殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

文字の大きさ
上 下
57 / 122
ネージュ編

55 新たな旅立ち――まだできません

しおりを挟む
 コリンは親方の元へ戻り、俺たちはアーノルドさんの元へ向かった。
 とりあえず「山とテントを語る会」は存続することになったから、急いで話を詰めなくてもいいよね、ということになったのだ。
 もしかしたらハロンズで新たな出会いがあって、新しいアイディアが仕入れられるかもしれないし。
 
 ソニアをクロとテンテンのお守りとして残し、俺とサーシャとレヴィさんはちょっと前までいつも泊まっていた宿屋へ向かった。
 アーノルドさんは、さっきレヴィさんと一緒にいたテーブルにまだ留まっていた。
 暗い表情で、恐らくエールの入ったジョッキを前にして何か考え込んでいるようだ。

「アーノルドさん……」

 付き合いの長いサーシャから見ると、やはりアーノルドさんの様子は尋常ではないらしい。サーシャが心配そうに声を掛ける。
 その声に、アーノルドさんはハッと顔を上げた。

「サーシャ! 聞いたよ、女神テトゥーコの聖女として認められたそうだな。おめでとう。俺も聖女認定の儀を見てみたかったよ」
「ありがとうございます。そうですね、アーノルドさんたちも呼んでもらえるようにお願いすれば良かったです。あの時は、急すぎていろいろ頭が追いつかなくて……」
「何があったかは聞いてる。頭が働かなくなって当たり前だ。そんな中で自分の思いを正直に神に願って奇跡を起こしたサーシャは偉いよ。さすが俺の自慢の妹だ。
 ……それで、さっきジョーから聞いたんだが、ネージュを離れようと思ってるんだってな?」

 来た、本題。
 俺とサーシャとレヴィさんの間にピリリと緊張が走った。
 
「はい……ここを離れるのは寂しいですが、ハロンズへ行こうと思っています。聖女聖女と持ち上げられても、重大なことが起きない限り、私は何も変わらないのです。でも、ここにいると街の人の目が、どうしても前と違ってしまって。私は聖女であることと関係なく、人々の助けになるために冒険者でありたいのです」

 悲しげに目を伏せたサーシャを優しい目で見て、アーノルドさんの視線はレヴィさんに移った。
 
「レヴィ、頼みがある。こっちのパーティーから、サーシャたちのパーティーに移籍してもらえないか? お前とは長い付き合いだし、俺の考えてることもだいたいわかってくれてると思う。サーシャたちは確かに強いが、ハロンズに乗り込むには経験という点で不安なんだ。お前がサーシャたちと一緒に行ってくれれば、俺は安心できる」
「アーノルドさん……」

 俺は苦い気持ちを込めて彼の名を呼んだ。
 俺たちが予想していた通りの展開になった……。きっとレヴィさんが俺と一緒に出かけてから、アーノルドさんはこのことをずっと考えていたんだろう。
 
 俺たちが「勇者の崇敬を散らさないように拠点を変えるには」なんて余計な心配をしている間に、アーノルドさんはおそらくはただの優しさから、俺たちと同じ答えを導き出していた。

「……わかった。他ならぬアーノルドの頼みだ、引き受けよう。サーシャ、ジョー、これから世話になる」

 レヴィさんが俺たちに向かって頭を下げてみせる。
 ほとんど茶番のようだけども、これは必要なこと。
 今も周囲にいる他の冒険者が、俺たちの成り行きを見守っているのだから。
  
「でも、たまには帰ってくるんだぞ! 無事な姿を確認できないと俺は心配するからな!」
「わかってます。アーノルドさんが過保護だけど優しいお兄さんだと言うことはわかってますよ。とりあえず、ハロンズに着くまでは毎日戻ってきます」
「毎日?」   

 俺の言葉にアーノルドさんがきょとんとしている。
 俺は何故毎日帰ってくるのかについて、サーシャたちにも話していない理由をここで説明することにした。

「まず、俺の移動魔法で行ける一番西の地点であるイスワまで移動します。その後、街道沿いにハロンズに向かいながら、途中の街を中間目的地として移動します。街に着いたら、ネージュの家に戻ってきて寝起きして、また移動魔法で前日に辿り着いた街まで移動して進みます。これを繰り返せば、俺が行ける街を増やしながら、負担なくハロンズまで辿り着けます」
「なるほど、移動魔法を覚えてしまったから、野営の必要もないんだな! 凄いぞ、ジョー!」

 アーノルドさんは眩しい笑顔を浮かべて、俺の頭をわしわしと撫でた。犬耳だったときの癖で思わずガードしてしまったけども。

「ネージュからハロンズまでは街道が充実してるからな。乗合馬車もあるが、今回はジョーの計画の方が早く着くし楽だろう。馬に乗っていってもいいが……レヴィは乗れるが、サーシャも一応乗れたよな?」
「はい、子供の頃から乗ってました。でもソニアさんとジョーさんは無理ですよね」
「無理です」

 悲しいけれど自己申告。馬にも乗れるようになっておきたいんだけど、乗れるようになるまで結構筋肉痛とかが大変って聞くんだよな。

「じゃあ、今のうちに乗馬の特訓だ! 依頼は今のところ受けるつもりはないんだろう?」

 キラリとアーノルドさんの目が光る。
 まるで「馬に乗れるようになるまでネージュから離れさせないぞ」と言わんばかりに。


 結局、俺はサーシャと、レヴィさんはソニアと相乗りすることになり、2頭の馬を調達することになった。
 例え手綱を持たないとしても、乗馬のコツを多少は掴まないといけないから、それは練習をすることになり――更に増えたな、動物が。
    
 馬の購入には冒険者ギルドを通すのが一番良いということで、サーシャとレヴィさんにそちらに向かってもらい、ソニアにはいくつかの買い物を頼んで俺自身はイスワに向かった。
 移動魔法を使い、見えないドアをくぐった先は……間違いなく、見たことのある光景。
 澄んだ水を湛えた池があちこちにあり、ニジマスが鱗をきらめかせて泳いでいる。
 
 前にここに来たときは、宿の主人が俺のニジマス好きを喜んでくれて……。
 挨拶に行きたいけど、もう夕方が近い。宿は忙しくなる時間だ。
 俺は以前にニジマスを買った食料品店で活きのいいニジマスを30匹ほど仕入れて、すぐさまネージュに戻った。


  移動魔法でネージュに戻るとき、蜜蜂亭の前をイメージしておいたらその通りの場所に出ることができた。これは、便利だ!

「レベッカさん! 新メニューがありますから今晩貸し切らせてください!」
「いきなりね? うちの貸し切りは高いわよ」

 突然店に駆け込んできた俺を見て、レベッカさんが笑顔のままでさらりと言う。
 
「レベッカさんの手もお借りしたいんです。そうするとお店の方が回せないかと……」
「大丈夫よ、うちの店の子たちを甘く見ないでもらいたいわ。――ネージュを出てハロンズへ行くんですってね。今夜はお礼に御馳走を振る舞おうっていうこと?」

 うっ、情報ももう回ってるんだ。さすがにこの人にはお見通しだし……。
 でも、状況から考えてそれ以外ないよな。
 俺は素直に頷いて、シンクの中にニジマスをドンと出した。

「すみません、俺ひとりで捌くと時間が掛かるので、手伝ってください」
「場所的にもうひとりいけるわね。マーク、ちょっとこっちを手伝って」
「はい、店長!」

 メリンダさんに呼ばれてやってきたのは、年頃も背格好も俺と同じくらいの青年だった。
 3人で黙々とニジマスを捌き、鱗を取る。途中から俺は捌いたニジマスに塩と胡椒を振って、大きな皿に積み上げた。全部集まってから魔法収納空間へ収納。
 
 その頃になると足りなさそうなレモンを買ってきてもらえるように頼んでいたソニアや、俺からの伝言で集まってきた人たちが続々と蜜蜂亭にやってくる。
 アーノルドさんのパーティーと、俺たちのパーティー。それにソニアのお父さんの方のクエリーさんと、弟の方のクエリーさん。コリン、エリクさん、ハワードさん、レベッカさん。
  
 サーシャがやってきた人たちにお礼を言っている間に、俺は30分経過させたニジマスを取り出して、ムニエルを作り始める。
 一番大きいフライパンを出してもらって5匹ほど同時に焼き、他のコンロではレベッカさんとマークさんが俺の真似をして同じようにニジマスを焼き始める。凄い。
 30匹もあったのに、俺の想定外の速さでムニエルが焼き上がった。フライパンに残った焦がしバターでレモンバターソースを作るところまで教えて、ムニエルの方は大皿に、ソースは器に入れて出そうとしたんだけど……。
 
「ちょっと待って」

 来た、レベッカさんのちょっと待って!
 レベッカさんはマークさんにパセリのみじん切りを指示しておいて、個別の皿にニジマスをきちんと盛り付け、その横に作り置きしてあったマッシュポテトを添えた。
 ポテトの方にパセリを振りかけ、ソースが綺麗に見えるようにスプーンで丁寧に掛ける。格段に見栄えがいい……さすがプロの料理人だ。

「蜜蜂亭で大雑把な料理を出すのは許さないわよ」

 そして俺は怒られた。確かに俺のやり方は大雑把だったな。

 その日の夕食は、ほんの少しだけしんみりしてはいたけども、和やかで、賑やかだった。

「小骨があるから嫌とか言うんじゃないわよ? せっかくジョーが作ったんだから」

 メリンダさんがアーノルドさんとレヴィさんに釘を刺し、「わあ、これ食べたかったんです!」とサーシャは大喜びしている。
 クロは味付けせずに焼いただけの魚の身をほぐしてやった。テンテンはトウモロコシ粉で作ったミルク粥に顔を突っ込んでいる。可愛い。

 ニジマスのムニエルは嬉しいことに好評だった。特にレベッカさんに。
 多めに作ったから、今回はサーシャも2匹食べて満足そうだ。蜜蜂亭の従業員たちも、物凄く真剣な顔で一口一口分析するようにムニエルを味わっていた。

 準備もいろいろとあるから、ネージュからの出発は一週間後と決まった。
 最後の準備が、俺たちを待っている。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

異世界に来たからといってヒロインとは限らない

あろまりん
ファンタジー
※ようやく修正終わりました!加筆&纏めたため、26~50までは欠番とします(笑)これ以降の番号振り直すなんて無理! ごめんなさい、変な番号降ってますが、内容は繋がってますから許してください!!!※ ファンタジー小説大賞結果発表!!! \9位/ ٩( 'ω' )و \奨励賞/ (嬉しかったので自慢します) 書籍化は考えていま…いな…してみたく…したいな…(ゲフンゲフン) 変わらず応援して頂ければと思います。よろしくお願いします! (誰かイラスト化してくれる人いませんか?)←他力本願 ※誤字脱字報告につきましては、返信等一切しませんのでご了承ください。しかるべき時期に手直しいたします。      * * * やってきました、異世界。 学生の頃は楽しく読みました、ラノベ。 いえ、今でも懐かしく読んでます。 好きですよ?異世界転移&転生モノ。 だからといって自分もそうなるなんて考えませんよね? 『ラッキー』と思うか『アンラッキー』と思うか。 実際来てみれば、乙女ゲームもかくやと思う世界。 でもね、誰もがヒロインになる訳じゃないんですよ、ホント。 モブキャラの方が楽しみは多いかもしれないよ? 帰る方法を探して四苦八苦? はてさて帰る事ができるかな… アラフォー女のドタバタ劇…?かな…? *********************** 基本、ノリと勢いで書いてます。 どこかで見たような展開かも知れません。 暇つぶしに書いている作品なので、多くは望まないでくださると嬉しいです。

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

群青の軌跡

花影
ファンタジー
ルークとオリガを主人公とした「群青の空の下で」の外伝。2人の過去や本編のその後……基本ほのぼのとした日常プラスちょっとした事件を描いていきます。 『第1章ルークの物語』後にタランテラの悪夢と呼ばれる内乱が終結し、ルークは恋人のオリガを伴い故郷のアジュガで10日間の休暇を過ごすことになった。家族や幼馴染に歓迎されるも、町長のクラインにはあからさまな敵意を向けられる。軋轢の発端となったルークの過去の物語。 『第2章オリガの物語』即位式を半月後に控え、忙しくも充実した毎日を送っていたオリガは2カ月ぶりに恋人のルークと再会する。小さな恋を育みだしたコリンシアとティムに複雑な思いを抱いていたが、ルークの一言で見守っていこうと決意する。 『第3章2人の物語』内乱終結から2年。平和を謳歌する中、カルネイロ商会の残党による陰謀が発覚する。狙われたゲオルグの身代わりで敵地に乗り込んだルークはそこで思わぬ再会をする。 『第4章夫婦の物語』ルークとオリガが結婚して1年。忙しいながらも公私共に充実した生活を送っていた2人がアジュガに帰郷すると驚きの事実が判明する。一方、ルークの領主就任で発展していくアジュガとミステル。それを羨む者により、喜びに沸くビレア家に思いがけない不幸が降りかかる。 『第5章家族の物語』皇子誕生の祝賀に沸く皇都で開催された夏至祭でティムが華々しく活躍した一方で、そんな彼に嫉妬したレオナルトが事件を起こしてミムラス家から勘当さる。そんな彼を雷光隊で預かることになったが、激化したミムラス家でのお家騒動にルーク達も否応なしに巻き込まれていく。「小さな恋の行方」のネタバレを含みますので、未読の方はご注意下さい。 『第6章親子の物語』エルニアの内乱鎮圧に助力して無事に帰国したルークは、穏やかな生活を取り戻していた。しかし、ミムラス家からあらぬ疑いで訴えられてしまう。 小説家になろう、カクヨムでも掲載

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...