103 / 122
ハロンズ編
98 一方的な攻撃は気分がいい
しおりを挟む
ヒュドラを魔法収納空間へ入れることができたので、船を収納して移動魔法で岸辺に戻る。漁師さんたちは無事に戻ってきた俺たちを見て喜んでくれた。
船を貸してくれた人には保証金をそのままお礼として支払い、俺たちを乗せて運んでくれた漁師さんには危険を冒してくれた例も含めて2万マギルを渡す。
酷く恐縮されたけど、船を出してもらえなかったらこちらも身動き取れなかったのだから、それは危険手当として受け取ってもらいたい、みたいな説明をした。
「とりあえず危険は無いのはわかってるけど、落ち着かないわね……」
「同感です」
ソニアとサーシャは若干そわそわしている。まあそれも仕方ないな。戦闘が完全に終わったわけじゃないから。
「とりあえず、また家を出してくんねえか? 教授がぶっ倒れそうだ」
教授がおとなしいと思ったらそういうことか! ルイの言葉に俺は慌てて街外れまで移動魔法を使って、そこに家を出した。
小部屋の方にサーシャとソニアのためにベッドを2つ、大部屋の方にベッドを1つとテーブルセットも出す。
ソニアと教授の魔力が回復するまで一度休憩だ。
毒ブレスを食らったサーシャのために、たらいにお湯も用意する。サーシャはいそいそと浴室に向かい、しばらくして革鎧を脱いですっきりした顔で出てきた。
「なんだかほっとしました。お湯はいいですね」
「お茶も飲む?」
「はい、いただきます」
ソニアと教授はベッド直行だったけど、サーシャは魔力切れではないのでお茶を飲む余裕があるらしい。
魔力を盛大に消費した魔法使いを寝かせて、あまり消耗していない俺とレヴィさんとルイ、それにサーシャでテーブルを囲む。
持って来ていたメレンゲとお茶を出してしばらく無言でそれを口にしていると、段々緊張がほぐれてきた。
「……一時はどうなることかと思いました」
「サーシャが攻撃を受けるのを見るのは心臓に悪いよ……」
甘いものを食べて落ち着いたらしいサーシャが、椅子に深く座り直す。
「サーシャとルイは寝なくて平気?」
「ルイも魔力をかなり使ったんじゃないのか?」
「俺は平気だよ。《水中探知》は俺でも4回くらいは使える。むしろ、魔力出した後の反応捕らえるのに神経使うな」
「お疲れ様。ほら、もっとお菓子食べなよ。他にも何か出す?」
「やった! 食う!」
レベッカさんが俺のレシピで焼いたクッキーも出すと、ルイが両手にクッキーを持って食べ始めた。教授がいるとしかめっ面になりがちだけど今は笑顔だ。
「ところで、どこで戦いますか?」
「俺的にはいっそ穴も掘って、そこにヒュドラを落として身動きできなくしてから戦ったらどうかと思うんだ。周囲に被害が出ないところ……って考えたら、マーテナ山かなって」
「そうだな。ヒュドラが叫んでいたら他のドラゴンは基本的には寄ってこないだろうし」
「それもありますし、俺ちょっと気になったことがあって……」
どうした? という視線が俺に集まる。
ヒュドラを収納して戦いの流れを完全に変えた俺だけど、それ以上のことはできない。俺には攻撃力がない、とつくづく思ったのだ。
重さで押しつぶすのに使ってた古屋も全部使ってしまったし、何か武器が欲しい。
「マーテナ山って火山ですよね?」
「ああ、そうだな」
「山頂まで登れますか?」
「ああ、一度登ったことがある。道がないしドラゴンが出るから恐ろしく大変だが……」
「…………溶岩、欲しいなって」
何故か場を沈黙が支配する。これでも頭使った結果なのになにゆえ!
溶岩、収納しておいて敵にぶっかけたら無敵だと思うんだ。
戦闘する場所は選ぶけど……森とかだと火事になっちゃうし。
「教授に毒されてきたんじゃねえか?」
ルイが「何言ってんのこいつ」って様子でビビりながら俺を見ている。確かに教授っぽい発想だなとは、自分でも思った。
巨岩とかでもいいんだ。そっちの方が場所は選ばないし。攻撃力は落ちるけど。
「溶岩……溶岩を収納しておいて敵に掛けるのか……確かに攻撃力という点では凄いが」
「素材が確実に駄目になりますね……」
「いや、でも、素材がどうのとか言ってられない時もあるよね? こっちが生きるか死ぬかみたいな」
「ジョーの言うことには一理ある。だが、溶岩が欲しいならマーテナ山よりもっと火口まで行きやすい山があるからそっちにしたらどうだ? ドラゴンがいつ襲ってくるかわからない中マーテナ山を登るのはかなり正気の沙汰じゃないぞ」
「えええ……なんでレヴィさんはやっちゃったんですか」
「若気の至りって奴だ。それにその時はアーノルドの崇敬が一番高かった頃で」
なるほど、戦力に不足がなかったということか。
うーん、俺の要望にサーシャを付き合わせまくるのも悪いし、レヴィさんの言う通りもっと火口に行きやすい山で溶岩をゲットしよう。
「そうですね……溶岩はまた今度にします。マーテナ山なら大岩も割とゴロゴロしてるから、それで我慢します」
「いや、それも大概凶悪だろ……」
引き攣った顔でルイが呟いた。
魔法使いたちの回復を待っていたら午後の遅い時間になってしまったので、ヒュドラを倒すのは明日にして一度ハロンズに戻ることにした。
明日は移動魔法だけで行けるので馬は要らないとルイに伝えて、教授によく休んでくださいと頼んで別れる。
魔法収納空間にヒュドラを3頭入れたままというちょっとドキドキする状況ではあるけど、収納されていたら何もできないというのは今まででわかっている。極力それを気にしないようにしつつ、その日の晩は「明日の戦闘に備えてしっかり休むように」とレヴィさんに釘を刺され、しっかり夕飯を食べ、風呂で汗を流し、自分のベッドでのびのびと横になった。
移動魔法便利すぎるな……。依頼の最中でも自分の家に戻ってこられるって最高だ。空間魔法を選んだ過去の自分に「グッジョブ」って言いたい。
翌日、教授とルイを拾ってからマーテナ山5合目へ。出たところにいきなりドラゴンがいたらどうしようかとドキドキしたけど、ドアを繋いで見てみた限り近くにはいなかった。
「教授の攻撃魔法は何か通りそうなのがありますか?」
「うーん、僕の魔力だったら直接攻撃をするよりは、《拘束》などの魔法でヒュドラの動きを阻害した方が有効に思えるね」
「それはいいですね! できれば首の辺りを拘束できれば、すぐ倒せると思います」
教授の提案にサーシャが言葉を添えた。確かに、あれだけの数の首が動き回ると厄介だ。それは昨日身に染みている。
俺は適当な場所の土をがっぽりと収納して、それなりの深さがある穴を作った。大きさはヒュドラより少し大きいくらい。この中に入ってしまえば、体の方は自由には動けないし逃げようがない。
サーシャと教授が補助魔法を掛け始める。そして、ヒュドラ討伐の本番が始まった。
「ギャアアー!!」
穴の真上、20メートルくらいの高さからヒュドラを落とす。その時の悲鳴が凄かった。ドラゴンでもギャーって言うんだな……。
ヒュドラが穴の中に落ちると、物凄く重い音と悲鳴が響いた。そこにすかさず教授が《拘束》を掛ける。落下で衝撃を受けた上に首をがっつりと押さえられたヒュドラは、動きも見るからに力ない。サーシャがメイスを振るって頭を潰し、ソニアは《旋風斬》で首を切り落とす。
いつものふたりの本領が発揮されて、さほど時間も掛からず全ての頭を失い、ヒュドラは力尽きた。
「や、やったー!」
「ジョー、収納、早く! 切れてる首も!」
「あっ、そうだ」
ソニアに言われて慌ててヒュドラの死骸を収納する。後に残ったのは大きい穴と、血が飛び散った地面だけだ。
「サーシャ、ソニア、続けて行けそうか?」
レヴィさんの確認にふたりが頷いたので、2匹目と3匹目のヒュドラも次々と討伐されていった。
一時はどうなることかと思ったけども、俺たちは無事にヒュドラ3頭を倒すことができたのだった。
そのままギルドに移動すると、ギルドにいた人たちが突然現れた俺たちに驚いている。でももう「移動魔法です」なんて説明はいちいちしないのだ。「聖女のパーティーには移動魔法を習得した空間魔法使いがいる」って話が広まってるってティモシーから聞いたし。
レヴィさんが依頼完了と想定よりヒュドラが多かったという報告を窓口にすると、奥からアンギルド長が現れた。この人いつもギルドにいるのかな? 一度も見かけなかったネージュのギルド長と違って、仕事熱心なギルド長だ。
「リンゼイとルイがいるならちょうどいい。ヒュドラの買い取りもあるのだろう? 切断面から血が噴き出さないように傷口を焼いて欲しい」
「猛毒の血を浴びないようにですか。わかりました」
「この場に火魔法使いがいたら手伝ってくれないか。エールが飲める程度の手間賃は払おう」
ギルド長がいつかのように「エールが飲める程度の手間賃」で人手を集めようとする。運良くその場には星2の火魔法使いがいたから、3人がかりでヒュドラの首の切断面を焼くことになった。といっても、ソニアが切り落とした首だけ処理すればいいから、3人がかりならすぐ終わるだろう。
初めてここに来た時のように、大倉庫に移動して俺はヒュドラを隅に出した。血を浴びないように離れた場所から、魔法使いたちが《火球》で切断面を焼いていく。生き物の肉が焦げるなんとも言えない匂いが辺りに立ちこめた。あまり……いい匂いではない。
切断した首の方は樽の中に直接入れる。そちらも血が流れているけど、それは樽の中に溜まるから問題ない。
そして、腹側は傷だらけだったものの、背中側はほとんど傷がないヒュドラの買取査定が始まり、俺たちはとんでもない金額を手に入れることになった。
「ソニアさん、ソニアさん! しっかりしてください!」
「駄目だ、気絶してる」
「このままにしておいてやれ……」
査定額を聞いて卒倒したソニアをレヴィさんが支えている。この反応、相変わらずだなあ……。
ヒュドラ3頭の買取額は、1800万マギルになった……1頭あたり600万マギルとまさかの古代竜越えだ。元々ヒュドラ討伐はその生態から困難を極め、討伐をしても死体が水中に沈んで回収できないことばかりだというから納得できる金額なんだけど。
……それにしても、2日で1億8000万円を稼いでしまったというのは俺にとっても衝撃だ。お金ってこんなにホイホイ稼げていいものだっけ?
そこに、本来の報酬である150万マギルを足して1950万マギル。それが今回の収入で、あまりに高額なので、即金ではなくてギルドに口座を作ってそこに預けるという形に収まった。
「ひとり当たり325万マギルだね」
「いや、待てよ。俺ほとんど何もしてねえからそんな金額もらえねえぞ」
ちょっと予想していたことだけど、ルイが大きすぎる報酬金額に困惑して受け取りを拒んだ。ほとんど何もしていないといっても、ルイが《水中探知》をしてくれたから教授が全力で《水操作》を使えて、そのおかげでヒュドラを収納することができたのだから、このふたりがいなかったら今回の依頼は達成できなかった。
俺とサーシャとレヴィさんは顔を見合わせて、いつも通りにニコニコしている教授に向かって頷いた。
「それを言ったら俺はそれ以上に何もしていないんだがな……まあ、わかった」
レヴィさんがルイに頷いて見せると、ルイはあからさまにほっとした顔で胸を撫で下ろす。そして、ルイが気付いていないのをいいことに、レヴィさんは教授の口座に650万マギルを入金するようにとの指示を買取確認の書類に書き込んで職員さんへ渡した。教授はそれに気付いても何事もなかったかのようにニコニコとしている。
まあ教授なら、全部自分の口座に入っていようともルイのために使ってくれることは間違いないと思う。
「いやー、ハラハラして楽しかったよ! ソニアくんのとんでもない威力の魔法も面白かったし、聖女の一撃も凄かった。そして、何より空間魔法が興味深かったね! 生活に困ることがないような報酬も入ったし、僕としては大満足だ!」
「俺としては、教授が暴走しなくてほっとしてるぜ……」
「むむっ、さすがに僕だって場をわきまえるさ。ヒュドラ討伐なんて一歩間違えたら死ぬかもしれないんだしね」
「じゃあいつもわきまえてくれよ! そうしてくれたら俺がどんなに気が楽になるか!」
いつものようにやいやいと言い合う教授とルイを家に送り、過去最高難易度を極めたヒュドラ討伐は幕を閉じたのだった。
船を貸してくれた人には保証金をそのままお礼として支払い、俺たちを乗せて運んでくれた漁師さんには危険を冒してくれた例も含めて2万マギルを渡す。
酷く恐縮されたけど、船を出してもらえなかったらこちらも身動き取れなかったのだから、それは危険手当として受け取ってもらいたい、みたいな説明をした。
「とりあえず危険は無いのはわかってるけど、落ち着かないわね……」
「同感です」
ソニアとサーシャは若干そわそわしている。まあそれも仕方ないな。戦闘が完全に終わったわけじゃないから。
「とりあえず、また家を出してくんねえか? 教授がぶっ倒れそうだ」
教授がおとなしいと思ったらそういうことか! ルイの言葉に俺は慌てて街外れまで移動魔法を使って、そこに家を出した。
小部屋の方にサーシャとソニアのためにベッドを2つ、大部屋の方にベッドを1つとテーブルセットも出す。
ソニアと教授の魔力が回復するまで一度休憩だ。
毒ブレスを食らったサーシャのために、たらいにお湯も用意する。サーシャはいそいそと浴室に向かい、しばらくして革鎧を脱いですっきりした顔で出てきた。
「なんだかほっとしました。お湯はいいですね」
「お茶も飲む?」
「はい、いただきます」
ソニアと教授はベッド直行だったけど、サーシャは魔力切れではないのでお茶を飲む余裕があるらしい。
魔力を盛大に消費した魔法使いを寝かせて、あまり消耗していない俺とレヴィさんとルイ、それにサーシャでテーブルを囲む。
持って来ていたメレンゲとお茶を出してしばらく無言でそれを口にしていると、段々緊張がほぐれてきた。
「……一時はどうなることかと思いました」
「サーシャが攻撃を受けるのを見るのは心臓に悪いよ……」
甘いものを食べて落ち着いたらしいサーシャが、椅子に深く座り直す。
「サーシャとルイは寝なくて平気?」
「ルイも魔力をかなり使ったんじゃないのか?」
「俺は平気だよ。《水中探知》は俺でも4回くらいは使える。むしろ、魔力出した後の反応捕らえるのに神経使うな」
「お疲れ様。ほら、もっとお菓子食べなよ。他にも何か出す?」
「やった! 食う!」
レベッカさんが俺のレシピで焼いたクッキーも出すと、ルイが両手にクッキーを持って食べ始めた。教授がいるとしかめっ面になりがちだけど今は笑顔だ。
「ところで、どこで戦いますか?」
「俺的にはいっそ穴も掘って、そこにヒュドラを落として身動きできなくしてから戦ったらどうかと思うんだ。周囲に被害が出ないところ……って考えたら、マーテナ山かなって」
「そうだな。ヒュドラが叫んでいたら他のドラゴンは基本的には寄ってこないだろうし」
「それもありますし、俺ちょっと気になったことがあって……」
どうした? という視線が俺に集まる。
ヒュドラを収納して戦いの流れを完全に変えた俺だけど、それ以上のことはできない。俺には攻撃力がない、とつくづく思ったのだ。
重さで押しつぶすのに使ってた古屋も全部使ってしまったし、何か武器が欲しい。
「マーテナ山って火山ですよね?」
「ああ、そうだな」
「山頂まで登れますか?」
「ああ、一度登ったことがある。道がないしドラゴンが出るから恐ろしく大変だが……」
「…………溶岩、欲しいなって」
何故か場を沈黙が支配する。これでも頭使った結果なのになにゆえ!
溶岩、収納しておいて敵にぶっかけたら無敵だと思うんだ。
戦闘する場所は選ぶけど……森とかだと火事になっちゃうし。
「教授に毒されてきたんじゃねえか?」
ルイが「何言ってんのこいつ」って様子でビビりながら俺を見ている。確かに教授っぽい発想だなとは、自分でも思った。
巨岩とかでもいいんだ。そっちの方が場所は選ばないし。攻撃力は落ちるけど。
「溶岩……溶岩を収納しておいて敵に掛けるのか……確かに攻撃力という点では凄いが」
「素材が確実に駄目になりますね……」
「いや、でも、素材がどうのとか言ってられない時もあるよね? こっちが生きるか死ぬかみたいな」
「ジョーの言うことには一理ある。だが、溶岩が欲しいならマーテナ山よりもっと火口まで行きやすい山があるからそっちにしたらどうだ? ドラゴンがいつ襲ってくるかわからない中マーテナ山を登るのはかなり正気の沙汰じゃないぞ」
「えええ……なんでレヴィさんはやっちゃったんですか」
「若気の至りって奴だ。それにその時はアーノルドの崇敬が一番高かった頃で」
なるほど、戦力に不足がなかったということか。
うーん、俺の要望にサーシャを付き合わせまくるのも悪いし、レヴィさんの言う通りもっと火口に行きやすい山で溶岩をゲットしよう。
「そうですね……溶岩はまた今度にします。マーテナ山なら大岩も割とゴロゴロしてるから、それで我慢します」
「いや、それも大概凶悪だろ……」
引き攣った顔でルイが呟いた。
魔法使いたちの回復を待っていたら午後の遅い時間になってしまったので、ヒュドラを倒すのは明日にして一度ハロンズに戻ることにした。
明日は移動魔法だけで行けるので馬は要らないとルイに伝えて、教授によく休んでくださいと頼んで別れる。
魔法収納空間にヒュドラを3頭入れたままというちょっとドキドキする状況ではあるけど、収納されていたら何もできないというのは今まででわかっている。極力それを気にしないようにしつつ、その日の晩は「明日の戦闘に備えてしっかり休むように」とレヴィさんに釘を刺され、しっかり夕飯を食べ、風呂で汗を流し、自分のベッドでのびのびと横になった。
移動魔法便利すぎるな……。依頼の最中でも自分の家に戻ってこられるって最高だ。空間魔法を選んだ過去の自分に「グッジョブ」って言いたい。
翌日、教授とルイを拾ってからマーテナ山5合目へ。出たところにいきなりドラゴンがいたらどうしようかとドキドキしたけど、ドアを繋いで見てみた限り近くにはいなかった。
「教授の攻撃魔法は何か通りそうなのがありますか?」
「うーん、僕の魔力だったら直接攻撃をするよりは、《拘束》などの魔法でヒュドラの動きを阻害した方が有効に思えるね」
「それはいいですね! できれば首の辺りを拘束できれば、すぐ倒せると思います」
教授の提案にサーシャが言葉を添えた。確かに、あれだけの数の首が動き回ると厄介だ。それは昨日身に染みている。
俺は適当な場所の土をがっぽりと収納して、それなりの深さがある穴を作った。大きさはヒュドラより少し大きいくらい。この中に入ってしまえば、体の方は自由には動けないし逃げようがない。
サーシャと教授が補助魔法を掛け始める。そして、ヒュドラ討伐の本番が始まった。
「ギャアアー!!」
穴の真上、20メートルくらいの高さからヒュドラを落とす。その時の悲鳴が凄かった。ドラゴンでもギャーって言うんだな……。
ヒュドラが穴の中に落ちると、物凄く重い音と悲鳴が響いた。そこにすかさず教授が《拘束》を掛ける。落下で衝撃を受けた上に首をがっつりと押さえられたヒュドラは、動きも見るからに力ない。サーシャがメイスを振るって頭を潰し、ソニアは《旋風斬》で首を切り落とす。
いつものふたりの本領が発揮されて、さほど時間も掛からず全ての頭を失い、ヒュドラは力尽きた。
「や、やったー!」
「ジョー、収納、早く! 切れてる首も!」
「あっ、そうだ」
ソニアに言われて慌ててヒュドラの死骸を収納する。後に残ったのは大きい穴と、血が飛び散った地面だけだ。
「サーシャ、ソニア、続けて行けそうか?」
レヴィさんの確認にふたりが頷いたので、2匹目と3匹目のヒュドラも次々と討伐されていった。
一時はどうなることかと思ったけども、俺たちは無事にヒュドラ3頭を倒すことができたのだった。
そのままギルドに移動すると、ギルドにいた人たちが突然現れた俺たちに驚いている。でももう「移動魔法です」なんて説明はいちいちしないのだ。「聖女のパーティーには移動魔法を習得した空間魔法使いがいる」って話が広まってるってティモシーから聞いたし。
レヴィさんが依頼完了と想定よりヒュドラが多かったという報告を窓口にすると、奥からアンギルド長が現れた。この人いつもギルドにいるのかな? 一度も見かけなかったネージュのギルド長と違って、仕事熱心なギルド長だ。
「リンゼイとルイがいるならちょうどいい。ヒュドラの買い取りもあるのだろう? 切断面から血が噴き出さないように傷口を焼いて欲しい」
「猛毒の血を浴びないようにですか。わかりました」
「この場に火魔法使いがいたら手伝ってくれないか。エールが飲める程度の手間賃は払おう」
ギルド長がいつかのように「エールが飲める程度の手間賃」で人手を集めようとする。運良くその場には星2の火魔法使いがいたから、3人がかりでヒュドラの首の切断面を焼くことになった。といっても、ソニアが切り落とした首だけ処理すればいいから、3人がかりならすぐ終わるだろう。
初めてここに来た時のように、大倉庫に移動して俺はヒュドラを隅に出した。血を浴びないように離れた場所から、魔法使いたちが《火球》で切断面を焼いていく。生き物の肉が焦げるなんとも言えない匂いが辺りに立ちこめた。あまり……いい匂いではない。
切断した首の方は樽の中に直接入れる。そちらも血が流れているけど、それは樽の中に溜まるから問題ない。
そして、腹側は傷だらけだったものの、背中側はほとんど傷がないヒュドラの買取査定が始まり、俺たちはとんでもない金額を手に入れることになった。
「ソニアさん、ソニアさん! しっかりしてください!」
「駄目だ、気絶してる」
「このままにしておいてやれ……」
査定額を聞いて卒倒したソニアをレヴィさんが支えている。この反応、相変わらずだなあ……。
ヒュドラ3頭の買取額は、1800万マギルになった……1頭あたり600万マギルとまさかの古代竜越えだ。元々ヒュドラ討伐はその生態から困難を極め、討伐をしても死体が水中に沈んで回収できないことばかりだというから納得できる金額なんだけど。
……それにしても、2日で1億8000万円を稼いでしまったというのは俺にとっても衝撃だ。お金ってこんなにホイホイ稼げていいものだっけ?
そこに、本来の報酬である150万マギルを足して1950万マギル。それが今回の収入で、あまりに高額なので、即金ではなくてギルドに口座を作ってそこに預けるという形に収まった。
「ひとり当たり325万マギルだね」
「いや、待てよ。俺ほとんど何もしてねえからそんな金額もらえねえぞ」
ちょっと予想していたことだけど、ルイが大きすぎる報酬金額に困惑して受け取りを拒んだ。ほとんど何もしていないといっても、ルイが《水中探知》をしてくれたから教授が全力で《水操作》を使えて、そのおかげでヒュドラを収納することができたのだから、このふたりがいなかったら今回の依頼は達成できなかった。
俺とサーシャとレヴィさんは顔を見合わせて、いつも通りにニコニコしている教授に向かって頷いた。
「それを言ったら俺はそれ以上に何もしていないんだがな……まあ、わかった」
レヴィさんがルイに頷いて見せると、ルイはあからさまにほっとした顔で胸を撫で下ろす。そして、ルイが気付いていないのをいいことに、レヴィさんは教授の口座に650万マギルを入金するようにとの指示を買取確認の書類に書き込んで職員さんへ渡した。教授はそれに気付いても何事もなかったかのようにニコニコとしている。
まあ教授なら、全部自分の口座に入っていようともルイのために使ってくれることは間違いないと思う。
「いやー、ハラハラして楽しかったよ! ソニアくんのとんでもない威力の魔法も面白かったし、聖女の一撃も凄かった。そして、何より空間魔法が興味深かったね! 生活に困ることがないような報酬も入ったし、僕としては大満足だ!」
「俺としては、教授が暴走しなくてほっとしてるぜ……」
「むむっ、さすがに僕だって場をわきまえるさ。ヒュドラ討伐なんて一歩間違えたら死ぬかもしれないんだしね」
「じゃあいつもわきまえてくれよ! そうしてくれたら俺がどんなに気が楽になるか!」
いつものようにやいやいと言い合う教授とルイを家に送り、過去最高難易度を極めたヒュドラ討伐は幕を閉じたのだった。
0
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説

二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!
伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。
いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。
衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!!
パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。
*表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*
ー(*)のマークはRシーンがあります。ー
少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。
ホットランキング 1位(2021.10.17)
ファンタジーランキング1位(2021.10.17)
小説ランキング 1位(2021.10.17)
ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!
チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。
お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる