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ハロンズ編
111 あの男を見つけた
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寒さが増してくるにつれて、魔物の出現が多くなってきた。
ハロンズとネージュの冒険者ギルドの長はあちこちに調査を出し、討伐依頼を出し、てんやわんやの忙しさだ。
その日も俺たちはロキャット湖に再度出現したヒュドラを前回と同じやり方で倒して、ギルドに報告に来ていた。
「しかし、チャーリーはいいよなあ。女に貢がせた金でいい武器買ったんだろう?」
「おう、俺はいい男だからな! 30万マギル貢ぐ女だっているんだぜ!」
得意げな話し声の中に引っかかる単語がある。おや? と思ってそちらを見ようとしたら、ソニアが鬼の形相で男たちを睨んでいた。
「……見つけたわ。ハロンズまで逃げてきてたのね、あの男」
低っ! ソニアの声低い!
そうか、聞いたことがあると思ったら、チャーリーってソニアの元婚約者――いや、結婚詐欺の男だ。
ソニアは普段あまりギルドにくることはないから、今まで鉢合わせしなかったんだろうな。
そのまま掴みかかっていくかと思ったソニアだけど、レヴィさんに何事かを耳打ちした。そしてレヴィさんは足早にギルドを出ていく。
訳がわかっていないサイモンさんはともかく、俺とサーシャは相手の正体に気付いてしまった。どうしたものかと思っていたらソニアは表情を凍らせて俺たちを振り向き、「しばらく黙ってて」と口に指を当てて囁いた。
「チャーリーは確かに顔が良いよなあ。おまえ、冒険者なんか辞めてヒモでも食っていけるんじゃねえの?」
「バッカ、そんなのつまらねーだろ? 俺はあくまで冒険者なんだよ。金じゃないんだよ。名誉とロマンなんだよ」
確かにチャーリーはよい装備をしている。これが、ソニアから騙し取った30万マギルで買ったものなんだろうな。でも装備がよければ腕が上がるかっていったらそんなことはあるわけない。
チャーリーとそのパーティーメンバーはしばらく笑いながら話を続けた。メンバーもおこぼれにあずかったんだろう、なかなか良さそうな鎧とか持ってるな。
まあ、俺は古代竜の革鎧にミスリルの盾しか装備したことはないから、武器防具の良し悪しはそんなにわからないけど。
でも、星2冒険者のティモシーたちよりも高そうなものだというのは一目でわかる。
買取の査定が終わったのか、メンバーのひとりが窓口に呼ばれていった。
そして、ソニアがすいと動き出して、チャーリーの肩にぽんと手を置いた。
「久しぶりね、チャーリー。その後、コカトリスに石化されてた人は回復したのかしら」
「そ、ソニア!? なんでここにいるんだ!」
「女に貢がせた金でいい装備をねえ~。まさかそれ、あなたが涙を流して『仲間を助けたいんだ』って言うから実家の金庫から用立てた30万マギルを使ったんじゃないでしょうね? 星3冒険者にしてはいいもの使ってるじゃない」
それは周囲が凍り付くような冷たい声だった。チャーリーは冷や汗を掻きながらソニアを頭のてっぺんからつま先まで見る。
「おまえ……冒険者になったのか? あんなに冒険者を嫌がってたくせに」
「そうよ。婚約者に渡した30万マギルを親に返済するために私は冒険者になったの。それで、『必ず30万マギルは返す! 頑張って稼いでくるよ!』って私の元を去って行った婚約者のチャーリーは、ここで何をしてるのかしらぁ?」
「い、今頑張って稼いでるところだよ! 安全に戦える武器防具がないとどうにもならないだろう?」
「じゃあ、30万マギル返済が終わったら約束通り私と結婚してクエリー商会の手伝いをするの?」
「そ、それは……」
俺とサーシャはハラハラとふたりのやりとりを見守っていた。
チャーリーのパーティーメンバーも目の前にいるソニアがチャーリーに騙された女だと気付いたらしく、一様に口を閉ざして成り行きを見守っている。
「なあ、ソニア。まだ10万マギルも貯まってないんだ。だから金は今返せない」
「あら、私ネージュ市内での仕事だけで、あなたがいなくなってからの半年で8万マギル稼いだわよ。気合いも根性も足りないのね」
「き、気合いと根性だけで金が貯まるかよっ!」
「愛しい愛しい恋人をネージュに置いていくのは心苦しいって泣いてた割りに覚悟がないのね! ところで、コカトリスに石化された仲間って誰? 石化解除って神殿でも5000マギルの寄付でいいそうよ? 私は知らなかったけど、神殿で50万マギルなんて大金を提示することはないんですって」
ぐい、とソニアがチャーリーに一歩詰め寄る。そして、キスもできそうなくらいの距離で彼の胸ぐらを掴み、冷淡な声で言い放った。
「私を騙したんでしょう? 今ならわかるわ。お金目当てで私に近づいたってことがね! 星3でコカトリス退治もおかしいものね。それとも身分証自体偽造かしら?
婚約もなかったことにするしうちの手伝いもしなくて結構! 30万マギルきっちり耳を揃えて返してくれるだけでいいわ。それと謝罪ね!」
ギルドの内部は大騒ぎになっていた。職員さんたちも立ち上がって成り行きを見ているし、いつの間にか人も増えている。ソニアは見物人たちを一瞥してから、もう一度チャーリーに向き直った。
「そうね、偽りとは言え恋人同士だった間柄、一片の慈悲をかけてあげるわ。あなたが私を騙したと認めた上で私と1対1の勝負に勝ったら、私から騙し取った30万マギル、チャラにしてあげるわよ」
ソニアの方が背が低いのに完全に見下す目つき! そ、ソニアが女王様の顔をしている!
チャーリーたちは騒ぎになってしまったので逃げられないとわかったのか、ひそひそと話を始めた。
「おい、どうする? あの女強いのか?」
「ソニアは俺がネージュにいたときには冒険者じゃなかった。ろくに働いたこともないようなお嬢様だ」
「ラッキーじゃないか! 星2にでも上がって自信が付いてるのかもしれないが、剣士だろう? この短期間で特訓したとしても、たかがしれてる!」
「だ、だな」
ぎりぎり彼らが話していることは俺の耳にも聞こえた。ソニアの腰のシミターをチラ見しながら言っているのか……。
確かに、髪も短いし、今のソニアは軽戦士と言ってもみんな信じると思う。
そして、顔だけは良いチャーリーは優しい恋人だったという仮面を完全に脱ぎ捨てて下卑た笑いを浮かべた。
「そういう浅はかさは本当に治ってねえな! その挑戦受けてやるよ!」
ぱっと見だけイケメンでも、一皮剥けばゲスなんだな……。
その点アーノルドさんは、一皮剥いて変態だったけどゲスではなかった。いや、比べるのもどうかと思うけど。
「ここにいる人間全員が証人よ。じゃ、訓練場へ行きましょう」
「おまえから1対1って言ってきたんだ。怪我しても泣き言言うんじゃねえぞ!」
「あんたこそ! 死なないように気を付けなさいよ! 私を騙したことを絶っっっ対後悔させてやるんだから!」
ああ……死んだな、あの男。いや、殺さないだろうけど。
ふたりは数メートル離れた場所でお互いに向き合った。ビリビリするような殺意が感じられる。――主にソニアから。
チャーリーって馬鹿じゃないのかな。本名で詐欺をしてたのもそうだけど、こういう時に発する殺気で相手が格上ってわからないのか。
俺が見ただけでも、ただ立っているだけなのにソニアの周りは空気が重い。あの間合いに入ったら殺られるって気がひしひしとする。
まあ、馬鹿だからそういう詐欺で人を騙して、いくら離れた場所とはいえそれを武勇伝みたいに言えるんだろうな……。
「そっちの合図でいいわよ」
「随分余裕じゃねえか。腕に自信があるのか?」
「今あんたに言うことは何もないわ」
元恋人同士とは思えない、棘のある言い方の応酬。チャーリーのパーティーメンバーがそろりと手を上げて、「始め!」と言って振り下ろした。
その声と共にチャーリーは剣を抜き放ち、下段からソニアに斬りかかろうと一気に距離を詰める!
――けれど。
「《突風》」
「わぶっ!?」
ソニアは胸元から杖を抜き、杖の先をぴたりとチャーリーに向けて一言言っただけ。
それでチャーリーは吹っ飛ばされ、訓練場の壁に叩きつけられた。
「《斬裂竜巻》!!」
「そ、ソニアさん! それを食らったら普通の人は死にますよ!」
「死ななきゃいいのよ! サイモン! あいつに回復魔法を掛けてちょうだい!」
「ひええええ……ソニアはん、怖いこと言うわ~。サーナ・メンテュア・エトゥ・モービス……」
竜巻の中の真空波で切り刻まれながら、同時に回復されるチャーリー……。
竜巻が消えたとき、そこには傷だらけのプレートアーマーに身を包み、あちこちから血を流したチャーリーが倒れ伏していた。
「サイモン、もう一度回復してやってくれる? あ、サーシャには頼まないわよ。また痛めつけるために回復してなんて、慈愛の女神のプリーストには頼めないもの」
「そんな、アカシヤー様が非道を許す神みたいな言い方やめてくれへん? まあ、ソニアはんに半殺しにされても仕方ないことしたんはわかるからこれ以上何も言わへんけどな」
サイモンさんがもう一度回復魔法を掛ける。するとソニアはチャーリーを《竜巻》で巻き上げ、地面にたたき落とし、何度も《突風》で壁に吹っ飛ばした。
「ま、こんなもんかしらね。ああ、回復はもうしなくていいわよ。そっちにだってプリーストくらいいるでしょ? それと、今から逃げようなんて甘いことは思わないでよね」
チャーリーのパーティーメンバーは顔を蒼白にし、ガタガタと震えていた。
自分たちが侮った相手が恐るべき実力の持ち主だとやっと気付いたのだろう。
自分は髪の一筋すらも乱していないソニアは、つかつかとチャーリーに歩み寄り、その背中を思いっきり踏みつけた。チャーリーが呻く弱々しい声が聞こえてくる。
「あなたに騙されてから、半年くらいして本当のことを知ったのよ。そして30万マギルを親に返すために冒険者になったの。私は剣士じゃなくて風魔法使いで今は星5よ。星1からの昇格最短記録ですって。古代竜の首も魔法でスッパリよ」
ひたりとチャーリーの首に杖を突きつけてソニアが脅す。また声が淡々としてるから怖さが倍増してるんだよな。
ソニアは最後に一度チャーリーに目をやって、くるりと彼に背を向けた。
「レヴィ、ちゃんと衛兵呼んできてくれた?」
「ああ、一部始終聞いていた」
俺の後ろにはレヴィさんがいた。いつの間に!?
そして、数人の衛兵がチャーリーを捕縛し、パーティーメンバーの身柄も押さえている。
最初にチャーリーに気付いてから、ソニアが大騒ぎしてみせるまでに間があったのはそのせいか……。
「あとで商人ギルドから人を呼んでもらえないかしら。30万マギルを私に返済するっていう証書を作らないとね」
「わかった。こちらでもこの男の自供は全て聞かせてもらったよ。決闘に乗ったということは自分の罪を認めたも同然だ。これから余罪も調べて厳しく対処しよう」
チャーリーと仲間たちが衛兵に連れられてギルドから出て行く。それに背を向けたままだったソニアは、足音が消えた瞬間にその場に崩れ落ちた。
「馬鹿……馬鹿よ、私ったらなんであんな男の本性も見抜けなかったの? 顔がよかっただけじゃない! 優しくしてくれても上辺だけだったじゃない……本当に馬鹿よ、もしかしたら全てが何かの間違いで、ちゃんとお金を返してくれるかもしれないなんて期待し続けてたなんて! 少しでもあいつを信じてた私はなんて愚かなの!」
そのままソニアは地面に手を付いてわあわあと泣き始めた。サーシャが駆け寄ろうとしたけど、それを俺は手で止めた。
号泣するソニアの傍らに膝を付き、レヴィさんが彼女の肩をそっと抱いたから。
「ソニア、もういい。これ以上自分を責めるな」
「だって……だって」
「詐欺師は騙すのが本職の人間なんだ。ただ騙されて泣き寝入りしたんじゃなくて、ソニアは自分で金を稼いで借金を親に返したんだろう? それに、あの男も自分で叩きのめした。……そこまでできる人間はそうそういない。ソニアは、凄い。よく頑張ったな」
「レヴィ……うわぁぁあん!!」
抱き寄せられて、レヴィさんの胸でソニアが泣く。俺たちはただ息を詰めて成り行きを見守っていた。
「きっかけはともかく、ソニアが冒険者になって、こうして知り合えて、一緒に冒険をできることを俺は嬉しく思う。……だから、あんな馬鹿じゃなくて、付き合うなら俺にしないか?」
い、イケメーーーーン!!!!!!
レヴィさんのさりげない告白に、俺とサーシャとサイモンさんは同時に口元を押さえた。
驚きすぎたのかソニアは息を詰まらせて泣き止み、レヴィさんの事を見上げている。
レヴィさんは真顔だけど、顔が、顔が真っ赤だ。
そしてそれはソニアに伝染したみたいで、ソニアも見る間に顔を赤らめてもう一度レヴィさんの胸に顔を埋めた。
「……します。付き合うならレヴィみたいに誠実な人がいいわ……。でも、でも、もう少し場所を選んで欲しかった……」
嬉しいんだけど、というソニアの声は消え入りそうだったけど、俺たちの耳にも届いた。
残っていた僅かな人たちからは拍手が上がり、アンギルド長が苦虫を噛みつぶしたような顔で俺たちに近づいてきた。
「職員から聞いたがチャーリーは星3と名乗っていたようだな? あいつらは星2だ。ギルドの身分証偽造の疑いも出てきた。はあ……忙しいときに面倒を掛ける馬鹿がいたものだ。調査はするがギルド追放になるだろう。後でソニアに伝えてやれ」
そっちも結構な問題だけど……。
結局チャーリーは詐欺で捕まり、ソニアに借金を返すまで労役につくことになったらしい。それにギルドの身分証の偽造まで加わって、一気に名前と顔が知れてしまった。
パーティーメンバーの方も小さい詐欺や窃盗を繰り返していたようでこれも逮捕。
ソニアとレヴィさんのことも含めて、様々なことが落ち着くべきところへ落ち着いたのだった。
ハロンズとネージュの冒険者ギルドの長はあちこちに調査を出し、討伐依頼を出し、てんやわんやの忙しさだ。
その日も俺たちはロキャット湖に再度出現したヒュドラを前回と同じやり方で倒して、ギルドに報告に来ていた。
「しかし、チャーリーはいいよなあ。女に貢がせた金でいい武器買ったんだろう?」
「おう、俺はいい男だからな! 30万マギル貢ぐ女だっているんだぜ!」
得意げな話し声の中に引っかかる単語がある。おや? と思ってそちらを見ようとしたら、ソニアが鬼の形相で男たちを睨んでいた。
「……見つけたわ。ハロンズまで逃げてきてたのね、あの男」
低っ! ソニアの声低い!
そうか、聞いたことがあると思ったら、チャーリーってソニアの元婚約者――いや、結婚詐欺の男だ。
ソニアは普段あまりギルドにくることはないから、今まで鉢合わせしなかったんだろうな。
そのまま掴みかかっていくかと思ったソニアだけど、レヴィさんに何事かを耳打ちした。そしてレヴィさんは足早にギルドを出ていく。
訳がわかっていないサイモンさんはともかく、俺とサーシャは相手の正体に気付いてしまった。どうしたものかと思っていたらソニアは表情を凍らせて俺たちを振り向き、「しばらく黙ってて」と口に指を当てて囁いた。
「チャーリーは確かに顔が良いよなあ。おまえ、冒険者なんか辞めてヒモでも食っていけるんじゃねえの?」
「バッカ、そんなのつまらねーだろ? 俺はあくまで冒険者なんだよ。金じゃないんだよ。名誉とロマンなんだよ」
確かにチャーリーはよい装備をしている。これが、ソニアから騙し取った30万マギルで買ったものなんだろうな。でも装備がよければ腕が上がるかっていったらそんなことはあるわけない。
チャーリーとそのパーティーメンバーはしばらく笑いながら話を続けた。メンバーもおこぼれにあずかったんだろう、なかなか良さそうな鎧とか持ってるな。
まあ、俺は古代竜の革鎧にミスリルの盾しか装備したことはないから、武器防具の良し悪しはそんなにわからないけど。
でも、星2冒険者のティモシーたちよりも高そうなものだというのは一目でわかる。
買取の査定が終わったのか、メンバーのひとりが窓口に呼ばれていった。
そして、ソニアがすいと動き出して、チャーリーの肩にぽんと手を置いた。
「久しぶりね、チャーリー。その後、コカトリスに石化されてた人は回復したのかしら」
「そ、ソニア!? なんでここにいるんだ!」
「女に貢がせた金でいい装備をねえ~。まさかそれ、あなたが涙を流して『仲間を助けたいんだ』って言うから実家の金庫から用立てた30万マギルを使ったんじゃないでしょうね? 星3冒険者にしてはいいもの使ってるじゃない」
それは周囲が凍り付くような冷たい声だった。チャーリーは冷や汗を掻きながらソニアを頭のてっぺんからつま先まで見る。
「おまえ……冒険者になったのか? あんなに冒険者を嫌がってたくせに」
「そうよ。婚約者に渡した30万マギルを親に返済するために私は冒険者になったの。それで、『必ず30万マギルは返す! 頑張って稼いでくるよ!』って私の元を去って行った婚約者のチャーリーは、ここで何をしてるのかしらぁ?」
「い、今頑張って稼いでるところだよ! 安全に戦える武器防具がないとどうにもならないだろう?」
「じゃあ、30万マギル返済が終わったら約束通り私と結婚してクエリー商会の手伝いをするの?」
「そ、それは……」
俺とサーシャはハラハラとふたりのやりとりを見守っていた。
チャーリーのパーティーメンバーも目の前にいるソニアがチャーリーに騙された女だと気付いたらしく、一様に口を閉ざして成り行きを見守っている。
「なあ、ソニア。まだ10万マギルも貯まってないんだ。だから金は今返せない」
「あら、私ネージュ市内での仕事だけで、あなたがいなくなってからの半年で8万マギル稼いだわよ。気合いも根性も足りないのね」
「き、気合いと根性だけで金が貯まるかよっ!」
「愛しい愛しい恋人をネージュに置いていくのは心苦しいって泣いてた割りに覚悟がないのね! ところで、コカトリスに石化された仲間って誰? 石化解除って神殿でも5000マギルの寄付でいいそうよ? 私は知らなかったけど、神殿で50万マギルなんて大金を提示することはないんですって」
ぐい、とソニアがチャーリーに一歩詰め寄る。そして、キスもできそうなくらいの距離で彼の胸ぐらを掴み、冷淡な声で言い放った。
「私を騙したんでしょう? 今ならわかるわ。お金目当てで私に近づいたってことがね! 星3でコカトリス退治もおかしいものね。それとも身分証自体偽造かしら?
婚約もなかったことにするしうちの手伝いもしなくて結構! 30万マギルきっちり耳を揃えて返してくれるだけでいいわ。それと謝罪ね!」
ギルドの内部は大騒ぎになっていた。職員さんたちも立ち上がって成り行きを見ているし、いつの間にか人も増えている。ソニアは見物人たちを一瞥してから、もう一度チャーリーに向き直った。
「そうね、偽りとは言え恋人同士だった間柄、一片の慈悲をかけてあげるわ。あなたが私を騙したと認めた上で私と1対1の勝負に勝ったら、私から騙し取った30万マギル、チャラにしてあげるわよ」
ソニアの方が背が低いのに完全に見下す目つき! そ、ソニアが女王様の顔をしている!
チャーリーたちは騒ぎになってしまったので逃げられないとわかったのか、ひそひそと話を始めた。
「おい、どうする? あの女強いのか?」
「ソニアは俺がネージュにいたときには冒険者じゃなかった。ろくに働いたこともないようなお嬢様だ」
「ラッキーじゃないか! 星2にでも上がって自信が付いてるのかもしれないが、剣士だろう? この短期間で特訓したとしても、たかがしれてる!」
「だ、だな」
ぎりぎり彼らが話していることは俺の耳にも聞こえた。ソニアの腰のシミターをチラ見しながら言っているのか……。
確かに、髪も短いし、今のソニアは軽戦士と言ってもみんな信じると思う。
そして、顔だけは良いチャーリーは優しい恋人だったという仮面を完全に脱ぎ捨てて下卑た笑いを浮かべた。
「そういう浅はかさは本当に治ってねえな! その挑戦受けてやるよ!」
ぱっと見だけイケメンでも、一皮剥けばゲスなんだな……。
その点アーノルドさんは、一皮剥いて変態だったけどゲスではなかった。いや、比べるのもどうかと思うけど。
「ここにいる人間全員が証人よ。じゃ、訓練場へ行きましょう」
「おまえから1対1って言ってきたんだ。怪我しても泣き言言うんじゃねえぞ!」
「あんたこそ! 死なないように気を付けなさいよ! 私を騙したことを絶っっっ対後悔させてやるんだから!」
ああ……死んだな、あの男。いや、殺さないだろうけど。
ふたりは数メートル離れた場所でお互いに向き合った。ビリビリするような殺意が感じられる。――主にソニアから。
チャーリーって馬鹿じゃないのかな。本名で詐欺をしてたのもそうだけど、こういう時に発する殺気で相手が格上ってわからないのか。
俺が見ただけでも、ただ立っているだけなのにソニアの周りは空気が重い。あの間合いに入ったら殺られるって気がひしひしとする。
まあ、馬鹿だからそういう詐欺で人を騙して、いくら離れた場所とはいえそれを武勇伝みたいに言えるんだろうな……。
「そっちの合図でいいわよ」
「随分余裕じゃねえか。腕に自信があるのか?」
「今あんたに言うことは何もないわ」
元恋人同士とは思えない、棘のある言い方の応酬。チャーリーのパーティーメンバーがそろりと手を上げて、「始め!」と言って振り下ろした。
その声と共にチャーリーは剣を抜き放ち、下段からソニアに斬りかかろうと一気に距離を詰める!
――けれど。
「《突風》」
「わぶっ!?」
ソニアは胸元から杖を抜き、杖の先をぴたりとチャーリーに向けて一言言っただけ。
それでチャーリーは吹っ飛ばされ、訓練場の壁に叩きつけられた。
「《斬裂竜巻》!!」
「そ、ソニアさん! それを食らったら普通の人は死にますよ!」
「死ななきゃいいのよ! サイモン! あいつに回復魔法を掛けてちょうだい!」
「ひええええ……ソニアはん、怖いこと言うわ~。サーナ・メンテュア・エトゥ・モービス……」
竜巻の中の真空波で切り刻まれながら、同時に回復されるチャーリー……。
竜巻が消えたとき、そこには傷だらけのプレートアーマーに身を包み、あちこちから血を流したチャーリーが倒れ伏していた。
「サイモン、もう一度回復してやってくれる? あ、サーシャには頼まないわよ。また痛めつけるために回復してなんて、慈愛の女神のプリーストには頼めないもの」
「そんな、アカシヤー様が非道を許す神みたいな言い方やめてくれへん? まあ、ソニアはんに半殺しにされても仕方ないことしたんはわかるからこれ以上何も言わへんけどな」
サイモンさんがもう一度回復魔法を掛ける。するとソニアはチャーリーを《竜巻》で巻き上げ、地面にたたき落とし、何度も《突風》で壁に吹っ飛ばした。
「ま、こんなもんかしらね。ああ、回復はもうしなくていいわよ。そっちにだってプリーストくらいいるでしょ? それと、今から逃げようなんて甘いことは思わないでよね」
チャーリーのパーティーメンバーは顔を蒼白にし、ガタガタと震えていた。
自分たちが侮った相手が恐るべき実力の持ち主だとやっと気付いたのだろう。
自分は髪の一筋すらも乱していないソニアは、つかつかとチャーリーに歩み寄り、その背中を思いっきり踏みつけた。チャーリーが呻く弱々しい声が聞こえてくる。
「あなたに騙されてから、半年くらいして本当のことを知ったのよ。そして30万マギルを親に返すために冒険者になったの。私は剣士じゃなくて風魔法使いで今は星5よ。星1からの昇格最短記録ですって。古代竜の首も魔法でスッパリよ」
ひたりとチャーリーの首に杖を突きつけてソニアが脅す。また声が淡々としてるから怖さが倍増してるんだよな。
ソニアは最後に一度チャーリーに目をやって、くるりと彼に背を向けた。
「レヴィ、ちゃんと衛兵呼んできてくれた?」
「ああ、一部始終聞いていた」
俺の後ろにはレヴィさんがいた。いつの間に!?
そして、数人の衛兵がチャーリーを捕縛し、パーティーメンバーの身柄も押さえている。
最初にチャーリーに気付いてから、ソニアが大騒ぎしてみせるまでに間があったのはそのせいか……。
「あとで商人ギルドから人を呼んでもらえないかしら。30万マギルを私に返済するっていう証書を作らないとね」
「わかった。こちらでもこの男の自供は全て聞かせてもらったよ。決闘に乗ったということは自分の罪を認めたも同然だ。これから余罪も調べて厳しく対処しよう」
チャーリーと仲間たちが衛兵に連れられてギルドから出て行く。それに背を向けたままだったソニアは、足音が消えた瞬間にその場に崩れ落ちた。
「馬鹿……馬鹿よ、私ったらなんであんな男の本性も見抜けなかったの? 顔がよかっただけじゃない! 優しくしてくれても上辺だけだったじゃない……本当に馬鹿よ、もしかしたら全てが何かの間違いで、ちゃんとお金を返してくれるかもしれないなんて期待し続けてたなんて! 少しでもあいつを信じてた私はなんて愚かなの!」
そのままソニアは地面に手を付いてわあわあと泣き始めた。サーシャが駆け寄ろうとしたけど、それを俺は手で止めた。
号泣するソニアの傍らに膝を付き、レヴィさんが彼女の肩をそっと抱いたから。
「ソニア、もういい。これ以上自分を責めるな」
「だって……だって」
「詐欺師は騙すのが本職の人間なんだ。ただ騙されて泣き寝入りしたんじゃなくて、ソニアは自分で金を稼いで借金を親に返したんだろう? それに、あの男も自分で叩きのめした。……そこまでできる人間はそうそういない。ソニアは、凄い。よく頑張ったな」
「レヴィ……うわぁぁあん!!」
抱き寄せられて、レヴィさんの胸でソニアが泣く。俺たちはただ息を詰めて成り行きを見守っていた。
「きっかけはともかく、ソニアが冒険者になって、こうして知り合えて、一緒に冒険をできることを俺は嬉しく思う。……だから、あんな馬鹿じゃなくて、付き合うなら俺にしないか?」
い、イケメーーーーン!!!!!!
レヴィさんのさりげない告白に、俺とサーシャとサイモンさんは同時に口元を押さえた。
驚きすぎたのかソニアは息を詰まらせて泣き止み、レヴィさんの事を見上げている。
レヴィさんは真顔だけど、顔が、顔が真っ赤だ。
そしてそれはソニアに伝染したみたいで、ソニアも見る間に顔を赤らめてもう一度レヴィさんの胸に顔を埋めた。
「……します。付き合うならレヴィみたいに誠実な人がいいわ……。でも、でも、もう少し場所を選んで欲しかった……」
嬉しいんだけど、というソニアの声は消え入りそうだったけど、俺たちの耳にも届いた。
残っていた僅かな人たちからは拍手が上がり、アンギルド長が苦虫を噛みつぶしたような顔で俺たちに近づいてきた。
「職員から聞いたがチャーリーは星3と名乗っていたようだな? あいつらは星2だ。ギルドの身分証偽造の疑いも出てきた。はあ……忙しいときに面倒を掛ける馬鹿がいたものだ。調査はするがギルド追放になるだろう。後でソニアに伝えてやれ」
そっちも結構な問題だけど……。
結局チャーリーは詐欺で捕まり、ソニアに借金を返すまで労役につくことになったらしい。それにギルドの身分証の偽造まで加わって、一気に名前と顔が知れてしまった。
パーティーメンバーの方も小さい詐欺や窃盗を繰り返していたようでこれも逮捕。
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※小説家になろう様にも投稿しています
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