84 / 122
ハロンズ編
80 北街道の蜘蛛女
しおりを挟む
「よし、じゃあ、行ってきます!」
「行ってきます。後のことはよろしくお願いしますね」
俺がアオに、サーシャがフローに乗り、旅立ちの朝を迎えた。
サーシャの実家はハロンズよりかなり北のケルボという漁村だそうだ。その隣街がそこよりは少し大きいフォーレという街。ここの教会でサーシャは5年間修行をしたという。
ケルボに向かうには、海沿いを通る大街道とは違う北街道という道を通る。北街道はハロンズの隣にあるロキャット湖沿いに北上してから山間を通り、いくつもの川を渡りながら北の大都市タグフォに向かう。
今まで通ったことのない街を通るから、俺の移動魔法も引き出しが増えていくし、いろんな名物に出会えるかもしれないから楽しみだ。
宿に泊まるときはクロとテンテンを一度身綺麗にしてから収納して、部屋に入ったら出す。サイモンさん方式。
俺がこの世界に来たばかりだった頃、サーシャとふたりだけのパーティーだったのを思い出す。あの時はクエリーさんの護衛の人たちもいたからふたりきりじゃなかったけど、知り合いがサーシャだけというのは俺には新鮮だ。
泊まる街以外は馬を引いて歩いて通る。何か気になる物があったらお店を覗く。
3日目に通った街では綺麗な陶器の皿が売っていたので、レベッカさんへのお土産として多めに買った。聞けば、近くに陶器の生産で有名な街があるらしい。
絵付けしたお皿も上品でよかったけど、真っ白なお皿はケーキ屋さんをやるときに役に立ちそうだ。
「……で魔物が」
「街道に近いじゃないか。影響は……」
皿を見ていたとき、商人同士が交わしている言葉が俺の注意を引いた。
「私、話を聞いてきますね」
サーシャがすっと商人たちに近寄っていき、星5冒険者の身分証を見せて話しかけていた。
なんか、警察っぽい! 俺の彼女格好いい!
「冒険者をしているものです。魔物という言葉が聞こえたのですが、何かお困りでしたらお力になれると思います。お話を伺えませんか?」
「星5冒険者か! それは頼りになるな。いや、この先の村でな、アラクネという女の姿をした蜘蛛の魔物が出たそうなんだよ。被害が出たかどうかまではまだ情報が流れてきてないんだが、アラクネは知恵も働く魔物だから放っては置けないと思ってな。このままだと街道が使い物にならなくなる危惧もある……」
冒険者にしては丁寧な言葉遣い、そして古代竜の革鎧という一目でわかる高価な防具に身を包んだサーシャの言葉は、商人も信用してくれたらしい。
噂の元はここから街道を1日ほど行った更に先にある、ワクシーという山間の小さな村。街道からも徒歩で1日ほどかかる場所らしい。
以前からその一帯には大蜘蛛の化け物が出ると話が伝わっていたらしい。そして、商人が苦い顔で言うには、昔は生け贄を求められ、村は仕方なくそれに応じていたらしいということも。
生け贄は何故かいつの間にか止んで、村は百年以上もの間蜘蛛に脅かされずにいたらしい。
それが、ここになってアラクネが出た。
大蜘蛛も力の強い魔物だけど、討伐推奨は星3以上。アラクネは下手なドラゴンより頭がいいので「最低星4以上のパーティー」とギルドから規定が出ている。もちろんこれは「推奨」であって、緊急時にはやむを得ないという措置もある。依頼として受託するには、という話だ。
俺とサーシャは星5のパーティーだ。討伐推奨はクリアしている。ふたりだけど、相手が1体だけなら後れを取ることはないだろう。
「行くんだよね」
「はい、放っては置けませんから」
お互いの意志が通じ合って、俺たちは顔を見合わせて小さく笑い合った。
戦うことは好きじゃないけども、こういう時にサーシャと意見が一致するのは嬉しい。
俺は、俺の彼女が「困った人を見捨てておけない」人であることが誇らしい。
そこからは、馬を飛ばしての強行軍になった。宿場町も素通りで、馬の速度を落とさず走り抜ける。
一晩休むことは必要だったから、できるだけ村に近づいた宿場町で宿を取った。クロとテンテンは悪いけど魔法収納空間へ。アオとフローは厩で飼い葉と水をもらう。
その街では、やはりアラクネの噂が既に回っていた。
冒険者ギルドの支部に依頼すると時間が掛かるから、腕に覚えがある男たちを募って退治に行こうという話も上がっていると聞いて、俺とサーシャは顔を見合わせると無言で馬を飛ばした。
危険な魔物に、知識もなく向かっていくのは愚策。
俺の場合はサーシャやレヴィさんという経験のある人たちが身近にいたからよかったけど、事前の「キックが強い」という情報なしで殺人兎に向かわされたりしてたら無傷じゃなかっただろう。
馬車は一応通れるけど……というガタガタの道を通り、山をぐるりと迂回するように登っていく。その道程の中でも、峠の辺りに集落らしきものがあるのは見えた。
「あそこですね」
「そうだね、このまま走れば昼前に着きそう」
「はい。アオ、フロー、よろしくね」
フローの首筋を撫でてサーシャが労う。フローはブルルン、と一声鳴いてそれに応じた。馬は本当に賢い。
俺とサーシャがワクシー村に到着したとき、村の雰囲気は異様だった。
静まり返っているのだ。
普通だったら子供の遊ぶ声とか、畑で働く人たちの話し声がするんだろうけど、そういうものがない。
「誰かいませんか! 星5冒険者です! 街道で噂を聞いて駆けつけました!」
俺は声を張って呼び掛けた。
すると、いくつかの家のドアがそっと開けられて、こちらを窺っている人たちがちらほらといた。
鎧を着て盾を背負った俺とサーシャが馬から降りると、「あ、ああ……」という女性の悲痛な声がして、俺たちは急いでそちらに向かう。
「アラクネの噂を聞きました。人がいないようですが、何があったんですか」
ドアのところで座り込んでしまっている中年の女性を助け起こすと、彼女は俺の腕をぎゅっと握ってきた。
はっきりとわかる怯え方。これは尋常ではない。
「アラクネが……この村を襲ってきたんだよ!」
「まさか、異様に静かなのはたくさんの人が襲われて?」
心配そうにサーシャが尋ねる。けれど女性はそれには首を横に振った。
「いや、子供が気付いて声を上げたら、山に戻っていったの。でもその姿は大勢が見ていて……あたしも見たんだよ、8本足の蜘蛛に女の上半身が付いた魔物の姿を!」
「今のところ被害は出ていないですか?」
「今朝から男たちが山へ入っていったよ。残ったのは戦えない男と女子供さ。もしかすると今頃は……あたしと旦那は止めたのさ、冒険者ギルドに依頼を出して来てもらおうって! でも、村長が無理矢理!」
女性は安堵が入ったせいか、大声を上げて泣き始めた。
どうも、冒険者ギルドへ冒険者の要請に行こうという人たちがいたのに、村長が村の男たちを率いて強硬に自分たちでの討伐を推したらしい。
怖いものが身近にいると思ったら、待っていられない。その気持ちは俺にもわかる。
でも、そこは冒険者ギルドに通報して欲しかった。
偶然俺たちが近くにいたからよかったものの。――いや、よくはない。まだ何もよくはない。
俺は女性に手を貸して、落ち着けるように椅子に座るよう促した。
「立てますか? 椅子まで手を貸します」
「ありがとう、ありがとうよ……」
「私たちはこれから、山へアラクネ退治に向かった人たちを追っていきます。もし案内できる人がいたら一緒に来ていただきたいんですが」
「案内……アームのところの息子たちが、最初に山でアラクネを見たらしいんだ。兄の方は男たちを案内するために一緒に山に入ったけど、弟なら家にいるはずだよ」
「情報ありがとうございます! そのアームさんの家はどの辺りでしょう」
「ちょっと待ってな。――ディディ!! ちょっと出てきとくれーっ! 冒険者が、それも星5の冒険者が来てくれたんだよ!!」
女性がドアの外に向かって大声で叫ぶ。すると、ドアを少し開けて様子を窺っていた人たちが一気に俺たちの元に集まってきた。
「冒険者? どうして? ギルドに依頼を出してないのに」
「たまたま北街道を北上している最中に噂を耳に挟んだんです。街道に影響が出るかもしれないし、アラクネは危険な魔物ですから放っては置けないとふたりで決めて来ました」
「冒険者には報酬を払わないといけないんだろう? うちの村は大した金は出せないよ?」
俺たちを見つめる視線は期待半分、不安半分というところだ。
サーシャは胸の前で手を組み、慈愛に満ちた微笑みを怯えた表情を浮かべる人たちに向けた。
「今回は通りすがりの勝手なお節介――依頼ではありません。それに、困っている人たちを見捨てておくのは、女神テトゥーコの聖女として決して許されることではありませんから」
「聖女!? あっ、行商人が言ってたよ! ネージュで聖女が現れて、今はハロンズにいるって! お嬢ちゃんがその聖女様なのかい!?」
聖女という名乗りに一斉に村人たちがざわついた。サーシャは聖女という肩書きを、村人からの信頼を得るために使うことにしたらしい。
凄いな、こんなところまでもう噂は広まっているんだ。確かに、ハロンズのテトゥーコ神殿は神殿訪問の前から「聖女は今ハロンズにいる」ってことを流していたようだけど。
その一方でネージュのテトゥーコ神殿は「聖女がネージュに現れた」ってことを大分前から喧伝しているから、考えてみたら不思議なことではないのかもしれない。
「はい。でも、聖女であっても聖女でなくても、私のやることは同じです。星5を戴く冒険者として、困っている方をお助けします! これから山に向かいますので、村の方が向かった先に心当たりがある方は案内をお願いします」
「あ、お、俺わかるよ! 俺たちが最初にあの蜘蛛のねーちゃんを見たところに兄ちゃんも案内してると思う。俺を連れてってよ!」
俺の前に転ぶように出てきたのは、小学6年生くらいに見える少年だった。
俺は大きく頷いてみせて、アオに跨がると少年を馬上へ引き上げた。
「ありがとう、兄ちゃん。俺はキール」
「俺はジョー。こっちの聖女はサーシャだよ。よろしく、キール。一緒にお父さんたちを助けに行こう」
「うん!」
キリッと顔を引き締めてキールが頷く。
フローに跨がったサーシャと共に、俺たちは山へと馬の首を向けた。
「行ってきます。後のことはよろしくお願いしますね」
俺がアオに、サーシャがフローに乗り、旅立ちの朝を迎えた。
サーシャの実家はハロンズよりかなり北のケルボという漁村だそうだ。その隣街がそこよりは少し大きいフォーレという街。ここの教会でサーシャは5年間修行をしたという。
ケルボに向かうには、海沿いを通る大街道とは違う北街道という道を通る。北街道はハロンズの隣にあるロキャット湖沿いに北上してから山間を通り、いくつもの川を渡りながら北の大都市タグフォに向かう。
今まで通ったことのない街を通るから、俺の移動魔法も引き出しが増えていくし、いろんな名物に出会えるかもしれないから楽しみだ。
宿に泊まるときはクロとテンテンを一度身綺麗にしてから収納して、部屋に入ったら出す。サイモンさん方式。
俺がこの世界に来たばかりだった頃、サーシャとふたりだけのパーティーだったのを思い出す。あの時はクエリーさんの護衛の人たちもいたからふたりきりじゃなかったけど、知り合いがサーシャだけというのは俺には新鮮だ。
泊まる街以外は馬を引いて歩いて通る。何か気になる物があったらお店を覗く。
3日目に通った街では綺麗な陶器の皿が売っていたので、レベッカさんへのお土産として多めに買った。聞けば、近くに陶器の生産で有名な街があるらしい。
絵付けしたお皿も上品でよかったけど、真っ白なお皿はケーキ屋さんをやるときに役に立ちそうだ。
「……で魔物が」
「街道に近いじゃないか。影響は……」
皿を見ていたとき、商人同士が交わしている言葉が俺の注意を引いた。
「私、話を聞いてきますね」
サーシャがすっと商人たちに近寄っていき、星5冒険者の身分証を見せて話しかけていた。
なんか、警察っぽい! 俺の彼女格好いい!
「冒険者をしているものです。魔物という言葉が聞こえたのですが、何かお困りでしたらお力になれると思います。お話を伺えませんか?」
「星5冒険者か! それは頼りになるな。いや、この先の村でな、アラクネという女の姿をした蜘蛛の魔物が出たそうなんだよ。被害が出たかどうかまではまだ情報が流れてきてないんだが、アラクネは知恵も働く魔物だから放っては置けないと思ってな。このままだと街道が使い物にならなくなる危惧もある……」
冒険者にしては丁寧な言葉遣い、そして古代竜の革鎧という一目でわかる高価な防具に身を包んだサーシャの言葉は、商人も信用してくれたらしい。
噂の元はここから街道を1日ほど行った更に先にある、ワクシーという山間の小さな村。街道からも徒歩で1日ほどかかる場所らしい。
以前からその一帯には大蜘蛛の化け物が出ると話が伝わっていたらしい。そして、商人が苦い顔で言うには、昔は生け贄を求められ、村は仕方なくそれに応じていたらしいということも。
生け贄は何故かいつの間にか止んで、村は百年以上もの間蜘蛛に脅かされずにいたらしい。
それが、ここになってアラクネが出た。
大蜘蛛も力の強い魔物だけど、討伐推奨は星3以上。アラクネは下手なドラゴンより頭がいいので「最低星4以上のパーティー」とギルドから規定が出ている。もちろんこれは「推奨」であって、緊急時にはやむを得ないという措置もある。依頼として受託するには、という話だ。
俺とサーシャは星5のパーティーだ。討伐推奨はクリアしている。ふたりだけど、相手が1体だけなら後れを取ることはないだろう。
「行くんだよね」
「はい、放っては置けませんから」
お互いの意志が通じ合って、俺たちは顔を見合わせて小さく笑い合った。
戦うことは好きじゃないけども、こういう時にサーシャと意見が一致するのは嬉しい。
俺は、俺の彼女が「困った人を見捨てておけない」人であることが誇らしい。
そこからは、馬を飛ばしての強行軍になった。宿場町も素通りで、馬の速度を落とさず走り抜ける。
一晩休むことは必要だったから、できるだけ村に近づいた宿場町で宿を取った。クロとテンテンは悪いけど魔法収納空間へ。アオとフローは厩で飼い葉と水をもらう。
その街では、やはりアラクネの噂が既に回っていた。
冒険者ギルドの支部に依頼すると時間が掛かるから、腕に覚えがある男たちを募って退治に行こうという話も上がっていると聞いて、俺とサーシャは顔を見合わせると無言で馬を飛ばした。
危険な魔物に、知識もなく向かっていくのは愚策。
俺の場合はサーシャやレヴィさんという経験のある人たちが身近にいたからよかったけど、事前の「キックが強い」という情報なしで殺人兎に向かわされたりしてたら無傷じゃなかっただろう。
馬車は一応通れるけど……というガタガタの道を通り、山をぐるりと迂回するように登っていく。その道程の中でも、峠の辺りに集落らしきものがあるのは見えた。
「あそこですね」
「そうだね、このまま走れば昼前に着きそう」
「はい。アオ、フロー、よろしくね」
フローの首筋を撫でてサーシャが労う。フローはブルルン、と一声鳴いてそれに応じた。馬は本当に賢い。
俺とサーシャがワクシー村に到着したとき、村の雰囲気は異様だった。
静まり返っているのだ。
普通だったら子供の遊ぶ声とか、畑で働く人たちの話し声がするんだろうけど、そういうものがない。
「誰かいませんか! 星5冒険者です! 街道で噂を聞いて駆けつけました!」
俺は声を張って呼び掛けた。
すると、いくつかの家のドアがそっと開けられて、こちらを窺っている人たちがちらほらといた。
鎧を着て盾を背負った俺とサーシャが馬から降りると、「あ、ああ……」という女性の悲痛な声がして、俺たちは急いでそちらに向かう。
「アラクネの噂を聞きました。人がいないようですが、何があったんですか」
ドアのところで座り込んでしまっている中年の女性を助け起こすと、彼女は俺の腕をぎゅっと握ってきた。
はっきりとわかる怯え方。これは尋常ではない。
「アラクネが……この村を襲ってきたんだよ!」
「まさか、異様に静かなのはたくさんの人が襲われて?」
心配そうにサーシャが尋ねる。けれど女性はそれには首を横に振った。
「いや、子供が気付いて声を上げたら、山に戻っていったの。でもその姿は大勢が見ていて……あたしも見たんだよ、8本足の蜘蛛に女の上半身が付いた魔物の姿を!」
「今のところ被害は出ていないですか?」
「今朝から男たちが山へ入っていったよ。残ったのは戦えない男と女子供さ。もしかすると今頃は……あたしと旦那は止めたのさ、冒険者ギルドに依頼を出して来てもらおうって! でも、村長が無理矢理!」
女性は安堵が入ったせいか、大声を上げて泣き始めた。
どうも、冒険者ギルドへ冒険者の要請に行こうという人たちがいたのに、村長が村の男たちを率いて強硬に自分たちでの討伐を推したらしい。
怖いものが身近にいると思ったら、待っていられない。その気持ちは俺にもわかる。
でも、そこは冒険者ギルドに通報して欲しかった。
偶然俺たちが近くにいたからよかったものの。――いや、よくはない。まだ何もよくはない。
俺は女性に手を貸して、落ち着けるように椅子に座るよう促した。
「立てますか? 椅子まで手を貸します」
「ありがとう、ありがとうよ……」
「私たちはこれから、山へアラクネ退治に向かった人たちを追っていきます。もし案内できる人がいたら一緒に来ていただきたいんですが」
「案内……アームのところの息子たちが、最初に山でアラクネを見たらしいんだ。兄の方は男たちを案内するために一緒に山に入ったけど、弟なら家にいるはずだよ」
「情報ありがとうございます! そのアームさんの家はどの辺りでしょう」
「ちょっと待ってな。――ディディ!! ちょっと出てきとくれーっ! 冒険者が、それも星5の冒険者が来てくれたんだよ!!」
女性がドアの外に向かって大声で叫ぶ。すると、ドアを少し開けて様子を窺っていた人たちが一気に俺たちの元に集まってきた。
「冒険者? どうして? ギルドに依頼を出してないのに」
「たまたま北街道を北上している最中に噂を耳に挟んだんです。街道に影響が出るかもしれないし、アラクネは危険な魔物ですから放っては置けないとふたりで決めて来ました」
「冒険者には報酬を払わないといけないんだろう? うちの村は大した金は出せないよ?」
俺たちを見つめる視線は期待半分、不安半分というところだ。
サーシャは胸の前で手を組み、慈愛に満ちた微笑みを怯えた表情を浮かべる人たちに向けた。
「今回は通りすがりの勝手なお節介――依頼ではありません。それに、困っている人たちを見捨てておくのは、女神テトゥーコの聖女として決して許されることではありませんから」
「聖女!? あっ、行商人が言ってたよ! ネージュで聖女が現れて、今はハロンズにいるって! お嬢ちゃんがその聖女様なのかい!?」
聖女という名乗りに一斉に村人たちがざわついた。サーシャは聖女という肩書きを、村人からの信頼を得るために使うことにしたらしい。
凄いな、こんなところまでもう噂は広まっているんだ。確かに、ハロンズのテトゥーコ神殿は神殿訪問の前から「聖女は今ハロンズにいる」ってことを流していたようだけど。
その一方でネージュのテトゥーコ神殿は「聖女がネージュに現れた」ってことを大分前から喧伝しているから、考えてみたら不思議なことではないのかもしれない。
「はい。でも、聖女であっても聖女でなくても、私のやることは同じです。星5を戴く冒険者として、困っている方をお助けします! これから山に向かいますので、村の方が向かった先に心当たりがある方は案内をお願いします」
「あ、お、俺わかるよ! 俺たちが最初にあの蜘蛛のねーちゃんを見たところに兄ちゃんも案内してると思う。俺を連れてってよ!」
俺の前に転ぶように出てきたのは、小学6年生くらいに見える少年だった。
俺は大きく頷いてみせて、アオに跨がると少年を馬上へ引き上げた。
「ありがとう、兄ちゃん。俺はキール」
「俺はジョー。こっちの聖女はサーシャだよ。よろしく、キール。一緒にお父さんたちを助けに行こう」
「うん!」
キリッと顔を引き締めてキールが頷く。
フローに跨がったサーシャと共に、俺たちは山へと馬の首を向けた。
0
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。
藍生蕗
恋愛
かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。
そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……
偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。
※ 設定は甘めです
※ 他のサイトにも投稿しています
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
異世界もふもふ食堂〜僕と爺ちゃんと魔法使い仔カピバラの味噌スローライフ〜
山いい奈
ファンタジー
味噌蔵の跡継ぎで修行中の相葉壱。
息抜きに動物園に行った時、仔カピバラに噛まれ、気付けば見知らぬ場所にいた。
壱を連れて来た仔カピバラに付いて行くと、着いた先は食堂で、そこには10年前に行方不明になった祖父、茂造がいた。
茂造は言う。「ここはいわゆる異世界なのじゃ」と。
そして、「この食堂を継いで欲しいんじゃ」と。
明かされる村の成り立ち。そして村人たちの公然の秘め事。
しかし壱は徐々にそれに慣れ親しんで行く。
仔カピバラのサユリのチート魔法に助けられながら、味噌などの和食などを作る壱。
そして一癖も二癖もある食堂の従業員やコンシャリド村の人たちが繰り広げる、騒がしくもスローな日々のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる