殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

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ハロンズ編

88 通常運転

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「ただいま!」

 家の玄関のすぐ側に移動魔法のドアを繋げて、ハロンズに戻る。
 戻った瞬間、乾いた洗濯物を取り込むために外にいたらしいソニアが少しやつれた顔を向けてきた。

「お帰りなさい。……涼しかった?」

 怖っ!
 俺はぴくりと頬を引き攣らせたけど、サーシャは笑顔で「はい!」と答えた。それはもう元気よく。避暑してきました! というようなご機嫌さで。

「北街道は山間の木陰をずっと馬で走れたので爽快でした! 私の実家のあるケルボもかなり北にある村ですし、こちらと違って過ごしやすかったですよ。今度はソニアさんも一緒に行きましょうね! ……ところで、痩せたんじゃないですか? 具合が悪いんですか?」
「それなら私も一緒に連れて行って欲しかったわ! 暑くて寝苦しくてやってられなかったわよー! 暑気負けして食事がちゃんと取れなくなって痩せたのよ!」

 夏バテか……。顔を見た瞬間からそんな気がしたけど。
 俺たちはハロンズで一番暑いと言われている時期を丸々帰省に充ててしまったので、ソニアがどれだけ慣れない暑さで苦しんだかはわからない。ただ、「レベッカさんがいなかったら倒れてたわよ」と呟いたソニアの声には物凄い悲哀が滲んでいたから、俺はアオの手綱を離すと魔法収納空間からスティレア織りの布を取り出してソニアに差し出した。

「ソニアに特別なお土産。スティレア織りっていう通気性のよくてさらっとした織物。興味あるかなと思って買ってきた」
「ありがとう!! 後1ヶ月早く欲しかったわ、これ! 素朴な織物だけど表面が少しでこぼこしてるわね。それに通気性もいいけど汗もよく吸いそう。これでシーツと寝間着を仕立てたら今より少しは快適に過ごせそうだわ。ジョー! 仕立屋に行くわよ、北23番の方の! 移動魔法出して!」
「えええっ、今!?」
「ソニアさん、仕立てなら私がやりますから! シーツなら今日中に縫えますし! そんなに暑かったんですね……」
「寝る時だけでもネージュに戻りたいと思ったくらい暑かったわ。ここって周りに低い山があってちょっと盆地になってるじゃない? 熱気が籠もる感じなのよ。ネージュならもっと風通しがよかったのに」

 そ、それは本当に辛いな……。スティレア織りを買ってきてよかった。

「サーシャ、アオとフローの世話は俺がやっておくから、シーツを縫ってくれないかな。ソニアだけでなくて、この分だとみんな参ってそうだし」
「はい、シーツなら端始末だけでいいのですぐ縫えますよ。多分コリンさんもできるんじゃないかと思います。ソニアさん、すぐに縫いますからね。シーツができたら簡単な造りですが寝間着も作りますね」
「ありがとうサーシャ! 愛してる! ジョーと別の方向にあなたってすっごい器用よね!」

 織物を抱えたソニアとサーシャが家の中に入るのと入れ違いに、「ジョォォォォー!」って叫び声がしてコリンがタックルしてきた。

「ぐふっ!」
「お帰りお帰り! ジョーがいなくて寂しかったよー!」

 犬か? コリンに尻尾が見える気がする。
 あと、力一杯飛びつくのは本気でやめて欲しい。

「ただいま。暑くて大変だったってソニアから聞いたけど、コリンは大丈夫だった?」
「暑かった! 俺毎日下着だけで寝てた! 氷の柱は常に置いてあったんだけど、湿気が凄くてさー」

 ああ、確かにそういう問題はあるよなあ。
 とりあえずコリンにも涼しく過ごせそうなシーツと寝間着は必要らしい。

「ソニアへのお土産なんだけど、スティレア織りっていう通気性がよくて汗もよく吸いそうな布を買ってきたんだよ。ソニアがそれでシーツと寝間着を作りたいって言うから、サーシャが仕立てることになってさ。コリンも裁縫ができたら手伝ってくれないかな」

 いいよ! という返事が来ると思っていたのに、コリンから返ってきたのはいつもよりも1オクターブくらい低い声だった。

「俺には?」
「ん?」
「俺にお土産は?」
「――牡蠣! 牡蠣があるよ! ネージュだとこの時期の牡蠣はなかなか食べられなかったんだろう? 生でつるんといけるし栄養もあるから、暑さに参ってたならいいと思う!」

 俺はレベッカさんやレヴィさんに心の中で手を合わせながら、「コリンのことを思って牡蠣を買ってきたよ」という風を装った。その俺の言葉でコリンはくるりと表情を変える。

「そっかー! うん、夏の牡蠣はなかなか食べられないし、冬の牡蠣の方がネージュでは美味しかったよ。今夜は牡蠣だね!」
「うん、思いっきり食べてよ」
「楽しみだな! じゃあ、俺はサーシャと一緒にシーツを縫うよ。ジョーは?」
「アオとフローを厩に戻したら行くよ。大した手伝いはできないけど。じゃあ、また後で」
「うん! そうだ、頼まれてた蒸し器とハンドミキサーできてるよ。後で見せるねー」
「えっ」

 去り際にとんでもない発言をしていったコリンに驚いて振り向いたけど、ちょうどドアがバタンと閉まるところだった。
 蒸し器はともかく、ハンドミキサーなんか本当にざっくりとしか説明してないんだけどな? コリン天才かな。
 数秒前までは「とんでもねえ爆弾を抱えてしまった」と頭の片隅で思ってたんだけど、コリンへの評価が爆上がりする。
 これは、あれだ。アーノルドさんと一緒。人格の一部に大問題有りだけど、その他の部分は素晴らしいって奴。
 

 ソニアとレヴィさんも加わってその日の晩までに俺たちは人数分のシーツを縫い上げ、そこで布が尽きたので俺はもう一度アニタさんのところへ行って布を多めに買い込んできた。
 寝間着についてはサーシャとコリンで縫うという。コリンは裁縫も得意らしい。手先が器用なんだなあ。
 シーツについては適度な大きさに切って、その切った場所だけ折り返して直線で縫っていくだけだったから、多少下手くそでもなんとかできた。
 蜜蜂亭スタッフはお店で仕事をしていたからその場にいなかったけど、一番裁縫が下手なのは俺だった。次にソニア。意外に上手なのがレヴィさん。そして越えられない壁の先にコリンとサーシャがいる。

「ソニアとレヴィさんは、俺たちがいない間に依頼を受けたりしたんですか?」
「ああ、依頼、依頼な……受けたよ。ワイバーンの群れがロクオ山脈からこっちに向かってきてな」

 単純作業の合間にレヴィさんに何の気なしに話しかけてみたら、とんでもない答えが返ってくる。
 俺は驚いて針の先で少し指を刺してしまった。
 
「ワイバーン!? ワイバーンって竜の一種ですよね? 大丈夫だったんですか?」
「俺が弓で、ソニアが風魔法でなんとか戦ったが……ジョーとサーシャがいない時にふたりだけで依頼を受けるのは無謀だとわかった」
「レヴィさんがそんなことを言うなんて……ワイバーンはそんなに強力だったんですか?」

 凄い早さでなみ縫いをしながら顔を上げずにサーシャが聞き返す。それに対して、ソニアとレヴィさんが揃って力なく首を横に振った。

「いや、相性の問題だな」
「私、空を飛んでる相手に魔法を当てるの苦手だわ」
「……今更?」
「今更感はあるが、本当に今回はそれで苦戦したんだ。俺とソニアだけだと前衛がいなくて、俺は攻撃が本領じゃないから火力不足になる」

 レヴィさんが一言喋る毎に、その声から力が抜けていく……。ソニアがいるのに火力不足というのは矛盾を感じるけど、いくら攻撃を打っても当たらないならそれは確かに火力に数えられないな。

「あれ? だけどソニアってマーテナ山で飛んでる火竜ファイアードラゴンの首を切り落として倒したよね?」
「ワイバーンと火竜では大きさが全然違うのよ。ワイバーンは小さい上に何頭もいたの。だから余計当たりにくくて」
「ジョーさん、ワイバーンは火竜の3分の1くらいの大きさなんですよ。小さいので竜じゃないって言う人もいるんですけど、その分飛ぶのが早いしブレスも吐いてくるので、ちょっと厄介な相手です」

 そうか、俺は火竜みたいなのをイメージしてたから、あれにレヴィさんが弓を射るのは凄いなと思ったんだけど、小さいのなら確かに人間の射る弓矢でも効果があるだろう。
 
「前にアーノルドたちとワイバーン退治をした時には、アーノルドとギャレンという壁がいたから楽に倒せた。俺とソニアでは常識上は接近されると危ないんだが……」
「確かにふたりとも防御的には薄いから危ないですよね? どうやって倒したんです?」
「「はぁ……」」

 俺の問いかけに、ソニアとレヴィさんが同時にため息をつく。思い出しただけでげんなりするらしい。そんなにか……。

「1頭目は俺に体当たりしてこようとしたから、弓を至近距離から口に打ち込んで動きが止まったところにソニアが《旋風斬ウインドカツター》を当てて倒した。それで、残りは結局ソニアが《暴風斬ストームブラスト》を打ちまくって力押しで倒した」
「なんだかんだ言って火力で押してるじゃないですか……」
「何度も言うけど、私は飛んでる相手に魔法を当てるの苦手よ。だから、広範囲に展開するように《暴風斬ストームブラスト》を打ちまくるしかなかったのよ」
「…………いつも通りだね」
「ある意味安心しました」

 ソニアとレヴィさんの倒し方も酷いけど、俺とサーシャの感想も酷かったと思う。

「プリーストの必要性をしみじみ感じたな。ジョーとサーシャも帰ってきたことだし、やらなければいけないことも一段落付いた。……サイモンをそろそろスカウトしに行かないか?」
「実は俺もサイモンさんの実家のことを考えてました」

 サーシャの家で作ったブリ照りが好評だったことで、俺はこの国の人にも醤油は受け入れられると手応えを感じた。
 そして、サイモンさんのところでは醤油を持て余している。だから、ブリ照りを筆頭に「そこでしか味わえない美味しい料理」を売りにすればいい。

 近々アンナさんに声を掛けて、レベッカさんにも加わってもらってオールマン食堂の経営再建計画とメニュー案に付いて話し合うことにしよう。
 せっかくだから醤油の認知度を上げて、その産地との貿易をもっとして欲しいし。
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