殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

文字の大きさ
上 下
34 / 122
ネージュ編

32 泡立て器と小さな疑念

しおりを挟む
 サブカハのタンバー神殿を調査に行った冒険者が戻るまでには、約4日かかるそうだ。
 その間に俺たちはただ待機しているのももったいないので、薬草摘みの依頼や殺人兎キラーラビツトとの修行をこなしていた。
 
 それとあとふたつ。
 ひとつ目は大工ギルドへ行って風呂桶の発注。四角い枡状のものに脚を付け、底に栓をすることで排水する仕組み。
 ヒノキは生憎なかったけど、存在はしてるらしくて、ときどき入荷するらしい。
 とりあえず、今回は木は何でもいいので作ってもらって、ヒノキが入ったらその時にも作ってもらえるように頼んでおいた。

 ふたつ目は、鍛冶ギルドへ行って、泡立て器を図に描いて作れる人はいないかと訊いたことだった。
 鍛冶ギルドのマスターと図を見ながら相談していたら、俺と同じくらいの年頃に見える青年が横から図を覗き込んできた。

「親方! これ、俺が作ってみたいです!」
「おお、コリン、やる気だな。まあ俺も作り方は考えていたが、まずはお前がやってみろ」
「はい! ありがとうございます!」

 コリンと呼ばれた青年は、明るい茶色の髪で顔にはそばかすが浮いていて、背丈も俺とあまり変わらないし、なんだかクラスメイトを見ているような気分になる。
 チーズ蒸しパン好きそうな感じ。
 
「じゃあ、詳しく説明するから」
「はい、お願いします。えーっと」
「俺はジョー。呼び捨てでいいよ。見たところ年頃も変わらなさそうだし」
「そっか。聞こえてたと思うけど、俺はコリン。よろしくね」

 鍛冶ギルドといったらドワーフみたいな強面で頑固でごつい人ばかりなのかと思ってたけど、コリンは明るくて物腰も柔らかい。
 詳しく話を聞いてみれば、鍛冶屋というより金属加工で細かいものを作るのが得意らしい。まさに俺の頼みたいことにうってつけの人材っぽい。

「変わった形だけど、何に使うものなの?」
「これは、卵とかクリームを泡立てるためのものなんだ。今はフォークでやっているけど時間が掛かるから、たくさん空気を含ませるために、こう、何本ものワイヤー? で一気に混ぜられるようにって考えた」

 考えたのは俺じゃないけど、それはこの際仕方ない。
 コリンは目を輝かせて俺の話を聞き、細いワイヤーを用意してパキンパキンと切ると、先端の部分をその場で作って見せた。
 うん、ここまではいいんだ。これだけだったら俺でもできる。
 問題はこの先で。

「基本的な形としては、これに柄がつけばいいんだけど、この先端のワイヤーがもっと固いものじゃないと、混ぜてる間に曲がっちゃうんだ」
「なるほどねー。それは確かに素人では取り扱いが難しいかもしれない」
「もっと固い金属を、こうやってぐにーっと曲げて。できればあまり太くなりすぎないといいんだけど」
「うんうん」

 俺とコリンは物凄く真剣に、「曲げられる程度の柔らかさと、ものを混ぜても変形しない程度の固さ」を持った材料の選定に頭を悩ませた。
 それは学校で友達と解けない宿題を囲んでうんうん言っていたのと凄く似ていて、なんだかとても楽しい時間だった。

「おい、コリン。ここが鍛冶ギルドだって事を忘れるんじゃねえぞ」
「あっ、すみません、親方――あああっ、そうだ! わかったよ、ジョー。明日までに作っておくから、また明日来てくれるかな」

 何かひらめいたらしいコリンの様子に頷いて、俺はその日は鍛冶ギルドを後にした。
 そして翌日に殺人兎との特訓の後鍛冶ギルドに寄ったら、まさに俺の思い描いていた泡立て器ができていた!

「えっ、本当に1日で、というかひと晩で作ったんだね? コリン凄いよ!」
「へへへ、昨日の親方の一言、俺たちのお喋りがうるさいとかじゃなくて、助言だったんだよ。確かに固い金属を使うと曲げにくいんだけど、熱を加えれば曲げやすくなるからね」
「そっか!」

 目から鱗が落ちた。金属は熱を加えると曲がりやすい。言われてみれば当たり前のことだけど、昨日試行錯誤していたときにはすっぽり頭から抜けていた。
 凄い、やっぱり餅は餅屋だ。
 ちゃんとワイヤーは持ち手の内側に溶接されてるし、握った感じは間違いなく泡立て器。
 
「試してみていいかな」
「うん、いいよ」

 俺は見えないファスナーを引いて、器と砂を取り出した。
 手持ちのもので考えられる限り、これが一番混ぜたときの感触が重いだろう。
 何度かぐるぐるしてみたけど、ワイヤーが曲がる感触はなく、砂の上には俺が泡立て器で描いた模様が残っていた。
 おお、これはバッチリだ!

「コリン、凄いよ、思った通りの――どうした?」

 試作の泡立て器の出来を褒め散らかそうと思って顔を上げたら、コリンが目を点にして立ち尽くしていた。

「今の――なに? 何もないところから突然器と砂が出てきたけど」
「あ、ごめん。説明してなかったら驚くよね。俺は空間魔法使いで、無詠唱なんだよ」

 途端に鍛冶ギルドの中がざわっとして、コリンは今度は限界まで目を見開いていた。

「無詠唱空間魔法……? 聞いたことないよ」
「物凄く珍しいみたいだよね」

 俺はそんな言葉でごまかした。嘘じゃない。俺という実例がいるから、物凄く珍しいのは嘘じゃない。
 そして、気がついたら背後に鍛冶ギルドのマスターが立っていて、肩に手を置かれていた。

「空間魔法使いと言ったな。仕事を頼んでもいいか?」
「予定が空いてるときでしたら……」
「鉱山で採れた鉱石を運搬して欲しい。なにせ、重くてかさばるから金が掛かって仕方ないんだ。採掘所の側に製錬所を作れりゃいいんだが、魔物が出るもんでな」
「それは確かに困りますね。魔物退治もできますよ。というか、ヘイズさんに頼んだりしなかったんですか?」
「ヘイズか、頼んだことはあるんだが、そういう仕事は受けないって断られてな」

 またか……。ヘイズさんとは一度しか会ったことがないけど、物腰も柔らかかったし、誠実そうに見えた。
 なにか、仕事に関する熱いこだわりでもあるんだろうな。俺には理解できなさそうだけど。

「今は次の依頼が入るかどうかの待機期間なので無理ですが、多分その仕事が終わったら予定が空くので大丈夫だと思います。俺は星5のサーシャと一緒に仕事をしてるので、だいたいの魔物だったら対応できると思いますし」
「あの『殴り聖女サーシャ』か! あんた凄い人だったんだな! そういえば最近空間魔法使いと組んだって聞いたが、そうか、あんたがねえ……。うん、いい、いいぞ。ヘイズみたいに『自分は特別です』って顔をしないで、気安く仕事を受けてくれるところが俺は気に入った!」

 鍛冶ギルドの親方は俺の背中を思いっきり叩き、俺は思わず咽せた。
 同じようなこと、大工ギルドの棟梁にも言われたんだよな。
 頭の片隅で、何かが引っかかる。
 
 ヘイズさんは確かに空間魔法の修行料として50万マギルを付けてきたりしたけど、それは特別すぎるスキルだからだと思っていた。教える人間がオンリーワンなら、市場原理で高値が付くのは当然。
 空間魔法は特別。まあ、それは希少性でいったら特別かもしれない。
 でも、それを使える自分が特別って思い始めたら、どこかで道を間違えるんじゃないだろうか……。

 そういえば、特定のパーティーに所属すると不公平になるから、毎回雇われて仕事してるって最初に聞いたな。
 もしもあれが、「特別な自分」の行き着いた先だとしたら――。

 いや、考えるのはやめよう。
 俺とヘイズさんは同じ空間魔法使いでも別の人間だ。
 あの人にはあの人の、俺には俺のやり方がある。

 
 その後はコリンと一緒にレベッカさんの店へ行き、泡立て器を使って砂を混ぜてもらった。これならプリンの卵液が簡単に混ざりますよと説明したら、凄く感動している。

「柄がもう1回り細いといいわね。私が握るにはちょっと太いわ。細くするのは本当に少しでいいわよ。きっと細すぎると握るときに力が入らないでしょうし」
「コリン、それで5個くらい作ってもらえるかな」
「待って、ジョー。20個くらい作ってもらっていいわよ。ルゴシの店に置きましょう。私も宣伝するわ。これは料理人は欲しがる品物よ」

 確かにクエリーさんの店に置いたら売れるかも。
 急に話が大きくなってコリンはあわあわしてたけど、「俺が原材料を買ってコリンに加工を依頼し、クエリーさんの店に卸す。コリンが自力で原材料を買えるようになったら、コリンが好きなだけ自分で作って直接卸す」ということで話がまとまった。

 
 泡立て器ができると、いろいろ便利になるな。
 そんなことを考えている間に、アーノルドさんたちが依頼を終えてネージュに帰還して、ついでにサブカハのタンバー神殿を調査していたパーティーも戻ってきたとギルドから報告があった。

 結果としては、黒。
 周辺の野生動物は姿を全く見せず、この辺りに棲んでいた狼の一部がカンガに逃げていったのは間違いないようだった。
 そして、神殿は入り口近くに黒い犬型の護り手のようなものがいて、中に入ることはできなかったそうだ。

 ギルドからは正式に、俺たちとアーノルドさんのパーティーに「調査と解決」の依頼が出た。なんと報酬は150万マギル。
 マジか? と思ったけど、タンバー神殿からの依頼になったかららしい。
 確かに、タンバー神殿としては放置できる事態ではない。神殿だからお金を持ってるのも納得だ。
 
 サーシャから話を聞いたソニアが凄い勢いで計算し、「18万……」と呟いて卒倒した。
 正確に言うと18万7500マギル。それにソニアが貯めた8万マギルとこの前の報酬を足したら、30万マギルまで本当にあと一歩だ。

 だけど、報酬が大きいということはそれだけ危険な依頼であるはずで。
 俺は死の神殿という不吉な名前に少し怯えながら、アーノルドさんたちと合流した。

 今夜はソニアの顔合わせを兼ねて、また一緒に食事をするのだ。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

半神の守護者

ぴっさま
ファンタジー
ロッドは何の力も無い少年だったが、異世界の創造神の血縁者だった。 超能力を手に入れたロッドは前世のペット、忠実な従者をお供に世界の守護者として邪神に立ち向かう。 〜概要〜 臨時パーティーにオークの群れの中に取り残されたロッドは、不思議な生き物に助けられこの世界の神と出会う。 実は神の遠い血縁者でこの世界の守護を頼まれたロッドは承諾し、通常では得られない超能力を得る。 そして魂の絆で結ばれたユニークモンスターのペット、従者のホムンクルスの少女を供にした旅が始まる。 ■注記 本作品のメインはファンタジー世界においての超能力の行使になります。 他サイトにも投稿中

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

魂が百個あるお姫様

雨野千潤
ファンタジー
私には魂が百個ある。 何を言っているのかわからないだろうが、そうなのだ。 そうである以上、それ以上の説明は出来ない。 そうそう、古いことわざに「Cat has nine lives」というものがある。 猫は九つの命を持っているという意味らしく、猫は九回生まれ変わることができるという。 そんな感じだと思ってくれていい。 私は百回生きて百回死ぬことになるだろうと感じていた。 それが恐ろしいことだと感じたのは、五歳で馬車に轢かれた時だ。 身体がバラバラのグチャグチャになった感覚があったのに、気が付けば元に戻っていた。 その事故を目撃した兄は「良かった」と涙を流して喜んだが、私は自分が不死のバケモノだと知り戦慄した。 13話 身の上話 より

異世界超能力だより!~魔法は使えませんが超能力なら使えます~

Mikura
ファンタジー
 その日、明日見 遥(あすみ はるか)は見知らぬ森の中で目を覚ました。  だが超能力者である彼女にとってそれはあり得ないことではない。眠っている間に誤って瞬間移動を使ってしまい、起きたら知らない場所にいるということはままあるからである。だから冷静に、家に戻ろうとした。しかし何故か能力を使っても家に戻ることができない。千里眼を使って見れば見慣れぬ髪色の人間だらけ、見慣れぬ文字や動植物――驚くべきことに、そこは異世界であった。  元の世界に戻る道を探すべくまずはこの世界に馴染もうとした遥だったが、重大な問題が発生する。この世界では魔力の多さこそが正義。魔法が使えない者に人権などない。異世界人たる遥にも、勿論魔法は使えない。  しかし彼女には、超能力がある。使える力は魔法と大差ない。よし、ならば超能力を使って生きていくしかないと心に決めた。  ――まずはそこの、とても根が良さそうでお人好しで困っている人間を放っておけないタイプらしいお兄さん、申し訳ないが私が生きるために巻き込まれてください。  これは超能力少女が異世界でなんやかんやと超能力を駆使してお人よしのお兄さんを巻き込みつつ、のんびり(自称)と暮らす物語である。

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...