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ハロンズ編
62 GO! WEST
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「待ってーな! サーシャはん、ジョーはん! 自分もオーサカまで飛ばしてくれへんか!?」
ドタバタと走ってきたのは、痩躯の中年男性だった。
どこかで見たことが……あるな。
というか、その胡散臭い関西弁に聞き覚えがあるな。
そして近くでよく顔を見たら、この出っ歯は間違いない!
「大規模討伐の時に適当言ったアカシヤーのプリーストの!?」
「サイモンですぅー! 覚えててくれはっておおきに!」
細い目を糸のようにして、サイモンさんはニカッと笑った。
「よく……俺たちのことがわかりましたね」
サーシャの方はサイモンさんを覚えていなかったらしく、向こうも俺も覚えていたのに自分だけが覚えていなかったという罪悪感で俺の後ろで小さくなっている。
いや、多分それが普通。実際、俺もサイモンさん以外の大規模討伐参加者は覚えていない。
正しく言うと、今この時までスッパリ忘れていた。
サイモンさんが俺の記憶に強烈に刻み込まれたのは、「アカシヤー」「出っ歯」「なんちゃって関西弁」「オーサカ」という4つのキーワードが物凄い存在感を残していったからだ。
そのうち3つが揃ったなら、「アカシヤーのプリースト」を思い出すのはそんなに難しくなかった。
むしろ、サイモンさんが俺たちのことを覚えていた方が凄いと思う。
「いやー、おふたり目立ってたからなあ。サーシャはんはこーんなにちっちゃくて可愛いのに、大猪40頭討伐なんやて? えらいこっちゃー、ほんまに! 正直、ジョーはんだけだったら気付かんかったかもしれんわ」
「ああ、なるほど。サーシャは確かに可愛くて目立ちますもんね」
「今日は、勇者はんは一緒じゃないんですか」
あくまでも悪気なく、サイモンさんはニコニコしながら言った。
「アーノルドさんと私たちは別々のパーティーなんです。ネージュではなくてハロンズに拠点を移すことになって、ハロンズに向かっているところなんですよ」
「はぁぁぁ、サーシャはんやっぱり可愛えなあ。鈴を振ったような声ってこういう声やろなー。こんな彼女がおって幸せ者めー、このこの」
「えっ!?」
サイモンさんが俺のことを肘で突いてくる!
何も言ってないのに、俺たちが付き合ってることがバレた!?
恐るべし、アカシヤーのプリースト! お笑いと読心術の神とかなんだろうか!
「どどどどどどどどどうして私とジョーさんがお付き合いしてると」
サーシャが滝のように汗を流して、真っ赤な顔でカクカクとしながらサイモンさんに尋ねた。俺は顔に出てないと思うけど、驚いてはいる。物凄く。
「はて? 今さっき女の人を移動魔法で通した後、抱きついてましたやん。それにジョーはんも、『サーシャは確かに可愛くて目立ちますもんね』なーんて。その後もサーシャはんはジョーはんの後ろに隠れたり」
「俺の口真似やめて下さい!! サイモンさんの言う通りですけど!」
「すんません、アカシヤー神は物真似とお笑いとムササビ捕獲の神やさかい」
物真似とお笑いと……なんて?
「すみません、アカシヤー様は物真似とお笑いと?」
「ムササビ捕獲の神ですわ」
「なんっでやねん!」
俺は思いっきりサイモンさんの胸を裏拳で叩いた。これが正式な礼儀であると信じて。
「ぐふっ……ええツッコミや。久々に効いたわ」
よろけながらサイモンさんはびしりと親指を立てた。
「……今更だけど、この人誰?」
全ての流れに置いて行かれたソニアがぽつりと呟かなかったら、俺とサイモンさんの果てない漫才は続いていたかもしれない。
「改めまして、自分、サイモン言いますー。アカシヤーのプリーストしてますわ。ネージュで冒険者やっとったんやけど、実家の商売が傾いてなあ。稼いだ金ごと帰ってこいってオーサカの実家に呼び戻されたところや」
「サイモンさんの実家も商家なんですね」
「せやで。天下の台所のオーサカでも17代続いたオールマン商会や。まあ、オールマン商会はじいさんががっちり押さえてて、おとんが食堂部門の担当やな。ここだけの話、傾くのもしゃーない思いますわ。おとん、味音痴やねん」
「この人、すっごく癖が強いわね……それはともかく、経営者としてやってればいいんじゃないの? まさか、自ら料理人をやってるわけじゃないわよね」
「それや。最近蕎麦粉で作る麺にはまってもうたらしくて、その店を出す出す言うてきかんで、案の定失敗させて家族中から総スカン食らったらしいわ」
そ、蕎麦打ちにハマってしまったのか……。
日本でもあれにハマって脱サラしてお店を開いて失敗する例がたくさんあるって、父さんが言ってたなあ。
決まってその後には「俺は燻製だから店はやらんぞ」ってドヤ顔で言ってたけど。
「と言うわけや、ジョーはん、オーサカまで移動魔法でちょいと飛ばしてもらえんやろか? お代ははずみますわ!」
「す、すみません。移動魔法っていうのは行ったことのある場所にしかドアを繋げられないんです。それで、俺たちがハロンズに向かっているのに馬に乗ってここにいるってことで察してもらいたいんですが……」
「あかんかったか……。まあ、商売も旅も一緒や。楽しよ思て楽できることはそう簡単にあらへんな」
サイモンさんは少しだけ残念そうな顔をした後で、からからと笑った。
「ところでみんな、彼にオーサカまで同行してもらうのはどうだ?」
突然レヴィさんがそんなことを言い出して、俺はぽかんと口を開けてしまった。
レヴィさんとサイモンさんは正反対に見えるふたりだし、サイモンさんと同行することは今まで話していても思いつきもしなかった。
レヴィさんの提案に、フローの上でソニアも頷く。
「私も賛成よ、もしその人が賛成なら、だけど。これから行く場所について情報が少ないと思うもの。オーサカってハロンズの隣で、海に面した経済都市よ。あっちに知り合いがいるといろいろ心強いわ」
「確かにそうですね!」
「ソニアって、時々凄く冷静だよね……」
なんで結婚詐欺に引っかかってしまったんだろう。その一言を口に出したら血を見そうだから決して言わないけども。
「確かに、レヴィさん以外は実際ハロンズに行ったことがないし……。サイモンさん、移動魔法で一足飛びというわけには行きませんが、良ければ俺たちと一緒に行きませんか? 俺たちなら護衛代わりにもなりますし」
主にサーシャとソニアが。
その一言も、口には出さない。
「おっ、ええなあ! 喋る相手もおらんでネージュからここまで味気なーい旅だったんや。オーサカとハロンズの話ならいくらでもしたるわ! じゃあ、まずはアカシヤー様がムササビ捕まえた話から……」
「だから、なんでやねん!」
ビシリ、と音がするほどの俺のツッコミ。
サイモンさんは物凄く嬉しそうだった。
マーニュの街を馬を3頭並べて走り抜ける。とりあえず目的地は次の宿場町のエルドを通り過ぎて、その次のブルーシュに昼に着こうという話になった。
「あの、俺からひとつお願いがあるんですが」
馬を並べて、レヴィさんに話しかける。
風が耳元を過ぎていくから、少し大きい声で話さないと相手に聞こえにくい。
「ネージュに毎晩戻るのはやめて、宿場町に宿を取りませんか? 街道って整備するにもお金が掛かりますよね? 使うだけ使って、周辺に利益を落とさないというのは何か違う気がしてしまって」
「ジョーって、そういうところが真面目ね! でもいいと思うわ。アオとフローもその方が休めそうだし。でも問題はクロとテンテンよ。宿屋に連れて入れないわ」
「そうそう、それや! ずっと訊きたかったんやけど、犬にしがみついてるやったら可愛らしい動物はなんですのん?」
俺に併走するクロとその上に乗っているテンテンを見てサイモンさんが尋ねてくる。
当然の疑問だよな。馬の速度で走り続ける犬も大概おかしいし。
「これはタンバー様の聖獣アヌビスと、テトゥーコ様の聖獣パンダです。俺がタンバー様から加護を受けてこのアヌビスをいただいて、サーシャがテトゥーコ様の聖女に認められてパンダを授けられました」
「ああああ! 聖女の話はネージュで聞いたわ! あれサーシャはんやったんか! 一生の不覚や!」
「まあ、そういうわけで、アヌビスのクロとパンダのテンテンがいますから、宿に今まで泊まれなかったんですが……」
「へえ、それがアヌビスねえ。小さくなったりできるって訊いたけどほんま?」
「ほんまです」
馬上でニヤリとサイモンさんが悪い笑顔を浮かべた。
「部屋に入るまでジョーはんの魔法収納空間に一旦入れておけばいいんとちゃいますか? 2匹とも聖獣やろ? 部屋の中ではええ子にできるやろ?」
「こ、この人悪い大人だー!」
「落ち着け、ジョー。そういうことを考えられる人間も必要だ」
「あっ、ジョー、私いつものベッドがいいわ! 宿屋のベッドをしまって、いつものベッドを出せば良いのよ。そうすれば宿のベッドは絶対汚れないし、一度街に入る前に家を出してクロの足を洗えば完璧よ」
ソニアまでサイモンさんの提案にノリノリだ。
そして、実際それはうまくいった。
街に入る前に家を出して、ネージュを出る前に用意した動物用のブラシで2匹を念入りにブラッシングする。濡れた布で拭いたりもする。クロは小さくなってもらってざっと洗う。そして一旦俺の魔法収納空間へ入ってもらう。
部屋で出した2匹は辺りを汚すこともなくて、ちょっと申し訳ないなと思って枕の下に銅貨をチップ代わりに入れたりもしたけども、俺が見る限り足跡とかも付いたりしていなかった。
サイモンさんを加えた旅は退屈することが全くなくて、俺たちは彼から王都近辺のいろいろ話を聞きながら旅を進めた。
そんな日々はあっという間で――。
「私、旅をするのって結構好きです。いろんな変わったものが見られますし」
昼食を食べながら、サーシャが俺の向かいで嬉しそうに笑う。
「うん、俺も。いろいろ珍しい……というか、前の世界で見たことがあるような感じの物とかたまに見るけど」
大街道は海の近くを通っていて、時折見える大海原は日本で見たものとあまり変わらなかった。
それに――。
「ジョーさんの世界にあったもの? どういうものですか?」
網の上に乗った貝がパクリと口を開けたので、そこに塩を掛けてサーシャが皿に取る。
それだよ……。浜焼きっていうのかな。貝や魚を網の上で焼いてその場で食べる料理。
昼食はできるだけ名物を食べるようにしているんだけど、今日食べているこれはどう見ても焼きハマグリだ。
美味しいけど、違和感が凄い。逆の意味で凄い。違和感が仕事をしていない。
大街道を東海道に例えたら、今は桑名の辺りなんだろうか。
いや、焼きハマグリと言ったら桑名だろ? というレベルで覚えているだけで、実際に日本地図で桑名を示せって言われても困るレベルの地理知識なんだけど。桑名が静岡県なのか愛知県なのかすらもよくわからない。多分現地の人には怒られると思う。
「俺の世界にも、こういうのあったよ。あと、こっちに干物があったのも驚いたな……」
途中の宿場は港があるところも多く、干物があったので思わず大量買いしてしまった。燻製にしようと思って。
最初の夜にサイモンさんには俺の事情を全て打ち明けてあったから、そんな俺の行動を見ても彼は「旅を満喫してますなー」とニコニコとしていた。
案外この人、順応性が高い。
「サイモンさん、オーサカまであとどのくらいですか?」
「せやなー、このままなら明日の夜にはチェーチに着くやろ。この辺りでも大きい街やから、楽しみにしとき。ハロンズへはチェーチから2日ってところや。オーサカは、ハロンズから更に街道を半日程度で着くで」
「ハロンズの方に先に着くんですね」
「そらそうや、大街道自体がハロンズを中心に作られてるさかい。ハロンズで落ち着いたらオーサカにも遊びに来てや。で、ジョーはんの新作料理で、オーサカでブイブイ言わしたるわ!」
馴染んだな、この人にも。そりゃ、かれこれ10日以上一緒に旅をしてれば当たり前か。
賑やかなサイモンさんともうじき別れることに、一抹の寂しさすら感じる。
いや、今のはフラグだな。俺がオーサカに行かなかったら、向こうからハロンズに押しかけてきそうな勢いだし。
どこの世界でもオーサカ商人は逞しいらしい。
ドタバタと走ってきたのは、痩躯の中年男性だった。
どこかで見たことが……あるな。
というか、その胡散臭い関西弁に聞き覚えがあるな。
そして近くでよく顔を見たら、この出っ歯は間違いない!
「大規模討伐の時に適当言ったアカシヤーのプリーストの!?」
「サイモンですぅー! 覚えててくれはっておおきに!」
細い目を糸のようにして、サイモンさんはニカッと笑った。
「よく……俺たちのことがわかりましたね」
サーシャの方はサイモンさんを覚えていなかったらしく、向こうも俺も覚えていたのに自分だけが覚えていなかったという罪悪感で俺の後ろで小さくなっている。
いや、多分それが普通。実際、俺もサイモンさん以外の大規模討伐参加者は覚えていない。
正しく言うと、今この時までスッパリ忘れていた。
サイモンさんが俺の記憶に強烈に刻み込まれたのは、「アカシヤー」「出っ歯」「なんちゃって関西弁」「オーサカ」という4つのキーワードが物凄い存在感を残していったからだ。
そのうち3つが揃ったなら、「アカシヤーのプリースト」を思い出すのはそんなに難しくなかった。
むしろ、サイモンさんが俺たちのことを覚えていた方が凄いと思う。
「いやー、おふたり目立ってたからなあ。サーシャはんはこーんなにちっちゃくて可愛いのに、大猪40頭討伐なんやて? えらいこっちゃー、ほんまに! 正直、ジョーはんだけだったら気付かんかったかもしれんわ」
「ああ、なるほど。サーシャは確かに可愛くて目立ちますもんね」
「今日は、勇者はんは一緒じゃないんですか」
あくまでも悪気なく、サイモンさんはニコニコしながら言った。
「アーノルドさんと私たちは別々のパーティーなんです。ネージュではなくてハロンズに拠点を移すことになって、ハロンズに向かっているところなんですよ」
「はぁぁぁ、サーシャはんやっぱり可愛えなあ。鈴を振ったような声ってこういう声やろなー。こんな彼女がおって幸せ者めー、このこの」
「えっ!?」
サイモンさんが俺のことを肘で突いてくる!
何も言ってないのに、俺たちが付き合ってることがバレた!?
恐るべし、アカシヤーのプリースト! お笑いと読心術の神とかなんだろうか!
「どどどどどどどどどうして私とジョーさんがお付き合いしてると」
サーシャが滝のように汗を流して、真っ赤な顔でカクカクとしながらサイモンさんに尋ねた。俺は顔に出てないと思うけど、驚いてはいる。物凄く。
「はて? 今さっき女の人を移動魔法で通した後、抱きついてましたやん。それにジョーはんも、『サーシャは確かに可愛くて目立ちますもんね』なーんて。その後もサーシャはんはジョーはんの後ろに隠れたり」
「俺の口真似やめて下さい!! サイモンさんの言う通りですけど!」
「すんません、アカシヤー神は物真似とお笑いとムササビ捕獲の神やさかい」
物真似とお笑いと……なんて?
「すみません、アカシヤー様は物真似とお笑いと?」
「ムササビ捕獲の神ですわ」
「なんっでやねん!」
俺は思いっきりサイモンさんの胸を裏拳で叩いた。これが正式な礼儀であると信じて。
「ぐふっ……ええツッコミや。久々に効いたわ」
よろけながらサイモンさんはびしりと親指を立てた。
「……今更だけど、この人誰?」
全ての流れに置いて行かれたソニアがぽつりと呟かなかったら、俺とサイモンさんの果てない漫才は続いていたかもしれない。
「改めまして、自分、サイモン言いますー。アカシヤーのプリーストしてますわ。ネージュで冒険者やっとったんやけど、実家の商売が傾いてなあ。稼いだ金ごと帰ってこいってオーサカの実家に呼び戻されたところや」
「サイモンさんの実家も商家なんですね」
「せやで。天下の台所のオーサカでも17代続いたオールマン商会や。まあ、オールマン商会はじいさんががっちり押さえてて、おとんが食堂部門の担当やな。ここだけの話、傾くのもしゃーない思いますわ。おとん、味音痴やねん」
「この人、すっごく癖が強いわね……それはともかく、経営者としてやってればいいんじゃないの? まさか、自ら料理人をやってるわけじゃないわよね」
「それや。最近蕎麦粉で作る麺にはまってもうたらしくて、その店を出す出す言うてきかんで、案の定失敗させて家族中から総スカン食らったらしいわ」
そ、蕎麦打ちにハマってしまったのか……。
日本でもあれにハマって脱サラしてお店を開いて失敗する例がたくさんあるって、父さんが言ってたなあ。
決まってその後には「俺は燻製だから店はやらんぞ」ってドヤ顔で言ってたけど。
「と言うわけや、ジョーはん、オーサカまで移動魔法でちょいと飛ばしてもらえんやろか? お代ははずみますわ!」
「す、すみません。移動魔法っていうのは行ったことのある場所にしかドアを繋げられないんです。それで、俺たちがハロンズに向かっているのに馬に乗ってここにいるってことで察してもらいたいんですが……」
「あかんかったか……。まあ、商売も旅も一緒や。楽しよ思て楽できることはそう簡単にあらへんな」
サイモンさんは少しだけ残念そうな顔をした後で、からからと笑った。
「ところでみんな、彼にオーサカまで同行してもらうのはどうだ?」
突然レヴィさんがそんなことを言い出して、俺はぽかんと口を開けてしまった。
レヴィさんとサイモンさんは正反対に見えるふたりだし、サイモンさんと同行することは今まで話していても思いつきもしなかった。
レヴィさんの提案に、フローの上でソニアも頷く。
「私も賛成よ、もしその人が賛成なら、だけど。これから行く場所について情報が少ないと思うもの。オーサカってハロンズの隣で、海に面した経済都市よ。あっちに知り合いがいるといろいろ心強いわ」
「確かにそうですね!」
「ソニアって、時々凄く冷静だよね……」
なんで結婚詐欺に引っかかってしまったんだろう。その一言を口に出したら血を見そうだから決して言わないけども。
「確かに、レヴィさん以外は実際ハロンズに行ったことがないし……。サイモンさん、移動魔法で一足飛びというわけには行きませんが、良ければ俺たちと一緒に行きませんか? 俺たちなら護衛代わりにもなりますし」
主にサーシャとソニアが。
その一言も、口には出さない。
「おっ、ええなあ! 喋る相手もおらんでネージュからここまで味気なーい旅だったんや。オーサカとハロンズの話ならいくらでもしたるわ! じゃあ、まずはアカシヤー様がムササビ捕まえた話から……」
「だから、なんでやねん!」
ビシリ、と音がするほどの俺のツッコミ。
サイモンさんは物凄く嬉しそうだった。
マーニュの街を馬を3頭並べて走り抜ける。とりあえず目的地は次の宿場町のエルドを通り過ぎて、その次のブルーシュに昼に着こうという話になった。
「あの、俺からひとつお願いがあるんですが」
馬を並べて、レヴィさんに話しかける。
風が耳元を過ぎていくから、少し大きい声で話さないと相手に聞こえにくい。
「ネージュに毎晩戻るのはやめて、宿場町に宿を取りませんか? 街道って整備するにもお金が掛かりますよね? 使うだけ使って、周辺に利益を落とさないというのは何か違う気がしてしまって」
「ジョーって、そういうところが真面目ね! でもいいと思うわ。アオとフローもその方が休めそうだし。でも問題はクロとテンテンよ。宿屋に連れて入れないわ」
「そうそう、それや! ずっと訊きたかったんやけど、犬にしがみついてるやったら可愛らしい動物はなんですのん?」
俺に併走するクロとその上に乗っているテンテンを見てサイモンさんが尋ねてくる。
当然の疑問だよな。馬の速度で走り続ける犬も大概おかしいし。
「これはタンバー様の聖獣アヌビスと、テトゥーコ様の聖獣パンダです。俺がタンバー様から加護を受けてこのアヌビスをいただいて、サーシャがテトゥーコ様の聖女に認められてパンダを授けられました」
「ああああ! 聖女の話はネージュで聞いたわ! あれサーシャはんやったんか! 一生の不覚や!」
「まあ、そういうわけで、アヌビスのクロとパンダのテンテンがいますから、宿に今まで泊まれなかったんですが……」
「へえ、それがアヌビスねえ。小さくなったりできるって訊いたけどほんま?」
「ほんまです」
馬上でニヤリとサイモンさんが悪い笑顔を浮かべた。
「部屋に入るまでジョーはんの魔法収納空間に一旦入れておけばいいんとちゃいますか? 2匹とも聖獣やろ? 部屋の中ではええ子にできるやろ?」
「こ、この人悪い大人だー!」
「落ち着け、ジョー。そういうことを考えられる人間も必要だ」
「あっ、ジョー、私いつものベッドがいいわ! 宿屋のベッドをしまって、いつものベッドを出せば良いのよ。そうすれば宿のベッドは絶対汚れないし、一度街に入る前に家を出してクロの足を洗えば完璧よ」
ソニアまでサイモンさんの提案にノリノリだ。
そして、実際それはうまくいった。
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サイモンさんを加えた旅は退屈することが全くなくて、俺たちは彼から王都近辺のいろいろ話を聞きながら旅を進めた。
そんな日々はあっという間で――。
「私、旅をするのって結構好きです。いろんな変わったものが見られますし」
昼食を食べながら、サーシャが俺の向かいで嬉しそうに笑う。
「うん、俺も。いろいろ珍しい……というか、前の世界で見たことがあるような感じの物とかたまに見るけど」
大街道は海の近くを通っていて、時折見える大海原は日本で見たものとあまり変わらなかった。
それに――。
「ジョーさんの世界にあったもの? どういうものですか?」
網の上に乗った貝がパクリと口を開けたので、そこに塩を掛けてサーシャが皿に取る。
それだよ……。浜焼きっていうのかな。貝や魚を網の上で焼いてその場で食べる料理。
昼食はできるだけ名物を食べるようにしているんだけど、今日食べているこれはどう見ても焼きハマグリだ。
美味しいけど、違和感が凄い。逆の意味で凄い。違和感が仕事をしていない。
大街道を東海道に例えたら、今は桑名の辺りなんだろうか。
いや、焼きハマグリと言ったら桑名だろ? というレベルで覚えているだけで、実際に日本地図で桑名を示せって言われても困るレベルの地理知識なんだけど。桑名が静岡県なのか愛知県なのかすらもよくわからない。多分現地の人には怒られると思う。
「俺の世界にも、こういうのあったよ。あと、こっちに干物があったのも驚いたな……」
途中の宿場は港があるところも多く、干物があったので思わず大量買いしてしまった。燻製にしようと思って。
最初の夜にサイモンさんには俺の事情を全て打ち明けてあったから、そんな俺の行動を見ても彼は「旅を満喫してますなー」とニコニコとしていた。
案外この人、順応性が高い。
「サイモンさん、オーサカまであとどのくらいですか?」
「せやなー、このままなら明日の夜にはチェーチに着くやろ。この辺りでも大きい街やから、楽しみにしとき。ハロンズへはチェーチから2日ってところや。オーサカは、ハロンズから更に街道を半日程度で着くで」
「ハロンズの方に先に着くんですね」
「そらそうや、大街道自体がハロンズを中心に作られてるさかい。ハロンズで落ち着いたらオーサカにも遊びに来てや。で、ジョーはんの新作料理で、オーサカでブイブイ言わしたるわ!」
馴染んだな、この人にも。そりゃ、かれこれ10日以上一緒に旅をしてれば当たり前か。
賑やかなサイモンさんともうじき別れることに、一抹の寂しさすら感じる。
いや、今のはフラグだな。俺がオーサカに行かなかったら、向こうからハロンズに押しかけてきそうな勢いだし。
どこの世界でもオーサカ商人は逞しいらしい。
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「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
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