殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

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ハロンズ編

70 事故物件なんて嫌いだ

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 ついさっきまでにこやかに店員とやりとりをしてたのに、ソニアは見るからにげっそりとして疲れ切っていた。

「とにかく、昼食ついでにどこか入ろう。立てるか?」
「……もう少し、ここにしゃがんでいたい」

 うわぁ。声が、本当に力ない……。

「仕方ないな。負ぶされ……と言うのもその服ではなんだし……お嬢様、失礼」
「きゃっ!?」

 れ、レヴィさんが、ソニアをお姫様抱っこしてるー!!
 しかも、軽々と抱っこしてる!
 さすがというかなんというか、レヴィさんってそういうことができるんだな。あまりに予想外だった。

「確かこの近くに南北に走る駅馬車があった。その停留所まで行くぞ。きっとこの辺の店では気が休まらない」
「確かにそうですね。気疲れしそうです」
「あ、あの……恥ずかしいんだけど……」
「だがその様子じゃ歩けないだろう。周囲の目は気にするな。今のソニアは『お嬢様』なんだからな」
「は、はい……」

 レヴィさんの首に手を回してしがみつきながら、ソニアが顔を真っ赤にしている。これは……クリティカルヒットだろうな。
 レヴィさんは恥ずかしがることもなく、ソニアを抱き上げたまま平然と歩いて行く。
 なんというか、凄いな。
 レヴィさんのこういうところ、凄く格好良い。

「ふふっ、ソニアさん、さっきまではあんなに凜々しかったのに、ふにゃふにゃですね」

 俺の袖を引いて、ソニアには聞こえないようにサーシャが小声で話しかけてきた。
 
「そうだね。さっきまで凄かったから余計に落差があるよね」
「あ、あの、ジョーさん……いつか私のことも、ああいう風に抱き上げて歩いてくれますか?」
「くぅっ!」

 恥ずかしそうに囁かれたサーシャの一言で、俺は思わず顔を覆った。
 女の子ってやっぱりああいうのに憧れるものなのか!!
 今すぐお姫様抱っこしてあげたい!

「今すぐにでもできるよ!」
「あ、あわわ……いえ、今は心の準備が……『いつか』でいいです!」
「サーシャがして欲しいときにいつでもするよ!」
「ちょっとそこ! 私をだしにしていちゃついてるわね!?」

 照れ隠しなのか、むくれたソニアの横やりが入ってきた。
 しまった、つい声をひそめるのを忘れてた……。

「じゃあ……今はこれで」

 俺は左腕を曲げてサーシャに向けて差し出した。サーシャがきょとんとしているので、もう一言付け足す。

「お嬢様、慣れない靴でお疲れでしょう。この腕にお掴まりください」
「……は、はい。ありがとうございます」

 知ってるんだ、サーシャが少し歩きにくそうにしてるの。
 サーシャは頬を染めて俺の腕に自分の腕を絡めた。
   
 駅馬車の停留所まではそれほど掛からなかったけど、無言で歩いたその間、俺たちはつかの間の幸せを味わっていた。


 次の目的地、商業ギルドは北の25番通り。運良く駅馬車の停留所からも近いようだ。
 さっきの仕立屋のような見るからに高級な店というのはあまりなくて、俺たちでもなんとか、というレベルの店が並んでいる。
 その近くであまり敷居が高くなさそうな食堂を見つけ、俺たちはそこで昼食をとることにした。

「ソニアさん、ケーキがありますよ。デザートに食べませんか?」
「食べるー。なんならケーキだけでもいいわ……いや、良くないわね」

 メニューがちゃんとあって、それを見たサーシャの声が弾んでいる。ソニアの声にも力が戻ってきていた。

「レヴィさん、さっきは格好良かったですよ。さらっとああいうことできるんですね」

 女性陣がメニューを見て盛り上がっているので、俺は隣に座っているレヴィさんに話しかけた。すると、ぎぎぎ、と油の切れたロボットのような動きでレヴィさんがこちらに首を回してくる。

「さらっとやっているように……見えたか?」
「あっ……違ったんですね……お疲れ様です」

 察した……。レヴィさんも凄く顔に出るタイプじゃないから、結構いっぱいいっぱいの行動だったんだろう。

「ソニアは他の3人の苦手分野を埋めるために頑張った。歩くのが辛いほど疲労困憊するくらいにな。……だから、あのくらいはしてやるべきだと思った」
「そこでできるところが格好良いと思ったんですよ」
「……そう思ってくれるなら、まあ良かった」

 レヴィさんの顔もちょっと赤くなっている。
 俺はレヴィさんを元気づけるように、もう一冊あるメニューを開いた。

「せっかく普段よりちょっと良い店に入ってるんですし、思い切って食べましょう。心が疲れたときには肉ですよね、肉」
「そうだな、やっぱり肉だな」

 俺とレヴィさんは頭を寄せ合って同じメニューを覗き込んだ。

 俺が頼んだ牛肉の煮込みはほろほろと肉の線維が崩れてくるほど煮込んであって、疲れてはいたけどもそんなの関係ないくらい夢中で食べられた。一緒に出てきたパンもネージュでよく食べたライ麦混じりのパンではなくて日本で食べたような白パンだったし、大満足だ。まあ、お値段はそれなりだったけど。
 
 その後にケーキも食べたし。生クリーム、こっちの世界にもあるんだな。さすがに日本でよく食べたケーキとは全然違ったけど、ずっしりした感じのケーキに、とろりとしたクリームが掛かっているだけでも感動してしまった。
 氷が簡単に手に入るから、乳製品も保存はそれほど大変じゃないのかもしれない。
 今コリンが作っている泡立て器がこっちでも流通し始めるようになると、お菓子革命が起きるんだろうなあ……。

 食後には全員すっかり元気を取り戻していて、今日もうひとつのミッションを片付けるべく俺たちは商業ギルドに向かったのだった。


 商業ギルドは不動産の売買も扱っている。主に仲介という形だけれど、ネージュで廃工場を買った時のように中には商業ギルドが持っている物件というものもある。
 ハロンズでの土地の相場がわからないので、まずはざっと物件の要項を適当に見せてもらった。
 そして、俺とサーシャはここで脱落した。
 いや、書いてあることはわからないわけじゃないんだけど、これは苦手分野だなと思ったから……。サーシャもこういう比較は得意じゃないらしい。

「やっぱりネージュより地価が高いわね。当然だけど。ジョーの移動魔法があるからとはいえ、あまりに不便すぎるところに住むとちょっと大変そう」
「そうだな……買い物ひとつするのに苦労するような場所はさすがにやめておこう」

 レヴィさんとソニアが2人並んで物件をチェックしていく。後ろから見ていると新婚さんかな? というように見えた。

「サーシャ、レヴィ、予算の方はどう? 私たち4人にコリン、場合によってサイモンも含めると6人で住むことになるわね。狭すぎると困るし、馬小屋も必要だし」
「今の資金から考えても、400万マギルは出しても構わない」
「そうですね……家ですもんね。400万でも昨日の買い取りの半分以下ですし、大丈夫だと思います」

 ……ちょっと待て、今凄い会話がされていた気がする。
 4千万円をぽんと出す会話だった。
 いや、確かに日本でも家を買うにはそのくらい必要だけど……しかも現金一括払いをしようとしてるよな……。

 改めて、このパーティーおかしいぞ。今更のようにしみじみ思うけど。
 おかしい原因は、サーシャやソニアが強すぎて高額買い取りをされる魔物を倒せてしまうことなんだけども。
 ……そうか、今400万マギル出しても、また依頼報酬やなにやらで埋め合わせはできるんだよな。サブカハのタンバー神殿の時だって結構な金額の依頼だったし。

 俺がそんなことをぼんやりと考えている間に、レヴィさんとソニアは予算を「400万マギルまで」に絞って物件要項を見せてもらうことにしたらしい。めぼしい物件の書類は横に避けつつ、あれこれと言いながら物件探しをしている。

「えっ!? なにこれ」
「何かわけありなんだろうが……」

 ふたりの困惑した声に、サーシャが振り向いて要項を覗き込んだ。
 
「370万マギルでこの部屋数、ですか? 場所は……き、北18って、あの帽子屋さんがあった通りですよね? えっ、これはどういうことなんでしょう」

 3人が食いついている物件が何やら不穏だ。
 北の18番通りだったら、高級住宅街と言ってもいいんじゃないだろうか。さっきの仕立屋が北の15番通りだったんだし。

「ジョーさんも見てください」

 サーシャに手招きされて、俺も物件要項を見るためにテーブルに向かう。
 差し出された紙には370万マギルという売値と、家の間取り、そして広さなどが書き込まれていた。

「……貴族の邸宅?」

 思わずそんなことを言ってしまう。だって、そうとしか見えなかった。
 3階建てで1階はホールに厨房に食堂、その他に洗濯室などのいくつかの小部屋、あと浴場。
 2階と3階は書斎や寝室などがある。数えてみたら大きな寝室が2つに、それよりは小さい部屋が2つ、ひとり用と覚しき寝室が6つある。

 なんだこれ、あり得ない。庭は小さいけど馬小屋もあるし、何かの小屋もある。
 絶対、わけありだろ……。

「でもおかしいですね? 幽霊ゴーストが出るならとっくにプリーストに除霊されてるはずですよ」

 サーシャが首を傾げる。そうだ、もし幽霊ゴーストが出るとしてもタンバー神殿の時みたいに退治することができる。
 俺たちが各々首を傾げていると、商業ギルドの職員のひとりが気付いたらしく、こちらに来て図面を覗き込んだ。

「ああ、これですね……。元子爵邸なんですけど、わけありで。30年ほど前に子爵夫人が夫と浮気相手を殺して自殺しちゃったんですよね」
「却下」
「ジョーは黙ってて。それで? ただそれだけでこの価格になってるの? 違うわよね?」
「はい、まあその通りなんですよ。幽霊が出るんですよね、その子爵夫人の」
「プリーストには除霊を依頼していないんですか?」
「それが、執念が凄いのか、プリーストがいるときには絶対出てこないんですよ。その上で男女が揃っていると出てきて騒霊現象を引き起こすという。前の持ち主も結局参って投げ売りのようにうちに押しつけていっちゃって、割りと困ってるんですよね」

 あらぬ方向を向いている俺の前で、3人が顔を見合わせる。そして小声でレヴィさんとソニアが呟いた。

「買おう」
「そうね」
「なんで即決するんですか!? そこ!」
「だからジョーは黙っててってば」
「プリーストが除霊できない幽霊がいるところになんか俺は絶対住まない!」
「ジョーさん、落ち着いてください。……いるじゃないですか。プリーストじゃないのに霊を倒せる人が」

 サーシャに手を握られて、その温かさに俺は若干落ち着いた。
 プリーストじゃないのに霊を倒せる……?

 ――いた。
 そういえば、いた。目の前に。
 タンバー神殿でソニアはシミターで幽霊ゴーストを倒しまくってた!!

「内装も全部新しくなってるんですよ。家具付きだし、本当に幽霊問題さえなければ倍以上の高値がつく物件なんですけどね」
 
 ちょっと離れたところで、「はー、やれやれ」って顔で職員がぼやいている。

「この物件、見てきても構わないか? 状態次第では買いたい」
「大丈夫ですよ。私が同行しましょう」
「場合によってはその場で購入したいんだが」
「それは助かります!」

 目の前で幽霊屋敷を買う話がサクサクとまとまっていく……。
 ソニアが退治できるとはいえ……うう、行くの嫌だなあ、幽霊屋敷。
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