殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

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ネージュ編

31 触らぬ神に祟り無し。ただし、災厄は向こうからやってくる

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 狼5匹を一瞬で倒したことで、俺の空間魔法が実戦にも使えることが証明された!
 ただ、古屋落としたくらいじゃ古代竜エンシェントドラゴンは倒せないから、戦闘能力としてはやはりサーシャの方が上だ。サーシャは集団戦向きではないから、これで俺がもっとサポートできるようになるといいな。

「空間魔法って、案外怖いのね……」

 潰れた狼を目に入れないようにしながら、ソニアがぼそりと呟いた。
 暗くて細部はよくわからないけど、圧死だから、まあ、いろいろアレだよね、きっと……。

「サーシャ、一応朝になってから村長に確認してもらった方がいいと思う?」
「はい、そうですね。それと、もう一泊して他に残っている狼がいないかも確認した方がいいと思います」

 それは確かにサーシャの言う通りだ。
 鶏小屋の横に家を出して、俺たちは交代で夜通し見張りをした。
 朝になってから村長に狼の死骸を確認してもらい、「おそらく5匹で全部だと思う」と言われたけれど、サーシャの提案通りにもうひと晩様子を見ることを告げるととても喜んでもらえた。

 収納してある家畜を元の場所に戻し、村の外れに家を置いて昼間の内に仮眠をすることにした。
 宿もあるにはあったんだけど、ぶっちゃけこの家の方が快適なんだよな……。ベッドはちょうど3つあるし、大きな桶を使って入浴もできる。
 よし、今度バスタブ的なものをどこかに発注しよう。やっぱり大工ギルドかな。木材としてヒノキとかがあったら、あれで浴槽を作ってもらえたら最高だ。
 
 
「それにしても、ジョーって思ったよりずっと頼りになるのね、驚いちゃったわ」

 宿を使っていないからと村の人が食事を差し入れしてくれたので、俺たちはテーブルセットを出して食事をしていた。
 食卓を3人で囲んでいるときに、ソニアがそんなことを言いながら上目遣いに俺を見てくる。

「空間魔法使いでお金払いがいいから絶対捕まえておこうって思ったんだけど、いつも落ち着いてて戦闘もできるだなんて、お姉さんジョーのこと好きになっちゃいそう」

 いや、別に俺は落ち着いてるわけじゃなくて、顔に出ないだけなんだけど。
 そんなことを言って笑うから、たちが悪いな!
 
「ソニアさん、冒険者は嫌いなんじゃなかったんですか?」

 俺が「どう返せば血を見ずにこの場を収められるだろう」と悩んでいる間に、サーシャが固い声で割り込んでくる。ソニアはそんなサーシャを見て、ふふふっと妖艶な笑みを浮かべた。

「荒っぽくて声の大きい人とか嫌いよ。いかにも戦士に多いタイプ。師匠もそのタイプよね。まあ、あの人はいろんな意味で別枠だけど。でもジョーって割りと物静かじゃない? 冒険者らしさがないのよね」
「そ、それは冒険者歴が浅いからで、その内俺も『冒険者!』ってオーラが出ると……」
「ないわね。この前勇者アーノルドを見かけたけど、格好いいけどなーんか違うのよ。やっぱり血の匂いが抜けないって言うのかしら。
 ねえ、決まった人がいないなら、私とお付き合いしない?」

 手を伸ばしてテーブルの上でソニアが俺の手を握ってくる。
 途端――。

 バン! と俺とソニアの手を上からサーシャが叩いた。
 痛い! 凄く痛い!!

「だ、だめ、駄目です! ジョーさんは、ええと、とにかく駄目なんですー!」
「サーシャ、痛いよ……」
「ああっ! ごめんなさい!」
「あら、サーシャとジョーって付き合ってたの? それなら仕方ないから引き下がるけど」

 ソニアが挑戦的な目つきでサーシャに顔を向ける。いつもなら強気に返すサーシャだけど、今回は涙目だ。

「つ、付き合って……ない、です」
「……ないです」

 俺とサーシャの弱々しい言葉に、更に力を得たようにソニアが華やかな笑顔を浮かべた。
 ――素が美人って、化粧しなくても美人なんだな。凄いな。
 いや、そうじゃなく。

 確かに俺とサーシャは付き合ってない。
 だけど!!
 好き合ってはいると思う!
 サーシャがどこまで自覚してるかわからないけど……。

「じゃあ、私がジョーにアプローチしてもいいのよね?」
「あ、あううう……」

 畳みかけるようにサーシャに向かって笑顔を向けるソニア。
 鬼、鬼だ。あれ、きっとわかっててやってるぞ。
 だって、俺の方向いてないもんな。サーシャを一方的に挑発してる。

「確かに……私にはソニアさんを止める権利は……」

 サーシャの語尾が掠れたかと思ったら、ぽろぽろと泣き出してしまった!

「サーシャ」

 俺が慌てて立ち上がったが、動いたのはソニアの方が早かった。

「ごめーん! サーシャ、冗談よ。ジョーは確かに将来有望だけど、今の時点で恋愛感情があるわけじゃないの。というか、見ていてまどろっこしいのよ、あなたたち! あーん、泣いてるサーシャも可愛いわぁ」

 サーシャはソニアにぎゅむっと抱きしめられて、胸に顔を埋めさせられていた。
 凄い、胸の谷間にサーシャの顔が完全に埋まってる……。
 窒息しないか心配になりそうだ。

「ふええぇん……ソニアさん、ひどい、意地悪ですぅー」
「たまには私が困らせたっていいじゃない? あたふたしてるふたりが面白かったんだものー! あーあ、私も早くいい人を見つけたいわー。物静かで、頼りになって、素敵な人いないかしら」
「あ、あのさ、何にでも機はあるから……。そういうことでわかってもらえるかな」
「わかってるわよ。わかっててちょっとからかっただけよ。あー、でもジョーがフリーだったら本当に狙ったのになー」
「もー、ソニアさんやめてくださいー!」

 サーシャがポカポカとソニアを叩く。本気じゃないし補助魔法を掛けていもいないから、それほど痛くはないはずだ。
 ソニアは笑い声を立てながらまたサーシャを抱きしめる。その内サーシャは諦めたのか、少し拗ねた様子と照れた様子が混じったような複雑な顔でソニアにされるがままになっていた。

 そんなふたりを見ていて、俺は「ちょっと羨ましいな」と思ってしまった。
 いや、乳に埋まりたいとかそういうことではなく。
 あんな風にじゃれ合うような相手が――アーノルドさんは却下として――俺にはいないから。


 その日は昼間の内に睡眠を取り、夜に再度見張りをしたけども狼は出なかった。
 村の人の目撃情報も村長が再度まとめてくれていたけど、6匹以上いたという話は一切出なかったらしい。

 そして俺たちはカンガを離れ、ネージュへと戻った。
 狼はちょっと……内臓がはみ出したりしていたけど……一応買い取りをしてもらえて、いくらか報酬の足しになった。殺人兎キラーラビツトも買い取りに出したけど正直こっちの方が割がいい気がした。でも乱獲は良くないよな。

 ついでにソニアはエリクさんの推薦で星2に昇格。これは俺たちとパーティーを組んでいるということと、やはり魔力がずば抜けていて単純に攻撃力でいったらネージュ支部所属の風魔法使いの中では上位に入るという点がポイントらしい。

 最後にもうひとつ、カンガで聞いた「霊界神タンバーの神殿に異変が起きているのでは?」という件を報告して、その日のギルドでのやるべき事は終わった。

 今回は大金が儲かったわけじゃないけど、ソニアのランクが上がったのが大きい。次回からはもっと割のいい依頼を受けられる。
 霊界神タンバーの神殿については調査のみの依頼が出され、それは俺たちとは違う星3のパーティーが引き受けていった。

 調査が戻ったときに異変が報告されたら、俺たちとアーノルドさんのパーティー合同で仕事を依頼するとあらかじめエリクさんから釘を刺され、その日は解散。
 2パーティー合同っていったら相当危ない案件なんだろうな……。神殿の異変、しかも霊界神ってところが怖い。

「それにしても、神殿ってみんな都市の中にあるんだと思ってたよ」

 蜜蜂亭でウサギ肉のローストを食べながら、俺はそんな感想をふたりに向かって話してみた。まだまだこの世界には俺の知らないことが多すぎる。

「都市の中にあるのが普通ですよ。実際、ネージュにもタンバー様の神殿はあります」
「えっ!? じゃあ、カンガの北にあるっていうのは?」
「サブカハのタンバー神殿といって、それなりに有名な……早い話が、遺跡のようなものですね。信者や司祭が何かをする場所ではなく、今では出入りする人もいないと聞いた気がします」
「サブカハのタンバー神殿! 聞いたことあるわよ、それ。別名死の神殿ってやつよね。えっ、異変が起きてたとしたらかなりまずい案件じゃない? そこに私たちが行くの? 嫌よぉー、そんな怖いところに行きたくないわー」
「異変が起きてたら、ですけどね。さっきアーノルドさんたちと私たち、と名指しされましたし……。その代わり、星5案件扱いなので報酬は間違いなく高いですよ」
「行くわ」

 報酬の話が出るまではビビりまくりだったソニアの目が、一瞬にして据わった。

「大丈夫。サーシャとジョーがいればなんとかなるわよね。それに、名高い勇者アーノルドも一緒なら」
「ソニアが神殿の中で竜巻出したりしなければ、大丈夫だと思うよ」

 正直、俺はそれが一番怖い。下手な魔物よりソニアの方が絶対に危ないと思う。

 死の神殿か……。一気に冒険者らしくなってきたけど、正直怖いな。
 アーノルドさんたちと一緒になるのなら心強いけど。
 幽霊が出たらどうしよう。物理攻撃効かないだろうしなあ。
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