殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

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ネージュ編

27 モヤモヤの正体は

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 ソニアの修行は、なんと10日以上もかかった。
 あまりに魔法制御が酷すぎて、エリクさんが「この状態で外に出てサーシャとジョーを殺す気か!?」となかなか修行を終わらせてくれなかったのだ。

 確かにあの魔法に巻き込まれるよりは、まともに制御できるようになってから戦って欲しい。
 俺はエリクさんの時間を捻出するために、ギルドの事務仕事を自主的に手伝っていた。なにせ元高校生だから、多少面倒な計算とかもお手の物だ。
 収支計算とかを凄い速さでこなしていたら、眼鏡の職員さんに「冒険者辞めてうちに就職しないか?」とスカウトされた。

 そして、ソニアの魔法修行のうちの7日間は剣の稽古に費やされていた……。
 打ち合いなどはせず、ひたすら型に沿ったシミターの動きを体と頭に叩き込む、魔法使いとは思えない特訓。
 

「朝起きると筋肉痛で死にそうよ……でも、サーシャの回復魔法のおかげでここに来れば動けるわ。いつも本当にありがとう。最初の頃に比べたら、筋肉痛も軽くなってきたのよ。あー、私もしかして剣士の方が向いてたりするのかしら。でも魔物や動物と剣で戦うなんて絶対無理!」

 乾燥の仕事をしているときとは違って質素で動きやすい服装をしたソニアは、そう言ってサーシャに笑顔を向けた。
 長い髪は束ねられていて、汗で流れるからと化粧もしていないけども、彼女のその姿は生き生きとしていて綺麗だと思う。

「今頃気付いたのか!? お前は風魔法の素質は持ってるし馬鹿みたいに魔力量も多いが、根本的に魔法向きじゃない! 剣士の方が圧倒的に向いてるな! なにせ戦ってる最中に明後日の方に剣をぶん投げる剣士はそうそういない! もういっそ筋肉付けて剣士に転向するか? いや、それは俺のこの数日を無駄にすることになるのか……」
「えええ、そう言う理由で『剣士が向いてる』って言われても何も嬉しくないですぅー!」
「それなら俺が胸を張って送り出せるくらい、まともに魔法を扱ってくれ! せめて近距離の的くらいは100%当てろ!」

 エリクさんとソニアの言い合いは高テンションで毎回続き、俺とサーシャは苦笑するしかなかった。

「エリクさん、本当にすみません。ソニアさんの1日修行なんて簡単に言ってしまって。まさかこんな大事になるなんて思ってませんでした」

 本当に申し訳なさそうに、サーシャは細い身体の肩を更に縮めるようにしてエリクさんに謝った。
 いや、それは俺も同じだ。素質があっても制御が駄目、とか全く想像つかなかったし。そもそも俺は聖魔法と空間魔法以外のことは知らない。

「いや、気にするな。むしろ俺が指導できる時に来てくれて良かった…………とでも思わないとやってらんないんだよな、これがー! あの状態のソニアを野に放つのだけは、人間としてやっちゃいけないことだと思ったんだよ!
 俺が今まで見てきた風魔法使いの中で、ぶっちぎりで1番酷い! 魔力量が多いから尚更たちが悪い!」

 エリクさんは叫んで髪を掻きむしる。ああ……これはストレスが相当来てるな。
 なにか美味しいものを差し入れしよう。俺にできることはそれくらいしかない。
   
  
 その日の剣の稽古の後に蜜蜂亭でソニアと3人で夕食を食べ、宿屋に戻ってきてから俺はサーシャを労った。
 ソニアの修行の発案者は確かにサーシャなんだけど、そもそも俺がソニアに声を掛けたことから今の状況が発生してるから、「巻き込まれてくれた」サーシャには感謝しかない。
  
「サーシャ、いつもソニアの修行に付き合ってくれてありがとう。俺がソニアに乾燥の仕事を頼んだから、なし崩しでこんなことになったけど……サーシャがいてくれなかったら、ソニアもこんなに頑張れてないんじゃないかな」

 俺はその言葉を、単純に感謝の気持ちだけで言った。
 けれどサーシャは俺の言葉に何故か顔を曇らせた。

「私……多分ジョーさんが思ってるようないい人じゃありません」
「えっ? サーシャはいつも優しくて凄いと思ってるよ」

 本当だったら、ソニアの修行はエリクさんだけに任せて、サーシャは俺とふたりで近隣の依頼を受けることもできた。
 けれど彼女はそれをしないで、剣を振るうソニアに付きっきりでいる。
 ソニアがシミター落として足を怪我したときも、慌てて走って行ってすぐに治癒させていた。
 それはまさに献身的な姿で――サーシャがソニアを冒険者に誘ったから、その責任を果たしているのだと俺は思っていたのだけれど。

「ジョーさん、隣に座ってもいいですか?」
「う、うん、いいよ」

 困ったように眉を下げてサーシャが言う。俺が座っているのはベッドだった。この部屋には椅子もない。その気になれば俺が出せるけど。
 サーシャは俺の返事を聞いて、俺の隣に座った。
 その時のお互いの位置関係で、なんとなく俺は彼女の気持ちがわかった。――サーシャは今、俺と向かい合って話したくないのだろう。
 俺たちは並んで座って、相手の顔を見ずに同じ方向を向いていた。 
 
「……こんなことを思うのは良くないとわかってるんですが、本当は、ソニアさんがジョーさんの側にいるだけでちょっとモヤっとするんです。
 ジョーさんはアーノルドさんたちには丁寧に喋ってるのにソニアさんには私にするのと同じように軽い言葉で喋ってたり、そういうのも凄く胸の奥の方がチクチクして」

 俺はちらりと横目でサーシャの様子を窺った。
 彼女は真っ直ぐに前を向いていて、その表情は俺の位置からではよくわからない。

「そんな自分が嫌で……だから、ソニアさんを助けてるというか……。だから、私は優しさからやってるんじゃないんですよ……」

 段々サーシャの顔が下を向いていく。
 ――それはどう考えてもやきもちなんだけども、本人に自覚ないんだろうな。
 多分サーシャは嫉妬とかほとんど知らないで生きてきたんだろう。全ての人に向ける「慈愛」を掲げて教会で過ごし、冒険者になってからはアーノルドさんたちに妹のように可愛がられてきたから。

「俺さ、イスワから帰ってきてハワードさんの店に行ったとき、アーノルドさんがサーシャに抱きついたのを見て『こいつ魔法収納空間にしまってやろうか』って思ったことがあるんだ」
「……えっ?」

 凄く意外そうな声が隣から返ってくる。
 多分、俺がどこかで思い切って勇気を出さないと、自分がモヤモヤするばかりかサーシャまで苦しんでしまう。
 だから、俺は自分の中で恥ずかしいと思っていることを、頑張ってなんとか口にした。

「あの時、アーノルドさんに嫉妬したんだ。サーシャの一番近くにいるのは俺なのに、サーシャのこと自分の都合で追放したくせに、そんなに親しそうにするなよ、って」
「あ……」
 
 思わず出てしまった、という感じのサーシャの声。

「多分私もそんな感じです」
「それをさ、『嫉妬』って言うんだよ。多分サーシャは今まで感じたことがなかったんだと思う」
「嫉妬……」
「ソニアがエリクさんに抱きつかれてても、俺は別になんとも思わないよ。でも、エリクさんがふざけてサーシャに抱きついたら、俺は嫌だな。――だって、俺にとってサーシャはこの世界で一番特別な女の子だから」

 思わず声が震えた。
 実質的に告白だよ、これ!

 サーシャの沈黙が怖いけど、肌を刺すような緊張感は伝わってこない。

「ジョーさん、寄りかかってもいいですか?」

 恥ずかしそうに小さな声でサーシャが呟く。俺がうん、と頷くと、俺の肩にサーシャが頭をことりと乗せてきた。
 最初は本当に遠慮がちに。
 段々力が抜けていって、俺の肩にはサーシャの頭の重みを感じる。
 俺も、頭をそっと傾けて彼女の頭に寄りかかった。

「……ふふふっ」
「何?」
「なんだか、温かくて、嬉しくて、悩んでた自分が馬鹿みたいで。こうしてあなたの隣にいると、ドキドキするのにどうしてかとても落ち着くんです」
「俺も、落ち着くけどドキドキして爆発しそう……」

 口から心臓出そうだから、俺の声もへにゃへにゃしてしまった。

「これでも私、アーノルドさんの事はお兄さんのように思ってるんですよ。お兄ちゃんと呼びたくはないんですが」
「そうなの!?」
「はい。メリンダさんはお姉さん。私の姉とは違いますけど、アーノルドさんもメリンダさんもちょっと歳が離れてて、私の面倒を見てくれる感じが、凄く兄や姉っぽいなって。でも、ジョーさんはそういう人たちとは違ってて。テトゥーコ様との御縁もありますけど、歳も同じだし、……ジョーさんだけ特別で、今まで知らなかった感情がいろいろ湧き上がってきて。自分でも、ちょっとどうしていいのかわからないときがたくさんありました」

 えっ……。
 それは……。
 今までの「あなたの隣が私の居場所です」とか全部無自覚で言ってたってことか……?

「サーシャは俺に戦闘経験を積めって言ったけど、俺はサーシャにはもっと恋物語の本とか読んでもらいたいと思う……。この世界にあるなら、だけど」
「ええっ!? そ、そういうの読むのはなんだか気恥ずかしくて」

 人のこと言える立場じゃないんだけど、本当に恋愛わかってないんだなあ……。

「多分、読んだら『あっ、この人の気持ちわかる』とか感じると思うよ」
「そ、そうですか……明日、図書館に行ってみます。それで、あの……もう少しこのままにしててもいいですか?」
「い、いいよ。頭重くない?」
「ジョーさんこそ、私の頭が重くないですか?」
「重さは感じるけど、それがなんか嬉しい」
「……そうですね、私もです」

 サーシャの声はとても穏やかになっていた。
 そして俺たちはお互い黙ったまま身を寄せ合っていて、気がついたら隣からすうすうと寝息が聞こえていた、

 俺の隣で彼女が安心してくれるなら、それが一番良いな……。
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