殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

文字の大きさ
上 下
56 / 122
ネージュ編

54 続・山とテントを語る会

しおりを挟む
 コリンが来てしばらく、「山とテントを語る会」ならぬ「スリムなもふもふとコロコロしたもふもふをモフる会」が開催されてしまった……。レヴィさんはソニアショックが先に来ていて、クロとテンテンを見る余裕がなかったそうだ。

「俺たち、ネージュを出て他の都市で活動をすることにしたよ」

 今回の「山とテントを語る会」の趣旨は、お別れになる前に少しでも納得できる形に持っていくこと――なんだと思う。言い出したのはソニアだから、もしかすると何か違うかもしれないけど。

「ええっ、ジョーはネージュからいなくなっちゃうの!?」

 ひとりだけ事情を知らなかったコリンがショックを受けている。
 俺は彼に向かって正直に、最初に俺の身に起きた事故や、サーシャとの出会い、勇者との関係などを全て話した。
 コリンは少し気落ちした顔でずっとクロの耳を揉みながらそれを聞いていた。――終始おとなしくしていたクロは本当に偉いと思う。

「そっか……勇者アーノルドはジョーとサーシャにとっては恩人で、大事な人なんだね。そっか。俺、ただなんとなくジョーはずっとここにいて、いろんな新しいことを教えてもらえたり、一緒にふざけ合ったりしていけるんだと思ってた」
「うん、俺も、深く考えずにそんな風に思ってた。でも、コリンも聖女の噂を聞いたりしなかった?」
「聞いたよ。でもまさか、ジョーと一緒にいるサーシャのことだなんて知らなかった。工房に籠もってたしね」
「はいはい、しんみりするのはやめましょう? 明日旅立ちますとかそう言う話じゃないんだから」

 コリンの肩を叩いて、ソニアが飲み物を勧めながら場の空気を切り替える。
 
「でも、やっぱり私たち『山とテントを語る会』にとっては、あまりに中途半端で放り投げたら後味が悪いのよ。野営の経験豊富なレヴィ、テントの構造に詳しいジョー、素材にはそれなりに詳しい私、それに骨組みの素材を相談できるコリンがいるなら、目指す形を大まかにでも作れるんじゃないかしら」

 ガ、ガチだ……。思ったよりソニアがガチだ。
 視界の隅でサーシャがテンテンにおやつをあげながら苦笑している。

 俺、てっきり「これで最後になるかもしれないから、玉砕覚悟でレヴィに告白しておくのよ!」って下心で人を集めたんだと思ってた。まあ、それならコリンが増えたことを喜ぶのはちょっとおかしいと思ってたけども。


「今のテントとはもう形から違うんだよね?」
「うん、しなりのある素材をつかった2本の柱をこう組んで交差してるところを固定すると、強度と広さが両立できるんだ。うまく作れば4人くらい平気で寝られる広さが取れるよ。でも今ある素材で何を使ったら、こういう形に持って行けるかわからないんだよな」

 俺は手元の紙にドーム型のテントを簡単に描きながら説明した。
 自立するし、ポールは分割して運べてたし、組み立ても簡単だし。でも、この世界にまだアルミ合金なさそうなんだよな……。アルミの材料があったとしても、アルミ合金を作る知識は俺にはない。
 鉄とかで作るなら、ワンポールテントの方が作りやすそうだ。

 俺とコリンがテントの形状とポールの素材で頭を悩ませている間、ソニアとレヴィさんはサテンを用意して耐水性を試していた。

「少量ならうまいこと水をはじくわね。でもやっぱり大雨が降ったら厳しそう」
「蝋引きにしてみるか?」
「それだと振り出しに戻るわ。水を弾くのは水魔法でなんとかなったりしないのかしら。聞いたことないけど」

 こちらはこちらでいろいろ試した挙げ句に、ふたりともうーんと腕を組んで悩んでしまっている。
  
「あの、みなさん、休憩にしませんか?」

 そうサーシャが声を掛けてくれなかったら、俺たちは4人で頭を抱えてにっちもさっちも行かなくなっていただろう。

「ワンポールテントだとペグがいるし平らなところじゃないと設営できないし……」
「どうしよう、ジョーさんが何を言ってるか全然わかりません」
「大丈夫だ、この場の誰もわかってない」

 ジンジャーエールを飲みながら、人間用パンダ団子を摘まむ。これはレベッカさんの試作品だけども、比率的に米粉を増やしたようでもちもち感が増していてなかなか美味しい。
 コリンはジンジャーエールを初めて飲んだそうで、凄く気に入っていた。

「……よし、決めた」

 一旦テントから思考を離そうということでなんでもないお喋りをしていた中、突然レヴィさんが気合いを感じさせる低い声で宣言する。

「何かありましたか? レヴィさん」

 サーシャの問いかけにレヴィさんは頷いて見せ――爆弾発言をした。

 
「アーノルドのパーティーを脱退して、こっちのパーティーに移る」


 場を沈黙が支配していた。
 俺とサーシャとソニアはぽかんとしていて、コリンとテンテンはタイミング悪くパンダ団子をもぐもぐしていた。そしてクロは散々モフられて疲れたのか、寝てしまっている。


「え……えええええ!?」
「レヴィさんが、アーノルドさんのパーティーを脱退!?」
「えっ、まさか、テントのために? そんなのありなの?」

 矢継ぎ早に降る質問を全て黙ったまま受け止めて、俺たち3人が息切れをしたところでレヴィさんは重々しく頷いた。

「俺はテントの改良に生涯を捧げると誓ったんだ。アーノルドなら多分わかってくれるし、代わりのスカウトもすぐ見つけられるだろう」

 レヴィさんの覚悟、思ったよりも重量感があるな……。

「そ、それじゃあ俺も親方に紹介状を書いてもらって、ジョーたちと一緒に行く! 冒険者になれるような能力はないけど、ジョーの知ってるいろんなこと、もっと知りたいんだ! それにせっかく友達になれたのにもう離れるのなんかやだよ!」

 うわっ、レヴィさんの発言がコリンに飛び火した!

「そう思ってくれるのは嬉しいよ。俺も冒険者と関係ない友達ってコリンくらいだしさ。で、でも……俺の空間魔法を使えば、毎日でもネージュと移動先を行き来できるよ?」
「でも好きなときに会えないじゃないか!」

 ……面倒な彼女かな?

 サーシャよりもわかりやすい駄々に、俺は一瞬遠い目をしてしまった。
 いたなあ……同級生に。「御厩みまやの面倒な彼女」ってあだ名が影で付いてた俺の親友。
 チーズ蒸しパンが好きだったあいつ。

「俺がパーティーに加入するのは……迷惑か?」

 少し感じ取れる程度にしょんぼりした気配を纏わせて、俺たちに問いかけてくるレヴィさん。
 卑怯! 天然だろうけど!

「迷惑なんて事ないわ! むしろ頼もしいし大歓迎よ!」
「ソニアー!?」

 ここぞとばかりにレヴィさんの手を握ってアピールするソニア!
 いや、これ以上アーノルドさんに負担掛けちゃ駄目だろう。

「いえ、ソニアさんの言う通り、レヴィさんがいてくださったら頼もしいです。それに、アーノルドさんも安心してくれると思うんですよね」

 感情で突っ走ったソニアに対して、サーシャは何事か考え込んでいる。

「アーノルドさんの評判を上げつつ、私たちがこの街を去る方法――それは、レヴィさんの自主的な脱退という形ではなくて、アーノルドさんが私たちを心配してレヴィさんをこちらに移籍させたということでうまくいくんじゃないでしょうか」
「それもあるな。なにせ、こちらはサーシャが冒険者歴2年。ジョーが2ヶ月ちょっと、ソニアに至っては1ヶ月にも満たない。あまりにもベテランが少ないから、俺が移動するとちょうどいい」

 そうか……それはそうかもしれない。
 レヴィさんの移籍をアーノルドさんは悲しむだろうけど、それ以上に安心もしてくれるだろう。
 うん、考えれば考えるほど、「アーノルドさんならやりそう」な気がしてきた。

「……確かに、アーノルドさんなら俺たちを心配してレヴィさんを移籍させるくらいのことはしそうですね」
「一度『可愛い妹』のサーシャを自ら切り捨てて、荒れに荒れたからな。まして今回は『可愛い妹と可愛い弟』だろう。宿に戻ったらアーノルドに話をしてみよう」

 なんだかこれはうまい具合にまとまりそうだ。
 レヴィさんは近距離戦闘も遠距離戦闘も堅実にこなせるし、細かいところによく気がつくスカウトだ。今まで俺たちはわりと力押しで来てどうにかなっていたから、レヴィさんはパーティーのバランスという点でもありがたい。

「それで、ネージュを出てどこへ行くかは目処が立ってるの?」

 コリンの一言で、サーシャとソニアとレヴィさんが同時に頷く。
 え、決まってるんだ。
 俺はこの世界に詳しくないから全然わからなかったけど……。

「そんなのは一カ所しかない」
「王都ハロンズ一択ね」
「はい、遠いですが、その分私たちは評判に囚われずに自由に動けるはずです」
「そっかー、やっぱりハロンズだよね。貴族がいて面倒な都市だって聞いてるけど、やっぱりこの大陸で一番の都市だし」

 俺を置き去りにして納得している4人に疎外感を覚えつつ、俺はそろそろと挙手をして尋ねた。
 
「王都ハロンズって?」
「そうか、ジョーは何もその辺のことは知らないんだったな。
 この大陸は丸ごとヤフォーネ王国が支配している。大陸としては小さいけどな。このネージュは150年ほど前に作られた比較的新しい都市で、当時の感覚では『東のド田舎に新参者ばかりの都市を作った』と思われたらしくて、貴族がいないんだ。貴族は自分の領地に住むか、王のお膝元であるハロンズに館を構えてそちらに住んでいる」
「へえー、貴族って人見ないなって思ってたんですけど、そういう事情だったんですね」
「メリンダさんは貴族の出身ですよ。男爵家の4女だそうです。領地も小さくて大変なので、生まれ持った2属性魔法もあるし冒険者として身を立てた方がいいだろうと思われたそうですよ」
「王都ハロンズは千年の都って呼ばれててね、ここから遥か西にあるんだけど、文化とかが桁違いに洗練されてるって話なのよー。流行もハロンズとネージュでは全然違うらしいわ。ネージュの方が実用的ね。優雅が優先されるのがハロンズで、格好いいのが優先されるのがネージュって感じかしら」

 ……こう言っちゃなんだけど、聞けば聞くほど京と江戸だな……。
 イメージしやすいと言ったらそうなんだけど。貴族を公家に置き換えたらかなりそのままだ。

「察しました。俺のいた世界にも、過去に似たような関係の都市がありました。王と貴族がいる歴史が長い街と、武士――武官が作った街というのがあって。俺はその新しい都市の方に住んでたんですが」
「どこの世界でも似たようなことは起きるのねえ」

 それは果たして似たようなことなのか、あの神々が何か意図してるのか……。
 ひとまずその疑問は置いておいて、俺たちは次の目的地をハロンズに決め、アーノルドさんに話をしに行くことにした。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界に来たからといってヒロインとは限らない

あろまりん
ファンタジー
※ようやく修正終わりました!加筆&纏めたため、26~50までは欠番とします(笑)これ以降の番号振り直すなんて無理! ごめんなさい、変な番号降ってますが、内容は繋がってますから許してください!!!※ ファンタジー小説大賞結果発表!!! \9位/ ٩( 'ω' )و \奨励賞/ (嬉しかったので自慢します) 書籍化は考えていま…いな…してみたく…したいな…(ゲフンゲフン) 変わらず応援して頂ければと思います。よろしくお願いします! (誰かイラスト化してくれる人いませんか?)←他力本願 ※誤字脱字報告につきましては、返信等一切しませんのでご了承ください。しかるべき時期に手直しいたします。      * * * やってきました、異世界。 学生の頃は楽しく読みました、ラノベ。 いえ、今でも懐かしく読んでます。 好きですよ?異世界転移&転生モノ。 だからといって自分もそうなるなんて考えませんよね? 『ラッキー』と思うか『アンラッキー』と思うか。 実際来てみれば、乙女ゲームもかくやと思う世界。 でもね、誰もがヒロインになる訳じゃないんですよ、ホント。 モブキャラの方が楽しみは多いかもしれないよ? 帰る方法を探して四苦八苦? はてさて帰る事ができるかな… アラフォー女のドタバタ劇…?かな…? *********************** 基本、ノリと勢いで書いてます。 どこかで見たような展開かも知れません。 暇つぶしに書いている作品なので、多くは望まないでくださると嬉しいです。

異世界もふもふ食堂〜僕と爺ちゃんと魔法使い仔カピバラの味噌スローライフ〜

山いい奈
ファンタジー
味噌蔵の跡継ぎで修行中の相葉壱。 息抜きに動物園に行った時、仔カピバラに噛まれ、気付けば見知らぬ場所にいた。 壱を連れて来た仔カピバラに付いて行くと、着いた先は食堂で、そこには10年前に行方不明になった祖父、茂造がいた。 茂造は言う。「ここはいわゆる異世界なのじゃ」と。 そして、「この食堂を継いで欲しいんじゃ」と。 明かされる村の成り立ち。そして村人たちの公然の秘め事。 しかし壱は徐々にそれに慣れ親しんで行く。 仔カピバラのサユリのチート魔法に助けられながら、味噌などの和食などを作る壱。 そして一癖も二癖もある食堂の従業員やコンシャリド村の人たちが繰り広げる、騒がしくもスローな日々のお話です。

処理中です...