殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

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ネージュ編

26 師匠的に地獄の風魔法修行

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 ギルドの訓練場はソニアの風魔法の威力が凄いためか、あちこち地面が抉れて訓練用の器具なんかも壊れていた。
 これは……まさに「暴風娘」の二つ名にふさわしい暴走っぷりだったんだろうか。

「あのー……差し入れを持ってきたんですが……動けますか?」

 食べられますか? と最初は聞こうとしたんだけど、エリクさんとソニアのあまりの疲弊っぷりに、思わず言葉を変える。
 レベッカさんはこの事態をほぼ正確に予測したんだな。
 本当にあの人、いろいろ凄いな……。

「ああ、ジョーか……。俺は、まあ動けるぞ」
「全身が泥みたいに怠いわ……。今すぐベッドに潜り込みたい」
「ふざけるなソニア! 俺だってこの場から逃げ出したいのに、今日1日で終わらせるために必死にやってるんだぞ! 全ネージュ今すぐ帰りたい選手権やったら俺がぶっちぎりの1位だからな!?」
「率直な感想を述べただけですぅー! そんなに大きい声を出すから余計疲れるんですよ!!」
「お前にだけは言われたくないな! クエリーの一族はどうしてこう声がでかいんだ!」

 ふたりのある意味元気いっぱいのやりとりを見て、俺とサーシャは胸を撫で下ろした。

「良かった。ふたりとも元気そうだね」
「最悪回復魔法を掛けようかと思いましたが、とりあえず必要なさそうです。ジョーさん、テーブルセットを出しましょう」

 サーシャの提案で、俺は訓練場の地面がボコボコになっていないところにテーブルセットを出した。
 ソニアとエリクさんがゾンビみたいにふらふら歩いてきて椅子に座り、同時に「はぁ~」とため息をついてテーブルに突っ伏してしまった。

「と、とりあえず水をどうぞ」
「あ、そうだ。ジョーさん、レモンの蜂蜜漬けも出してください。それと、先にジョッキだけ出してもらえますか」

 俺はサーシャに言われる通りに、容器に入ったレモンの蜂蜜漬けとジョッキを出した。
 サーシャは器用に容器に溜まった蜂蜜だけをジョッキに垂らし、それから革袋に入った水を注ぐ。
 なるほど、はちみつレモンだ!
 これなら疲れてるときに良さそうだな。

「あ、ありがと」
「すまんな」

 ヘロヘロになっているふたりはジョッキのはちみつレモンを飲み干した。そしてまた同時に「はぁ~」とため息をつく。

「「お替わり」」
「レモンも入れちゃっていいですか?」

 蜂蜜の染みたレモンをジョッキに入れ、サーシャはフォークでブスブスと突いてから水を入れた。それもふたりは一気に飲み干してしまい、再びテーブルに突っ伏した。

「「はぁ~」」
「あ、あの、レベッカさんに俺のベーコンを使った特製麦粥を作ってもらったんですが……食べられそうですか?」

 この調子では水分しか無理じゃないかなと思ったけど、突然エリクさんが目を爛々とさせて起き上がった。

「ジョーのベーコンを使ったレベッカ特製麦粥だと!? 食べる! パンはさすがに無理だが麦粥なら食べられそうだ」
「師匠元気じゃないですかー」
「それじゃ、出しますね。ソニアも食べられそうだったら食べて。レベッカさんが疲れてても食べやすいように工夫してくれたみたいだから」

 そして俺は病人食、もとい特製麦粥をどんと出して、スプーンを添えてふたりに差し出した。
 エリクさんは嬉しそうに早速スプーンですくった麦粥を吹き冷ましながら口に運び、「んんん~」と悶えている。

 ……これは、なんかすっごいパフェを目にして1口目を食べたときの女子高生の反応だな。
 最近で言うとサーシャと神殿帰りに喫茶店に行ったときに見た。対象が違いすぎるけど。

「これはうまいなー。麦粥なんて味気ないものだと思ってたが、こんなにうまくなるもんなのか。味は濃厚なのに、意外にするっと入っていくな」
「タマネギとベーコンをみじん切りにして、バターで炒めてから牛乳を足して、そこに細挽きの何かの穀物を入れて、チーズを削って入れてましたよ。俺と一緒に試作したときには干しトウモロコシを戻したものとかパセリのみじん切りも入れてましたけど、今回は簡易版みたいです」
「そんなに美味しいの? でも、確かにすっごくいい香りだわ」

 エリクさんの反応で興味を持ったのだろう。まだ怠そうにソニアがスプーンで少しだけ麦粥を食べた。
 一口食べただけで、パアアアア! と効果音が付きそうな勢いでその表情が変わる。

「美味しいわ! これなら食べられる! 一口毎に体力が戻ってきそうよ!」
「それは良かった。レベッカさんに伝えておくよ」

 小麦は高価らしいから、多分細挽きの大麦で作ったんだろうな。俺はオートミールってプチプチしてるものだと思ってたから、細挽きで作ったらより「お粥」感があるんだろうと想像するだけだ。

 そして俺とサーシャは容器を返しに一度蜜蜂亭に行き、レベッカさんにふたりの感想を伝えた。
 細挽きが正解だったみたいだと言うと、彼女はうんうんと頷いている。

「あれなら病気の人でも食べられそうですね。牛乳で煮て、蜂蜜を掛けても美味しいと思いますよ。俺はそういうのも食べてました」
「あら、甘くするのね。確かにその方が滋養がありそう。少し甘いと食べやすいから、それも今度試作してみるわ。病気の時でも食べやすいものがあれば、看病する側もいろいろ助かるでしょうし」
「それがうまくできたら、是非神殿に持って行ってみてください。特にイエヤッス様の神殿なら、病気の人を診てますから喜ばれると思いますよ」

 サーシャのアドバイスに、俺は微妙な表情になるのを我慢できなかった。
 薬の神イエヤッス様、か。
 不意打ちやめて欲しいな……。
 
 
 ギルドの訓練場に戻ると、まだふたりはテーブルに突っ伏していた。けれど俺たちが戻ってきたのを見て、エリクさんが身を起こす。

「ソニア。休憩は終わりだ。サーシャとジョーに午前中の成果を見せてやれ」
「わかりました!」

 なんだかんだ、このふたりは息が合ってるみたいだ。
 ソニアもエリクさんを「師匠」と呼んでるし、ちゃんと師匠と認めてる態度を取っている。

 俺がテーブルセットを片付けると、ソニアは訓練場の端に立った。
 そして、反対側の壁近くにエリクさんが土魔法で的を作る。

「サーシャとジョーは俺の後ろにいろ! 絶対離れるなよ」

 慌てて走って戻ってきたエリクさんの言葉が若干物騒だ。
 それに従って、俺たちはエリクさんの後ろからソニアを見守った。

 ソニアが、20センチほどの長さの杖を構える、キリリとその顔が引き締まった。

「行くわよ、《旋風斬ウインドカツター》!」

 ソニアの杖から、ゴウっと音を立てて風が走った。……訓練場の地面を抉りながら。
 しかも的に当たることなく、かなりずれた場所の壁を直撃している。風は見えないけど、土埃が巻き上がるのは見えるんだよな。

「頼む! お願いだ! もう少しでいいから『発動させよう』という気持ちより『制御しよう』という方に意識を割いてくれ! 的をしっかり見ろ!」

 ……エリクさんがもはや懇願している。
 師匠と弟子ってこんな関係だったっけ?
 
「これは、ソニアさんはともかくエリクさんまで疲れるのも納得ですね」

 とうとうサーシャの顔も無表情になった。

「次、《暴風斬ストームブラスト》!」

 午前中のうちにふたつも使えるようになったのか! 凄い! ……と思ったのは本当に一瞬で、ソニアの手元で巻き起こった竜巻が無軌道に動き出した!

「《防壁ウォール》!」

 あわや巻き込まれるかと思ったけども、エリクさんが巨大な土壁を出現させて竜巻を防いでくれた。

「ソニア! 《暴風斬ストームブラスト》は竜巻を起こす魔法じゃない! 何度でも言うぞ、《旋風斬ウインドカツター》はひとつの大きな風の刃で対象を切りつける魔法、《暴風斬ストームブラスト》は複数の小さな風の刃で切りつける魔法だ! 竜巻を、起こす、魔法じゃない!」
「わかってます! 理屈ではわかってます!」
「それじゃあなんとかしろぉー!」
「できないから師匠に教わってるんじゃないですかぁー!」

 ぎゃいぎゃいと師匠と弟子の言い合いが続く。
 なんだろう、相性が良すぎるっていうのかな。
 性別と年齢が違う「同じ人間」がふたりいるような気がする。

「俺、なんでエリクさんじゃないとソニアの師匠が務まらないかわかった気がする」
「私もです。どうして副ギルド長が? と思ったんですが、風魔法をわかりつつ土魔法で自分を守れる人じゃないと無理なんですね」

 ソニアとエリクさんの特訓を見守る俺とサーシャの目から、どんどん光が消えていった。


「杖の先に意識を集中しろ! 魔力をそこに集めて、刃を意識して目標に向かって一直線に飛ばせ! あー、これ今日何回言ったかなー!? 100回は言ってる気がするぞ」
「《旋風斬ウインドカツター》!」

 今度は地面を抉りつつも、ソニアの《旋風斬ウインドカツター》は的を直撃した。
 エリクさんの作った土の的は、ソニアの魔法を食らって爆散する。
 ……風の刃で、爆散?

「それじゃあ《突風ガスト》だろう! 空気の塊をぶつけるんじゃない、刃を作るんだ!」
「わかってます! 理屈ではわかってます!」
「ハハハ……ソニア……お前が風魔法使いで良かったよ……ハハハ……火魔法使いだったらこんな被害で済まなかった。今頃俺は燃えかすだな……」

 こ、これは疲労困憊する!
 地獄か!

「私、魔法使いの訓練って初めて見たんですが、きっとこれが普通なわけじゃないんですよね」

 いつもより格段に力の抜けた声でサーシャが呟いた。

「俺も昨日引き受けたときから覚悟はしてたが、ここまで酷いとは思わなかった」

 午後の訓練が始まってからさほど時間は経ってないのに、エリクさんががくりと膝を付く。

「……仕方ないな、ソニア、魔法の訓練は中断だ。これから剣の稽古をする」
「えええ? 私、剣なんて持ったことないですし、剣で戦うつもりもないんですけど!」
「使うのはそこに掛けてあるシミターだ。最も《旋風斬ウインドカツター》の刃に近くて、『風の刃』をイメージしやすくなる」

 あ、なるほど。エリクさんが物理戦闘も囓ったというのはこれか!
 意外に大変なんだな、風魔法使いは。
 俺は空間魔法で本当によかった。


 それからの午後の時間は、ソニアは剣の素振りだけをひたすら続けていた。
 合間合間にサーシャが回復魔法を掛けていて、「治療しながら続ける拷問ってこれのことかな」と俺はつい思ってしまった。

 結局ソニアの風魔法修行は一日で終わらず、エリクさんが次に予定を空けられる明後日に続きをするということになった。

「俺な……この1日を空けるために昨日は必死で仕事したんだぞ……。それを明日またやって、明後日はこの地獄の修行だよ……ああ、土と風の2属性だったばかりに……」

 死んだ目でうなだれるエリクさんに、俺は布で包んだベーコンの塊をそっと手渡すことしかできなかった……。
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