殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

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ハロンズ編

63 俺の思い出を汚すな!

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 サイモンさんも加わった楽しい旅も終わりに近づいた。チェーチという街道の分岐点になる街からは2日でハロンズへ着く。
 俺もすっかり馬の手綱を取ることに慣れ……俺の前に乗るサーシャが、手綱を握る俺の手に自分の手をそっと重ねてくれたりもして、多分顔に出てないけどニヤニヤが止まらない。

 ああ……。
 リア充いいなあ。
 まだキスもできてないけど。

 そしてハロンズが眼前に迫った頃、サイモンさんが突然オーサカまで足を伸ばそうと言い出した。

「一度行ったところには行けるんやろ? ハロンズの城門前を通り過ぎてそのままオーサカまで行っても、帰りは一瞬でハロンズまで戻れるんとちゃいますか? せっかくやし、うちに寄ってってーな」

 相変わらず怪しい関西弁でサイモンさんが俺たちを誘う。いつも笑顔の彼は、案外腹の底が見えない。
 
「あー、なるほど、そういう考え方もありますね」
「いいんじゃないか? 確かにここまで来たらついでだ。ハロンズじゃなくてオーサカにも冒険者ギルドはある。『一度行った』をやっておくのは無駄じゃないな」
「オーサカって美味しいものが多いらしいわよ? 興味あるわ」
「そうなんですか! 私、サイモンさんのご実家のお店も見てみたいです!」

 俺たちのパーティーの意見も全員一致で、王都ハロンズの高い外壁の威容を横目に街道をそのまま進むことになった。
 ハロンズからオーサカへは馬では半日もかからない。その間に、俺は日本の「大阪」のことを馬上でサーシャに話していた。

「俺がいた世界にも、『大阪』っていう都市があってね。俺は一度だけしか行ったことなかったけど、経済的にも賑わってるところだったよ。天下の台所なんて言われてるのも一緒で驚いた」
「凄い偶然ですね。オーサカはサブカハと同じで、古い言葉で付けられた名前の街なんです。最初はオッサーと言われていたそうで、港という意味だそうですよ。ハロンズが王都になった後、『付属する』という意味の『クァ』が付いて、王都に付属した港、と言う意味でオッサークァと変わったらしいんですが……オーサカの人は少しせっかちな気質らしくて、それが言いやすいように縮まってオーサカになった、と伝わっています」
「確かに、オッサークァは言い難いね」

 俺は苦笑した。大阪のイメージというと、道を聞いたら「そこをダーッと行ってカッと曲がって突き当たりをドーンや!」みたいなイメージだ。
 古さや由緒にこだわって、発音しにくい街の名前を言い続けそうな感じがしない。


 オーサカの街に近づくと、ハロンズともネージュとも違う街の様子が徐々に見えてきた。
 ハロンズもネージュも城壁に囲まれた都市で、俺のイメージする中世ヨーロッパの都市という感じだった。
 街道町は日本の街道町と変わらず、街道の周りに主要な建物が集まった構造をしていた。

 オーサカは――なんか、ごちゃっとしてる。
 一番外側はバラックというか、木材で雑に建てられた仮設住宅みたいなものが埋め尽くしている。でも荒れているというよりは活気があって、子どもたちの声や、おばさんの声などが響いていた。

 こっちの世界でも、オーサカのおばちゃんって声がでかいんだな……。

「オーサカは何層にもなってる街や。一番中心が行政区、その周りが高級住宅街や高級店。そこからタマネギの皮剥くみたいに段々雑になってって、一番外側がこう。オールマン商会はこのすぐ内側にある安価な生活必需品を売ってる店から、中心地の高級店まで満遍なく押さえとるで。……で、自分のおとんがいる店はだいたい中間より外側やな。中流層狙いの食堂や。せっかくやから、御馳走させてもらいますわ」
「えー、サイモン太っ腹! 何か企んでない?」
「ソニアはん、鋭いなあ、敵いませんわ。――まあ、例の蕎麦の麺な、あれを食べてガツンとおとんに率直な感想をぶつけて欲しいんですわ。実は自分もまだ食べてへんからなんも言えんで」

 そうか、本当にまずくて客が離れてるのか、こっちの人にとっては馴染みがないだけで客が寄りつかないのか、判断が付きづらいんだな。

「俺の故郷に多分同じような料理がありましたよ。何か問題があるなら多少は指摘ができるかもしれません」
「ジョーはんのその言葉を待ってたわー」

 サイモンさんがニヤリと笑う。うっ、悪い顔だ、これ。何か企んでること確定の顔だ。

「あっ、勘違いせんといてーな。ジョーはんにとっては悪いだけには決してなりまへんで」
「悪いことにならない、ですか」
「せや。だから、この薄っすい胸を信じてドーンと!」

 サイモンさんは張った胸を叩いてお約束で咳き込む。俺は礼儀として即座に言葉だけで突っ込んだ。本当は手も入れてあげたいけど、今は馬に乗っている。

「そんな薄い胸にドーン行ったら倒れてまうやろー!」
「かーっ! ジョーはん、アカシヤーのプリーストにならへんか? お笑いが阿吽の呼吸でできる人間は貴重なんや」
「いや、俺の故郷にあった文化っていうだけで、アカシヤー様に信仰を持ってるわけではないので……」

 テンションを元に戻してぼそりと呟くと、よよよ、とサイモンさんは嘘泣きをした。


 オーサカの街の中に入り 活気に溢れた通りを歩くと、つい目があちこちを見てしまう。
 なんだろうか、おもちゃ箱をひっくり返したようなカオス感とワクワク感がある街だ。元々計画されて造成されたネージュとはかなり色々なところが違う。
 狭い路地があったり、大きな店があったり、その看板も様々で……俺は、ある店の看板に目を留めて思わず立ち止まった。

 おっさんの顔がど真ん中にバーン。
 そこから放射線状に赤と青が交互にドーン。
 とどめに、四角い看板からはみ出す勢いで書かれている店名。――「オーサカの台所・オールマン食堂1号店」

「な、なんか凄い迫力ですね」

 サーシャが思いっきり引いている。俺も100%完全同意で頷いた。
 俺たちはサイモンさんの案内に従って、その場で待った。すぐに出てきた従業員らしき人が馬の手綱を受け取ってくれる。馬を預けてクロとテンテンを魔法収納空間に入れて恐る恐る店に入ると、そこは思ったよりも本格的に蕎麦屋っぽい店だった。
 
 テーブルと椅子なのは今までの街で見た食堂と変わらないけど、椅子の上には藁を編んだ円座わろうだがある。

「変わった内装ね」

 物珍しそうにソニアが周囲を見回している。確かに、こっちの世界ではこのスタイルは初めて見たな。

「いらっしゃいませー、ってサイモンやないかい! ようやっと帰ってきたんか! おっ? お客さんを連れてきてくれたんか? よっ、親孝行者!」

 れんをめくって、サイモンさんと似た雰囲気のある男性が顔を覗かせる。きっとこの人が例のサイモンさんのお父さんなんだろう。

「ネージュから泣く泣く帰って来たんや、せめてもうちょっといたわってや! この人たちはネージュからハロンズに拠点を移すんでこっちに来た冒険者仲間や。おとんの自慢のアレ、食べさせたろ思うてな。5つ頼むわ」
「おう、任しとき! 腕によりをかけて作ってくるわ!」

 凄く……嫌な予感がした。
 何がどうというわけではなく漠然と。

 そしてその嫌な予感は、ある程度時間が経過したところで急に具体化してきた。
 サイモンさんのお父さんは、注文を受けてから粉を練って蕎麦を打っているんだ!

 そりゃあ時間も掛かるし、せっかちな気質の客なら尚更近寄らない……。
 俺たちは雑談をしながら待ったが、たっぷり1時間半近く待たされて、いい加減にお尻も痛くなったぞというところで「お待っとうさん! うちの名物、ざる蕎麦や」の声と共に大きなお盆を持った店主と従業員がやってきて、帰るに帰れなくなった。
 正直言うと、ちょっと帰りたかった。

 期待半分、恐怖半分の俺たちの前に、パスタ皿のような深めのお皿に蕎麦らしきものを盛ったものが出される。
 麺の太さはバラバラ、しかも長さもまちまちで、見た目からして……。

「これは、違う!!」

 俺は思わず叫んでしまった。
 見た感じからしてもう駄目。ざる蕎麦って言ってるのに真っ黒な蕎麦つゆが麺の半分ほどの高さまでどっぷりと掛かっていて、それだけでもうイラッとする。
 これでも俺は江戸っ子なのだ。親は別に東京出身じゃないけど、俺の生まれは東京都。つまり江戸っ子。

「うわぁ……」

 こっちの人には箸を使う習慣がないからだろう、付いてきたフォークで麺を掬い上げてみると、凄く崩れやすい。なんとかすすってみると、俺の背景に稲妻が落ちた気がした。

 こ、これは!!

 麺を茹でた後、水で洗っていない!!

 妙にぬるっとした食感の麺が口に入ってきて、それがもう不快。しかも味が完全に醤油味。醤油の味を喜ぶ脳の一部と、「しょっぱいだけやろ!」とツッコミを入れる俺とで感情が分離状態。
 麺はコシもなく、噛んだ瞬間にボロボロする。

「俺の……俺の思い出を汚すなーっ!!!!!!!」

 まずかったらオブラートに包んで改善点を伝えようと思ってたけど、俺は思わずぶち切れて叫んでいた。


 俺の他の4人は「なんだろうこれ、凄くまずいけどこういうものなのかなあ?」という顔をしてフォークで麺を口に運んでいたけども、普段あまり大声を出さない俺の剣幕に完全に面食らっていた。

「な、なんや?」

 店主――サイモンさんのお父さんが驚いている。サイモンさんは俺の反応と父親の顔をとを見比べ、「やっぱりなー」と思ったのかチベットスナギツネの顔になっていた。

「これが蕎麦!? ざる蕎麦? 完全に違う! 麺は洗ってないからヌルヌルだし、ボキボキだし、俺の方がまだまともなものを作れる! 作らないけど! つゆもこれ、まんま醤油ですよね!? 甘みも出汁の風味も何もない! こんなものを蕎麦と言われたくない!! 醤油は欲しいけど!!!!」

 拳を握りしめて体をくの字に折りながら叫んだ俺に、その場の全員が圧倒されていた。

「だいたい、どこで修行したんです? ちゃんと『茹でた麺は冷水で洗って締めろ』くらい教わらなかったんですか!? そもそも、蕎麦を食べて作ったんですか!? つゆの味が根本的におかしいことくらいわかるでしょうー! 讃岐うどんの醤油うどんか!!!!!!」

 俺の剣幕に店主は顔を青ざめさせると、がばりと土下座した。

「す、すんません! パーグで食べた蕎麦があんまりうまかったもんやから、自分なりに再現して作ったんやけど、自分でもなんか違う思うてたんや! 師匠と呼ばせて下さい!」
「俺は職人じゃないですよ、本物を食べて育ってきただけで! なので教えられません! ただ、これはまずいということだけは本気で! 本気で言っておきます!! 1時間半待ってこれじゃ店が傾くのも当たり前でしょう!」

 若造の俺に正論で殴られたショックか、店主がへなへなと崩れ落ちる。俺はテーブルの上に律儀に5人前の代金を置くと、般若顔(当社比)で「出ましょう」と言い放って立ち上がった。
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