殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

文字の大きさ
上 下
102 / 122
ハロンズ編

97 大苦戦と大逆転

しおりを挟む
 自分に向かってくるサーシャに気付いたのか、ヒュドラが9本の首を振りながらシャー! と威嚇をした。
 ヒュドラよりも高く跳躍したサーシャは、空中でくるりと回転するとその勢いを生かして頭のひとつを叩き潰した。何かが飛び散るのが俺のいる場所からでも見えた。
 ……鈍器なのに流血させたなんてさすがすぎる。6倍掛け恐ろしいな。ヒュドラが古代竜よりも弱いのも関係するかもしれないけど。

 サーシャはヒュドラの背中に着地すると、すぐに船に飛んで戻った。ギャオオオオン! と8つの首が叫ぶのが聞こえ、ヒュドラの怒りがサーシャに向いたのがはっきりわかる。
 ヒュドラが自分を追ってきていることを確認しつつ、サーシャが次の船に飛び移る。俺は急いでヒュドラに近い船を収納してもう一度手前に出し、サーシャの退路を確保する。

「嘘っ、もう再生してるの!?」
「おおおっ! 凄い! 本当に凄い再生能力だね! 回復薬の素材に使われるというのも頷けるよ! 物凄く研究したい!! 生け捕りは不可能だろうけども!」

 ソニアの魔法が届く位置に来る前に、ヒュドラの頭が再生を始める。レヴィさんが「ちっ」と舌打ちしたのが聞こえた。ヒュドラには再生能力があるとは聞いたけど、想定以上だった。
 何度も後ろを振り返りながら、サーシャはヒュドラを小島に引き寄せていく。ヒュドラの再生の速さからいくと、ソニアとふたりで頭を潰していかないと全部潰しきる前にまたどれかが再生しきってしまう。

「《旋風斬ウインドカツター》!」

 杖を振り抜いてソニアが《旋風斬ウインドカツター》を放つ。だが風の刃は首を傷つけただけで切断までには至らなかった。

「サーシャ! もう少し引き寄せて!」
「わかりました!」

 ついでとばかりに、切断されかかっていた首をサーシャがメイスでへし折る。首を激しく振り乱すヒュドラは完全に怒り狂っているようだ。
 その時、一番端の首がサーシャに向かって紫色のブレスを吐いた。咄嗟にサーシャは盾でそれを防いだけれども、何本もの首が角度を変えて同時にブレスを放ってくる。

「あれは!?」
「毒だ! ヒュドラは毒のブレスを吐くんだ!」
「サーナ・メンテュア・エトゥ・モービス・インイルニアム・エピシフィクス・ディアム・ロン・ネリ・テットゥーコ!」

 毒を吸い込んだサーシャが船の上でしゃがみ込む。そこへ教授が素早く回復魔法を掛けた。

「サーシャ! もっとこっちへ! もう1回家を落とす!」
「は、はいっ! ごほっ……」

 教授が素早く唱えてくれた回復魔法のおかげで毒は抜けたのだろうが、サーシャは少し苦しそうだった。その姿に胸がぎゅっと痛む。できることなら俺が代わってやりたい。けど、俺だともしかすると即死とかするかもしれない。そうしたら余計にサーシャが悲しむ……。
 ほとんど役に立たないことが悔しくて、俺は爪が食い込むくらい自分の手を握り込んだ。
 
 サーシャがヒュドラから距離を取るように移動すると、俺は残り2軒の古屋のうちひとつをヒュドラの上に落とした。少し高いところから落としたから、石造りの家はヒュドラに激突してバラバラと崩壊する。

「いいぞ、ジョー! 一度に複数の首を潰せてる」
「でも、家はあと1軒だけです。倒しきれない」
「その最後の家は、私の魔法が届くところまでヒュドラが近づいてから落として。畳みかけるわ」

 ソニアがいつになく険しい顔で杖を構えたままヒュドラを睨み付ける。今まで感じたことのない殺気をソニアから感じた。――もしかしたらレヴィさんとふたりだったワイバーン討伐が、ソニアを一段成長させるほど厳しかったのかもしれない。

 ヒュドラが徐々に小島に近づいてきた。こちらからでもその顔の表情がはっきりと見えるくらい。もう少し近づかれたらブレスが届いてしまうかもしれない。

「ソニア、いけるか!?」
「今度こそいけるわ、《旋風斬ウインドカツター》《旋風斬ウインドカツター》《旋風斬ウインドカツター》《旋風斬ウインドカツター》《旋風斬ウインドカツター》!!」

 剣のように杖を振りながら、ソニアが《旋風斬ウインドカツター》を連発する。しかし、長くて動きの激しいヒュドラの首には全てが当たったわけではなかった。完全に外してしまったのがひとつ。切断に至らない傷を付けたのがふたつ。そして首を切り落としたのがふたつ。
 それに合わせてサーシャがヒュドラの頭をひとつ叩き潰す。これで潰した頭はみっつ!
 船の上で体勢を立て直してサーシャが4つめの頭を叩き潰した時には、既に先に潰した頭の再生が始まっていた。ソニアの《旋風斬ウインドカツター》もまた飛ぶけども、なかなか必中というわけにはいかない。

「サーシャ、下がって! 古屋を落とす!」
「わかりました!」

 ふたつの船の分、サーシャがこちらに後退してきた。サーシャより遥かに動きが遅いヒュドラの周りに何も無くなったタイミングを狙って、俺はヒュドラめがけて最後の古屋を落とす。

「ソニア! 潰れなかった首は頼んだ!」
「任せて! 向かって左側から行くわ、サーシャは右側からお願い!」
「はいっ!」

 一際高いヒュドラの悲鳴が響き渡る。石造りの家が壊れて細かい白い粉が舞い上がり、視界が僅かに煙った。
 ――それが、俺たちの決定的な隙になった。

 だらりと垂れ下がったいくつもの首。それがぼんやりと見えている。
 今が確実にチャンスだというのに、どれが倒すべき頭なのかはっきりしない!

「ソニア、首の付け根を狙え。その方が避けられない」
「そうね! 《旋風斬ウインドカツター》《旋風斬ウインドカツター》《旋風斬ウインドカツター》!」

 それが当たっていれば、形勢はこちらの圧倒的有利になっただろう。
 しかし、ヒュドラはソニアの魔法が届く前に水中にその巨体を沈めてしまったのだった……。

「くそっ! 逃げやがった!」

 ルイが悔しげに叫ぶ。俺も叫びたい気分だった。
 水中に逃げられてしまうとこちらからは手出しできない。ソニアの風魔法は完全に届かず、サーシャが潜るわけにもいかない。――敢えて言うなら教授の魔法なら何か効果があるものがあるかもしれないけど、ダメージを通すのは厳しいだろう。

 俺たちが為す術もなく波の立った湖面を見つめていると、しばらくして全ての頭を完全に復活させたヒュドラが浮かび上がってきた。こちらに対しての敵意をはっきりと感じる。
 ヒュドラは湖が完全に自らのホームグラウンドであることを理解した上で、敵対してきた人間と戦おうとしているのだ。

「これは……チャンス、……とは言い難いわね」
「また途中で逃げられるのが目に見えてんぞ?」
「でも、やるしかありません! ヒュドラの背中に飛び乗ります!」

 サーシャはそう叫ぶと、空中でひとつ頭を叩き潰してヒュドラの背中に降り立った。そこでメイスを振るって次々に頭を潰していく。

「ソニア、サーシャが潰した頭を狙って首を切り落とせ! 再生させるな!」
「わかったわ!」

 ソニアの《旋風斬ウインドカツター》が飛んで首を切り落としていく。その間もサーシャは攻撃を盾で往なしながらメイスを振るっていた。
 紫色のブレスが吐かれる。サーシャが盾をかざしてそれを防ごうとした時――サーシャの死角から、まだ生きている頭が大きくしなって彼女の背を激しく打った!
 
「きゃーっ!」
「サーシャ!!」
 
 防御力はあってもサーシャの体は決定的に軽い。ヒュドラの攻撃を受けたサーシャの体が宙に舞う。俺は咄嗟に見えないファスナーを引いて、彼女の体が水面に叩きつけられる直前でサーシャを収納した。
 ばくばくと自分の心臓がうるさく鳴るのを聞きながら、すぐに隣に彼女を出す。サーシャは物凄く驚いた様子で目を見開いていた。

「あ、れ? 私、ヒュドラの攻撃を受けて……」
「あのままだと湖に落ちると思ったから、サーシャを収納したんだよ」
「収納された感覚とか全くわかりませんでした。凄く、不思議な感じです。ともあれ、水上ではかなり不利ですね……こちらの足場は足りなくて、あちらは完全に有利です」
「いや、今ひらめいた。ヒュドラをしまっちゃおう!」

 俺はまだ首を振り乱しているヒュドラを、急いで魔法収納空間へとしまう。
 最初からこれに気付けばよかった!

「ヒュドラを収納!? マジか!?」
「その手があったか! 一度ジョーが収納して、水のないところへ行って戦えばいい!」
「そうですよ! 不利なところで戦う必要はありません。えーと……とにかくここではヒュドラを誘い出して、俺が目視でき次第収納します。それから辺りに被害が出ない場所で1頭ずつ出して片付けましょう」

 うるさく主張していく心臓が落ち着きを取り戻すまで、俺は深呼吸を繰り返した。ソニアはほっとした顔で構えを解き、サーシャは深い息をついてぺたりと座り込んでいる。

「なるほど、面白い! 空間魔法は実に面白いね! よし、もう一度ルイくんが《水中探知ウォータープローブ》をして場所を確認したら、ありったけの魔力を注ぎ込んで僕がなんとかヒュドラを水面に出そう」
「はい、お願いします!」
「わかった。じゃあやるぞ。《水中探知ウォータープローブ》」

 ルイが再び魔法を唱える。そしてしばらくしてから、今まで戦っていたのとは90度ずれた方向を指した。

「戦ってる間に近づいて来やがった。仲間のピンチとかわかんのか? こいつら。随分でかい塊だけど、岸までの距離が1だとしたら1/3位のところにいる。教授、ちゃんとやれよ!」
「気絶寸前まで魔力を注ぎ込むよ! 《水操作マニピユレートウォーター》!」

 ルイが指定した場所にぐわっと大波が起きる。大波……? いや、違う。水を周囲にどかしてるんだ!
 減った水のおかげで、ヒュドラの頭が露出した。何本か見えている頭をしっかりと目で捕らえて、俺はそれを収納する。
 ……って、あれ?

「レヴィさん」
「どうした?」
「今の、2頭でした」
「えっ」
「ああっ! なんかやたらでかいなと思ったら2頭だったのか!」

 ルイが納得した! という顔をしている。
 なんと、偶然だけど俺はまとめて2頭のヒュドラを収納して、俺は合計3頭を魔法収納空間に閉じ込めることに成功した。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

異世界もふもふ食堂〜僕と爺ちゃんと魔法使い仔カピバラの味噌スローライフ〜

山いい奈
ファンタジー
味噌蔵の跡継ぎで修行中の相葉壱。 息抜きに動物園に行った時、仔カピバラに噛まれ、気付けば見知らぬ場所にいた。 壱を連れて来た仔カピバラに付いて行くと、着いた先は食堂で、そこには10年前に行方不明になった祖父、茂造がいた。 茂造は言う。「ここはいわゆる異世界なのじゃ」と。 そして、「この食堂を継いで欲しいんじゃ」と。 明かされる村の成り立ち。そして村人たちの公然の秘め事。 しかし壱は徐々にそれに慣れ親しんで行く。 仔カピバラのサユリのチート魔法に助けられながら、味噌などの和食などを作る壱。 そして一癖も二癖もある食堂の従業員やコンシャリド村の人たちが繰り広げる、騒がしくもスローな日々のお話です。

処理中です...