83 / 122
ハロンズ編
79 お土産作り
しおりを挟む
神殿訪問を終えて、俺たちのハロンズでの「やっておかなければならないこと」が一段落付いた。
ご近所への挨拶はレベッカさんが見事なデコレーションケーキを作り上げて、それを腰の低い様子で持っていって逆に凄く恐縮されたみたいだ。
生クリームですからお早めに召し上がってくださいねと付け加えたらしく、この近所ではケーキのお裾分けが行き交っただろう。それもレベッカさんの「作戦通り」って奴だ。怖い。
その後丁重なお返しの品と共に、どこでケーキを扱ってるかも聞かれていた。
ケーキで殴り込み作戦はまずは初手は成功らしい。
そして俺は、サーシャの実家に一緒に行くべく、手土産を用意していた。
正直、恋人の実家にご挨拶なんてどんな手土産を持っていったらいいかわからない。レヴィさんはこういうことでは頼りにならないし、ソニアは微妙な顔をして「相手によるんじゃない?」と暗い声で答えた。地雷を踏んでしまった。
聞く相手を間違えたと思ってレベッカさんに相談したら、レベッカさんは俺が作るクッキーなら必ず喜んでもらえるとお墨付きをくれたから、予定通りにクッキーを作ることにした。
美味しさも大事だけど、手土産を持っていこうという気持ちがまずは大事なのだと懇々と諭された……。
俺のクッキーは、ワンゲル部の何代前かわからない先輩がレシピを残していったもので、家で何度も作って「間違いなく美味しい」と確信を持っているものだ。
粉の半分をアーモンドプードルに置き換え、贅沢にバターを使うレシピなのだけど、それだけなのに格段に美味しい。
これだけだったら、計量が大事なお菓子作りの中でも目分量で作れる自信がある。そのくらいシンプル、なのに美味しい神レシピだ。
アーモンドプードルは市場では出回ってないので、サイモンさんに頼んで、アーモンドを挽いたものを用意してもらった。ついでに今後需要が出るからオールマン商会で粉にしたものを扱ってもらえるように頼んでおいた。蜜蜂亭か、今度出店するケーキ屋さんで置かれるだろう。
俺がクッキーを作るぞという日はみんなが暇だったらしく、厨房にはサーシャやレベッカさんだけでなくてコリンやソニアも見学に来ている。レヴィさんは外でクロやテンテンと遊ぶことを選んだらしい。それはそれで凄く助かる。
夏だからバターは柔らかくなりやすい。泡立て器を刺してみると手応えがありつつめり込んでいくので、俺はバターに砂糖を入れてかき混ぜながらギャラリーに解説した。
「卵は全卵ではなくて黄身だけ使います。余った白身はメレンゲにして焼いて食べましょう。サクサクで美味しいですよ。絞り出しの練習もできますし」
「えっ、いいことを聞いたわ! つまりこの材料で作るとクッキーと新しいお菓子との2種類が出来上がるのね!?」
「あっ、はい、そうですね」
レベッカさんの目が爛々としている。俺は口を滑らせたかなとは思ったけど、言ってしまったことは仕方ない。焼きメレンゲは美味しい。
「砂糖とバターを混ぜてバターがクリーム状になったら、卵黄を入れます。バターに卵を混ぜるときは少しずつやらないと分離してしまいますけど、バターに対して卵が圧倒的に少ないから一気に入れて平気です。……これで、アーモンドを挽いた粉を入れてよく混ぜて、小麦粉を入れてからはさっくり混ぜます」
「ジョーさんの言う『さっくり』が難しいです……」
先日シフォンケーキで散々な目に遭ったサーシャがぽつりとこぼす。確かに、さっくり、とか抽象的な言葉だよな。切るように混ぜるというのはわかりやすいけど、加減を間違えるとあれも混ぜすぎになる。
このレシピはバターが多いので、夏場は時間勝負になる。何せクーラーがなくて、冷房としては氷の柱を立てているくらいなのだ。ソニア曰く、夏は風魔法使いと水魔法使いの稼ぎ時らしい。そりゃ、いくらでも氷は売れるよな。
俺は簡単に説明しながら小麦粉を入れてへらでざっくりと混ぜ、大理石の板に生地を伸ばしてから氷の上に置いた。日本にいた時は冷蔵庫に入れて1時間ほど冷やしたのだ。生地を寝かせている間にバターがきっちり冷えて生地が固まらないと、うまく焼き上がらない。
レベッカさんのワクワクとした視線の圧が強いので、俺はオーブンを予熱しながらメレンゲを泡立て、それにアーモンドプードルを混ぜて天板の上に絞り出した。
一口サイズのメレンゲがたくさんできる。これを低温でじっくり焼くとサクサクのメレンゲが大量にできて、なんだか得をした気分になれるのだ。
……まあ、食べるときはあっという間だけど。
「ジョーは器用よね。料理も得意だし。私はお菓子なんて作ったことはないわ。料理はそこそこできるけど」
「ソニア、料理できるんだ!?」
「えっ、ソニアって料理できるの!?」
「ジョーもコリンも失礼ね! 私はお料理できますー! 作って見せてないだけですー! だって、他にもっとうまく作れる人がいるんだもの、やる必要がないじゃない!」
俺はメレンゲを余熱のできたオーブンに入れながら驚きの声を上げてしまった。
イメージ先行でソニアは料理ができない気がしていたけど、できたんだ……。俺とコリンは思いっきり口を尖らせたソニアにぶーぶーと文句を言われてしまった。
「確かに、私たちが引っ越してきてから、ずっと料理は担当してるものね。そうよ、たまには他の人も料理を作るようにしましょ! その家ならではの料理とか出てきて楽しそうよね!」
レベッカさんは名案! って顔をして手を打ったんだけど、途端にサーシャが暗い顔になった。
「お料理……作らないと駄目でしょうか……お魚を丸ごと焼くのはそれなりにできるんです。でも、それ以外は苦手で」
「苦手なことを無理にしなくていいよ! サーシャは裁縫も掃除も上手なんだし、毎日洗濯してくれてるし!」
「そうね、サーシャの地元の料理には興味があるけど、料理は楽しく作った方がいいわ。ジョー、サーシャの実家に行ったらお料理をしっかり覚えてくるのよ!」
「えっ、俺ですか? 独特そうな料理があったらレベッカさんが直接行った方がいいですよ。一度行けば移動魔法で繋げられますし」
「そうよね!? 料理に聖魔法は必須だけど、空間魔法も使えたらよかったわ……。本当に、食材を貯蔵するだけでもお店にひとりいたら便利なのに……」
レベッカさんが空間魔法いいなモードに入ってしまった。サイモンさんのお母さんのアンナさんもだけど、結構みんな空間魔法好きだよな。
俺も好きだけど。実際便利だし。
そんな話から何魔法が欲しいかという雑談になり、メレンゲを焼いている時間は賑やかに過ぎた。氷の上に置いたクッキー生地もガンガンに冷えていて、良い感じだ。
「メレンゲを見てみますね……一度出してみないとわからないな……おおっ、うまく焼けてる」
焼けたメレンゲをひっくり返して底をコンコンとつついてみると、軽い手応えが返ってきた。半生みたいな時はこれが綺麗に返ってこない。
鉄板を振るうとメレンゲがはがれて揺れたので、どんどん摘まんでケーキクーラーの上に乗せる。そしてオーブンには薪を足して温度を上げておく。
「すぐ冷めるから食べられますよ」
「わあ、サクッとしてて、口の中で溶けちゃいますね!」
早速焼きメレンゲに手を伸ばしたサーシャは、いつものように幸せそうに頬に手を当てた。コリンとソニアは笑顔になり、レベッカさんは真顔で分析している。
「ほとんど卵白だけなのに、こんなお菓子ができるなんて……これはもっとアーモンドの比率を上げたらどうなるのかも試したいわね。ジョーがオールマン商会にアーモンド粉を注文しておいてくれてよかったわ」
「もっとアーモンド粉の比率を上げると、マジパンというものになります。形が作りやすいので、それで人形を作ったものがケーキの上に載ってたりしましたよ」
俺はクリスマスケーキの上に載ったサンタの人形を思い出しながらレベッカさんに答えた。あれ、小さい頃は兄とジャンケンで取り合いだったんだよな。凄く甘いから正直今となってはそれほど食べたいものではないけど、ケーキの見栄えとしては上がると思う。
「ジョーに付いてきてよかったわ! やっぱりいろんなことが出てくるわね!」
「あ、あはは……そうですね」
俺はごまかすように苦笑いした。いざ教えろと言われると出てこないけど、話のついでに思い出すことってたくさんあるんだよな……。だからレベッカさんがハロンズにまで来たわけだけど。
クッキー生地を丸い型で抜き、余った生地はまたまとめて伸ばしておく。そして丸い生地は一度冷やした天板に並べてオーブンの中へ。
ヤバい、凄く緊張する。ここで焦がしたりしたら終わりだ。
俺は火の様子を見ながら、薪を左右に移動させて火が均一に回るように調節した。オーブンはこれが難しい。火が偏ったりしたら一方ばかり焦げてしまう。天板に直火は当てない。あくまでオーブンの庫内の温度を上げるのだ。
時々中を覗きながらの十数分。クッキーはゆっくりと、確実にキツネ色に焼き上がっていった。
「よし!」
会心の出来だ! 俺はミトンで天板を掴むと、ワークトップに置いた。
「ソニア、《送風》をお願い。早く天板ごと冷ましたい」
「わかったわ。《送風》」
ソニアが氷の柱越しに冷風を当ててくれた。涼しい風が厨房の熱気をかき混ぜながら天板ごとクッキーを冷ましてくれる。
本当はいきなり氷柱に載せてしまいたいくらいなんだけど、それをやると金属は傷むから。
オーブンペーパーがあればなあ……。俺もさすがにあれの原理は知らない。あれだけ薄くて綺麗な紙自体出回ってないし。
冷めたクッキーを慎重に持ち上げ、ケーキクーラに移す。この時に欠けてしまったものは試食用に回した。
第一弾で20枚ほどのクッキーが綺麗に焼き上げることができた。それを魔法収納空間へしまい、それぞれ手に1枚ずつのクッキーを持ってお待ちかねの試食タイム。
「いただきまーす!」
コリンやサーシャだけでなくレベッカさんまで浮き立った声を上げている。
クッキーを口に運ぶと、まずバターの香りがふわりと漂う。噛むとサクッと軽い歯応えで、ほろほろと口の中で溶けていく。
これがバターたっぷりクッキーの醍醐味だよ!
アーモンドの香りも香ばしく、小麦粉を減らしたことで歯応えは軽く仕上がっている。
限りなく、俺が日本で作っていたクッキーと同じもの。
感慨深すぎて涙が出そうだ。
「お、美味しいっ!」
「わああ、癖になりそうだよ、これっ!」
「何枚食べていいんでしたっけ!?」
「1枚よ、しっかりしてサーシャ! さっき型抜きした残りの生地も焼くのよね? みんなに食べさせてあげたいわ」
ケーキの時と同じくらいのどよめきが起きた。感無量!
「美味しいですっ! 絶対私の家族も喜ぶと思います!」
一口食べたクッキーを大事そうに持って、サーシャが満面の笑みを浮かべている。それに俺は自然と笑顔を返した。
「よかったぁ……。うまくできなかったらどうしようって心配だったんだよ。ケーキもいいけど、俺的にはこっちの方が好きだし、気軽に手にしてもらえそうだから」
「天板冷えたら第2段も焼いていいのよね? 私がやってもいいかしら」
前のめり気味にレベッカさんが割り込んでくる。俺はそれにお願いしますと答えて、冷えた生地と抜き型を彼女に渡した。
よかった……。とりあえずお土産は用意できた。20枚じゃ足りないだろうから、もっと焼かないといけないけども。
それに、ケーキもだけど俺の知識がこっちで新しいこととして求められるのは凄く嬉しい。
蜜蜂亭オープンに向けて準備をしていた蜜蜂亭スタッフも帰宅して試食をして、その日はみんな俺のクッキーを褒めてくれた。
「ありがとうございます、先輩」
名前も顔も知らない、レシピを残してくれた先輩にお礼を言い、俺は買っておいた綺麗な缶に大事なクッキーを詰めていった。
全部で60枚。サーシャは4人姉妹の末っ子らしいけど、これだけあれば足りないって事はないだろう。
今から凄くドキドキするな。サーシャの家族に喜んでもらえるといいんだけれど。
ご近所への挨拶はレベッカさんが見事なデコレーションケーキを作り上げて、それを腰の低い様子で持っていって逆に凄く恐縮されたみたいだ。
生クリームですからお早めに召し上がってくださいねと付け加えたらしく、この近所ではケーキのお裾分けが行き交っただろう。それもレベッカさんの「作戦通り」って奴だ。怖い。
その後丁重なお返しの品と共に、どこでケーキを扱ってるかも聞かれていた。
ケーキで殴り込み作戦はまずは初手は成功らしい。
そして俺は、サーシャの実家に一緒に行くべく、手土産を用意していた。
正直、恋人の実家にご挨拶なんてどんな手土産を持っていったらいいかわからない。レヴィさんはこういうことでは頼りにならないし、ソニアは微妙な顔をして「相手によるんじゃない?」と暗い声で答えた。地雷を踏んでしまった。
聞く相手を間違えたと思ってレベッカさんに相談したら、レベッカさんは俺が作るクッキーなら必ず喜んでもらえるとお墨付きをくれたから、予定通りにクッキーを作ることにした。
美味しさも大事だけど、手土産を持っていこうという気持ちがまずは大事なのだと懇々と諭された……。
俺のクッキーは、ワンゲル部の何代前かわからない先輩がレシピを残していったもので、家で何度も作って「間違いなく美味しい」と確信を持っているものだ。
粉の半分をアーモンドプードルに置き換え、贅沢にバターを使うレシピなのだけど、それだけなのに格段に美味しい。
これだけだったら、計量が大事なお菓子作りの中でも目分量で作れる自信がある。そのくらいシンプル、なのに美味しい神レシピだ。
アーモンドプードルは市場では出回ってないので、サイモンさんに頼んで、アーモンドを挽いたものを用意してもらった。ついでに今後需要が出るからオールマン商会で粉にしたものを扱ってもらえるように頼んでおいた。蜜蜂亭か、今度出店するケーキ屋さんで置かれるだろう。
俺がクッキーを作るぞという日はみんなが暇だったらしく、厨房にはサーシャやレベッカさんだけでなくてコリンやソニアも見学に来ている。レヴィさんは外でクロやテンテンと遊ぶことを選んだらしい。それはそれで凄く助かる。
夏だからバターは柔らかくなりやすい。泡立て器を刺してみると手応えがありつつめり込んでいくので、俺はバターに砂糖を入れてかき混ぜながらギャラリーに解説した。
「卵は全卵ではなくて黄身だけ使います。余った白身はメレンゲにして焼いて食べましょう。サクサクで美味しいですよ。絞り出しの練習もできますし」
「えっ、いいことを聞いたわ! つまりこの材料で作るとクッキーと新しいお菓子との2種類が出来上がるのね!?」
「あっ、はい、そうですね」
レベッカさんの目が爛々としている。俺は口を滑らせたかなとは思ったけど、言ってしまったことは仕方ない。焼きメレンゲは美味しい。
「砂糖とバターを混ぜてバターがクリーム状になったら、卵黄を入れます。バターに卵を混ぜるときは少しずつやらないと分離してしまいますけど、バターに対して卵が圧倒的に少ないから一気に入れて平気です。……これで、アーモンドを挽いた粉を入れてよく混ぜて、小麦粉を入れてからはさっくり混ぜます」
「ジョーさんの言う『さっくり』が難しいです……」
先日シフォンケーキで散々な目に遭ったサーシャがぽつりとこぼす。確かに、さっくり、とか抽象的な言葉だよな。切るように混ぜるというのはわかりやすいけど、加減を間違えるとあれも混ぜすぎになる。
このレシピはバターが多いので、夏場は時間勝負になる。何せクーラーがなくて、冷房としては氷の柱を立てているくらいなのだ。ソニア曰く、夏は風魔法使いと水魔法使いの稼ぎ時らしい。そりゃ、いくらでも氷は売れるよな。
俺は簡単に説明しながら小麦粉を入れてへらでざっくりと混ぜ、大理石の板に生地を伸ばしてから氷の上に置いた。日本にいた時は冷蔵庫に入れて1時間ほど冷やしたのだ。生地を寝かせている間にバターがきっちり冷えて生地が固まらないと、うまく焼き上がらない。
レベッカさんのワクワクとした視線の圧が強いので、俺はオーブンを予熱しながらメレンゲを泡立て、それにアーモンドプードルを混ぜて天板の上に絞り出した。
一口サイズのメレンゲがたくさんできる。これを低温でじっくり焼くとサクサクのメレンゲが大量にできて、なんだか得をした気分になれるのだ。
……まあ、食べるときはあっという間だけど。
「ジョーは器用よね。料理も得意だし。私はお菓子なんて作ったことはないわ。料理はそこそこできるけど」
「ソニア、料理できるんだ!?」
「えっ、ソニアって料理できるの!?」
「ジョーもコリンも失礼ね! 私はお料理できますー! 作って見せてないだけですー! だって、他にもっとうまく作れる人がいるんだもの、やる必要がないじゃない!」
俺はメレンゲを余熱のできたオーブンに入れながら驚きの声を上げてしまった。
イメージ先行でソニアは料理ができない気がしていたけど、できたんだ……。俺とコリンは思いっきり口を尖らせたソニアにぶーぶーと文句を言われてしまった。
「確かに、私たちが引っ越してきてから、ずっと料理は担当してるものね。そうよ、たまには他の人も料理を作るようにしましょ! その家ならではの料理とか出てきて楽しそうよね!」
レベッカさんは名案! って顔をして手を打ったんだけど、途端にサーシャが暗い顔になった。
「お料理……作らないと駄目でしょうか……お魚を丸ごと焼くのはそれなりにできるんです。でも、それ以外は苦手で」
「苦手なことを無理にしなくていいよ! サーシャは裁縫も掃除も上手なんだし、毎日洗濯してくれてるし!」
「そうね、サーシャの地元の料理には興味があるけど、料理は楽しく作った方がいいわ。ジョー、サーシャの実家に行ったらお料理をしっかり覚えてくるのよ!」
「えっ、俺ですか? 独特そうな料理があったらレベッカさんが直接行った方がいいですよ。一度行けば移動魔法で繋げられますし」
「そうよね!? 料理に聖魔法は必須だけど、空間魔法も使えたらよかったわ……。本当に、食材を貯蔵するだけでもお店にひとりいたら便利なのに……」
レベッカさんが空間魔法いいなモードに入ってしまった。サイモンさんのお母さんのアンナさんもだけど、結構みんな空間魔法好きだよな。
俺も好きだけど。実際便利だし。
そんな話から何魔法が欲しいかという雑談になり、メレンゲを焼いている時間は賑やかに過ぎた。氷の上に置いたクッキー生地もガンガンに冷えていて、良い感じだ。
「メレンゲを見てみますね……一度出してみないとわからないな……おおっ、うまく焼けてる」
焼けたメレンゲをひっくり返して底をコンコンとつついてみると、軽い手応えが返ってきた。半生みたいな時はこれが綺麗に返ってこない。
鉄板を振るうとメレンゲがはがれて揺れたので、どんどん摘まんでケーキクーラーの上に乗せる。そしてオーブンには薪を足して温度を上げておく。
「すぐ冷めるから食べられますよ」
「わあ、サクッとしてて、口の中で溶けちゃいますね!」
早速焼きメレンゲに手を伸ばしたサーシャは、いつものように幸せそうに頬に手を当てた。コリンとソニアは笑顔になり、レベッカさんは真顔で分析している。
「ほとんど卵白だけなのに、こんなお菓子ができるなんて……これはもっとアーモンドの比率を上げたらどうなるのかも試したいわね。ジョーがオールマン商会にアーモンド粉を注文しておいてくれてよかったわ」
「もっとアーモンド粉の比率を上げると、マジパンというものになります。形が作りやすいので、それで人形を作ったものがケーキの上に載ってたりしましたよ」
俺はクリスマスケーキの上に載ったサンタの人形を思い出しながらレベッカさんに答えた。あれ、小さい頃は兄とジャンケンで取り合いだったんだよな。凄く甘いから正直今となってはそれほど食べたいものではないけど、ケーキの見栄えとしては上がると思う。
「ジョーに付いてきてよかったわ! やっぱりいろんなことが出てくるわね!」
「あ、あはは……そうですね」
俺はごまかすように苦笑いした。いざ教えろと言われると出てこないけど、話のついでに思い出すことってたくさんあるんだよな……。だからレベッカさんがハロンズにまで来たわけだけど。
クッキー生地を丸い型で抜き、余った生地はまたまとめて伸ばしておく。そして丸い生地は一度冷やした天板に並べてオーブンの中へ。
ヤバい、凄く緊張する。ここで焦がしたりしたら終わりだ。
俺は火の様子を見ながら、薪を左右に移動させて火が均一に回るように調節した。オーブンはこれが難しい。火が偏ったりしたら一方ばかり焦げてしまう。天板に直火は当てない。あくまでオーブンの庫内の温度を上げるのだ。
時々中を覗きながらの十数分。クッキーはゆっくりと、確実にキツネ色に焼き上がっていった。
「よし!」
会心の出来だ! 俺はミトンで天板を掴むと、ワークトップに置いた。
「ソニア、《送風》をお願い。早く天板ごと冷ましたい」
「わかったわ。《送風》」
ソニアが氷の柱越しに冷風を当ててくれた。涼しい風が厨房の熱気をかき混ぜながら天板ごとクッキーを冷ましてくれる。
本当はいきなり氷柱に載せてしまいたいくらいなんだけど、それをやると金属は傷むから。
オーブンペーパーがあればなあ……。俺もさすがにあれの原理は知らない。あれだけ薄くて綺麗な紙自体出回ってないし。
冷めたクッキーを慎重に持ち上げ、ケーキクーラに移す。この時に欠けてしまったものは試食用に回した。
第一弾で20枚ほどのクッキーが綺麗に焼き上げることができた。それを魔法収納空間へしまい、それぞれ手に1枚ずつのクッキーを持ってお待ちかねの試食タイム。
「いただきまーす!」
コリンやサーシャだけでなくレベッカさんまで浮き立った声を上げている。
クッキーを口に運ぶと、まずバターの香りがふわりと漂う。噛むとサクッと軽い歯応えで、ほろほろと口の中で溶けていく。
これがバターたっぷりクッキーの醍醐味だよ!
アーモンドの香りも香ばしく、小麦粉を減らしたことで歯応えは軽く仕上がっている。
限りなく、俺が日本で作っていたクッキーと同じもの。
感慨深すぎて涙が出そうだ。
「お、美味しいっ!」
「わああ、癖になりそうだよ、これっ!」
「何枚食べていいんでしたっけ!?」
「1枚よ、しっかりしてサーシャ! さっき型抜きした残りの生地も焼くのよね? みんなに食べさせてあげたいわ」
ケーキの時と同じくらいのどよめきが起きた。感無量!
「美味しいですっ! 絶対私の家族も喜ぶと思います!」
一口食べたクッキーを大事そうに持って、サーシャが満面の笑みを浮かべている。それに俺は自然と笑顔を返した。
「よかったぁ……。うまくできなかったらどうしようって心配だったんだよ。ケーキもいいけど、俺的にはこっちの方が好きだし、気軽に手にしてもらえそうだから」
「天板冷えたら第2段も焼いていいのよね? 私がやってもいいかしら」
前のめり気味にレベッカさんが割り込んでくる。俺はそれにお願いしますと答えて、冷えた生地と抜き型を彼女に渡した。
よかった……。とりあえずお土産は用意できた。20枚じゃ足りないだろうから、もっと焼かないといけないけども。
それに、ケーキもだけど俺の知識がこっちで新しいこととして求められるのは凄く嬉しい。
蜜蜂亭オープンに向けて準備をしていた蜜蜂亭スタッフも帰宅して試食をして、その日はみんな俺のクッキーを褒めてくれた。
「ありがとうございます、先輩」
名前も顔も知らない、レシピを残してくれた先輩にお礼を言い、俺は買っておいた綺麗な缶に大事なクッキーを詰めていった。
全部で60枚。サーシャは4人姉妹の末っ子らしいけど、これだけあれば足りないって事はないだろう。
今から凄くドキドキするな。サーシャの家族に喜んでもらえるといいんだけれど。
0
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

異世界に来たからといってヒロインとは限らない
あろまりん
ファンタジー
※ようやく修正終わりました!加筆&纏めたため、26~50までは欠番とします(笑)これ以降の番号振り直すなんて無理!
ごめんなさい、変な番号降ってますが、内容は繋がってますから許してください!!!※
ファンタジー小説大賞結果発表!!!
\9位/ ٩( 'ω' )و \奨励賞/
(嬉しかったので自慢します)
書籍化は考えていま…いな…してみたく…したいな…(ゲフンゲフン)
変わらず応援して頂ければと思います。よろしくお願いします!
(誰かイラスト化してくれる人いませんか?)←他力本願
※誤字脱字報告につきましては、返信等一切しませんのでご了承ください。しかるべき時期に手直しいたします。
* * *
やってきました、異世界。
学生の頃は楽しく読みました、ラノベ。
いえ、今でも懐かしく読んでます。
好きですよ?異世界転移&転生モノ。
だからといって自分もそうなるなんて考えませんよね?
『ラッキー』と思うか『アンラッキー』と思うか。
実際来てみれば、乙女ゲームもかくやと思う世界。
でもね、誰もがヒロインになる訳じゃないんですよ、ホント。
モブキャラの方が楽しみは多いかもしれないよ?
帰る方法を探して四苦八苦?
はてさて帰る事ができるかな…
アラフォー女のドタバタ劇…?かな…?
***********************
基本、ノリと勢いで書いてます。
どこかで見たような展開かも知れません。
暇つぶしに書いている作品なので、多くは望まないでくださると嬉しいです。

二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-
ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。
断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。
彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。
通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。
お惣菜お安いですよ?いかがです?
物語はまったり、のんびりと進みます。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。

群青の軌跡
花影
ファンタジー
ルークとオリガを主人公とした「群青の空の下で」の外伝。2人の過去や本編のその後……基本ほのぼのとした日常プラスちょっとした事件を描いていきます。
『第1章ルークの物語』後にタランテラの悪夢と呼ばれる内乱が終結し、ルークは恋人のオリガを伴い故郷のアジュガで10日間の休暇を過ごすことになった。家族や幼馴染に歓迎されるも、町長のクラインにはあからさまな敵意を向けられる。軋轢の発端となったルークの過去の物語。
『第2章オリガの物語』即位式を半月後に控え、忙しくも充実した毎日を送っていたオリガは2カ月ぶりに恋人のルークと再会する。小さな恋を育みだしたコリンシアとティムに複雑な思いを抱いていたが、ルークの一言で見守っていこうと決意する。
『第3章2人の物語』内乱終結から2年。平和を謳歌する中、カルネイロ商会の残党による陰謀が発覚する。狙われたゲオルグの身代わりで敵地に乗り込んだルークはそこで思わぬ再会をする。
『第4章夫婦の物語』ルークとオリガが結婚して1年。忙しいながらも公私共に充実した生活を送っていた2人がアジュガに帰郷すると驚きの事実が判明する。一方、ルークの領主就任で発展していくアジュガとミステル。それを羨む者により、喜びに沸くビレア家に思いがけない不幸が降りかかる。
『第5章家族の物語』皇子誕生の祝賀に沸く皇都で開催された夏至祭でティムが華々しく活躍した一方で、そんな彼に嫉妬したレオナルトが事件を起こしてミムラス家から勘当さる。そんな彼を雷光隊で預かることになったが、激化したミムラス家でのお家騒動にルーク達も否応なしに巻き込まれていく。「小さな恋の行方」のネタバレを含みますので、未読の方はご注意下さい。
『第6章親子の物語』エルニアの内乱鎮圧に助力して無事に帰国したルークは、穏やかな生活を取り戻していた。しかし、ミムラス家からあらぬ疑いで訴えられてしまう。
小説家になろう、カクヨムでも掲載

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~
紅月シン
ファンタジー
聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。
いや嘘だ。
本当は不満でいっぱいだった。
食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。
だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。
しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。
そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。
二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。
だが彼女は知らなかった。
三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。
知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。
※完結しました。
※小説家になろう様にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる