殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

文字の大きさ
上 下
101 / 122
ハロンズ編

96 6倍掛け再び

しおりを挟む
 1時間半ほど時間を割いて聞き込みし、教授たちと合流して湖港に向かう。湖岸には何艘もの船があったが、人はまばらだった。漁にも支障が出ていると聞いたし、漁を取りやめている漁師もいるのだろう。

「冒険者ギルドからの依頼でヒュドラ討伐に来ました! 船を貸してくれる方はいませんか?」

 サーシャが大きめの声を投げかけると、船の手入れをしていた数人が「おお!」と集まってきてくれた。

「ギルドがやっと動いてくれたか! 急にヒュドラが増えてなあ。魚が食われてるから漁獲量が減ってるんだよ。俺たちではどうにもならないし、参ってたんだ」
「船なら出してやるよ! 俺の船に乗りな!」

 漁師たちは本当に困っていたらしい。魚が食われるだけではなくて、猛毒の竜だから襲われたら人間もひとたまりもないし、岸辺の街であるナビッチ全体が危険だ。

「助かります! あ、あと、船だけでいいのでもう一艘お借りできないでしょうか。もし壊れたら弁償しますので。お金はギルドから出ます!」

 俺は八艘はつそう飛びのようにサーシャが船と船の間をジャンプして移動すればヒュドラに接近できると作戦を立てていた。そのためにはもう一艘の船がいる。
 俺が空間魔法使いであることを説明すると、ひとりの漁師が船を貸してくれることになった。念のためにと保証金として1万マギルを渡し、船を収納させてもらった。

 頼んだぞという言葉に背中を押され、俺たちはボートのような大きさの船に乗って小島を目指す。
 その途中で、ネッシーのような頭がぷかりと水面に浮いているのが少し遠くで見えた。
「あれってヒュドラですか?」

 遠くに見えるアザラシの後頭部みたいなものを指して俺は漁師さんに尋ねた。
 いや、アザラシじゃないけど、俺の記憶の中で「水面からにょーんと出てる後頭部」ってアザラシくらいなんだよな。実物はもっとゴツゴツしてそうなんだけど。

「ああ、あれがヒュドラだな。ああやって息をしてるんだ。その内に引っ込むよ」
「へええええ」
「こちらから刺激しない限りは襲ってきたりはしないんだが、過去に漁師が突然襲われたって話も伝わっててな。完全に安全とは言えないんだ。ギルドが冒険者を寄越してくれて本当に助かったよ。ヒュドラ討伐を受けるなんて、凄い冒険者なんだろう?」
「ここの4人が星5で」
「僕は上位聖魔法と4属性魔法が使える星2」
「おまけの星1だ。俺は戦闘要員じゃないから気にするな」
「お、おう? 星5って凄いんだろう? ヒュドラもな、泳ぐスピードが馬鹿速い訳じゃないんだが、こっちで見たと思ったらあっちにもいるなんてことがあってな……。どうも、今ロキャット湖には5頭くらいいるんじゃねえかって噂になってるんだ」

 船は帆を張って風を受けて進む。漁師さんは舵を取りながらそんなことを教えてくれた。
 微妙にギルドからの情報と食い違いがあるのが怖いな。

「5頭? ギルドでは4頭って言ってたわよ?」
「ソニア、『ギルドが確認してる最大目撃数が4頭』だ。それより多いことはあっても少ないことはない」

 漁師さんに聞き返したソニアに、レヴィさんが答える。
 そうか……「最低4頭」ってことなのか。うっかり素直に4頭なのだと思い込んでいた。
 でもこれだけ広い湖だから、縄張りの関係もあるだろうし密集はしていないだろうな。
 ソニアは「うえええええ」って物凄く嫌そうな顔をしている……。

「小島に着いたら、《水中探知ウォータープローブ》で調べてみよう。大きな生き物がいるならだいたいの場所は把握できるはずだ」

 教授が真面目な顔をしている。いつもは笑顔だったから怖いな。興味で、ではなくて真面目に依頼に対応してくれているんだろうけども。

 船が小島に着いたところで、移動魔法で岸にドアを繋げて漁師さんには一度退避してもらう。移動魔法に漁師さんは凄く驚いていたけども、ここが危ないということを理解してくれているからかすぐに岸に戻ってくれた。

 俺たちはヒュドラが潜っていった辺りを見ながら、これからの作戦を立てた。
 
「こちらの戦力としては、サーシャの直接攻撃、ソニアの魔法がメインだな。ヒュドラは古代竜よりは首が細いから、俺の弓やルイの剣もダメージが通るかもしれないがあまり期待はできない」
「ヒュドラが姿を現したら、俺が古屋を落としてもいいですが」
「それも有効かもしれないな。首を何本へし折れるかだが……」
「まずジョーくん以外に補助魔法を掛けよう。ジョーくんはいいんだね?」
「はい、俺の空間魔法は魔力に関係ありませんし、攻撃を受ける場所にも行かないはずなので」

 その言葉でサーシャと教授が頷き、同じ呪文を唱え始めた。 
  
「ベネ・ディシティ・アッティンブート・イナ・オミーネ・ディアム・ロン・ネリ・テットゥーコ!」

 同じ節回し、同じ早さで合唱のように呪文が唱えられる。サーシャは自分に5倍掛け、そして教授は俺以外の全員に掛けたからサーシャは大猪ビツグワイルドボアの大規模討伐以来2度目の6倍掛けになっている。

「これが補助魔法なのね。変な感じだわ」

 魔力量が上がっているはずのソニアがぽつりと呟いた。確かに、今までソニアは補助魔法のお世話になったことがないんだよな。

「《水中探知ウォータープローブ》なら俺がやるぜ。教授は魔力を温存しといた方がいい」
「ああ、そうだね、じゃあルイくんにお願いしよう」

 ルイは小島の岸辺で水に片手を浸して、杖を持って《水中探知ウォータープローブ》の魔法を唱える。そして、恐ろしく真剣な顔でしばらく彼は湖面を見つめていた。

「……俺の魔力だとこの島から港くらいまでしか探知できねえけど、それでも範囲内に2頭いるぜ。この調子じゃ全部で5頭じゃ済まないんじゃねえか? 6頭か7頭いてもおかしくねえぞ」

 手を振って水を切りながらルイが渋い声で教えてくれる。それを聞いて全員が厳しい顔になった。この島は湖の中でもかなり岸辺寄りであって、決して中央に有るわけではない。その中に2頭ということは、確かにルイの言う通り湖全体ではそのくらいいてもおかしくなさそうだ。

「現場判断で3頭狩ってもいいとは思うが」
「絶滅しないように2頭は残せっていうことで、討伐依頼が2頭だったんだろう。が、3頭狩るのは相当厳しいと俺は思う」
「私も戦ったことのない場所ですし、まず1頭倒してみてから判断してもいいんじゃないでしょうか」
「ヒュドラって、再生するし大変なのよね?」
「ある意味古代竜より大変かもしれませんね……」

 そうか、サーシャは一撃が大きいから、敵の数が多いと強い敵が1頭なのより面倒なんだよな。明らかに古代竜を倒した時より、タンバー神殿で幽霊ゴースト相手に戦ってた時の方が大変そうだだったし。

「まあ、でも考え込んでいても仕方ないね! ジョーくん、ルイくんの指定した場所に古屋を落としてみないかい? 攻撃されたと思ってヒュドラが出てくると思うのだが」
「そうですね、考えているだけではどうにもなりませんね。わかりました。じゃあ、それをやってみましょう。ヒュドラが出てきたら船を2艘湖面に浮かべるから、サーシャはそれに飛び乗ってヒュドラに向かって欲しい。収納を繰り返して船を交互にヒュドラの方に進めていくから」
「わかりました。ソニアさんは魔法が届きそうな距離まで来たら《旋風斬ウインドカツター》で首を切り落としてください」
「となると、今回はこれね」

 ソニアが胸元からエリクさんに貰った杖を出して構える。
 一応こちらの準備は整った。
 ルイは一方を指し示して俺にヒュドラのいる方角を教えてくれた。

「ここから岸までの距離が1だとすると、こっちの方向に1/2くらい行った場所に1匹いる。船で来た時に見た奴だな。それと、こっちの方向にももう1頭いるけど、そっちは距離があるし戦ってる間にどう動くかわかんねえ」
「わかりやすいよ、ありがとう。じゃあ、行きます!」

 見えないファスナーを開いて、今まで何度かお世話になった古屋を取り出す。そして、ルイの指示した場所に3メートルくらい上から落とした。これで古屋は回収できなくなってしまうけれど仕方がない。

 ギャオオオオン! と複数の鳴き声が聞こえた。俺の視線の先、古屋を落とした少し手前の場所で水中から巨体がせり上がってくる。
 バラバラに蠢く9本の首、聞いてはいたけれど、実際に見ると鳥肌が立つ。古代竜の時よりも「魔物」感が凄い!

「ジョーさん、船を!」
「ごめん、ちょっとビビってた!」

 サーシャに促されて、俺は2艘の船を湖に浮かべる。サーシャが羽が生えているような動きで軽く船から船へと飛び移っていった。

「サーシャ! 一撃入れたらこっちに誘導して!」
「わかりました!」

 ソニアの言葉に遠くでサーシャが応える。
 俺が交互に出す船で、サーシャはどんどんヒュドラに近づいていった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

異世界に来たからといってヒロインとは限らない

あろまりん
ファンタジー
※ようやく修正終わりました!加筆&纏めたため、26~50までは欠番とします(笑)これ以降の番号振り直すなんて無理! ごめんなさい、変な番号降ってますが、内容は繋がってますから許してください!!!※ ファンタジー小説大賞結果発表!!! \9位/ ٩( 'ω' )و \奨励賞/ (嬉しかったので自慢します) 書籍化は考えていま…いな…してみたく…したいな…(ゲフンゲフン) 変わらず応援して頂ければと思います。よろしくお願いします! (誰かイラスト化してくれる人いませんか?)←他力本願 ※誤字脱字報告につきましては、返信等一切しませんのでご了承ください。しかるべき時期に手直しいたします。      * * * やってきました、異世界。 学生の頃は楽しく読みました、ラノベ。 いえ、今でも懐かしく読んでます。 好きですよ?異世界転移&転生モノ。 だからといって自分もそうなるなんて考えませんよね? 『ラッキー』と思うか『アンラッキー』と思うか。 実際来てみれば、乙女ゲームもかくやと思う世界。 でもね、誰もがヒロインになる訳じゃないんですよ、ホント。 モブキャラの方が楽しみは多いかもしれないよ? 帰る方法を探して四苦八苦? はてさて帰る事ができるかな… アラフォー女のドタバタ劇…?かな…? *********************** 基本、ノリと勢いで書いてます。 どこかで見たような展開かも知れません。 暇つぶしに書いている作品なので、多くは望まないでくださると嬉しいです。

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

群青の軌跡

花影
ファンタジー
ルークとオリガを主人公とした「群青の空の下で」の外伝。2人の過去や本編のその後……基本ほのぼのとした日常プラスちょっとした事件を描いていきます。 『第1章ルークの物語』後にタランテラの悪夢と呼ばれる内乱が終結し、ルークは恋人のオリガを伴い故郷のアジュガで10日間の休暇を過ごすことになった。家族や幼馴染に歓迎されるも、町長のクラインにはあからさまな敵意を向けられる。軋轢の発端となったルークの過去の物語。 『第2章オリガの物語』即位式を半月後に控え、忙しくも充実した毎日を送っていたオリガは2カ月ぶりに恋人のルークと再会する。小さな恋を育みだしたコリンシアとティムに複雑な思いを抱いていたが、ルークの一言で見守っていこうと決意する。 『第3章2人の物語』内乱終結から2年。平和を謳歌する中、カルネイロ商会の残党による陰謀が発覚する。狙われたゲオルグの身代わりで敵地に乗り込んだルークはそこで思わぬ再会をする。 『第4章夫婦の物語』ルークとオリガが結婚して1年。忙しいながらも公私共に充実した生活を送っていた2人がアジュガに帰郷すると驚きの事実が判明する。一方、ルークの領主就任で発展していくアジュガとミステル。それを羨む者により、喜びに沸くビレア家に思いがけない不幸が降りかかる。 『第5章家族の物語』皇子誕生の祝賀に沸く皇都で開催された夏至祭でティムが華々しく活躍した一方で、そんな彼に嫉妬したレオナルトが事件を起こしてミムラス家から勘当さる。そんな彼を雷光隊で預かることになったが、激化したミムラス家でのお家騒動にルーク達も否応なしに巻き込まれていく。「小さな恋の行方」のネタバレを含みますので、未読の方はご注意下さい。 『第6章親子の物語』エルニアの内乱鎮圧に助力して無事に帰国したルークは、穏やかな生活を取り戻していた。しかし、ミムラス家からあらぬ疑いで訴えられてしまう。 小説家になろう、カクヨムでも掲載

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...