殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

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ハロンズ編

58 ドラゴン狩り初心者

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 イスワから街道を走ること約2時間。
 俺はアオと名付けられた馬のたてがみに掴まり、サーシャの視界を遮らないように伏せていた。
 アオの命名はもちろん俺とサーシャだ。理由は「青毛だから」。

 相乗りしてるのに伏せているという事実、とても悲しいぞ……。
 これが逆なら、俺の腕の中にサーシャがいて、当たり前のようにくっついていられたのに。
 そうでなくても「視界を遮る」なんていう重要事項がなければ、俺の背中にサーシャが密着して――これ以上考えるのはやめよう。

 できるだけ早く馬に慣れて、俺が手綱を握ればいいんだ。
 正直、伏せてるのはかなり辛いから、揺れが酷くても後ろに乗りたい。一度降りたタイミングでサーシャに相談してみよう。

「そろそろ、登った方がいい」

 馬の速度を緩めながら、先行していたレヴィさんが振り返って声を掛けてきた。
 その言葉を合図に、サーシャもアオの手綱を引いて止まるように指示する。

「馬は……置いていくのも危ないのでジョーさんにしまってもらいましょう」
「それが一番安全だね。アオ、フロー、しばらくの間だけどごめんな」

 フローはソニアとレヴィさんが乗っている栗毛の馬の名前だ。「栗毛だからクリ」じゃなかった辺りが悔しい。
 俺は全員が降りてから、2頭の馬を魔法収納空間へ入れた。
 こうすると絶対安全なんだけど、時間経過がないから疲労回復もできない。下手に時間経過させてもそれが疲労回復に繋がるのか、意識が戻ってしまってストレスに繋がったりするのかわからない。生体収納の悩ましい点だ。

 この富士山レベルの高山は、マーテナ山と言うそうだ。本当に富士山によく似ていて、遠くから見ると裾野が広がった姿がとても美しい。
 3合目の辺りをイスワからの街道が突っ切っていて、森に挟まれた道が南西へと続いている。
 前に来たときは、5合目辺りがドラゴンのたまり場になっていたので、ここからは意外にすぐなんだけども。

 愚痴は言わないものの、ソニアが凄い顔をして山を登っている。道がないからなあ……。
 木の根に足を取られて転びかけたソニアを、あらかじめ予見していたかのようにレヴィさんが腕を捕まえて助けていた。
 さすが、山とテントを語る会会長。

「ファーブよりきついのね」

 前回は俺とサーシャだけでふたりとも慣れていたからささっと登ってしまったが、今回は慣れていないソニアがいる。30分ほど登ったところで立ったままの休憩を取った。

「ファーブは確かに山ではあったけど、それなりに道があったからね」

 人の踏み固めた道があるのと、なんでもない山肌を登っていくのはやはり違う。

「ちなみに前回私とジョーさんは、休憩無しで2時間くらいでドラゴンがいる場所まで登りました」

 サーシャの言葉も、参考にはならないけど、目安にはなる。
 先がわかれば気休めにはなるかなと思ったんだけど、ソニアは「2時間」と呟いて余計にげっそりとした。

「あのね……私は凡人。1ヶ月前まではただの町娘だったの。一緒にしないで欲しいわ」
「ソニアが、凡人?」
「いえ、ソニアさんは天才ですよ?」
「ああ、ソニアは天才だと俺も思う」

 首を傾げた俺、率直に褒めるサーシャとレヴィさん。でも今褒められてもソニアは何も嬉しくないだろうな。

「サーシャとレヴィさんの言う『天才』は、今回の山登りと関係ないから」

 俺の指摘に、ソニアを褒めたふたりはちょっと顔を赤くした。天然だからな、このふたり。

「無理しないで行こう。あまり休みすぎると余計辛くなるから、長時間は休まないけど。
 先頭をレヴィさん。できるだけ歩きやすいルートを探して下さい。次にサーシャ。3番目にソニア。最後に俺で行きましょう」

 山登りは、先頭がサブリーダーで最後尾がリーダーだ。歩くのが遅い人や体力のない人は真ん中に配置する。
 本来はレヴィさんをリーダーにすべきなんだけど、俺よりも経験があって細かいことにも気付くレヴィさんには、敢えて先頭でルートを決めてもらうことにした。
 俺は万が一ソニアが転んだりしたときに、下で支える要員。サーシャをソニアの前にしたのは、サーシャを巻き込まないため。
 クロはテンテンを背中に乗せたままで軽やかに斜面を駆け上っては、しばらく上で待機の繰り返しだった。

 リーダー役の俺の仕事は、全体の進み具合や疲労具合を的確に読み取って進行を管理することだ。――ぶっちゃけ今回は、ソニアに合わせているだけだけども。

 いつも思うことだけど、ソニアは一見派手な見た目にそぐわず地道な頑張り屋だ。
 制御できない魔法を平気で打つこと以外は、俺たちの中でも最も一般的な感覚を持っていると思う。
 彼女は愚痴を言うことなく、3回ほどの休憩で山を登った。
 背の高い木でできた森を抜け、灌木かんぼくが生い茂る辺りで視界が開けてくると、大分先に赤いドラゴンが飛んでいるのが見えた。

 ドラゴン、飛ぶのか……いや、当たり前か。
 あの図体であの羽では構造上無理かなとちょっと思ってたんだけど。そこは魔力とかが関係しているのかもしれない。

「はぁ……もう少しで休めるのね……ドラゴンが邪魔だけど」
「凡人はドラゴンを邪魔扱いしないと思うよ。サーシャは大丈夫?」
「ありがとうございます、私は大丈夫ですよ。ソニアさん、一度何か飲みますか」
「そ、そうね」

 確かにこの先に向かいすぎて戦闘になる前に、一息入れた方がいいだろうな。
 そう思った俺はレベッカさんに特別にお願いしたはちみつレモンの蜂蜜だけの瓶と、ジョッキと水を取り出した。テーブルだけどんと据えて、上に置いたジョッキにレモン汁で薄まった蜂蜜を入れ、水を注ぐ。

「やっぱり、ただの水よりいいな」

 レヴィさんがしみじみと言う。俺も同感だ。甘みと酸味で飲みやすいし、疲労回復にもいい。
 ――と思っていたとき、遠くを飛んでいると思っていた赤いドラゴンが、こちらに気付いたのか凄いスピードで向かってきた!

「ベネ・ディシティ・アッティンブート・イナ」
「人の休憩を邪魔するなんて! お姉さん怒るわよ!」

 サーシャはジョッキを置いて慌てて補助魔法を唱え出す。ドン、と音も荒くジョッキを置いたソニアは、サーシャを手で制して一歩前に出た。
 手にしているのはエリクさんから餞別にもらった杖だ。
 
「ソニアさん、できれば《旋風斬ウインドカツター》で一撃でお願いします! ドラゴンは皮が重要な買い取り資材なんです!」
「えっ、今の私にそれを要求するの!?」
「ソニアさんならできます!」
「――確かに、今の私ならできるわ! 《旋風斬ウインドカツター》!」

 恐ろしく気合いの籠もった声と共に、見慣れた袈裟懸けの軌道を杖が描く。
 ドラゴンはぐわりと口を開けてその中に火の玉を見せていたけども、火の玉が吐かれる前にソニアの魔法で首をスッパリと切り落とされ、落下して重い音を周囲に響かせ、もうもうと土埃を立てた。

「魔力は余分に使うけど、その分凄くすっきりするのよね。はー、すっきりした!」
「凡人はドラゴン倒してすっきりしたとか言わないよ……」

 慣れない山登りにドラゴン出現でイライラがピークに達していたのだろう。
 そのイライラを魔力に込めて打ったソニアは、ドラゴンを倒した後は妙に機嫌が良くなっていた。

 ソニアのストレスをぶつけられるなんて、不憫だな、ドラゴン。
 サーシャが古代竜エンシェントドラゴンを倒したときも思ったけど、本来こんなに簡単に討伐される魔物じゃないよな?

「星2冒険者の火竜ファイアードラゴンソロ討伐は、もしかして史上初じゃないか?」

 レヴィさんがぽつりと呟く。ジョッキを手に持ったまま一部始終を見届けていた彼はとても冷静だ。多分、サーシャが片付けると思っていたんだろうけど。
 
「いえ、それは私がやりました。最年少討伐記録も私です。火竜も古代竜も私が記録を持ってます」

 とても申し訳なさそうに、サーシャがそっと手を挙げる。
 星2ってことは、冒険者に成り立てってことだよな? 上位聖魔法の使えるプリーストは星2スタートだって以前聞いたし。
 
「そうか、あの時まだサーシャは星2だったのか。あの後星4まで一気に上がったな」
「はい、そうです! レヴィさん覚えててくれたんですね!」
「忘れようが……ないと思う」

 視線を遠くに投げかけながら呟くレヴィさん。今回もレヴィさんに完全に同意だ。
 まさか、魔法バグでプリーストの少女がドラゴンをひとりで倒してしまうなんて、普通は思わない。
 

 俺は首をスッパリ切られたドラゴンを収納すると、ジョッキに残っていたはちみつレモンを飲み干した。

「あら? もしかして私も一気に星4?」
「その可能性は十分ありますよ」
「えー、嬉しい!」
「もしかすると、星1スタートからの最短記録は取れるかもしれない」
「そして俺だけ置いて行かれるんだ……」

 俺は登録してから星3のままだ。依頼はちゃんとこなしてるけど、目立った活躍ってしてないからなあ。
 ソニアは実力が目に見える分、昇格もしやすいだろう。
 俺単独で火竜を倒せるかって言われたら「倒せません」としか言えないし。

「そういえば、空間魔法使いの昇格って聞いたことがないですね」
「ヘイズもずっと星3だったしな」
「仕方ない気もするけど、凄く置いてけぼりの気分で悲しいよ、それ」

 空中で倒された火竜のせいで周囲のドラゴンが逃げた中、俺たちはのほほんとテーブルを囲んで世間話をしていた。
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