを除けば。

「それは何ですか?」

 ここのところ俺たちは連日依頼で夜にならないと帰らないことは、マリオンがよく知っている。そのマリオンが見せたいとこんなにもはしゃぐからには、きっと凄いものなのだ。

「これはね、マリオンくんの図形儀式魔術と僕の属性魔法の魔法図を組みあわせて生みだした魔道具さ! わかるかい? この外側の円が図形儀式魔術と魔法図に共通したもので、火魔法の根幹魔法である《発火イグニツシヨン》をベースにそれを発動させるための図形を描き込んであるんだ」

 教授が凄い勢いで解説してくれるが、正直なところ「そう言われましても……」という状況だ。魔法図は前にも見せられたことがあるけども何を根拠にしているのかが全くわからなかったし、図形儀式魔術に至ってはタンバー神殿でほんのちょっと見たことがあるだけなのだから。

「ふふふふふ、何が何だかわからないって顔をしてるね! ルイくん、あれを!」
「へいへい」

 教授が床に金属板を置くと、ルイがよっこらしょ、とその上に水をはった鍋を置いた。

「さて、この中で属性魔法が使えない人は……うん、レヴィくん、そこの板の隅にある丸印に指を置いてみたまえ! それで《発火イグニツシヨン》と言うんだ」
「これか? ……《発火イグニツシヨン》 うわっ!?」

 魔力がないはずのレヴィさんが唱えた呪文で、金属板から炎が立ち上った!
 驚いてレヴィさんが手を離してしまうと火は消えたけども、教授とマリオンはキャッキャと喜んでいる。

「え? 今の何? ほんのちょっとだけだけど魔力の揺らぎを感じたわ」
「ソニアってそういうのわかるの!?」
「ジョーって私が制御できない魔法を打つことしかできないと思ってない!?」
「ごめん、思ってる」

 うっかり口を滑らせた俺は、青筋を立てたソニアにギリギリと頬を引っ張られた。かなり痛い。そんな俺をちらっと見た後見なかったことにしたらしく、レヴィさんは教授に向かって尋ねた。

「……つまり、この金属板に《発火イグニツシヨン》の魔法が組み込んであって、俺程度の微細な魔力でも発動するようになっているのか?」
「さっすがレヴィはん! その通りや!」
「今度は手を離さずに、しばらく指を置いたままにしてみてくれないか!?」

 教授とマリオンに急かされて、レヴィさんは再び金属板に指を置き、《発火イグニツシヨン》と唱えた。そのまま炎は燃え盛り、次第に鍋の周囲にぷつぷつと空気の粒が付いてくる。そのままにしていると鍋の中の水は沸騰した。
 そこでやっと手を離して、レヴィさんはため息をつく。

「これは……凄い発明じゃないのか? どこから魔力を持ってきてるんだ?」
「呪術は空気の中にある魔力や属性魔法にも使う人間の体内の魔力を使っていろいろな効果を出すんや! 魔法陣を描くだけでも効果が出るし、条件を揃えてやったらもっと高い効果も出る。今回は魔力の取り込みと放出に魔法陣の効果を使って、魔法図と融合させて属性魔法の効果を出してるんやね」
「実際に属性魔法が使えない人間でも、多少なりとも魔力はあるんだよ。この魔道具では呪文を唱えることで少量の体内魔力を鍵にして魔法を発動させているんだ。だからただ置いておくだけでは何の効果ももたらさないので安心安全!」
「実際、教授が今まで生み出したものの中で一番安全だぜ」

 ぼそりと呟いたルイの言葉が不穏だ……。今までどれだけ危険なものを生みだしてきたんだろう。
 それにしても……今は薪で調理をしているのに、一足飛びでこんなものができてしまうとは。魔法文明本当に凄いな。教授とマリオンも凄いけど。
 これが普及したら、キッチンにこの金属板を置くだけで薪いらずで調理ができるようになる。

「めちゃくちゃ凄いじゃないですか……金属板なのは熱に耐えるためですよね? 魔法によっては紙でもいいんですよね?」
「耐久性の問題があるから、金属板が一番良いと思うよ。《発火イグニツシヨン》程度では金属を溶かすような高火力が出るわけではないしね。《発火イグニツシヨン》以外にも《水生成クリエイトウォーター》や《氷柱アイシクル》などを組み込めば生活が激変するよ!」
「教授って……本当に天才なのね」

 しみじみと言うソニアに、教授とルイとマリオンが「今更?」と異口同音に言った。
 ソニアの気持ちはわかる。教授は確かに天才だけど、常人が理解して利用できるような機構を作ることができるなんて思ってなかった。

「これは確かに凄いですよ。難点があるとしたら、火力が一定にしかできないところですかね」
「うちもそれはちょっと気になってたんよ。で、今の魔法陣やったらここの魔力取り込みと制御と放出の部分の回路に少し余白があんねん。この部分に放出量制御を組み込んで……」
「弱火、中火、強火がそれぞれ出せるよう、指を置く部分を3種類作ればいいね。この魔法陣の凄いところは、自力で魔法が使えない魔力の少ない人間でも《氷槍アイシクルランス》や《礫弾ストーンバレツト》の魔法を打つことができることなんだよ。まあ、威力の方はソニアくんのような一流の魔法使いとは到底比べられないけども。今魔物被害が酷いだろう? 僕やルイくんにまで依頼が来る有様だからね。遠距離の攻撃手段を持たない冒険者も、これで戦力を格段にアップさせることができるよ!」
「天才ですね!」

 今度こそ俺は心の底から教授に賞賛の言葉と拍手を送った。
 魔法陣毎にひとつの魔法しか組み込めないから汎用性はない。けれど、攻撃手段なんてひとつあれば結構行けるもんだ。――とソニアを見ていて俺は思っている。
 空間魔法も使えたらいいのにと思ったけども、空間魔法は外から魔力を持ってきているわけではなく、教授でも仕組みがよくわかっていないので再現できないらしい。
 要は放出系の属性魔法だけが使えるのだ。それでも凄すぎる品物だけど。

「できたー! 教授ー! 《礫弾ストーンバレツト》の魔道具できたよー!」

 そこへ鉄板を振りかざしながらコリンが駆け込んできた。
 片手には教授が描いたと覚しき魔法陣の紙を持ち、もう片手にはそれを彫り込んだ鉄板を持っている。コリンはどうやら《礫弾ストーンバレツト》の魔道具を作っていたらしい。

「おお! どうだったかね!?」
「俺にも《礫弾ストーンバレツト》が出せた! これ凄いよー! 早く商業ギルドに登録して、たくさん作って売ろうよ!」
「ギルドへは明日行って登録するよ。僕の名義にするとウォルトン伯爵に利益が全部入ってしまうから、僕とマリオンくんの共同名義にしよう。それでもかなりの金額がマリオンくんに入るだろうしね」
「うん、いいと思うよ! 加工は簡単だから量産もしやすいし、教授が魔法陣を描いてくれればちょっと金属加工ができる職人で一気に作れるし!」

 コリンも凄く興奮している。魔法を使えない人間が自力で魔法を打てたというのは物凄い感動なんだろう。
 それに、教授も言っているけどこれは今の冒険者の戦力に革命を起こす。基本的に補助魔法を掛けたら後方待機しているプリーストが、積極的に戦闘に参加できるのだから。市民生活にも戦闘にも大活躍できるとは、本当に凄い。
 コリンの口ぶりではすぐに普及するだろうし、場合によっては冒険者ギルドが買い上げるかもしれないな。

 そうしたら俺たちも少し楽になるだろう。

 教授の希代の発明を前に、俺はそんな事を思って気楽になっていた。今の異常事態の中に、明るい兆しが見えたと思った。


 それから僅か数日後、「勇者アーノルド失踪」の知らせをネージュから受け取るまで……。
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