殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

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ネージュ編

34 死の神殿への出発とイケメン補正

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 サブカハのタンバー神殿探索が、正式にギルドから俺たちに依頼された。
 といっても、先に調査に行った冒険者が中に入れていないから、状況は全くわからない。
 霊界神の神殿であり、死と密接に関わっていることはわかるが、中の様子はネージュのタンバー神殿に残っていた見取り図でわかること以外は不明だ。

「幽霊とか出たりするんです?」

 俺は極力声が平坦になるように尋ねた。
 幽霊は……俺は見たことないけど、怖い番組や動画を見た後風呂でシャンプーするのが怖い程度には苦手だ。
 
 今は準備中。2パーティー合同で装備の確認や、持ち物の整理をしているところ。
 ベッドは簡単なものを買うことができて、人数分揃えることができた。
 石の床に毛布だけで寝るのと、ベッドに寝るのでは疲れの取れ方が違うし、俺的にはかなり大事なところだ。

「出るんじゃないのー?」

 杖の状態を確認しながら、メリンダさんが物凄く軽く言う。出ようが出るまいが関係ないって感じだな。
 
「ジョー、幽霊が怖いのか? 大丈夫だ、お兄ちゃんがぶっ飛ばしてやるからな!」

 ウザい兄であるアーノルドさんが、言わなくてもいいことを言う。そして、ずっと疑問なんだけど、幽霊に物理攻撃って効くんだろうか。

「剣で幽霊に攻撃が通るんですか?」
「大丈夫だ。うちにはプリーストがふたりいるじゃないか」
「そうかー!」

 思わず大声で叫んじゃったよ。
 そうか、プリーストといえば神に仕える職業!
 霊相手なんてお手の物……のはず。

「武器に祝福を与えるんですよ。それで実体がない敵にも攻撃することができるんです。さすがに私もこれは他の人に掛けられますから安心してください」

 サーシャがにっこりと笑う。その笑顔で俺は本当に安心することができた。

「霊だったら、気合いを入れて殴るとそれだけでも割と効くわよ」
「ソニアは……多分別格」

 とんでもないことをさらりと言ったソニアの言い分は無視することにした。
 魔力量「だけ」で言えばトップクラスという人間が霊を拳で殴る……そりゃ、確かに効きそうだよ。でも俺には魔力は多分ないからな。
 
「この見取り図によると、神殿の2階部分が大広間になっているな。1階は小部屋が集まってるのか。神殿にしては珍しい造りだ」

 レヴィさんは冷静に見取り図を確認している。
 確かに、地図は重要だよな。
 俺はレヴィさんに並んで、ひたすら地図を頭に叩き込むことにした。
 室内戦闘になると、多分俺の出番はあまりない。
 できることがないわけじゃないけど、うんと狭まってしまう。

「黒い犬型の護り手がいたって情報があっただろう。神殿の奥を確認するにはまず間違いなく戦闘になるな。ところでジョー、盾の練習は続けたか?」
「はい、ギャレンさん。殺人兎キラーラビツト15匹くらいと戦いましたよ。まあ、俺はあっちの攻撃を盾で受ける一方で、倒したのはソニアですけど」
「お前はそれでいいんだ。とにかく身を守る術を身につければな」

 ギャレンさんがニッと笑って見せた。
 俺とサーシャは最年少で、その他の人たちはみんな年上で、そしてほとんどは先輩冒険者で。
 そういう人たちが当たり前のように俺のことを気遣ってくれるのがわかって、なんだか胸が温かくなった。

 アーノルドさんのパーティーは、確かにサーシャにとっては愛着があっただろう。
 俺だってこの居心地の良さを知った後だと、追放されたら泣くと思う。
 特にアーノルドさんは俺とサーシャには良くしてくれるし。――サーシャを追放したあの時、どんな気持ちだったんだろうな。
 大の大人が、それも勇者と言われる人が、道で涙をこぼすほどの痛みを選んだのか……。

「サーシャ」
「なんですか、ジョーさん」
「俺とパーティーを組んで、ソニアが入って3人になって――それでアーノルドさんたちと合同で依頼を受けられて、良かったよね」

 そう、別パーティーだからこその「合同」なのだ。1パーティーでは対応しきれないと判断されたとき、一緒に力を合わせることができる。
 サーシャがあの時俺を誘ってくれたから、この今がある。
 異世界で心細く思うこともあまりなくて、俺の隣にはいつもサーシャがいてくれて、今は知り合いが増えて「この世界の日常」を俺は送れるようになった。

 サーシャが、一緒にパーティー組もうと言ってくれたから。

「初めて会ったとき、サーシャがパーティーに誘ってくれて良かったよ」
「ジョーさん……そう言ってもらえると、私も嬉しいです」

 俺とサーシャが微笑み交わしていると――。

 無言になった周囲からの、ニヤニヤ笑いが俺たちを取り囲んでいた!!
 完全に、場所とタイミング間違えたよ……。


 荷物は全部俺の空間魔法で収納。
 身軽な状態で俺たちはネージュを出発した。
 死の神殿、という二つ名に最初俺とソニアはビビっていたが、幽霊が出ると聞いて逆にソニアは「ならいいわ」と開き直り、俺はプリーストの存在を心の支えにしている。
 もし幽霊が出たら、サーシャとコディさんが本当に頼りだ!

「荷物が軽いと進みが早いな!」
「本当に空間魔法は便利だな」

 歩き始めて数時間、アーノルドさんとレヴィさんが心底感心したというように言う。

「1パーティー5人までって制約がなければ、みーんなまとめて同じパーティーになったっていいのになあ。ジョーの空間魔法が便利すぎる」
「アーノルド、崇敬散るわよ、また」
「それがあったか……ともかく、こうしてサーシャたちと一緒に依頼を受けられて俺は嬉しいよ」
「1パーティー5人までの制約ってどういうことですか?」

 俺は疑問に思っていたことを尋ねてみた。あら、とメリンダさんが意外そうな顔をしている。

「ギルドで登録したとき説明されなかったの? 5人までっていう制約があるのよ。理由は、それが一番生存率が高くなるから。プリーストの補助魔法は、最大5人にしか掛けられないの。つまり6人だと誰かがあぶれるから、あぶれた人間が危険になるのよね」
「人数が多い方が基本的には安全になる。だから、今回はプリーストふたり体制での2パーティー合同ということなんだ。もしサーシャがプリーストじゃなくて、8人の中にプリーストがコディだけだったら、別のパーティーに依頼が行ってただろうな」

 メリンダさんとアーノルドさんの説明を聞いて、俺はなるほどと頷いた。
 ……待てよ?

「サーシャの補助魔法は俺とソニアには掛からないけど、大丈夫なんですかね?」

 俺の一言で、ピシッと空気が凍った気がした。
 しまった、と顔に書いてある人が複数。
 
「だだだだ大丈夫じゃないの? 戦闘になったら基本的にジョーは退避していることになるし、ソニアの魔法は補助魔法を掛けない方がいいって副ギルド長が言ってたわよ」

 メリンダさん、目一杯挙動不審になってるし変な汗掻いてるみたいだけど!
 でも、ソニアの魔法は補助魔法を掛けない方がいいっていうのは俺も同感だ。制御が下手なのにあれ以上魔力が上がったら大問題にしかならない。
 エリクさん、そんなことをメリンダさんに言っていたのか。手回しがいいな。 

「ジョー! お前のことはお兄ちゃんが絶対守ってやるからな!」
「あー、はいはい、お願いします」

 勇者に暑苦しく抱きしめられ、俺は人生で一度も口に出したことがないほどおざなりな返事をしてしまった。

 
 その日は予定よりも進みが早く、日が傾き始めた頃に家を出して休むことになった。風呂は全員入る時間がないから、今日は入れない。風呂場で簡単に足を洗って湯で体を拭くだけだ。それができるだけでもありがたい。
 
 俺は野外活動で「風呂に入れない」って状況は割と慣れがあるんだけど、現代日本の毎日風呂に入るのが当たり前の生活を送ってると、風呂に入れないのがストレスになる人は多そうだな。
 ――改めて考えてみると、俺って異世界適性が高いのかもしれない。

 魔法収納空間に入れていたできたてほやほやの温かい料理を、石造りの家の中でテーブルで食べる。
 外で料理をしても良かったけども、せっかく時間が止まる空間魔法があるのだからと、レベッカさんに料理を注文しておいたのだ。
 そして、ひとりずつ見張りは立てるけどもベッドで眠る。
 テント代わりどころじゃなくてこれはもう立派なロッジだ。とても快適。

 翌朝、すっきりと目が覚めると、風呂場で冷たい水で顔を洗ってさっぱりとした。
 その時に若干気になるのが、うっすら生えている髭。
 俺はまだかなり薄いから少しだけ気になるなという程度だけど、アーノルドさんとかどうなんだろう。ギャレンさんは元々髭はある程度伸ばしているから関係なさそうだけど。
 普段宿屋では別の部屋に泊まっているから、そういえば同じ空間で目を覚ますのって初めてかもしれない。

「おはようございます、ジョーさん。やっぱりベッドで寝られるのはいいですね」
「おはよう、サーシャ。ベッドを買って正解だったね。あ、アーノルドさんもおはようございま……」
「おはよう! サーシャもジョーも今日も元気だな」

 俺は思わず挨拶の途中で言葉を切ってしまった。
 アーノルドさんの口周りには、一切髭の痕跡がない。
 え? 185はありそうな高身長で体格も男らしいのに?
 ホルモンどうなってるんだ?

「アーノルドさん、髭は生えないんですか?」
「俺は生えたことがないんだ。おかげで楽してる」

 朝から爽やかな笑顔。
 そうか。これがイケメン補正!!
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