殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

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ハロンズ編

84 サーシャの真実

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 レナたちの村から北街道を更に北上すること1週間。
 大分文化も変わってきたし、気候も変わってきた。ハロンズはとにかく夏の今は「暑いわ!! 殺す気か!!」って感じだったけど、山間部を中心に走るこの街道はかなり過ごしやすい。
 街道の脇には必ず木が立っていて厳しい日差しを遮ってくれるし、実を付ける木も多い。
 そういえば日本でも相当昔から街道沿いに柿とか食べられる木を植えて、旅人の行き倒れを防いだとか聞いたなあ。

 そして気になることがもうひとつ。
 街道の街でちょっと喋っただけなんだけど、話し言葉に訛りが出てきた。
 濁音が増えて、早口だ。
 普通に聞き取れるからいいけども。

 こっちの世界に来て字が読めるのも人の話してる言葉が普通にわかるのも、テトゥーコ様がそういう自動翻訳機能をくれたんだと思っていたけども。
 まさか、まさかな……。


 いよいよサーシャの地元に近づき、街道を降りて北西へ向かう。
 夜までに家に着きたいからフォーレの街は通り過ぎ、ケルボへ。
 風に潮の匂いが混じってきて、海が近づいてるんだと嗅覚で気付かされる。
 そして、レナのいた村と大して変わらない感じの、決して立派とは言えない家が立ち並ぶ集落が見えてきた。

 あの村と決定的に違うのは、こちらは活気があると言うことだ。
 もう夕方に近くなってるけど、子供の大きな声や、漁師らしき人々が力を合わせて網を引く掛け声など実に賑やか。
 そんな中、中年のおばさんがこちらに気付いて笑顔で手を振ってきた。

「あれ! サー(↓)シャ(↑)じゃねの!」
「ただいま! 帰ったす!」
「おどは漁だが、おがは家だがね」
「すまねす! んだばあどで!」

 ………………お、俺のサー(↑)シャ(↓)が、わからない言葉で喋っている。

 俺が呆然としていると、俺の様子に気付いたサーシャがハッとしてから赤面した。

「あ――あのですね、この辺はかなり訛りが強いんです。さっきの人は近所のおばさんで、私の父は漁だけど母は家にいると教えてくれました」

 まさか、通訳されるとは思わなかった……。
 そして俺は、ずっと疑問に思っていたことの答えを今まさにこの瞬間ひらめいた!
 
「もしかして、サーシャがずっと俺にも丁寧な言葉を使ってるのって――普通に喋ると訛るから?」
「つ、ついに気付いてしまいましたか……。大分標準語になってはきたんですが、フォーレの教会で言葉を教わった時にずっと丁寧な言葉を使っていたので、標準語で『普通に喋る』のは苦手なんですよ」
「……ずっとこっちの言葉で喋ってもいいんじゃない?」
「んもー、ジョー(↓)さん(↑)はおれに恥どごかがすづもりかー!」

 なんというか、俺もショックのあまりかなり思考停止してるんだけど。
 口を尖らせて、顔を赤くしながら訛ってるサーシャも可愛いな……。
 訛ると「ジョーさん」のイントネーションも変わるんだな。凄い不思議だ。

「んんっ、と、とりあえず、私の家に向かいましょう。多分すぐに噂が回って、よそに嫁いでる姉たちも来ると思いますから」
「噂が回るの早いんだね……」
「早いですよ、ネージュやハロンズとは違いますからね……」

 そうか、人口300人に満たないって言ってたもんな。
 サーシャについて馬でゆっくりと村の中を行く。サーシャは行き逢う村人から必ず声を掛けられていて、方言全開で挨拶をしあっていた。
 うん、俺の彼女、ここでもアイドル。
 特にお年寄りと子供から熱烈に好かれてる。
 …………それくらいしかわからん。何言ってるのかわからないから。

 サーシャの家は村の中心部から少し離れたところにあった。
 他の家々と特に変わったところはない。
 ここが、聖女生誕の地! そんな感じは全くしないけど。

「おがー、ばさまー、ったよ!」
「あれ、サーシャ! おがえり! 一言ひどごど知らせてけりゃよがったに!」
「サーシャ? おお、おお、サーシャだいねぁして、とじぇねぁかったす。相変あいがわらずめんこいなぁ」

 ドアを勢いよく開けてサーシャが弾むような声を掛けると、中にいたサーシャの母と祖母が慌てて立ち上がった。
 お婆さんは足が悪いらしくて椅子をガタガタさせたから、サーシャが急いで止めに入る。そのサーシャの頭を、皺だらけの手が愛おしげに撫でた。

「んで、そごのひどは?」

 サーシャのお母さんの視線が俺に向く。サーシャのお母さんだけあって美形。日焼けはしているけど金髪と顔立ちがよく似ている。
 てえええ! いや、俺のこと話されてるよな!?
 どうしよう! お嬢さんの恋人です! って言うべき!?

「あ、あな……ジョー(↓)さん(↑)はおれの、こ、恋人だす……」
「%д$≦KЖ≒÷┏だの⊇仝◎∬!?」
「‰б⊇±∂Щ£∃!」
「す、好きすぎでなんともさいねぇ……キャー!」

 は、入っていけない、完全に……。
 というか、ヒアリング自体ができない。
 田舎がなかった俺は、そもそも方言には馴染みがない。津軽弁の字幕が記号だらけでテレビ画面の下に出ている、あんな感じ。
 早口で、少し籠もっていて、濁音がやたら多い。
 うん、それしかわからん。
 あと、最後にサーシャが惚気たのだけは様子でわかった。

「あ、あの……初めまして。ジョーです。サーシャとお付き合いさせていただいてます。あの、これ、お土産にお菓子を作ってきたので、ご家族で召し上がってください」

 俺はクッキーの入った缶を出すとサーシャのお母さんに手渡した。
 まあまあまあ、までは聞き取れたんだけど、その後に早口で恐らく恐縮しているらしい言葉が続く。
 早口キツいな!

「そったとこ立ってねでこっちてねまらし」
「ね、ねまら?」
「あーっ、おが、おらっこの世話さしてぐ!」
「んだば」

 サーシャが半ば強引に俺の腕を取って家から連れ出した。
 俺が口を半分開けたまま呆然としているのを見て、サーシャは少し眉を寄せた後無言でアオとフローを厩に連れて行った。
 以前はもっと馬がいたらしい厩は空きがあって、アオとフローをちょうどそこに入れることができた。俺とサーシャはいつものように2頭にブラシを掛け、水と飼い葉を宛がって世話をする。

「ジョーさん……。これが、本当の私です。ネージュやハロンズでは、私はずっと『私』を装っていたんです。がっかりしましたか?」

 妙に深刻な声でサーシャが俺を見上げて言う。
 サーシャの真剣さと、事態の重さが俺の中では釣り合わない。
 きっとそこは俺と彼女の認識の違いなんだ。

「がっかり……って、そんなことないよ。生まれた場所が地方だったから方言で育ってきただけだよね。そんなの、俺の元の世界にもたくさんいたし、その方言を売りにしてる人たちもいたし、当たり前のことだと思う」
「そう、思ってくれますか」
「うん。俺は祖父母も地方に住んでたわけじゃないから、帰る特別な場所っていうのもなくて、そういうのに憧れたな。だから、何を言ってるのかはわからないけど、だからといって俺はサーシャを馬鹿にしたり、この地方をさげすんだり、そんなことはないよ」
  
 俺は自分で思っていることをそのままサーシャに告げた。
 サーシャは緊張の漂ってる眉を解き、表情を和らげた。そして、もじもじとしてから俺の胸にぽすりと顔を埋める。

「……おめさんが大好きだす」
「くぅ!」

 可愛い死ぬ!!
 方言女子の告白、可愛すぎる!
 さすがに今のは俺にもわかった!

「お、俺もおめさんが大好きだ……」
「ふふっ、上手ですね」
 
 標準語のサーシャも可愛いけど、方言のサーシャも可愛い。
 何言ってるのかわからないのはちょっと困るけど、どっちも同じサーシャだ。

 俺たちは飼い葉を食む馬たちの側で、しばらくイチャイチャしていた。


 厩から戻ったら、サーシャのお姉さんがふたり来ていた。これもまた美形。美形姉妹なんだな。
 2番目のお姉さんは別の街に嫁いだとのことで、今すぐには来られないらしい。
 俺はなんとか聞き取れるレベルの挨拶に頭を下げ、「はじめまして! サーシャの恋人のジョーです!」と押しきった。
 緊張するけども、もうここに来てジタバタしても始まらない。それに、家族に挨拶するのが怖いから恋人やめるかなんて言われたら答えはNo一択だし。

 サーシャの家は娘たちが全員外に出て、今は両親と祖母がいるだけだそうだ。
 久々に賑やかになって、お母さんは喜んでいる。

 そして、妙に喜びを露わにしているのがもうひとり……いや、もう1匹。
 サーシャの家の飼い犬が、クロを見て大喜びで「一緒に遊ぼう」と誘っている。
 俺は魔法収納空間から適当な木の枝を出して、2匹に投げてやった。
 クロは咥えた木の枝を放り投げる位のことはできるから、しばらく楽しく遊ぶだろう。
 テンテンはサーシャの家族ばかりか、サーシャが帰ってきたと聞いて覗きに来た人たちにも愛嬌を振りまいていた。
 ずーっと歓声が途切れない。

 俺はそんな中で、言葉がわからないのでできるだけニコニコとして頷くことしかできなかった。
 頬の筋肉が、攣りそう。
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