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ハロンズ編
92 ご近所さんだった
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1ヶ月後にはサイモンさんが来てくれると伝えると、サーシャは喜んだけどソニアとレヴィさんが若干渋い顔をしていた。
「何かありますか?」
「もう少し早まらないかと思ったんだが……」
「ハロンズ周辺は魔物が弱いし少ないわ。でも、ロクオには結構たくさん魔物がいるし、ロキャット湖のヒュドラも最近目撃者が多いらしいの。早めにプリーストが欲しいわね。あ、もしくはサーシャ以外にもうひとり前衛ができる人でもいいんだけど」
なるほど、そういうことか。
でも上位聖魔法が使えるプリーストはだいたいもう所属が決まってるらしいし、冒険者でスカウトできるプリーストというのは稀だ。
多分、アーノルドさんがサーシャにコディさんと新人プリーストばかりパーティーに加えたのはそういった事情があるんだと思う。
「神殿に声を掛けておきますか?」
「だったらサイモンの方がまだ確実なくらいだな……ギルドからも俺たちに依頼したい討伐があるらしいから、今の4人で向かってもいいんだが」
サーシャの提案にレヴィさんがため息をつく。
上位聖魔法の使えるプリーストか……。
難題だな。
そんなことを話し合った翌日、厩で馬たちの世話をしていた俺をコリンが呼んだ。
「ジョー! ちょっと出てきてー! 紹介したい人がいるんだ!」
「紹介したい人? 俺に?」
「うん! ハンドミキサーのことなんだけどさ、鍛冶ギルドで木の歯車作ってすっごい悩んでたんだよ。その時に教授がたまたま立ち寄って、手伝ってくれたから作れたんだ。今、散歩してたらしくてそこにいるから、ジョーに会わせたいなって」
教授? 既視感のある言葉だな……。
俺がそう思いつつ外に出ると、そこにいたのは金髪を束ねた長身の男性だった。
「あーっ! 教授!」
「あれ? ジョー、知り合い?」
「おや? 僕のことを知っているのかい?」
おっと、向こうが俺のことを覚えていない。これはまさかの展開だ。
「えーと、聖女のパーティーメンバーです。一度神殿でお会いしました」
「ああ! なるほど! あの時はパンダに夢中になりすぎて誰の顔も覚えてないんだよ。 ということは、ここは君たちの家かい?」
ニコニコと問いかけてくるのは、4属性魔法に上位聖魔法が使えるというレッドモンド男爵――通称教授だった。
教授は鍛冶ギルドに「何か面白いことはないかと」立ち寄ったところで、歯車を削りながらうんうん唸っているコリンを見つけたらしい。それで面白そうだったので手伝い、3時間ほどで仕組みを作ってしまったのだとか。
その3時間には歯車をコリンが削り出す時間や、教授が図面を引いた時間も含まれていると言うから、「我が国最高の頭脳」とテイオ猊下が言っていたのも誇張ではないらしい。
「あの、教授は――ええと、教授とお呼びした方がいいでしょうか、男爵とお呼びした方がいいでしょうか」
「リンゼイで構わないよ。僕は男爵といっても元が平民の法衣貴族だしね」
「法衣貴族?」
「領地を持たない貴族のことさ。そういえば君たちはネージュから来たんだったね。あちらには貴族は住んでいないらしいから、貴族のことを知らないのも仕方ないか」
いや、俺が詳しくないだけだよな……。
「あ、すみません、実は俺――」
「あーっ、こんなところにいやがった!! いきなりふらっと出て行くなよ! せめていつ頃帰るか言えって毎日毎日言ってんだろ!」
凄い勢いで走ってきた少年がリンゼイ教授の腕を掴む。
そして周囲にいる俺とコリンに気付き、俺の顔を見て「あれ」という顔をした。
「あんた、テトゥーコ神殿で聖女と一緒にいた……」
「こっちは覚えてくれてる!?」
少年は確かルイという名前だったはずだ。フランス王によくある名前と同じだから俺は覚えてた。
「ルイ様、ですよね」
「俺に様とか付けなくていいぜ、気持ち悪ぃ」
「えっ、でも、確か伯爵……」
「あー、話すと長いんだけどよ」
「……お茶でも飲んでいきませんか?」
「いいね! 是非いろいろ聞かせてもらいたい!」
俺の話に飛びついてきたのは教授の方だった。すかさずルイのチョップが教授の頭に入る。
「自重しろ。あんたは『自重』って書いた紙を顔面にぶら下げて歩け」
「えー、でもぉ、ルイくぅん」
「可愛く言っても駄目だ」
「……まあまあ、ここに立ってても暑いだけだし、中にどうぞ。コリンも話したいんだよね?」
「うん!」
「僕は聖女と話がしたいな!」
「は……はは……聞いて来ますね」
コリンにふたりを応接室へ案内するように頼んで、俺は2階へと上がった。
そっとサーシャの部屋をノックすると、何かを察したらしいサーシャが静かにドアを開けた。
「どうしました?」
「あ、あのさ……神殿に挨拶に行った時に会った教授が来てるんだけど、サーシャと話がしたいって。どうする?」
「ひえっ……いないと言ってください」
「だよね、わかった」
俺はドアを閉め、何事もなかったように階段を降りた。厨房へ行ってマヨネーズの副産物であるメレンゲを皿に盛り、冷たいジンジャーエールと一緒にお盆に載せて応接室へ向かった。
「お待たせしました。サーシャは生憎今外出していました。すみません」
「そうなのかー。それは残念だ」
「悪いな、気を使わせて」
口を尖らせて残念がる大人の教授と、恐縮する少年のルイの対比が酷い。
明らかにこれ、お目付役だよなあ……。
「えーと、まず何からお話ししましょうか……」
やっぱり俺のことから話した方がいいよな。相手の名前を聞く時にはまず名乗りなさいっていうくらいだし。
「ジョー・ミマヤです。パーティーメンバーとここに住んでます。空間魔法使いで……」
「おや、このお菓子は初めて見るね? 飲み物も飲んだことがないものだ、面白い!」
「空気読めよ!」
俺の自己紹介中にメレンゲをもぐもぐ食べた教授がそっちに気を取られている……。自由すぎないか、この人。
「すまねえな……簡単にこの馬鹿と俺のことから話すわ」
「えっ、逆になんかすみません」
「覚えてるかもしれねーけど、ルイ・ウォルトンだ。こっちの変な奴はリンゼイ・レッドモンド。一応貴族だけど俺も教授も生まれは平民で、貴族になったのは最近だからその辺は気にすんなよ」
「ルイくん、ルイくん、これは美味しいよ。食べてごらん」
「ちょっとは黙って……あ、うめえ」
教授によってメレンゲを口に押し込まれたルイが、ブチ切れかけてメレンゲの美味しさの前に屈した……。そして3個ほど続けてメレンゲに手を伸ばす。頬が緩んでいるから、かなりお気に召したんだろう。
「えーと、そう、生まれも育ちも平民でさ。教授の方は魔法研究の功績で叙爵されて、そのついでに俺がウォルトン伯爵家に認知されてそっちを名乗ることになったわけだ。伯爵がメイドに手を付けて産ませたのが俺なんだよ。ハロンズの下町で生まれ育って、物心ついた頃に教授が近所に住み始めた」
「ルイくんのお母さんには僕もよく面倒を見てもらってね。小さいルイくんの子守をしたこともあったのさ」
「子守……」
想像つかないな……。典型的な天才のこの人が子守をするところ。
「あ、騙されるなよ。俺はガキの頃から自分のことは自分でやってたぜ。この教授は自分の魔法理論を俺で試してて、たまたま俺がうまくいっちまって、学術界で注目されたんだ。……で、自分が叙爵される時にウォルトン家に俺のことを認知しろって切り込んでって、俺の地位を勝ち取る代わりに研究成果は後ろ盾になるウォルトン家が管理してもいいってことにしちまった。……馬鹿だよなー」
「えっ、すっごいいい人じゃん!?」
コリンが驚いて思わず叫んでいる。俺も同意だ。そこは同意なんだけど、でもやっぱり教授の方が圧倒的にルイに迷惑掛けてるようにしか見えないのは何でだろう。
「今のところ、利益ほとんど出てねえし。俺たちが住んでる家もウォルトン家に買ってもらった」
「あ、そうなんだ」
「この近所にふたりで住んでるんだ。ここからだと通りを挟んで斜め向かい辺りだな。北17の東52。そういえば、ケーキがやたら回ってきたことがあったけど、あれっておまえたちが引っ越してきた時か?」
「そうだよ。冒険者ギルドの側に蜜蜂亭ってお店が新しくできたんだけど、そこの店員さんたちもここに住んでて、店長のレベッカさんが作ったケーキなんだ。本店はネージュにあって、俺について……あ、話の順番が逆になったけど、俺のことを話すね。
ちょっと信じられない話かもしれないけど、俺は別の世界で生まれ育って、5ヶ月くらい前に事故に遭って、『死ぬはずの運命じゃないから』ってテトゥーコ様にこっちの世界で生き直すように導かれたんだ。空間魔法はその時にテトゥーコ様からいただいたもので、テトゥーコ様の加護と、いろいろあってタンバー様の加護を受けてる」
「別の世界で生まれ育って!?」
予想はしてたから叫ばなかったけど、ガタッと立ち上がった教授に両手を掴まれていた。
すっごい目がキラキラしてるなあ……。サーシャが逃げた気持ちがよくわかる。
「だからか! コリンくんが自分でもよくわからない仕組みのものを作っていたのは何故かと疑問だったんだよ。君が未知の技術を教えたんだね!?」
「あ、はい、そういうことです……」
「僕にも教えて欲しい! いろいろと!」
「座れ座れ、引いてるだろ、ジョーが」
ルイが教授の首を猫掴みして着席させる。凄いな、扱いを完全に心得てる。
「そういえば、ルイはどうして教授と一緒に住んでるの?」
「俺以外にこの危険物の世話をさせられねえからだよ。部屋の掃除とか危ねえぞ? 伯爵令息っていってもやってることはメイドだよ」
「ええと、ルイのお母さんは?」
「俺が11の時に死んだ。4年前だな。……それで教授がウォルトン家に乗り込んだんじゃないかと俺は思ってるんだけど、そういうことだけははっきり言わねえんだよな、こいつ」
「僕はルイくんを大事にしてるよ。なにせ小さい頃から見てるし、僕の研究を実証してくれたし、そのおかげで叙爵されたんだしね」
「別に叙爵とかどうでもよかったんじゃねえの? ウォルトン伯爵に俺のこと認めさせるのが目的だったんだろ」
「てへっ」
「ほら、こういうごまかし方するんだよな……」
教授の方は「てへぺろ」の顔をしているし、なんだかんだ言いながらルイの方もこの人の世話を焼くのは自分の役目だと思ってそうだ。
あれ? 待てよ?
「ルイが教授の理論を実証って、もしかして魔法の属性を後天的に得るって話?」
「ああ、そうだよ。俺は火魔法の素質があったけど、今は火と水の2属性が使える」
「後天的!? 初めて聞いたよ」
コリンは驚いてるけど、俺も驚いてる。教授以外に実例があったんだ!
後天的素質獲得ができるなら、ソニアが土魔法を使えるようになるかもしれない!
それに――。
「確か教授はテトゥーコのプリーストで上位聖魔法を使えるんですよね?」
「そうだよ」
「結構近くにいたー!? パーティーに所属してないプリースト!」
俺は思わず叫んでしまった。そりゃ叫ぶよ!
「何の話だい? もしかして僕をプリーストとしてスカウトしたいのかい? 楽しそうだね!」
「や、やめとけやめとけ! ヒュドラが瞬きするのか確認したいってロキャット湖に張り込んだりする奴だぞ!?」
「ルイも同行したんだ? 戦える?」
「俺は魔法使いというよりは剣士だ。魔法は一応使えるが威力もねえし制御も大してうまくねえな」
「レヴィさーん! ソニアー!! ここに上位聖魔法が使える人がいまーす!」
危険物の香りはするけど、ルイがいるなら平気な気もする!
案外近くにいい人がいたよ!!
「何かありますか?」
「もう少し早まらないかと思ったんだが……」
「ハロンズ周辺は魔物が弱いし少ないわ。でも、ロクオには結構たくさん魔物がいるし、ロキャット湖のヒュドラも最近目撃者が多いらしいの。早めにプリーストが欲しいわね。あ、もしくはサーシャ以外にもうひとり前衛ができる人でもいいんだけど」
なるほど、そういうことか。
でも上位聖魔法が使えるプリーストはだいたいもう所属が決まってるらしいし、冒険者でスカウトできるプリーストというのは稀だ。
多分、アーノルドさんがサーシャにコディさんと新人プリーストばかりパーティーに加えたのはそういった事情があるんだと思う。
「神殿に声を掛けておきますか?」
「だったらサイモンの方がまだ確実なくらいだな……ギルドからも俺たちに依頼したい討伐があるらしいから、今の4人で向かってもいいんだが」
サーシャの提案にレヴィさんがため息をつく。
上位聖魔法の使えるプリーストか……。
難題だな。
そんなことを話し合った翌日、厩で馬たちの世話をしていた俺をコリンが呼んだ。
「ジョー! ちょっと出てきてー! 紹介したい人がいるんだ!」
「紹介したい人? 俺に?」
「うん! ハンドミキサーのことなんだけどさ、鍛冶ギルドで木の歯車作ってすっごい悩んでたんだよ。その時に教授がたまたま立ち寄って、手伝ってくれたから作れたんだ。今、散歩してたらしくてそこにいるから、ジョーに会わせたいなって」
教授? 既視感のある言葉だな……。
俺がそう思いつつ外に出ると、そこにいたのは金髪を束ねた長身の男性だった。
「あーっ! 教授!」
「あれ? ジョー、知り合い?」
「おや? 僕のことを知っているのかい?」
おっと、向こうが俺のことを覚えていない。これはまさかの展開だ。
「えーと、聖女のパーティーメンバーです。一度神殿でお会いしました」
「ああ! なるほど! あの時はパンダに夢中になりすぎて誰の顔も覚えてないんだよ。 ということは、ここは君たちの家かい?」
ニコニコと問いかけてくるのは、4属性魔法に上位聖魔法が使えるというレッドモンド男爵――通称教授だった。
教授は鍛冶ギルドに「何か面白いことはないかと」立ち寄ったところで、歯車を削りながらうんうん唸っているコリンを見つけたらしい。それで面白そうだったので手伝い、3時間ほどで仕組みを作ってしまったのだとか。
その3時間には歯車をコリンが削り出す時間や、教授が図面を引いた時間も含まれていると言うから、「我が国最高の頭脳」とテイオ猊下が言っていたのも誇張ではないらしい。
「あの、教授は――ええと、教授とお呼びした方がいいでしょうか、男爵とお呼びした方がいいでしょうか」
「リンゼイで構わないよ。僕は男爵といっても元が平民の法衣貴族だしね」
「法衣貴族?」
「領地を持たない貴族のことさ。そういえば君たちはネージュから来たんだったね。あちらには貴族は住んでいないらしいから、貴族のことを知らないのも仕方ないか」
いや、俺が詳しくないだけだよな……。
「あ、すみません、実は俺――」
「あーっ、こんなところにいやがった!! いきなりふらっと出て行くなよ! せめていつ頃帰るか言えって毎日毎日言ってんだろ!」
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「あんた、テトゥーコ神殿で聖女と一緒にいた……」
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少年は確かルイという名前だったはずだ。フランス王によくある名前と同じだから俺は覚えてた。
「ルイ様、ですよね」
「俺に様とか付けなくていいぜ、気持ち悪ぃ」
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「あー、話すと長いんだけどよ」
「……お茶でも飲んでいきませんか?」
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「えー、でもぉ、ルイくぅん」
「可愛く言っても駄目だ」
「……まあまあ、ここに立ってても暑いだけだし、中にどうぞ。コリンも話したいんだよね?」
「うん!」
「僕は聖女と話がしたいな!」
「は……はは……聞いて来ますね」
コリンにふたりを応接室へ案内するように頼んで、俺は2階へと上がった。
そっとサーシャの部屋をノックすると、何かを察したらしいサーシャが静かにドアを開けた。
「どうしました?」
「あ、あのさ……神殿に挨拶に行った時に会った教授が来てるんだけど、サーシャと話がしたいって。どうする?」
「ひえっ……いないと言ってください」
「だよね、わかった」
俺はドアを閉め、何事もなかったように階段を降りた。厨房へ行ってマヨネーズの副産物であるメレンゲを皿に盛り、冷たいジンジャーエールと一緒にお盆に載せて応接室へ向かった。
「お待たせしました。サーシャは生憎今外出していました。すみません」
「そうなのかー。それは残念だ」
「悪いな、気を使わせて」
口を尖らせて残念がる大人の教授と、恐縮する少年のルイの対比が酷い。
明らかにこれ、お目付役だよなあ……。
「えーと、まず何からお話ししましょうか……」
やっぱり俺のことから話した方がいいよな。相手の名前を聞く時にはまず名乗りなさいっていうくらいだし。
「ジョー・ミマヤです。パーティーメンバーとここに住んでます。空間魔法使いで……」
「おや、このお菓子は初めて見るね? 飲み物も飲んだことがないものだ、面白い!」
「空気読めよ!」
俺の自己紹介中にメレンゲをもぐもぐ食べた教授がそっちに気を取られている……。自由すぎないか、この人。
「すまねえな……簡単にこの馬鹿と俺のことから話すわ」
「えっ、逆になんかすみません」
「覚えてるかもしれねーけど、ルイ・ウォルトンだ。こっちの変な奴はリンゼイ・レッドモンド。一応貴族だけど俺も教授も生まれは平民で、貴族になったのは最近だからその辺は気にすんなよ」
「ルイくん、ルイくん、これは美味しいよ。食べてごらん」
「ちょっとは黙って……あ、うめえ」
教授によってメレンゲを口に押し込まれたルイが、ブチ切れかけてメレンゲの美味しさの前に屈した……。そして3個ほど続けてメレンゲに手を伸ばす。頬が緩んでいるから、かなりお気に召したんだろう。
「えーと、そう、生まれも育ちも平民でさ。教授の方は魔法研究の功績で叙爵されて、そのついでに俺がウォルトン伯爵家に認知されてそっちを名乗ることになったわけだ。伯爵がメイドに手を付けて産ませたのが俺なんだよ。ハロンズの下町で生まれ育って、物心ついた頃に教授が近所に住み始めた」
「ルイくんのお母さんには僕もよく面倒を見てもらってね。小さいルイくんの子守をしたこともあったのさ」
「子守……」
想像つかないな……。典型的な天才のこの人が子守をするところ。
「あ、騙されるなよ。俺はガキの頃から自分のことは自分でやってたぜ。この教授は自分の魔法理論を俺で試してて、たまたま俺がうまくいっちまって、学術界で注目されたんだ。……で、自分が叙爵される時にウォルトン家に俺のことを認知しろって切り込んでって、俺の地位を勝ち取る代わりに研究成果は後ろ盾になるウォルトン家が管理してもいいってことにしちまった。……馬鹿だよなー」
「えっ、すっごいいい人じゃん!?」
コリンが驚いて思わず叫んでいる。俺も同意だ。そこは同意なんだけど、でもやっぱり教授の方が圧倒的にルイに迷惑掛けてるようにしか見えないのは何でだろう。
「今のところ、利益ほとんど出てねえし。俺たちが住んでる家もウォルトン家に買ってもらった」
「あ、そうなんだ」
「この近所にふたりで住んでるんだ。ここからだと通りを挟んで斜め向かい辺りだな。北17の東52。そういえば、ケーキがやたら回ってきたことがあったけど、あれっておまえたちが引っ越してきた時か?」
「そうだよ。冒険者ギルドの側に蜜蜂亭ってお店が新しくできたんだけど、そこの店員さんたちもここに住んでて、店長のレベッカさんが作ったケーキなんだ。本店はネージュにあって、俺について……あ、話の順番が逆になったけど、俺のことを話すね。
ちょっと信じられない話かもしれないけど、俺は別の世界で生まれ育って、5ヶ月くらい前に事故に遭って、『死ぬはずの運命じゃないから』ってテトゥーコ様にこっちの世界で生き直すように導かれたんだ。空間魔法はその時にテトゥーコ様からいただいたもので、テトゥーコ様の加護と、いろいろあってタンバー様の加護を受けてる」
「別の世界で生まれ育って!?」
予想はしてたから叫ばなかったけど、ガタッと立ち上がった教授に両手を掴まれていた。
すっごい目がキラキラしてるなあ……。サーシャが逃げた気持ちがよくわかる。
「だからか! コリンくんが自分でもよくわからない仕組みのものを作っていたのは何故かと疑問だったんだよ。君が未知の技術を教えたんだね!?」
「あ、はい、そういうことです……」
「僕にも教えて欲しい! いろいろと!」
「座れ座れ、引いてるだろ、ジョーが」
ルイが教授の首を猫掴みして着席させる。凄いな、扱いを完全に心得てる。
「そういえば、ルイはどうして教授と一緒に住んでるの?」
「俺以外にこの危険物の世話をさせられねえからだよ。部屋の掃除とか危ねえぞ? 伯爵令息っていってもやってることはメイドだよ」
「ええと、ルイのお母さんは?」
「俺が11の時に死んだ。4年前だな。……それで教授がウォルトン家に乗り込んだんじゃないかと俺は思ってるんだけど、そういうことだけははっきり言わねえんだよな、こいつ」
「僕はルイくんを大事にしてるよ。なにせ小さい頃から見てるし、僕の研究を実証してくれたし、そのおかげで叙爵されたんだしね」
「別に叙爵とかどうでもよかったんじゃねえの? ウォルトン伯爵に俺のこと認めさせるのが目的だったんだろ」
「てへっ」
「ほら、こういうごまかし方するんだよな……」
教授の方は「てへぺろ」の顔をしているし、なんだかんだ言いながらルイの方もこの人の世話を焼くのは自分の役目だと思ってそうだ。
あれ? 待てよ?
「ルイが教授の理論を実証って、もしかして魔法の属性を後天的に得るって話?」
「ああ、そうだよ。俺は火魔法の素質があったけど、今は火と水の2属性が使える」
「後天的!? 初めて聞いたよ」
コリンは驚いてるけど、俺も驚いてる。教授以外に実例があったんだ!
後天的素質獲得ができるなら、ソニアが土魔法を使えるようになるかもしれない!
それに――。
「確か教授はテトゥーコのプリーストで上位聖魔法を使えるんですよね?」
「そうだよ」
「結構近くにいたー!? パーティーに所属してないプリースト!」
俺は思わず叫んでしまった。そりゃ叫ぶよ!
「何の話だい? もしかして僕をプリーストとしてスカウトしたいのかい? 楽しそうだね!」
「や、やめとけやめとけ! ヒュドラが瞬きするのか確認したいってロキャット湖に張り込んだりする奴だぞ!?」
「ルイも同行したんだ? 戦える?」
「俺は魔法使いというよりは剣士だ。魔法は一応使えるが威力もねえし制御も大してうまくねえな」
「レヴィさーん! ソニアー!! ここに上位聖魔法が使える人がいまーす!」
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『第6章親子の物語』エルニアの内乱鎮圧に助力して無事に帰国したルークは、穏やかな生活を取り戻していた。しかし、ミムラス家からあらぬ疑いで訴えられてしまう。
小説家になろう、カクヨムでも掲載
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失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~
紅月シン
ファンタジー
聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。
いや嘘だ。
本当は不満でいっぱいだった。
食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。
だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。
しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。
そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。
二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。
だが彼女は知らなかった。
三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。
知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。
※完結しました。
※小説家になろう様にも投稿しています
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