殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

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ハロンズ編

59 可愛いisパワー

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 突発イベントみたいな感じで火竜ファイアードラゴンを倒したけども、俺たちの目的は古代竜エンシェントドラゴンだ。

 レヴィさんとサーシャに聞いたところ、「古代竜は自分が絶対強者とわかっているので火竜の咆吼や悲鳴程度では逃げません」とのことだった。

 絶対強者。
 それでいいのか絶対強者。
 逃げた方がいいと思うけどな。サーシャにもさくっとやられるんだし。

 ともあれ、とりあえず俺たちの視界の範囲にはドラゴンは1頭もいない。この辺でよく見かけるというワイバーンも、火を吐かないただのドラゴンもいない。
 火竜がいるくらいだから水竜とかはいないのかな? と思ったら「水がないのでいませんよ」とサーシャに当たり前な顔で言われた。
 当たり前だった……。

 ドラゴンがいなくなったのをいいことに、俺たちはのんびりと休憩をした。
 だって、この後は古代竜を探さないといけない。
 しかも――多分だけど――サーシャは俺とソニアに「それじゃあ腕試しですよ!」とか言ってくるに違いない。
 気が重いな……、

 10分ほどはちみつレモンを飲んだり甘いものを摘まむ休憩を取って、俺たちはレヴィさんの先導で古代竜を探し始めた。
 さっきの騒動で通常レベルのドラゴンが逃げ去った今が、一番見つけやすいタイミングらしい。そう言われてみれば確かにそうだ。

 前回サーシャとここに来たときは、すぐに古代竜を見つけることができた。
 でも今回は運が悪いのか、それともそうそう見つからないのが当たり前なのか、なかなか行き逢わない。

 歩いている間にいろいろサーシャが説明してくれたけど、マーテナ山はこの国でも数少ない古代竜の生息地。そして、古代竜以外にも複数のドラゴンが棲んでいて、いないのはそれこそ水辺に生息するタイプの竜と、伝説にある暗黒竜くらいらしい。
 見たことないけど土竜アースドラゴンなんてのもいて、砂色をしていて地面に潜り、奇襲を掛けてきたりするらしい。モグラでは? と思ったのは内緒だ。
 
 あとは数少ないながらも、コカトリスがいるのだとか。
 例の、ソニアを結婚詐欺にひっかけた自称冒険者のチャーリーが、金を引き出すときに話していた魔物。
 心なしかサーシャもコカトリスの名前を出すとき、ちょっとソニアの様子を気に掛けていた。

 そして、ソニアは案の定ビキっと青筋を立てていて、一言超低音で「殺すわ」と宣言した。

「コカトリスは、この山にいる内ならそれほど危険度は高くないんです……確かに石化能力はあるんですが、ドラゴンの中でも圧倒的に小型で草食なので、逆に他のドラゴンの餌になってしまって」
「ぶった切るわ」
「そ、ソニアさん、落ち着いてください。コカトリスに罪はありません」

 コカトリスに罪はありません……。
 確かに悪いのは、ソニアを利用しようとしたチャーリーだけど、なんかパワーワードを聞いた気がするな。

「古代竜を1頭だけ狩ればいいんです。それで私たちの目的は達成されますから。向こうから来てしまったさっきの火竜は仕方ないとはいえ、無闇に殺さないでください。ここにいるドラゴンは、山を下りない限り周囲に被害はもたらしませんから」

 慈愛の女神の聖女であるサーシャの必死の説得に、ソニアは深くため息をついて何かを諦めたようだった。

「仕方ないわね、でも、チャーリーを見つけたらシミターでぶん殴るわ」
「ソニア、それは殴るとは言わない」

 若干おろおろとレヴィさんがソニアを止めている。レヴィさんにはこっちのパーティーに移籍したとき、ソニア自ら事情を語っていた。

 一瞬、全員の注意がソニアに向いてしまったとき――。
 ズシン、と重い音がした。妙に近くで。

「ガァァァァッ!」

 おそらく、俺たちの死角になっていた場所からだろう。古代竜が滑空してきて近くに着地したのだ。聞こえた重い音にふさわしく、前回見たものよりも一回り大きな個体だった。

「ジョー、盾を構えろ! ソニアはサーシャの後ろに!」

 レヴィさんが鋭く指示を飛ばす。ブレス対策にミスリルの盾を構えた俺とサーシャの後ろに、ソニアとレヴィさんが回り込んだ。

「あっ、クロ!」

 クロは動きが素早い。きっとブレスも避けられるだろう。
 それはわかるけども、古代竜がブレスの予備動作に入った瞬間、クロの背中からテンテンがぽてっと転がり落ちた。

「テンテン!」

 サーシャが飛び出そうとする。
 けれど、それは杞憂に終わった。

 一度息を大きく吸い込みブレスを吐く直前だった古代竜は、地面でコロコロしているテンテンを見て――へにゃーんとして自分もゴロゴロし始めたのだ……。

 こ、これは!?
 ドラゴンもテンテンの愛くるしさの前では萌え転がるのか!?

「もしや、魅了チヤームか?」

 古代竜に注意を払いつつ、レヴィさんが呟く。

「可愛いは共通なんでしょうか」
「それ以上の何かだな。なにせ、慈愛の女神の聖獣だ」

 なるほど……。

 俺はテンテンと一緒にコロコロしている古代竜を横目に見ながら、盾を構えたままでそろそろとサーシャに近づいていった。

「今襲うのは卑怯な気もするけど、これは好機だよね?」
「そ、そうですね。本当に申し訳ないですけども……ソニアさん、さっきの要領であの古代竜を倒してみてください」
「サーシャってさらっと無理難題を言うわね……変に深手を負わせて暴れられたらどうするの?」
「その時は私がどうにかします。ソニアさんが魔法を打つのと同時に、私はテンテンを助けてきますから」
「そうね……テンテンを助けるのは身体強化したサーシャじゃないと確かに無理だわ」

 ソニアは苦虫を噛みつぶした顔をしながら、エリクさんの杖を取り出した。それに合わせてさっきは完成しなかった詠唱をサーシャが唱え始める。

「……ディアム・ロン・ネリ・テットゥーコ!」
「星5冒険者に私はなる! 全力で行くわよ! 《旋風斬ウインドカツター》!!」

 ソニアが杖を振り抜いた途端、ゴウっと風が唸った。
 一体どれだけの威力があるのかわからないけども、ソニアの気合いが籠もりまくりの《旋風斬ウインドカツター》は、古代竜の首を一撃でスッパリと切り落とした……。

 怖い。
 ソニアの魔法、本当に怖い……。

 そしてサーシャは、あっという間にテンテンを拾い上げ、抱えて戻ってきている。

「……古代竜の皮は全属性防御だ。そう簡単に魔法で切断できるわけはないんだが」

 困惑したレヴィさんが俺の後ろで呆然としている。
 うん、俺も呆然としているよ……。サーシャみたいな打撃攻撃なら、まだわかるんだけど。

「はぁぁぁ……さすがに、やりすぎたわ……」

 古代竜の首を魔法で切断するという前代未聞っぽいこと成し遂げたソニアは、力尽きたのかへなへなと座り込んだ。

 俺たちにとっても古代竜にとっても唯一の救いは、その一撃でソニアのほとんど底なしと言われていた魔力が底を突いたことだった。

 よかったな、古代竜。お前の尊厳はかろうじて守られた……。

 
「ソニアさん、本当に凄いです! 今すぐネージュに戻ってギルドに買い取り申請をしましょう! きっと星5昇格ですよ!」
「そ、そうね。とりあえず私、未だかつてない脱力感を味わってて動けないから、一度戻るのは賛成……」
     
 はしゃぐサーシャと対照的に、いつになくテンションの低いソニア。
 本当に、疲れ切ったんだろうな。

 でも。
 ネージュを出たのは今朝の話で、まだ半日も経ってないんだけど……。
 今のタイミングで戻るのは凄く……俺にとっては気まずいな。

「いや、ソニアは俺が背負って山を下りる。この先の安全な場所まで戻ってから休憩しよう」

 レヴィさんの落ち着いた声が、サーシャとソニアを制した。

「火竜と古代竜の買い取りも、ハロンズのギルドでやったほうがいい」
「どうしてですか?」

 俺は古代竜を収納しながらレヴィさんに尋ねた。
 
「ハロンズという都市は、排他的なんだ。とにかく田舎者を馬鹿にする風潮があるし、ハロンズに次ぐ規模の都市であるネージュのことは『新興の田舎都市』とわざわざ口に出すくらい馬鹿にされるときがある。だから、初手でぶつけてやろう。実力を示すためにな」

 ああ、「田舎からようお越しやす」ってやつか……。
 俺の中で見知らぬ王都ハロンズが、どんどん京都になっていく。
      
「確かに、ドラゴン2頭というのはこの上なくインパクトが大きいですね。しかも、星2冒険者であるソニアさんの風魔法で倒したと一目でわかりますし」
「そうだ、俺とサーシャは星5,ジョーは星3だが希少な空間魔法使い。この場合、つつかれるのは星2のソニアに決まってる。規格外の実力を見せつけて、ついでに昇格を勝ち取ろう。……まあ、それでも悪口を言われそうなのがハロンズという都市なんだが」

 そうか、アーノルドさんがレヴィさんに俺たちのことを託したのは、こういう事を知っているからか。
 いくら星5でも、やはりサーシャには積み重ねた経験が足りない。
 同じ都市にいればフォローできただろうけど、この先はアーノルドさんの手が届かない場所へいく。だから、レヴィさんという要石を俺たちに付けてくれた。

「レヴィさんがいてくれてよかったです。私はハロンズには行ったことがなくて、全然事情を知らなかったので。――ありがとうございます」

 同じことを感じ取ったらしいサーシャが、噛みしめるようにお礼を言った。レヴィさんと、おそらくはアーノルドさんに。

「なに、ただの経験だ。俺とアーノルドは生まれ育った街に近いネージュで冒険者登録をしたが、若気の至りで『国一番の都市で活躍しよう』とハロンズに行った時期がある。――それで、痛い目を見た。それだけだ」

 そういう実際に痛い目を見た経験っていうのが、後々役に立つんだなあ。
 あれ、ということは?

「レヴィさんとアーノルドさんは、冒険者になる前から知り合いなんですか?」
「俺とアーノルドは幼馴染みだ」

 ソニアを背負いながら、レヴィさんの口から衝撃の事実が明かされた。
 いや、そんなに大袈裟なことじゃないのかな。

 だから、アーノルドさんは敢えてレヴィさんに俺たちのことを頼んだんだ。
 別にそれほど気にしてはいなかったけども、ジグソーパズルのピースが綺麗にはまったような感動がある。

 レヴィさんに背負われたソニアは恥ずかしそうに顔を赤くしていて、俺は今まで散々いじられた仕返しのようにそれをニヤニヤと見てやった。
 まあ、どのくらい表情に出ていたかはわからないけど。
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