殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

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ネージュ編

43 獅子身中の虫

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 翌々日の朝、俺たちはファーブ鉱山の採掘現場に辿り着いていた。
 一種異様――いや、はっきり言って異様だった。
 坑道の入り口が、鉱石で覆われているのだ。僅かな隙間は空いているけど。

「すみませーん、どなたかいらっしゃいますかー? 鍛冶ギルドから依頼を受けて魔物討伐と鉱石の回収に伺いましたー」

 背伸びをしてその空気穴っぽいところに顔を近づけ、サーシャが中に声を送る。
 すぐに中から野太い声で「おおおおお!」というほとんど雄叫びに近い歓声が返ってきた。

「これってただ置いてるだけじゃなくて魔物除け……よね。入り口を塞いで中にいる人を守ってるってこと?」
「みたいですね」
「そこまでして採掘しなきゃいけない鉱山なのかしら……待って? ファーブファーブ……あ、ミスリル鉱山なのね、ここ!」

 ソニアの一言で俺も得心がいった。
 なんで周囲に魔物が出るのに危険を冒して運営してるんだろうと思ったら、希少な魔法鉱石が採れるからか。
 しかもネージュにはかなり近い。荷馬車で運ぶにしても距離が近いというのは凄いメリットだから、廃業できないってことなんだろうな。

 そして俺が入り口に積まれた鉱石をどかんと収納すると、中からぞろぞろと鉱夫たちが出てきた。
 髭はぼうぼう、頭もばさばさ、何日風呂に入ってないかわからない感じ。
 案の定、ソニアがドン引きして5歩くらい下がっている。

「うおおおお! シャバの空気ー!」
「何週間ぶりだ?」

 ソニアがふらりとしたので俺は慌てて彼女を支えた。
 冒険者が駄目なんじゃなくて、単にごつくて見た目が汚くなってる人が駄目なんだな……。
 それと、この世界でも「シャバの空気」っていうことがすっごく興味深い。

「積んでた鉱石は、魔物が中に入らないようにしてたんですよね?」

 ソニアを支えたままで俺は尋ねた。一際体格の良い男性がああ、と答える。

「中には水も食料も置いてあるからな。定期的に鉱石の回収は来るから、その時にいろいろ持ってきてもらうんだ。それで、その食料を狙って一度ダイアウルフが入ってきたことがあって……」
「えっ!? 被害は!?」

 サーシャから聞いたところによると、ダイアウルフは尻尾含まず体長2メートルほどの巨大な狼らしい。それが群れで襲ってきたら――。

「1匹だけだったから、つるはしで叩きのめしてやった」

 つるはしで叩きのめし、って! 鉱夫強いな!! いや、このむっきむきの体を見れば当然か。

「これから俺たちは魔物の討伐に行きますけど――良かったらお風呂に入りますか?」
「風呂!? どうやって!?」
「俺は空間魔法使いなんです。つまり、こう」

 俺はどんと家を出して見せた。浴室には浴槽もあるけど、もうひとつ以前に使っていた木の桶も出す。そして両方に湯を張った。これなら同時にふたり入ることができる。
 見ていた鉱夫たちからどよめきが上がる。

「竈があるならお湯を沸かせるので、もっと効率よくなりますが」
「竈なら中にあるぞ。大丈夫だ、空気穴も開いてるから中でも一通り生活できる設備はあったんだが、水を大量に使う風呂ばかりはな……」
「サーシャ、しばらくオウルベア討伐とかひとりで行ける?」
「はい。むしろジョーさんは安全なところにいてください」

 うっ、善意100%なんだけど、男の矜持に刺さるな……。

「ソニアは……」
「そうねえ……サーシャの戦い方は何回か見たけど、私が入る余地は全くないのよね。特にオウルベアなんて相手には私がいても無意味だわ。だったらダイアウルフを警戒してここに残った方がいいかもしれないわね」

 だんだんソニアの判断も的確になってきたな。
 俺はそれに頷くと、鉱夫たちのために風呂の水を入れ替えたり湯を沸かしたりする役を引き受けることにした。


 鉱山の中でできたのは、せいぜい水を節約して体を拭くこと位だったらしい。それも3日に一度とか。
 その代わり、食べ物や酒は十分にあって、稼ぎもいい。
 ここは、そういう職場だった。

 なので、俺が風呂を出したことは熱烈に歓迎された。
 中にある竈を使って何人かと一緒にガンガン湯を沸かす。もちろん、俺が収納してきた水を使っている。
 湯も持ってきてるけど、15人もの鉱夫を全員風呂に入れるほどの量はなかったから。

 湯にゆっくり浸かり、石けんで体を洗ってざっくり織られた麻の布で思う存分体を擦った鉱夫たちは、髭も剃ってさっぱりとした満足げな顔で出てきた。
 その後の湯は凄い。収納空間に入れるのも面倒なので、「湯船の底にある栓を抜いてください。たらいの方は傾けて流してください」とお願いして、排水は垂れ流しにした。うまい具合に土地に傾斜がついていて、汚れた湯は少しずつ地面に吸い込まれながら流れていく。

「いやー、空間魔法にこんな使い方があるなんて知らなかったよ! 便利なものだなあ」
「たまーに他の都市から雇われて空間魔法使いが来ることがあったけど、鉱石を収納していくだけだったよ」
「まあ、家を収納して持ち歩くって大概発想がおかしいですよね……」

 俺は乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。
 家を持ち歩けるって言い出したのは、メリンダさんなんだよな。俺だったら思いつかなかった。

「それもあるが、大概風呂に執着ある奴がいないな」
「そうそう、俺たちみたいにたまにしか入れない奴ほどありがたがるけどよ」
「ああ、なるほど。それはそうかもしれません」

 日本は風呂文化だったからな。俺も風呂に数日入らないのは「耐えられる」ってだけで、できれば2日に一度は湯船にゆっくり浸かりたい。それができないなら、足を洗って全身を拭くくらいのことはしたい。埃っぽいまま寝るのは嫌だ。

「冒険者ですから歩くとどうしても埃まみれになりますし、空間魔法でベッドも持ち歩いてるんですが、汚れたままベッドに入りたくないんですよ。テントで寝てるならまた別なんですけどね」

 オブラートに包んで言ったけど、妙に目を潤ませたマッチョ鉱夫に囲まれて「わかる、わかるぞー!」と共感された。
 ありがたいけど、暑苦しいな!
 
「あんた、若いのにいろいろ凄いんだな! 名前を教えてくれないか?」
「俺はジョーと言います。オウルベア退治に行ったのはプリーストのサーシャ。そこにいてしゃがみ込んでそっぽ向いてるのは、風魔法使いのソニアです」
「も、もしかして『殴り聖女サーシャ』か!?」
「あー……そう言われてるのは確かですね」
「あんなに細い女の子だったんだな……信じられん」

 鉱夫たちの間でも名前が広まってるのか……。
 まあ、近隣の村やネージュから働きに来てる人がほとんどだろうから、おかしいことではないのかな。

「だからオウルベアをひとりで退治に……」

 物凄く納得されている。そりゃそうだな、「ドラゴンより強い」って評判が広まってるんだから。

 今回は食料は預かってきてないから、俺は野外にテーブルセットを出して特製麦粥を鉱夫たちに振る舞った。やっぱり食事は鉱山の中よりも、広々とした外でした方がいいに決まってる。

 麦粥は大好評で、「ネージュの蜜蜂亭で扱ってますよ」と宣伝したら、大いに喜ばれた。

 それが凶と出てしまったのか――。

「ジョー! ダイアウルフよ!」

 ソニアの鋭い声が飛ぶ。
 特製麦粥の牛乳とベーコンの匂いに釣られたのか、鉱山の周辺を切り拓いた森の奥で、金色の目が蠢いていた。


 ダイアウルフは危険な魔物だそうだ。
 人間すら食料にする。完全なる捕食者。
 ――まあ、1匹とはいえそれをつるはしで袋だたきにした鉱夫も凄いけど。

「やだー、どうしよう。私魔物にそんなに詳しくないのよー。オウルベアがつがい以外は単独行動ってくらいは知ってるけど。ダイアウルフの群れって概ね何頭くらいなのかしら」
「常にやつらは群れで行動してる。坑道の中に入ってきたのは若くて好奇心が強い奴だったんだろう。そこにいるのが全部と思っていいぞ!」

 ……冒険者のソニアより鉱夫の方が詳しいこの現実。まあ俺も人のことは言えないけど。
 
「森の中にいられたらこっちが不利だから、拓けた場所におびき寄せるわよ。ジョーも戦えるように準備しておいて」
「ソニア、逞しくなったね」
「あの師匠に鍛えられたら誰だって逞しくなるわ!」

 エリクさんの事を褒めてんだか貶してるんだかわからないな……。

 俺は夕食用にと持ち歩いていたウサギのローストを森の手前に放り投げた。
 殺人兎の肉は、普通の兎肉を焼いたのよりも匂いが強いらしい。
 それに反応して、森の中から次々とダイアウルフが飛び出してきた。2匹は兎肉を奪い合っているが、あぶれたダイアウルフはこちらに向かって唸りながらじりじりと近づいてきている。

 数は20頭匹程か、体が小さな個体もいるから、今年生まれた仔なのかもしれない。
 心が痛むけども……全て倒すしかないんだ。

「出てきたわね! 《斬裂竜巻ブレードトルネード》!」
「ソニアー! ここまで何度も禁止されててまだ使う!?」
「だってこれが群れに対して一番効果的なの……よ? ああっ、駄目! 逃げてー!」

 ソニアが打った《斬裂竜巻ブレードトルネード》は、ダイアウルフの方に向かわずにいきなり方向を変えて俺たちの方に向かってきた!
 これが! これが起きかねないから禁止してたのに!

「くっ!」

 慌てたせいで躓いた鉱夫のひとりに俺は手を伸ばした。自分が竜巻に巻き込まれることを覚悟した上で。
 俺の身に纏っているのは全属性防御の古代竜エンシェントドラゴンの革鎧だ。普通の魔物よりも――ましてや、防具らしきものを一切身につけていない普通の人間よりもずっと傷は浅くて済むはず!

 がむしゃらに手を伸ばし、掴んだ手を引っ張って俺は力一杯跳んだ。
 ――跳んで、あり得ないほど跳んで、鉱夫を抱えたままで10メートルほどもその場から離れていた。

 な、なんだ、この能力は……?
 今まで俺にこんな運動能力はなかったはずのに。
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