殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

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ネージュ編

36 霊感0の俺に見える幽霊は幽霊じゃない

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 神殿の1階部分は、泉のある小さな広場を中心に小部屋が連なっていた。その最奥に、2階への階段がある。
 

「あまりにも同じ大きさの部屋が多すぎる。現地で実物を見ないとなんとも言えないが、これは、信者や神官のための部屋だったと思っていいんじゃないか?」
「確かにそうですね。実物を見ないと一部屋の大きさがわからないですが、宿屋っぽい感じです」
 
 出発前にレヴィさんと見取り図を見ながら話してたんだけど、どうもこの小部屋は神官たちの部屋になったり、神殿にやってくる信者のための宿泊施設として使ってたんじゃないかと思われた。
 大きい部屋は確かにあるんだけど、泉に近かったり、数が少なかったりで、これは厨房とか食堂とかじゃないか、と。

 元々サブカハのタンバー神殿は、この辺りに大都市があったから建ったのではなくて泉を中心に造られたものだから、巡礼のようにやってくる信者には宿泊場所が必要だろう。

 ――という理屈はわかるんだけど。
 その小部屋ひとつひとつをチェックしていくことになる、後の世の俺たちの苦労を少しは考えて欲しかった。無理だけど。

 どの部屋もがらんとしていて、特にものは残されていない。広さは、宿屋の4人部屋くらいだった。
 そして壁にはランタンのようなものが取り付けられていて、それが室内を照らしていた。
 これは、どういう動力なんだ? この世界に電気の照明があるとは思えないし。

「おかしいわ、魔法設備が稼働してるなんて。魔力はどこから?」

 メリンダさんが険しい顔で考え込んでいる。一方、もうひとりの魔法使いであるソニアは物珍しげにランタンを眺めていた。

「これ、魔力で動いてるの? 凄いわね。なんでこんな便利なものが今残ってないのかしら」
「現物が残ってても、作れる技術がある人間がいなくなっちゃったのよ。遺跡を探索するとたまに見るわ。でも、動作してるのを見たのは初めて」

 ロストテクノロジーってやつか。まあ、元の世界でも「ルネサンス期に作られた宝飾品だけど、今の技術では作れない」なんてものもあったしなあ。
 人間の技術って進歩していく一方じゃないんだなあ、と俺が感慨深く思っていたとき――。

 オオオオン…………。
 オオオン……。

 性別年齢全く不明の、むせび泣くような声が辺りに響いた。
 ぶわり、と総毛立つ感覚が俺を襲う。
 あれは、ヤバい。絶対にヤバい。俺でもさすがにわかる!

「サーシャとコディは俺とギャレンの武器に祝福を! メリンダとソニアはいつでも魔法を打てるように準備だ! レヴィはジョーを……」
「駄目です! ソニアに室内で魔法を使わせちゃ駄目です!」
「ソニアさんに魔法を使わせないでください!」
「お、おう?」

 アーノルドさんの指示が素早く飛ぶ中、俺とサーシャが同時に叫んだ。
 アーノルドさんは困惑し、ソニアは顔を覆ってしゃがみ込んでいる……。

「どういうことだ? まあ、とりあえず後回しだ。今の声は俺の経験上幽霊ゴーストの可能性が高いとみた。そのつもりで準備をしてくれ」

 お、お兄ちゃん、こういう時は頼りになるんだな!!

「ベネ・ディシティ・ホク・ティルム・イナ・オミーネ・ディアム・ロン・ネリ・テットゥーコ!」

 いつも聞いているのと少し違う呪文をサーシャが唱える。すると、アーノルドさんの剣が輝き始めた。同じようにコディさんもギャレンさんの武器に祝福を与える。

「それじゃあ、ソニアは……」
「……私は大丈夫よ、不本意だけどこれがあるから」

 ソニアは腰に下げていたシミターを手に取っている。魔法を使うなと言われて白兵戦に切り替えるつもりらしい。
 まさか、エリクさんから餞別にともらった剣がこんなところで役立つとは思わなかったな。

「祝福は必要か?」
「いえ、要らないわ。気合いで斬れるもの」

 ソニアに当たり前のように言い切られると納得しそうになるんだけど、幽霊って気合いで斬れるのか……?

「幽霊のいいところって、物理攻撃をしてこないところよね」
「そうですね。私たちプリーストの攻撃は無条件で効きますし、さっきのアヌビスよりは余程やりやすい相手ですよね」

 メリンダさんとサーシャの、魔法職同士が言ってることが本当に訳わからない……。

 そして俺たちは今度はコディさんを先頭に、幽霊の気配を探りながら神殿の中を進み始めた。
 なんでコディさんが先頭かというと、一番ビビりで霊の気配に敏いから。
 不憫だ……。

「こっちです。行きたくないけど」
「この先を右に行ったところに気配がありますね。行きたくないけど」

 いちいち語尾に「行きたくないけど」が付いてるけど、俺も同意見。

 そして、コディさんが指示した曲がり角のところで、武器を構えたアーノルドさんとサーシャがコディさんの前に出た。

「いたぞ!」

 アーノルドさんの声に、幽霊の胸を引き裂くように悲痛な叫びが被さる。
 勇者の声に応えるように飛び出してきたのは、半透明のいかにもな人影だった!!

「あれが幽霊ー!?」

 俺は叫んで思わずふらついた。
 マジで! マジで! ホラー映画に出てくる幽霊そのまんま!
 顔は苦悶に満ちていて、人の姿をしているのに向こう側が透けて見える。そして輪郭は若干ぼやけていて……。

 有り体に言うと――ないわ。あり得ない。全面的に拒否。

「俺に見える幽霊なんておかしいだろー!」

 思いっきり叫ぶと俺は酸欠を起こしたようにふらりとして、レヴィさんに支えられた。
 
「いや、幽霊ってあんなものだぞ?」
「元の世界の幽霊は、こんなに存在感なかったんですよ! 俺見たことなかったですもん!」
「ジョーさん……そ、その話は」
「元の世界って、何のことだ?」

 レヴィさんに困惑気味に尋ねられて、俺は恐慌状態から我に返った。
 し、しまったー!!
 また口を滑らせてしまった!

「その話は後だ、いいから片付けるぞ!」

 あああ、お兄ちゃんー! お兄ちゃんが助け船を出してくれた!
 アーノルドさんの一言で、サーシャとソニアがすかさず前に出る。ギャレンさんは後ろを警戒。この人が後ろを守ってくれていると凄く安心感がある――普段なら。

「ひ、ひぃぃ……」

 でも今はそれどころじゃなかった。
 安心できるわけがない!
 だって相手、幽霊だぞ!?

 人間が怖いものに遭遇したとき、2通りの行動パターンがある。
 怖いので見ないようにするパターンと、怖いから見てしまうパターン。注射なんかがわかりやすい例。
 そして、俺は「目を離した隙に隣に幽霊がいました」なんてシチュエーションが恐ろしすぎて、怖いものを凝視してしまうパターンの方だった。

 10体以上はいるであろう幽霊に、光る武器をかざしたアーノルドさんと、いつものメイスを振りかぶったサーシャと、なんでもないシミターを持ったソニアが向かっていく。
 アーノルドさんとサーシャはともかく、ソニアが普通にシミターでざっくりと幽霊を切り裂いていて、俺は目を疑った。

 3人からの攻撃を受けた霊は、そのまま姿が薄くなって消えていった。それはそれとして。

 幽霊に気合いが効くって話、本当だったのか……。それとも、「魔力量だけは凄い」ソニアだから、だろうか。

「上等上等。魔法の援護は要らないみたいね」

 妙にのんびりしたメリンダさんの声で、俺はふらふらとその場に座り込んでしまった。
 いや、はっきり言うと、腰が抜けた。


 その場にいた幽霊を全て片付けた後、通路にへたり込んだ俺を見て、サーシャとソニアが同時にため息をついた。

「ジョーさん、幽霊が苦手だったんですね。そういう人は多いですが、口を滑らせすぎですよ」

 とうとうサーシャにも呆れられてしまったよ……。

「さっきのジョーの話、どういうこと?」
「ああ、『元の世界』なんて、まるで別の世界にでもいたような」
「……レヴィさんの言う通りです」

 俺は座り込んだまま、力の抜けた声で答えた。
 もうこれで何人目だ?
 もしかしたら秘密にしなくてもいい話なのかもしれないけど、俺としてはあまり好奇の目にさらされたくはない。
 それと、一応神様の面子のことを考えて今まで親しい人にも黙っていた。

 俺の元の世界からの転移と、それによって無詠唱空間魔法を得たことを説明すると、今までそれを知らなかったメリンダさん、ギャレンさん、レヴィさん、コディさんの4人は酷く驚いたようだった。

「無詠唱空間魔法って前例がないって思ってたけど、そういう経緯だったんですね」

 コディさんがしみじみ呟く。そこまで言われるほど無詠唱って大変なことなのか……。

「剣聖も4属性魔法も凄いのに、よりによって空間魔法にしたのねえ。まあ、おかげで私たち助かってるけど」

 そうだ、あの時は「戦いたくないから」って空間魔法を選んだんだっけ。
 それなのに、今は当たり前に冒険者をしていて、日々殺人兎キラーラビツトのドロップキックを盾で受け流したりしている。

 なんでこんなことになったんだろうな、とぼんやり記憶を探ったら、出会った日のサーシャの泣き顔が胸に蘇ってきた。

 ああ、そうだ。
 俺はサーシャと一緒にいたくて、冒険者をやることにしたんだった。

「大丈夫ですか、ジョーさん。回復魔法を掛けますね」

 ひとり、心配そうに俺を見て回復魔法を詠唱してくれるサーシャに、俺は胸の中のありったけの気持ちを込めて呟いた。
 

「ありがとう、サーシャ」
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