殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

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ハロンズ編

82 罪

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「あたしたちを助けてください……」

 レナはサーシャに抱きついてすすり泣く。
 サーシャはレナを胸に抱き留め、その頭と背中をゆっくりと撫でていた。
 
「食われて死んだの。でも、死んだはずなのにずっとずっと悲しくて苦しくて、蜘蛛の中にはあたしみたいに食われて死んだ女の子がたくさんいたの! あたしたち必死にもがいてたら、どうしてかあたしだけがこんな姿になってた……今でも、あたしの中に他の女の子たちがいるのを感じる。生け贄にされたのが悲しくて、村が憎くて恋しくて!! 村に戻っちゃいけないってわかってた! だけど、男の子を助けちゃって、人恋しくなっちゃって、村を一目見たかったの」

 サーシャの胸で泣くレナはとても幼く見えた。見た目は10代後半くらいに見えるけども、もしかしたら精神はそれよりもずっと幼いのかもしれない。

「村が恋しかった! でも憎かった! 復讐してやりたかった! 守りたかった! あああ……でも、でも村を見たら、知ってる人は誰もいなかったよ……。あたしたちが死んでからきっと長い時が経って、あたしたちが復讐したかった人は誰もいなくなってるんだね」

 力ない声で呟くと、レナは再び言葉もなく静かに泣き始めた。
 恋しい、憎い、復讐してやりたい、守りたい。相反する感情は、内側にいる他の犠牲者からのものか。いや、でもひとりの人間が抱えていても不思議ではない程度の矛盾ではある。
 家族が守れるなら、生け贄になった意味はあると思う子もいただろう。それでも、「幼い女の子だから」という理由で生け贄にされたことに幼いながら理不尽も感じただろう。
 ……辛いな。

 俺には目の前のアラクネが、ただの可哀想な少女にしか見えなくなっていた。
 サーシャも眉を曇らせ、一度目を閉じて悲痛な表情でレナを抱きしめる。
 
「ジョーさん、それに村の方たちも聞いてください。このアラクネは――レナさんは恐らく、生け贄にされた女の子たちの意識が結びついて大蜘蛛を乗っ取り、アラクネへと変化したんでしょう。アラクネは大蜘蛛よりも強い魔物ですから、大蜘蛛に戻るということはないはず。そして、レナさん自身は人間だった時の人格と記憶をとても濃く残している……」
「村を襲う気はないんだよな?」

 さっきグルグル巻きにされていた人が、怯えながらも恐る恐る尋ねる。レナは無言でぶんぶんと首を縦に振った。

「お、俺は知ってるんだ! 税を村長がちょろまかしてることを! 何代も前から、村長の家ではそういうやり方が伝わってるんだよ! 逆らったら生け贄を出させて、自分は傷つかないで、そうやって自分たちに逆らえないようにしながら村をずっと支配してたんだ!」

 ひとりの男性が声を上げたことで、そうだそうだという声が村人から上がってくる。
 なんてこった。危険な魔物退治かと思ったら、蓋を開けたら村長の不正暴露になっている。
 反論の声は上がらなかった。むしろ、怯えていた人たちが声を大にして主張をし、武器を手にして強気でいた人たちは黙りこくっている。

「酷なことをしやがる」

 武器を構えていたひとりが、手を下ろしながらレナに目をやって一言呟いた。

「ほら、顔を拭け」

 苦い顔でひとりの男性がレナにハンカチを差し出した。
 レナは目をいっぱいに見開き、物凄く驚いてからそろそろと手を伸ばした。その手に男性がハンカチを載せる。

「あ、ありがと……」

 レナは両手でハンカチを持ち、顔をゴシゴシと拭いた。そういう動作ひとつひとつが子供じみている。……そうか、見た目じゃなくて彼女が幼く見えるのはそういうことなのか。
 言葉だけでなく、仕草が幼いんだ。

「誰も怪我をしてないな?」

 レナにハンカチを渡した男性が、後ろを振り返って声を掛ける。あちこちから「ああ」という声が返ってきた。今の村人たちはばつの悪そうな様子で、レナに対する害意は感じられなかった。

「親父は村までこのまま連れて行こう。そして、レナを村に連れて行く。レナのことを、この村の過去の罪を村人に明かし、どうすべきか意見を聞こう」
「もし、もしあたしが嫌われたら……?」
「お前は山に戻ればいい。レナという名のアラクネに出会っても手を出しちゃいけないと村人に守らせるよう約束する」

 そうか、この人は村長の息子か。今までの話を聞いてると世襲制っぽいから次期村長なわけだ。
 だったら、言葉にも説得力がある。

「ジョーさん、レナさんをお風呂に入れてあげたいのですが」
「うん、家を出すよ」

 俺は山を少し下って家を出せるくらいの平地を見つけると、そこに家を出した。突然一軒家が出てきたことに、村長を収納した時と同じくらいの驚きの声が上がる。
 さっきサーシャが「ジョーさんは古代竜を封印できます」なんて言ったけど、まあ誇張じゃないかな……。しまっちゃえばそれは実質封印と変わらない。俺が死んだ時も別に魔法収納空間の中身が溢れ出したってことはなかったそうだし。

 湯船にたっぷりの湯を入れ、タオルを積み上げて俺は家から出た。代わりにサーシャがレナの手を引いて中に入っていく。

「あれが、聖女なんだな……」

 誰かがぼそりと呟いた。
 確かに、サーシャの行動は「聖女らしかった」と俺は思う。
 慈愛の女神の聖女として、誰も殺さず、傷つけず、「危険な魔物」を手懐けた。

「とても優しいんです。それに、いつも『誰かのために』って思ってる。俺の自慢の――仲間です」

 さすがに俺の自慢の恋人というのは恥ずかしすぎて、俺は言葉をごまかした。

「俺の親父とは真逆だよ。いつも私腹を肥やすことばかり考えて……。今回もそうだ。冒険者に助けを求めるべきだと俺以外からも意見が上がったのに、そんな金はないと言い切りやがった。誰かが死にそうな時、横に金を積んでも何にもならないのにな」
「そうですね」

 その金は冒険者を呼んだり医者を呼んだりして命を守ることはできるけども、ただ金のままではなんの効力もない。
 山間の寒村の厳しさが窺えて、俺は言葉少なに頷くしかできなかった。
 

 しばらくすると、サーシャが再びレナの手を引いて現れた。
 ボサボサだった髪は綺麗に洗われてサーシャと同じ三つ編みに編まれて紐で括ってある。それに、サーシャの下着と服を借りたのか今まで剥き出しだった上半身には服を纏っていた。

「ほら、見てください。可愛くなりましたよ」

 ボサボサの髪を梳いて洗うのは大変だったはずなのに、そう言ってサーシャは微笑んで見せる。

「あたし、聖女様大好き。絡まってた髪の毛も一生懸命とかしてくれたし、お風呂にも入れてくれたの。髪の毛にいい香りの油も付けてくれた!」

 うっとりとした顔でレナはサーシャを見上げて抱きついた。本当に、大好きな姉に抱きつく妹のようだ。レナは全面的にサーシャを信頼している。

 身綺麗になったレナの姿に、今までとは違う動揺が村人たちの中に走った。小さな声で「似てる」とかいう単語が聞こえてくる。
 誰か身内に、レナに似ている人がいるんだろう。それも当然か。彼女は元々村の人間だ。小さな村だから、血が繋がっている人間はたくさんいるはず。

 蜘蛛の下半身は相変わらずだけど、恐ろしいというよりは痛々しい。
 人間に戻せたらと思いはするけども、レナは大蜘蛛に食い殺されたと自分の一度目の死を肯定している。だから、彼女は人間じゃない。

 俺とキールは馬の手綱を引き、サーシャはレナの手を引いて、村人たちと山を下りた。
 村が見えてくると、村の入り口に大勢の女性が集まっているのがわかった。
 彼女たちはレナの姿を見てざわついているが、聖女であるサーシャがなんでもないようにその手を取っているためか、パニックには陥っていなかった。

「まずお話をさせてください。この村がかつて大蜘蛛に襲われ、生け贄を求められていた話をご存じの方は?」

 サーシャがいきなり切り出すと、女性たちはお互いに顔を見合わせながらパラパラと挙手した。結局、大人は全員その話を知っていた。お互い語り合うことはなくても、やはり親や祖父母からひっそりと話が伝わっていたんだろう。

「ご自分の身内の方が生け贄になったという話を聞いたことのある方もいると思います。このアラクネの少女の名前はレナ。かつて大蜘蛛の生け贄にされ、命を落とした女の子です」

 驚きの声に呻き声、様々な声が言葉にならない様子で村人たちから上がる。
 俺たちと一緒に山を下りてきた男性たちは、それぞれ家族の元へとばらけていった。
 そして今、村中の視線がレナとサーシャに向いている。
 レナは怯えてサーシャの後ろに隠れていたが、促されておどおどとしながらも隣に並ぶ。

「誰かに似ているでしょう? きっとレナさんは、みなさんのお爺さんやお婆さんの、妹か姉なのです」
「似てる、似てるよ。死んだ母さんの若い頃によく似てる。目や眉の辺りとか……」

 動揺した女性が、足をもつれさせながらレナに近づき、蜘蛛の体に恐れることなく彼女の頬に触れた。レナは動きかけた脚を一生懸命とどめて、その場に立っている。そして、自分に触れる女性の顔を見て驚きの声を上げた。

「あ……お、おばちゃん? 違う、似てるけど違う。でも似てる! あたしのおばちゃんに似てるよ、この人!」
「恐らくレナさんと血が繋がってるんでしょうね。レナさんは、向かってきた男性を糸で拘束はしましたが、傷つけてはいません。山に入った村の方は全員無事に戻ってきました。そして、この村に危害を加えるつもりはないと彼女は言っています。どうか、彼女をこのままそっとしておいてくれないでしょうか。もし何かあったら、聖女の名にかけて私が彼女を退治します」

 凛とした声を出していたサーシャは、少し沈んだ声で答えた。レナがサーシャの手をぎゅっと握っていて、サーシャがその手を握り返すのが見えた。
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