殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

文字の大きさ
上 下
37 / 122
ネージュ編

35 どうしてホラー映画では廃墟に夜忍び込むのか 

しおりを挟む
 タンバー神殿へはネージュから片道約2日。
 けれど、俺たちは身軽なことで距離を稼げていて、2日目の夕方には神殿を目視できる場所に辿り着いていた。

 見た目は……黒いピラミッド? なんであんな構造にしたんだろうか。しかも内部は2階建てなんだよな。ピラミッド型にした意味がわからない。
 俺的な感想は「石の無駄遣い」。

 そして、遠目で夕方にも関わらずそんなことがはっきりわかったのは、神殿の周囲に煌々と篝火が焚かれていたからだ。
 あれは……誰が焚いたんだろう?
 誰か中にいるのだろうか。

 それにしても――。

「すみません、僕は近寄りたくないとか言ったら……駄目ですよね」

 腰が引けてるコディさん。

「なにあれ、内部どうなってるの? こんなに澱んでる神殿なんて見たことないわ」

 既にげっそりしてるメリンダさん。

「酷いですね……早く原因を探って、あの穢れを祓って差し上げないと。このままではカンガ以外の都市にも影響が出てしまいます」

 今日も天使なサーシャ。

「うわぁ、明らかにアレね。絶対中はうじゃうじゃよ。気合い入れて殴らないと駄目ね」

 既に幽霊をぶん殴ろうとしてるソニア……。


 魔法職たちの「空気読み」に対して、俺を初めとする物理攻撃組は空気が澱んでるとかさっぱりわからない。
 俺は一応魔法使いだけど、魔力があるわけでもなく、霊的なこともわからない。
 アーノルドさんとギャレンさん、そして俺は「見た目異様だけど空気おかしいの?」レベルの認知度。レヴィさんだけはうっすら何か違和感を感じるらしい。

「じゃ、行くか!」

 そんな中、元気よく声を張ったのはアーノルドさんだった。
 えええええ! これから夜になるのになんでわざわざ「死の神殿」に入ろうとしてるんだこの人!
 俺には絶対わからない感性の持ち主だな、毎度毎度!

「今日はここで1泊じゃないんですか? これから夜になりますよ?」
「中でどのくらい掛かるかわからないし、あの様子なら中も灯りがあるだろう。見たところ確かに黒い犬型の護り手らしきものがいるが、あれは実体だ。俺の攻撃は普通に効く。中に物理攻撃が効かない魔物がいても、サーシャとコディで武器に祝福を掛けて、メリンダとソニアが魔法を使えば問題ない。さっさと片付けて、さっさと帰ろう。行くぞー」

 サーシャの「一狩り行こうぜ」感覚、この人の影響だったのかー!!

「霊だったら夜の方が強くなるとかないんですか!?」
「多少はあるけど……このパーティーの戦力から考えると誤差の範囲内よ。そもそも、この人選なら対応可能と見定められての依頼だから大丈夫。ぱぱっとやっちゃいましょう」

 メリンダさんもさらっと言うなあ。
 困惑してるのは俺だけなのか!?

「あの……明日の朝になってから突入とかじゃ駄目なんですかね……?」

 我ながら情けない声が出たぞ。今回ばかりは自分とは思えないほど弱々しいのがわかる。

「ジョーさん、この位置で家を出してゆっくり寝られますか? あれを見て落ち着いて寝られますか?」
「……寝られないです」
「じゃ、行きましょう」

 まさに俺の今の状態は、心霊映画を触りだけ見てしまった状態!
 このまま寝ようとしたら、「夜中に足を引っ張られそう」とか怯えるだろうし、見張りの番が回ってきたら泣きそうになるだろう。泣かないけども。

 だったらいっそ、片付けてしまった方がいいのか……?

 俺がそんなことを考えている間に、サーシャは俺の腕を組んで引きずるようにして歩き出していた。
 嬉しいけど辛い!

  
 神殿の周囲は明るく、近づくにつれて俺の目にも「護り手」の姿がはっきりとわかるようになってきた。
 細い耳がピンと立っていて、すらりとした体躯の大型犬。俺にはそう見える。
 ただ、ただの犬ではないなというのは、首の周りに金色の模様が入っていて、全身黒の毛を彩っていることからもわかる。

 なんか、見たことある。エジプト的な何かで。
 壁画の中で顔だけ横を向いてる感じで。
 あれは頭が犬なだけの神様だったはずだけど。

 サーシャとコディさんが補助魔法を掛け始める。呪文の詠唱が終わると、アーノルドさんは両手を挙げて剣を腰に下げたままで遺跡に歩み寄った。

「俺たちはこの神殿の穢れの原因を探り、解決しに来た。ただ戦いに来たわけじゃないんだ。入れてもらえないか?」

 まさかの交渉に俺は度肝を抜かれていた。
 確かに神殿の入り口を守るように両脇を固めているから、神獣的な感じで言葉が通じる可能性もあるのかもしれないけど。

「あれはアヌビス。霊界神タンバーの聖獣よ。本当ならばまず実体化していないんだけど、それだけの異変が中で起きているのは間違いないわね。神殿の入り口を守護しているのは間違いないけど、言葉が通じるほど正気を保っているかどうかは賭けね……」

 戸惑う俺にメリンダさんが説明してくれた。
 そうか、アヌビスか。名前は聞いたことがある。あくまで聞いたことがある、レベルだけど。

「ガルルゥ……」

 2頭の聖獣は、姿勢を低くしてアーノルドさんを威嚇した。伝わってくるのはビリビリとした敵意だ。
 神殿を守護するという役割だけは持ったまま、人と通じ合う正気は失ってしまったのか。
 それは、なんだか悲しいな。

「駄目か、ならば仕方ないな。行くぞ、サーシャ!」
「はいっ!」

 アーノルドさんの遥か後ろから、サーシャが風のように走って行く。大ぶりの剣を抜いたアーノルドさんとサーシャが1頭ずつの聖獣を相手取った。

 飛びかかりながらアヌビスが吐いた火の玉を、アーノルドさんが剣で防ぐ。続く爪の攻撃も剣でパリィした。
 攻撃をはね除けられたアヌビスは空中で回転すると音もなく着地した。犬の姿をしているけども、まるで猫のような身のこなしだ。

「メリンダ!」
「《暴風斬ストームブラスト》!」

 着地したアヌビスとタイミングを合わせるように、アーノルドさんが後ろに飛び退き、メリンダさんが風魔法を打つ。
 メリンダさんの放った魔法は、ソニアの魔法と違って正確にアヌビスにヒットした。《旋風斬ウインドカツター》と違うのはひとつひとつの風の刃が小さいこともだけど、当たる面積が圧倒的にこちらの方が多い。

 《旋風斬ウインドカツター》がバズーカ砲だとしたら、《暴風斬ストームブラスト》はサブマシンガン。そのくらいの違いがあるみたいだ。全てを避けるのはかなり難しいだろう。
 思わず唸ってしまうようなさすがの連携だ。メリンダさんの《暴風斬ストームブラスト》はアヌビスの毛を抉り、あちこちから血を滲ませていた。
 そこへアーノルドさんの剣が、狙いを過たずに振り下ろされる。
 一瞬にして、聖獣の首と胴は離れて転がっていた。

 そしてサーシャの方は――。

「必ずこの神殿を元の通りにしますから、どうか安らかな眠りを……」

 既にアヌビスを倒して、祈りを捧げていた。
 早い。やっぱり圧倒的に強い……。


 神殿の入り口はぽっかりと開いていて、ひんやりとした空気が流れてくる。
 先頭はアーノルドさん、その後ろにレヴィさんとサーシャ。殿しんがりはギャレンさんでその前がコディさん。物理に弱い俺とメリンダさんとソニアを間に挟んで、前後にプリーストを配置、壁役タンクのギャレンさんが後ろを守るという形だった。

 墓でよく見るような黒い石でできた通路を抜けると、まるで坪庭のような空間が現れた。
 そこだけが土のままの地面で、澄んだ水を湛えた泉がぽつんと存在している。
 重苦しい空気の中でその泉だけが、奇妙なまでに清々しい空気を纏っていた。
 
「さすがにここは穢れてませんね」
「これが、タンバー神殿がかつてこの地に作られた理由だそうよ。『聖なる清き泉』。サブカハというのはこの泉を指した古い言葉なんですって」

 壁には等間隔にやはり篝火が焚かれているので、暗いと思うような場所はない。
 だから俺にも、その泉の美しさはよくわかった。
 イスワで見たような、本当に透き通った美しい水だ。聖なる清き泉という呼ばれ方もしっくりくる。

「これって、聖水的な働きとかあるのかな?」

 わざわざ神殿で囲ってあるくらいだから、神秘的な何かがあるのかもしれない。俺がそれを期待して問いかけたけども、コディさんが首を振って否定を示す。

「いえ、これ自体はただの水です。神は宿っていません。――つまり昔は、清らかな湧き水がそれほどまでに貴重だったということだと思います」
「ああ、そういうことか」

 だったら、と俺は泉の水をごっそりと魔法収納空間へ入れた。
 さっきアヌビスが火を吐いていたから、もしかするとこの水が役に立つかもしれないと思いながら。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

異世界に来たからといってヒロインとは限らない

あろまりん
ファンタジー
※ようやく修正終わりました!加筆&纏めたため、26~50までは欠番とします(笑)これ以降の番号振り直すなんて無理! ごめんなさい、変な番号降ってますが、内容は繋がってますから許してください!!!※ ファンタジー小説大賞結果発表!!! \9位/ ٩( 'ω' )و \奨励賞/ (嬉しかったので自慢します) 書籍化は考えていま…いな…してみたく…したいな…(ゲフンゲフン) 変わらず応援して頂ければと思います。よろしくお願いします! (誰かイラスト化してくれる人いませんか?)←他力本願 ※誤字脱字報告につきましては、返信等一切しませんのでご了承ください。しかるべき時期に手直しいたします。      * * * やってきました、異世界。 学生の頃は楽しく読みました、ラノベ。 いえ、今でも懐かしく読んでます。 好きですよ?異世界転移&転生モノ。 だからといって自分もそうなるなんて考えませんよね? 『ラッキー』と思うか『アンラッキー』と思うか。 実際来てみれば、乙女ゲームもかくやと思う世界。 でもね、誰もがヒロインになる訳じゃないんですよ、ホント。 モブキャラの方が楽しみは多いかもしれないよ? 帰る方法を探して四苦八苦? はてさて帰る事ができるかな… アラフォー女のドタバタ劇…?かな…? *********************** 基本、ノリと勢いで書いてます。 どこかで見たような展開かも知れません。 暇つぶしに書いている作品なので、多くは望まないでくださると嬉しいです。

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

群青の軌跡

花影
ファンタジー
ルークとオリガを主人公とした「群青の空の下で」の外伝。2人の過去や本編のその後……基本ほのぼのとした日常プラスちょっとした事件を描いていきます。 『第1章ルークの物語』後にタランテラの悪夢と呼ばれる内乱が終結し、ルークは恋人のオリガを伴い故郷のアジュガで10日間の休暇を過ごすことになった。家族や幼馴染に歓迎されるも、町長のクラインにはあからさまな敵意を向けられる。軋轢の発端となったルークの過去の物語。 『第2章オリガの物語』即位式を半月後に控え、忙しくも充実した毎日を送っていたオリガは2カ月ぶりに恋人のルークと再会する。小さな恋を育みだしたコリンシアとティムに複雑な思いを抱いていたが、ルークの一言で見守っていこうと決意する。 『第3章2人の物語』内乱終結から2年。平和を謳歌する中、カルネイロ商会の残党による陰謀が発覚する。狙われたゲオルグの身代わりで敵地に乗り込んだルークはそこで思わぬ再会をする。 『第4章夫婦の物語』ルークとオリガが結婚して1年。忙しいながらも公私共に充実した生活を送っていた2人がアジュガに帰郷すると驚きの事実が判明する。一方、ルークの領主就任で発展していくアジュガとミステル。それを羨む者により、喜びに沸くビレア家に思いがけない不幸が降りかかる。 『第5章家族の物語』皇子誕生の祝賀に沸く皇都で開催された夏至祭でティムが華々しく活躍した一方で、そんな彼に嫉妬したレオナルトが事件を起こしてミムラス家から勘当さる。そんな彼を雷光隊で預かることになったが、激化したミムラス家でのお家騒動にルーク達も否応なしに巻き込まれていく。「小さな恋の行方」のネタバレを含みますので、未読の方はご注意下さい。 『第6章親子の物語』エルニアの内乱鎮圧に助力して無事に帰国したルークは、穏やかな生活を取り戻していた。しかし、ミムラス家からあらぬ疑いで訴えられてしまう。 小説家になろう、カクヨムでも掲載

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...