殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

文字の大きさ
上 下
43 / 122
ネージュ編

41 新たな依頼。しかも名指し

しおりを挟む
 翌朝になって人間に戻った俺は、帽子を被っていつもの宿屋へ向かった。
 俺だけではなく、タンバー神殿に向かった全員が揃っている。

 メリンダさんとサーシャが泊まっている部屋にぎゅうぎゅうになって、ギルドから払われた報酬を山分けした。さすがに金額が金額なので、大っぴらにやるのは危険すぎる。

「はぁ……18万7500マギル」
 
 金貨と銀貨の詰まった袋を抱きしめて、ソニアがうっとりとしている。
 傍から見たら怪しい守銭奴だな。

「ソニアさん、あとちょっとですね!」
「え、ちょっとじゃないわよ、3万マギル以上あるわよ? サーシャ、金銭感覚おかしくない?」

 一見的確ながら斜め上にずれた言葉で励ましたサーシャに対して、ソニアのツッコミが物凄く常識的だった!
 確かに、3人で分けるとしても10万マギルは稼がないといけない。元の世界で言うと100万円か……。

 高校生をしてたら稼げる金額じゃないけども、この世界だと稼げるんだよなあ。古代竜エンシェントドラゴンの方が儲かったけど。
 サーシャの強さと、テトゥーコ様から授かった空間魔法のおかげだ。俺自身が別に凄いわけじゃない。今回の依頼も、アーノルドさんたちと一緒だったから受けられたものだし。
 

 アーノルドさんたちと一旦別れ、俺たちは3人で今後の方針を相談していた。
 
「なるべくすぐに次の依頼も受けたいわね。危ないのは嫌だけど」

 ソニアは十分強いと思うけどなあ……。
 魔物と戦うのを考えたら卒倒しそうなんて前に言ってたけど、殺人兎キラーラビツトも0距離で倒してたし、幽霊ゴーストに至ってはシミターで白兵戦を挑んでたし……多分俺より強いし度胸がある。
 エリクさんとの特訓でめちゃくちゃ鍛えられたんだろうな。お互いに罵り合いながら。

「そうだね、ギルドでまた依頼を見てみよう。――あ、その前に、鍛冶ギルドに行きたいんだけどいいかな」
「鍛冶ギルドに寄ってから冒険者ギルドに行きましょうか。ジョーさんの体のこともありますし、無理のない依頼を見つけたいですね」

 それなあ……。
 持ち運べる家があって良かったとしか言えない。
 犬になっちゃうと服を自力で脱げないから、誰か男性がいてくれないと困るし……。
 犬になるギリギリ前に自分で先に脱いでおくのも手だけれど、全裸で待機していたくない。
 呪い以外の何にも思えないんだけど、呪いじゃないってどういうことだろうなあ……。


「コリンいるかな?」
「あっ、ジョー! 会いたかったよー!」

 俺が鍛冶ギルドの入り口で声を掛けた途端、コリンが走ってきて俺に飛びついた。
 何だろう、この感じ。凄く懐かしいな!
 学校に通ってた頃を思い出すよ。

「泡立て器なんだけどさ、できあがり次第クエリーさんの店に置かせてもらって、すぐ売り切れるんだ! ここんところ、ずーっと泡立て器作ってたよ!」

 そばかすの浮いた顔でニコニコと笑うコリンは凄く嬉しそうだ。
 自分の作ったものが認められるって嬉しいんだろうな。
 俺もベーコンはそんな感じ。

「おかげで細かい溶接とかが結構上達したんだ! ジョーには感謝だよー」
「そっかー。よかったよ。泡立て器のことが気になって来てみたんだ」
「今、発注が100個来ててさ、毎日毎日金属曲げてる。ジョーが最初に材料を買った分はもう完全に回収してて、今は俺の儲けで回ってるよ」

 コリンと話してると、友達と話してる気分になれていいな。
 レベッカさんが20個と言ったけど、それが即売り切れて100個の発注なら、堅い売れ筋商品なんだろう。

「ジョーか? いいところに来たな! 今は依頼を受けてるか?」

 コリンと話していたところへ来たのは、ギルド長の親方だ。
 俺はサーシャとソニアと顔を見合わせ、「今は受けてません」と答えた。
 これは、鉱石の輸送依頼かな。今なら受けられるけれども。

「この前話した鉱山からの鉱石の輸送と、魔物討伐を頼みたい。いいか?」
「魔物討伐も――ですか」
「どんな魔物が出るのかわかりますか?」

 少し困惑した俺に変わってサーシャが尋ねてくれる。

「オウルベアが主なんだが……厄介なことにダイアウルフの群れもいる」
「あ……それは、確かに危険ですね」

 サーシャが危険と言いながらちらりとソニアを見た。
 正直、俺も嫌な予感がした。「群れ」と言ったらソニアが《斬裂竜巻ブレードトルネード》を打つ、そんな予感しかない。ダイアウルフがどんな魔物かわからないけども、多分危険なのはソニアの方。

「だが、『殴り聖女サーシャ』ならいけるだろう? 了承してもらえればギルドに指名依頼を出すが。製錬所を作りたいから、周辺の魔物を一掃して、今溜まっている鉱石を運んできて欲しい。報酬は15万マギルでどうだ?」
「やりましょう!」

 即座に返事をしたのはソニアだった。
 だよなあ……この依頼を完了すれば、ソニアの30万マギルを貯めるという目標は達成されるからな。

「周辺というと、どのくらいでしょう」
「ダイアウルフの群れはひとつだから、そいつは殲滅して欲しい。オウルベアは縄張りがあるからな、10頭も倒せば近隣からはいなくなるはずだ。危険と思った場所からは逃げるくらいの知恵はある」
「そうですね。わかりました、お受けします。少々日数はいただくかもしれませんが……」
「なあに、構わねえよ。これで魔物が片付いて製錬所が作れるなら、今後のためにその方がいいからな。じゃあ、ちょっくら冒険者ギルドに行くか」

 あっさりと次の依頼が決まってしまった。
 でも、親方は確かに俺に鉱石の輸送を頼みたいって前に言ってたし、鍛冶ギルドに来た以上当然の流れだったのかもしれない。

「魔物討伐かぁ、俺にはとても無理だよ。ジョーたちは凄いね。気を付けてね」

 コリンはそんな言葉で俺たちを送り出してくれた。

 
 親方と一緒に冒険者ギルドに向かい、その場で依頼と受諾の手続きをする。
 眼鏡の男性職員からは「最近活躍してますねえ」なんて言われた。高額の指名依頼が多いから覚えられてるんだろうな。
 そして、冒険者ギルドで俺は意外な人物を見つけた。

「ヘイズさん!」
「おや? ジョーじゃないか。元気そうで何よりだよ。依頼を受けに来たのかい?」

 この都市に俺ともうひとりしかいない空間魔法使いのヘイズさんは、かつて俺が弟子入りしようとして、「教えられることはない」とすぐに断られてしまった相手だ。
 理由は俺が無詠唱で、ヘイズさんは自分のスキルと比べてそう言ったみたいだったけど。
 ヘイズさんは相変わらず穏やかそうだったけれども、少し痩せたみたいだった。

「はい、鍛冶ギルドからの依頼で、鉱石の輸送と鉱山周辺の魔物の討伐を」
「名指しか……名誉なことだな」

 俺の気のせいかもしれないけども、ヘイズさんの言葉尻に、皮肉るような響きが混じっていたように聞こえた。
 
「ヘイズさんは――」

 聞きたいと思っていたことはある。大工ギルドや鍛冶ギルドからの依頼を何故断るのか、と。
 けれど、それはヘイズさん自身のポリシーの問題だから、俺が踏み込むべき領域ではないのだ。寸でのところで俺は踏みとどまり、「お元気でしたか」と言葉を続けた。

「ああ、変わりないよ。私はね――私は」

 妙に引っかかる言い方だった。何かあったのかと俺は尋ねようとしたけれども、先にヘイズさんは「それでは失礼」とギルドを後にしてしまった。
  
「ヘイズさん、様子がおかしかったですね」
「サーシャもそう思う?」

 ――後から思えば、この時感じた違和感を、俺はその場で問い詰めておくべきだったのだ。 


 今回の目的地はファーブ鉱山。以前大猪ビツグワイルドボアの大規模討伐をしたウォカム山脈の南西の端にある鉱山だ。
 ネージュからの距離は、ガツリーよりも近いくらい。ただ、こちらは完全に山の中になるので、移動が少し大変だ。そして、そちらに向かう馬車もうまいこと捕まえられなかった。

「それでは、確認をしましょう」
「夕方のうちに家を出して、俺は犬になっても平気なように準備すること。その分朝は早めに出発すること。耳は触らないこと。それでいいかな」
「大丈夫よ」

 家を持ち歩くようになってから、変な話だけど出発の準備が簡単になった。夜営道具が必要なくなったからだ。
 俺たちは食料や水などを仕入れ、武器防具を確認し、そして最後の打ち合わせをしていた。

 名付けて「早く寝て早く起きればいいじゃない作戦」だ。
 俺もサーシャもソニアも朝は強い。だからこそできる運用。

「耳以外は触ってもいいですか?」

 サーシャが俺を見上げて聞いてくる。心なしか目が潤んでいる。
 そんな可愛い顔で見上げられたら、いいって言うしかできないじゃないか……。

「せ、背中くらいなら」
「んもー、せっかく犬なんだから抱き枕にしたっていいんじゃない? ねえ、サーシャ」
「抱き枕!? ジョーさんをですか? ひょえー!」
「却下! 全力で却下! ソニアは余計なこと言わないでくれよ!」
「ジョ、ジョーさんは私に触られるのが嫌ですか?」
「そ、そうじゃなくて……とにかく、見た目が犬でも中身は俺だから! 出発しよう!」

 サーシャがショックを受けたような顔をしてたけど、抱き枕にされたら理性が飛びそうだから却下なんだよ……。
 しかもそのまま眠って朝になったら俺が全裸とか、事案でしかない。

 はぁ……。
 前途多難だなあ。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

処理中です...