殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

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ネージュ編

41 新たな依頼。しかも名指し

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 翌朝になって人間に戻った俺は、帽子を被っていつもの宿屋へ向かった。
 俺だけではなく、タンバー神殿に向かった全員が揃っている。

 メリンダさんとサーシャが泊まっている部屋にぎゅうぎゅうになって、ギルドから払われた報酬を山分けした。さすがに金額が金額なので、大っぴらにやるのは危険すぎる。

「はぁ……18万7500マギル」
 
 金貨と銀貨の詰まった袋を抱きしめて、ソニアがうっとりとしている。
 傍から見たら怪しい守銭奴だな。

「ソニアさん、あとちょっとですね!」
「え、ちょっとじゃないわよ、3万マギル以上あるわよ? サーシャ、金銭感覚おかしくない?」

 一見的確ながら斜め上にずれた言葉で励ましたサーシャに対して、ソニアのツッコミが物凄く常識的だった!
 確かに、3人で分けるとしても10万マギルは稼がないといけない。元の世界で言うと100万円か……。

 高校生をしてたら稼げる金額じゃないけども、この世界だと稼げるんだよなあ。古代竜エンシェントドラゴンの方が儲かったけど。
 サーシャの強さと、テトゥーコ様から授かった空間魔法のおかげだ。俺自身が別に凄いわけじゃない。今回の依頼も、アーノルドさんたちと一緒だったから受けられたものだし。
 

 アーノルドさんたちと一旦別れ、俺たちは3人で今後の方針を相談していた。
 
「なるべくすぐに次の依頼も受けたいわね。危ないのは嫌だけど」

 ソニアは十分強いと思うけどなあ……。
 魔物と戦うのを考えたら卒倒しそうなんて前に言ってたけど、殺人兎キラーラビツトも0距離で倒してたし、幽霊ゴーストに至ってはシミターで白兵戦を挑んでたし……多分俺より強いし度胸がある。
 エリクさんとの特訓でめちゃくちゃ鍛えられたんだろうな。お互いに罵り合いながら。

「そうだね、ギルドでまた依頼を見てみよう。――あ、その前に、鍛冶ギルドに行きたいんだけどいいかな」
「鍛冶ギルドに寄ってから冒険者ギルドに行きましょうか。ジョーさんの体のこともありますし、無理のない依頼を見つけたいですね」

 それなあ……。
 持ち運べる家があって良かったとしか言えない。
 犬になっちゃうと服を自力で脱げないから、誰か男性がいてくれないと困るし……。
 犬になるギリギリ前に自分で先に脱いでおくのも手だけれど、全裸で待機していたくない。
 呪い以外の何にも思えないんだけど、呪いじゃないってどういうことだろうなあ……。


「コリンいるかな?」
「あっ、ジョー! 会いたかったよー!」

 俺が鍛冶ギルドの入り口で声を掛けた途端、コリンが走ってきて俺に飛びついた。
 何だろう、この感じ。凄く懐かしいな!
 学校に通ってた頃を思い出すよ。

「泡立て器なんだけどさ、できあがり次第クエリーさんの店に置かせてもらって、すぐ売り切れるんだ! ここんところ、ずーっと泡立て器作ってたよ!」

 そばかすの浮いた顔でニコニコと笑うコリンは凄く嬉しそうだ。
 自分の作ったものが認められるって嬉しいんだろうな。
 俺もベーコンはそんな感じ。

「おかげで細かい溶接とかが結構上達したんだ! ジョーには感謝だよー」
「そっかー。よかったよ。泡立て器のことが気になって来てみたんだ」
「今、発注が100個来ててさ、毎日毎日金属曲げてる。ジョーが最初に材料を買った分はもう完全に回収してて、今は俺の儲けで回ってるよ」

 コリンと話してると、友達と話してる気分になれていいな。
 レベッカさんが20個と言ったけど、それが即売り切れて100個の発注なら、堅い売れ筋商品なんだろう。

「ジョーか? いいところに来たな! 今は依頼を受けてるか?」

 コリンと話していたところへ来たのは、ギルド長の親方だ。
 俺はサーシャとソニアと顔を見合わせ、「今は受けてません」と答えた。
 これは、鉱石の輸送依頼かな。今なら受けられるけれども。

「この前話した鉱山からの鉱石の輸送と、魔物討伐を頼みたい。いいか?」
「魔物討伐も――ですか」
「どんな魔物が出るのかわかりますか?」

 少し困惑した俺に変わってサーシャが尋ねてくれる。

「オウルベアが主なんだが……厄介なことにダイアウルフの群れもいる」
「あ……それは、確かに危険ですね」

 サーシャが危険と言いながらちらりとソニアを見た。
 正直、俺も嫌な予感がした。「群れ」と言ったらソニアが《斬裂竜巻ブレードトルネード》を打つ、そんな予感しかない。ダイアウルフがどんな魔物かわからないけども、多分危険なのはソニアの方。

「だが、『殴り聖女サーシャ』ならいけるだろう? 了承してもらえればギルドに指名依頼を出すが。製錬所を作りたいから、周辺の魔物を一掃して、今溜まっている鉱石を運んできて欲しい。報酬は15万マギルでどうだ?」
「やりましょう!」

 即座に返事をしたのはソニアだった。
 だよなあ……この依頼を完了すれば、ソニアの30万マギルを貯めるという目標は達成されるからな。

「周辺というと、どのくらいでしょう」
「ダイアウルフの群れはひとつだから、そいつは殲滅して欲しい。オウルベアは縄張りがあるからな、10頭も倒せば近隣からはいなくなるはずだ。危険と思った場所からは逃げるくらいの知恵はある」
「そうですね。わかりました、お受けします。少々日数はいただくかもしれませんが……」
「なあに、構わねえよ。これで魔物が片付いて製錬所が作れるなら、今後のためにその方がいいからな。じゃあ、ちょっくら冒険者ギルドに行くか」

 あっさりと次の依頼が決まってしまった。
 でも、親方は確かに俺に鉱石の輸送を頼みたいって前に言ってたし、鍛冶ギルドに来た以上当然の流れだったのかもしれない。

「魔物討伐かぁ、俺にはとても無理だよ。ジョーたちは凄いね。気を付けてね」

 コリンはそんな言葉で俺たちを送り出してくれた。

 
 親方と一緒に冒険者ギルドに向かい、その場で依頼と受諾の手続きをする。
 眼鏡の男性職員からは「最近活躍してますねえ」なんて言われた。高額の指名依頼が多いから覚えられてるんだろうな。
 そして、冒険者ギルドで俺は意外な人物を見つけた。

「ヘイズさん!」
「おや? ジョーじゃないか。元気そうで何よりだよ。依頼を受けに来たのかい?」

 この都市に俺ともうひとりしかいない空間魔法使いのヘイズさんは、かつて俺が弟子入りしようとして、「教えられることはない」とすぐに断られてしまった相手だ。
 理由は俺が無詠唱で、ヘイズさんは自分のスキルと比べてそう言ったみたいだったけど。
 ヘイズさんは相変わらず穏やかそうだったけれども、少し痩せたみたいだった。

「はい、鍛冶ギルドからの依頼で、鉱石の輸送と鉱山周辺の魔物の討伐を」
「名指しか……名誉なことだな」

 俺の気のせいかもしれないけども、ヘイズさんの言葉尻に、皮肉るような響きが混じっていたように聞こえた。
 
「ヘイズさんは――」

 聞きたいと思っていたことはある。大工ギルドや鍛冶ギルドからの依頼を何故断るのか、と。
 けれど、それはヘイズさん自身のポリシーの問題だから、俺が踏み込むべき領域ではないのだ。寸でのところで俺は踏みとどまり、「お元気でしたか」と言葉を続けた。

「ああ、変わりないよ。私はね――私は」

 妙に引っかかる言い方だった。何かあったのかと俺は尋ねようとしたけれども、先にヘイズさんは「それでは失礼」とギルドを後にしてしまった。
  
「ヘイズさん、様子がおかしかったですね」
「サーシャもそう思う?」

 ――後から思えば、この時感じた違和感を、俺はその場で問い詰めておくべきだったのだ。 


 今回の目的地はファーブ鉱山。以前大猪ビツグワイルドボアの大規模討伐をしたウォカム山脈の南西の端にある鉱山だ。
 ネージュからの距離は、ガツリーよりも近いくらい。ただ、こちらは完全に山の中になるので、移動が少し大変だ。そして、そちらに向かう馬車もうまいこと捕まえられなかった。

「それでは、確認をしましょう」
「夕方のうちに家を出して、俺は犬になっても平気なように準備すること。その分朝は早めに出発すること。耳は触らないこと。それでいいかな」
「大丈夫よ」

 家を持ち歩くようになってから、変な話だけど出発の準備が簡単になった。夜営道具が必要なくなったからだ。
 俺たちは食料や水などを仕入れ、武器防具を確認し、そして最後の打ち合わせをしていた。

 名付けて「早く寝て早く起きればいいじゃない作戦」だ。
 俺もサーシャもソニアも朝は強い。だからこそできる運用。

「耳以外は触ってもいいですか?」

 サーシャが俺を見上げて聞いてくる。心なしか目が潤んでいる。
 そんな可愛い顔で見上げられたら、いいって言うしかできないじゃないか……。

「せ、背中くらいなら」
「んもー、せっかく犬なんだから抱き枕にしたっていいんじゃない? ねえ、サーシャ」
「抱き枕!? ジョーさんをですか? ひょえー!」
「却下! 全力で却下! ソニアは余計なこと言わないでくれよ!」
「ジョ、ジョーさんは私に触られるのが嫌ですか?」
「そ、そうじゃなくて……とにかく、見た目が犬でも中身は俺だから! 出発しよう!」

 サーシャがショックを受けたような顔をしてたけど、抱き枕にされたら理性が飛びそうだから却下なんだよ……。
 しかもそのまま眠って朝になったら俺が全裸とか、事案でしかない。

 はぁ……。
 前途多難だなあ。
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