殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

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ネージュ編

30 空間魔法、本領発揮(5割くらい)

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「だから冒険者になんてなりたくなかったのよぉー!」

 殺人兎キラーラビツトの返り血を浴びたソニアが叫んだ。
 気持ちはわかる。俺だって返り血とか浴びたくない。
 でも俺の脳内でエリクさんが「0距離で《旋風斬ウインドカツター》使ったらそうなるに決まってるだろう! バーカバーカ!」とも言っている。

 そうだ、サーシャの武器は鈍器だから、サーシャと一緒にいると血を見ないんだよな……。大規模討伐の時は周りに他の冒険者もいたからそうではなかったけど。

「後で洗い流すといいですよ。家に簡易的なお風呂もついてますし。さあ、今の調子であと3匹狩りましょうね!」

 サーシャは笑顔だけど鬼だ! 今日は鬼教官だ!

「あと3匹!?」
「ソニア、俺が殺人兎を盾で往なしている間に、反対側に回って俺の方に魔法を打って。そうすれば俺は同じ方向に盾を向けていられるから、なんとかなるから! 返り血を浴びないように少し距離を取って」
「大丈夫よ、ジョー。少しくらい離れてても当ててみせるわ! 3匹倒せばいいのよね? じゃあ、どんどん呼んでちょうだい!」
「ソニアさんやる気ですね! じゃあ呼び寄せますよ。プギー! ブーブー!」

 サーシャは人間の頭くらいの大きさの石を持ち上げて、また林の中に投げ込んだ。
 何かの悲鳴のような声と、盛大にガサガサする音。
 そして、怒り狂った殺人兎のブーブー声……。

 あれ、これ、1匹じゃないな。
 ちょっとまずいんじゃないか?

 案の定、一番大きな個体を先頭に、3頭がこっちに向かって凄いスピードで突進してきた。なんだあれ、もしかして家族!?

「サーシャ!?」
「3匹ですね。でも落ち着いて1匹ずつ対応すればいけます!」

 超人的な自分の基準を人に当てはめるのはやめて欲しい! 切実に!
 俺が無表情のままで焦っていると、ソニアがぐっと杖を前に出した。彼女は今まで見たこともないような不敵な表情を浮かべている。

「これを片付ければ3匹で目標達成ね? じゃあ、いっくわよー! 師匠に使うなって言われてたけど、ここなら大丈夫ね!」
「えっ! ジョーさん! ソニアさんに向かって盾を構えてください!」
「わかってる!!」

 エリクさんに使うなと言われてた魔法を使うソニアは、多分殺人兎より恐ろしい!
 俺とサーシャは一瞬でそれを判断して、盾を構えた。

「《斬裂竜巻ブレードトルネード》!」

 なんて物騒な名前なんだ!
 その名の通り、いつかのような竜巻が巻き起こって、こちらに向かってきていた殺人兎を3匹まとめて中に取り込み、空中で弄んだ。その間に内部で作られていると思われる風の刃が、殺人兎を切りつけていく。
 きょ……凶悪……。

 俺がその竜巻を呆然と見ていたら、突然竜巻が進路を変えてこちらに向かってきた!

「ソニア! 消して!」
「ごめんなさい! 出せるけど消せないの!」
「使用禁止!」

 何故か俺をロックオンしたかのように追ってくる斬裂竜巻から俺は逃げ惑い、やがて竜巻の威力が弱まって殺人兎がドカドカと落ちてきた。
 それを契機にしたように、竜巻はすっと消えていく。

 怖かった……。
 殺人兎の比じゃないくらい怖かった。
 あれに取り込まれたら、ミスリルの盾や古代竜エンシェントドラゴンの革鎧がどうのとか関係なく、間違いなく死ぬ。
 
「ソニアさん……今の魔法は、周囲に誰もいないところでやってください」
「ご、ごめんなさい。まさかあんな動きをするなんて思ってなかったわ」
「訓練場で竜巻起こしたときも私たちに向かってきてましたよ」
「人間に向かう習性があるのかしら……」
「とにかく、使用禁止です。殺人兎は……確かに3匹倒しましたね。ジョーさんの盾の訓練にはあまりなりませんでしたが、約束ですしこれで終わりにしましょう。
 ……それにしても、風魔法だとかなり毛皮が使い物にならなくなりますね。今度からできれば《旋風斬ウインドカツター》で一撃で仕留めてあげてください。殺人兎は肉が美味しいので買い取りは倒す手間に比べてそこそこいいんです。でも毛皮が綺麗に残っていると更に高値で売れます」

 そしてサーシャはソニアが倒した4匹の殺人兎を前に跪き、いつか古代竜にしたように祈りを捧げた。

 そうか、これは依頼じゃなくて自主的な「狩り」だから。
 彼女にとっては、「本来殺さなくても良かった命」なんだろう。

「ああやって、祈りを捧げてるのね……」

 俺の隣でソニアが神妙な声で呟く。
 俺はそれに頷いて見せた。サーシャが祈る姿は、いつ見てもいいなと思いながら。

「いいわね、清楚系。私もああいう感じを目指したらいいのかしら? どう思う? ジョー」
「俺に聞かないで欲しいし、ソニアは迷走しすぎだと思う」
「やだ、冷たい。だってー、『どういう女の子がいいか』ってこの場で聞けるのはジョーだけじゃない? 私みたいなお姉さんとー、サーシャみたいな女の子、どっちが好み?」

 今は返り血が付いてるから腕に抱きついたりはしてこなかったけど、ソニアが笑顔で俺に迫ってきた。

「ジョーさん、殺人兎をしまって家を出してください。ソニアさんは血を洗い流しましょうね」

 ソニアの背後からサーシャの声。
 圧が、圧が凄い!


 家の中には簡易的な風呂場がある。
 仕切ってあって、床がタイル張りになっていて、排水できるように床に若干の傾斜があって排水口があるだけなんだけど。
 俺はそこに大きな桶をどんと出して、中にお湯を入れた。
 このお湯はネージュであらかじめ補給しておいたもの。魔法収納空間の中なら温度が下がることもないから、適温のお湯をいつでも使えるのだ。

 革鎧に付いた血はすぐにサーシャが慣れた手付きで拭き取って、ソニアは風呂に入り、思ったよりもここで時間を食ってしまった。
 それから街道に戻って目的地を目指し、俺たちは一泊してから翌日の朝にカンガに着いたのだった。


 カンガは絵に描いたような酪農地帯だった。柵で囲った中に牛や豚がいるし、鶏も駆け回っている。
 聞けば、ネージュの周辺にはいくつかこういう村があって、ネージュという大都市に畜産品を供給しているそうだ。衛星都市というやつかな。

 囲いは柵だけで大丈夫なのかな、魔物に襲われるんじゃ? と思ったけども、家畜を襲うような魔物は人里の近くにはほとんどおらず、特定の場所に住処が決まっているらしい。

 ギルドの指示通りにまずは村長のところで話を聞くと、今までなかった狼による被害が出ているそうだ。
 襲われているのは主に鶏。あとは豚も。夜になると狼の吠える声が聞こえるし、何度か目撃もされている。

「以前はこっちに来ることはなかったんだがなあ……。北の方に住んでた狼が移動したとしか思えないよ」
「北から移動して? 何か心当たりはあるんでしょうか」

 村長の話し方が気になって、俺は何気なく尋ねてみた。

「北……といえば、ここから1日半くらいのところに霊界神タンバー様の神殿があるはずですね。もしや、その辺りに異変が?」

  霊界神タンバー……俺の知らない人だな。
 脳裏に地図を浮かべているのかサーシャが少し上の方を向きながら尋ねると、村長がはっとした。
 
「ああ! そうかもしれない。何せ俺たちが見かけた狼は尻尾をこう、丸めててな。何かに怯えてる様子だった。そっちの調査も必要かもしれないが、それはギルドに報告して別口でお願いするよ。まずは、こっちの狼の対処を頼む」
「わかりました。では今夜、囮にするための鶏小屋をひとつ決めて、その他は……あ、しまってしまいましょう!」

 いいことを思いついた、と言うようにサーシャがぽんと手を叩いた。村長はその言葉がピンと来ないようできょとんとしている。
 まあ、そっちが当たり前の反応だと思う。

 その後、俺が空間魔法使いで生体も収納できることを説明し、家畜の所有者の立ち会いの元で家畜を収納していった。「Aさんのところの牛」「Bさんのところの豚」と個別に認識票も付けていったので、取り出すときに間違いはないはずだ。

 そして、夜。
 俺たちは囮の鶏小屋の側に潜み、暗闇に目を慣らしていた。
 やがて、金色に光るものが夜闇の中に浮かび上がってくる。
 一対の金色が、5組。俺たちの視界の中には、5匹の狼がいる。
 3匹と2匹で若干分かれていて、ソニアの風魔法で一網打尽というわけには行かなさそうだ。

「サーシャ、ソニア、試してみたいことがあるんだけど、いいかな。うまくいけばすぐに終わる」
「わかりました、まず試して見てください」

 俺とサーシャは囁きを交わした。
 狼は嗅覚がいいからもしかしたら俺たちがここに潜んでいることも気付かれているかもしれないけど、今のところ一定距離を置いた場所でこちらを窺っている。

 動いていない、今がチャンスだ。
 俺は見えないファスナーを引き、2組に分かれた狼のすぐ上に石造りで重い古屋を1軒ずつ出現させた。

「ギャイン!!」

 狼の悲鳴が響いたが、すぐにそれは夜の静寂に溶け込んで消えていった。
 狼が逃げていった気配はなかった。念のためにしばらく放置してから、古屋だけをもう一度収納。

 俺が家を落とした場所には、狼が5匹潰されて息絶えていた。
 よしっ!! うまくいった!
 これをやってみたかったんだよな!
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