殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

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ハロンズ編

67 こうかはばつぐんだ!

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 ソニアの《斬裂竜巻ブレードトルネード》が消えるまで、幸いそれほどの時間も掛からなかったし、気絶しているロバートが巻き込まれることもなかった。
 ソニアに聞いたら「だって、手数を増やすために手加減して打ったもの」とけろりと答えられた。
 そうか、手加減すると《斬裂竜巻ブレードトルネード》は威力じゃなくて効果時間の方に出るんだ……。ありがたいような、ありがたくないような。

「第2戦、マシュー対ジョーを開始します!」

 名前を呼ばれて、俺はミスリルの盾を構えて出て行った。一応右手に短剣は持っている。あくまでおどしでしかないけど。

「よお、空間魔法使いの坊や。一応は得物を使えるようだな」
「はい、盾は師匠に仕込まれましたよ。物理戦闘には必要ですから」

 やりとりの言葉もブラフ。
 一応魔法職の俺が物理戦闘なんかするわけがない。そもそも相手は戦士だし。
 戦斧バトルアツクスを片手に、俺の盾よりも大きなラージシールドを構えたマシューは俺との距離を見定めている。

「ははっ、一丁前に武器など持っても空間魔法使いなど相手になるものか! そもそも詠唱が」

 彼の言葉の途中で俺は片手に短剣を持ったままで見えないファスナーを引き、マシューの体を収納した。
 間髪置かず、2メートルくらいの高さから取り出して落とす。重い鎧の立てるガシャン! という音が響いた。

「プギャッ!」

 うん、意識はある。俺は容赦なくもう一度彼を収納し、今度は3メートルくらいの高さから落とした。

「ガフッ!」

 うん、悲鳴がまだ元気だな。もう一度。

「う、うう……こう、さん、だ……」

 3度目で、か細い唸り声だけを漏らしてマシューの手がパタリと落ちる。ちらっと見えた感じ、顔面から落ちてたせいで鼻血も出てたな。
 それを見て黄金の駿馬のメンバーが俺に向かって叫ぶ。
 
「な、何をした!?」
「俺の空間魔法は無詠唱なので、魔法収納空間に彼をしまって、適当な高さから落としました」
「無詠唱空間魔法!? そんなものは聞いたことがないぞ!」
「そう言われても実際そうなんで……女神テトゥーコからの授かりものですし」

 淡々と答える俺を見返すリーダーの顔は、僅かに恐怖の色が混じっていた。理解できないものに遭遇したって顔だ。
 空間魔法使いが戦えないって誰が決めたんだ。
 古屋落とされなかっただけいいと思ってくれ。

「第2戦、勝者ジョー! 早ければ次でこの決闘の勝敗が決まりますよ」
「くそっ! 順番交替だ、次は俺が出る!」
「許可しますか?」

 準備していた3属性魔法使いを押しのけて、リーダーらしき剣士が前に出る。そして審判役のギルド職員はレヴィさんにその是非を確認していた。

「誰が出ようが問題ない。許可しよう」

 サーシャに確認しないでレヴィさんは即答した。その行動が癪に障ったのか、相手がギリリと歯を噛みしめた音が聞こえたくらいだ。
 レヴィさんも割りと淡々としてる方だから、こういう時相手が余計頭に血が上るんだなあ。……と俺は黄金の駿馬のリーダーの顔が赤くなっていくのを見ながら、他人事のように思っていた。
 
 誰が出ようが問題ない。全くもってその通り。
 だってサーシャだもんな……。1対1でサーシャに勝てる人間がいるとはちょっと思えない。
 
「それでは第3戦、ピーター対サーシャ、開始です!」
「ハッ!」
「グハッ!?」

 開始宣言の瞬間、サーシャが目にも止まらぬ速さで駆け出し、ピーターをシールドラッシュで吹っ飛ばした。
 うわあ、5倍掛けサーシャのシールドラッシュ、あんなに威力があるのか。相手は10メートルくらい吹っ飛んだぞ……。壁にぶつかっていなかったらもっと飛んだかもしれない。
 そして、壁に寄りかかってふらふらしているピーターの顔の真横に、サーシャが拳を打ち込んだ。

 めり込む拳、崩れる壁。赤かった顔が真っ白になるピーター……。
 決闘を見物していた数人がざわついている。「なんだあいつら……化け物か」って言葉まで聞こえた。
 いやいや、失礼な。俺たちは人間だよ。魔力量とか魔法の効果とかいろいろとバグってるけどな。

「降参しますか?」

 その状況の中でピーターに尋ねるサーシャだけがいつもと同じく穏やかで。だからこそ――怖いだろうなあ、あれ。やられる側だったら。
 
「降参! 降参だ!」
「それではこの決闘、レヴィパーティーの勝利とします。条件は……」
「いや、だが俺たちはあとふたり残っている!! 完全に負けたわけじゃ」
「いい加減にしたまえ、見苦しい。古代竜の査定も彼らの昇格も私が行ったことだ。白く塗ったコカトリスだと? それは私が査定を誤ってコカトリスと古代竜を取り違えたということになる。戦力だけじゃなくて頭も鍛えるべきだな、お前たちは」

 いつの間に来ていたのか、食い下がろうとするピーターにアンギルド長のよく通る声がとどめを刺す。
 自分たちが俺たちを貶すつもりで言っていたつもりの言葉は、実はギルド長を貶す言葉でもあることにようやく気付いたのか、ピーターはやっと静かになった。

「今ここで誓いたまえ。私が立会人になろう。今後、黄金の駿馬のメンバーはハロンズ以外の出身者を決して馬鹿にしない、と。
 ……しかし、決闘で決めるようなことか? そんなことは当然であって、品位の問題だ。新参者とみればすぐににするその性分、ハロンズ随一と呼ばれる冒険者パーティーとしてはふさわしくないぞ。すぐにレヴィたちに取って代わられるだろう」
「ぐっ……決してギルド長を貶めたわけでは」
「もういい、ピーター、頭を冷やせ。これ以上無様を晒すな」

 戦っていない魔法使いが未だ壁により掛かったままだったピーターに肩を貸し、サーシャと俺たちに向かって二度頭を下げた。

「君たちを馬鹿にした言動をとってすまなかった。今後はこうした言動は慎もう。ほら、ピーター」
「……すまなかった。ハロンズ以外の出身者や新人を馬鹿にすることはもうしないと誓う」

 気絶している人を除いて、黄金の駿馬のメンバーが口々に同じようなことを誓った。

「それでは、そろそろ場所をお借りしてもいいでしょうか。血まみれで気持ち悪いので1秒でも早く風呂に入りたいんですが」

 そんな空気の中で俺が尋ねると、一瞬何かに面食らったような顔をしてからギルド長は声を上げて笑った。

「ジョー・ミマヤ、君は大物になるよ。場所は好きに使いたまえ」
「ありがとうございます……?」

 俺が大物になる?
 そんな柄じゃないんだけどな。周りは凄いけど。

「それでは失礼します」

 見えないファスナーを引き、家を出す。盛大に血を浴びてしまったのは男性陣だけだったので、先にサーシャとソニアには軽く汚れた場所を洗って着替えてから出てきてもらう。
 その後で古代竜の血の樽入れを手伝ってくれた人たちを家に招き入れたら、とても喜ばれた。

「さっきの決闘、よくやってくれたよ! 黄金の駿馬は確かに強いんだが、態度も大きくてよくギルドにたむろってはああやって威張り散らしていてさ」
「黄金の駿馬が、というよりピーターやマシューが、だよな。エリッヒはさっきみたいにピーターを止めてることが多かった」
「エリッヒ?」
「3属性魔法使いの……さっき真っ先に謝罪したやつだよ」
「ああ、なるほど」

 確かに彼を含めて魔法職の人たちは横暴ではなかった。プリーストの人は決闘と聞いたときに嫌そうな顔をしてたしなあ。

「ジョーたちは強いのに偉そうじゃないところが凄く格好いいと思うよ。これからも応援するぜ!」
「いや、そんな大袈裟な。でもせっかくの縁なのでこれからも仲良くしてもらえると嬉しいです。あ、お湯張り終わりましたよ。ぬるかったら言ってください。《火球ファイアーボール》で少しなら温度を上げられますから」

 風呂に湯を張り終えた俺の言葉に、ふたりはぽかんとした後大笑いをした。何か、笑われるようなことをしたかな?

「ギルド長の言う通りだ。ジョーは大物になるよ! 俺はティモシー。よろしくな!」
「俺はイーメイだ。よろしく」

 何故か俺たちは血まみれの手で握手をし、一瞬後に3人揃って笑った。
 ハロンズに来て初日に、いい友人ができた気がする。

「ところで、ジョーのパーティーのプリーストの女の子、可愛いよなあ。あんなに華奢なのに強くて驚いたよ」
「サーシャは俺の恋人だから駄目ですよ。強いのは、補助魔法が何故か他人に掛からないで自分に全部掛かるからで、5倍掛けになってるんです」
「それであんなに強いのか! 風魔法の補助を掛けたってあんなに速くは動けないよ。俺は、赤毛の彼女の方が好みかな。キリッとしてるのに抜けてる感じがあるところもいいし」
「あー、ソニアは……気になる人がいるみたいなんで」
「そうか……」

 イーメイはがっくりと肩を落としたけども、その後泊まっている宿屋の名前を教えてもらったりした。若干場所が不便な分、設備の割りに値段がお得な宿らしい。
 風呂は入れても着替えがないので、下着以外はサイズが合いそうなので俺のものを貸して、宿に着いたら着替えて返してもらうことになった。
 
「俺たちも今夜はそこに泊まるか」

 ドアが開いてレヴィさんが入ってくる。レヴィさんも血まみれだから風呂に入りに来たのだろう。

「ギルド長から『エール代程度の報酬』を預かってきた。100マギルずつだ。本当にエール代だな」

 レヴィさんの言葉に思わず噴き出す。あんなに貴族然としていて格好いいのに、ギルド長はなかなか金銭感覚は渋いようだ。

「それと、古代竜と火竜の査定結果が出た。合わせて850万マギルだ」
「はっ、はっぴゃく!?」

 驚きすぎたのかティモシーが声を裏返して叫んだ。驚くよな、そりゃ……。
 
「レヴィさん、それ他の人がいる前で言っちゃっていいんですか?」
「構わない。そもそもギルド長が黄金の駿馬のメンバーの前でわざわざ伝えてきた。職員も目を剥いていたぞ。それに、俺たちの金はジョーの魔法収納空間に入るから安全だしな」
「半端ねえなあ……にしても、ジョーはあまり驚いてないんだな」
「うん、俺はあまり顔に出ない方だし、前に古代竜の買い取りが500万マギルだったから」
「初めてじゃないのか……いつか古代竜を狩れるようになりてえなあ」
「サーシャとソニアは古代竜をソロで狩ったけど、あれは普通人間がやることじゃないと思う」

 俺の言葉に3人ははうんうんと頷いた。

 
 なお、俺たちが古代竜と火竜を持ち込んで850万マギルを稼いだことは、その日のうちに広まったらしい。
 風呂を出てから事務エリアに戻ったら、そこにいた冒険者たちが妙にキラキラした目で俺たちを見るようになっていた。
 俺とソニアには星が5つに増えた身分証も渡されたし、「初手でぶつけてやる」作戦は大成功のようだった。
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