27 / 122
ネージュ編
26 師匠的に地獄の風魔法修行
しおりを挟む
ギルドの訓練場はソニアの風魔法の威力が凄いためか、あちこち地面が抉れて訓練用の器具なんかも壊れていた。
これは……まさに「暴風娘」の二つ名にふさわしい暴走っぷりだったんだろうか。
「あのー……差し入れを持ってきたんですが……動けますか?」
食べられますか? と最初は聞こうとしたんだけど、エリクさんとソニアのあまりの疲弊っぷりに、思わず言葉を変える。
レベッカさんはこの事態をほぼ正確に予測したんだな。
本当にあの人、いろいろ凄いな……。
「ああ、ジョーか……。俺は、まあ動けるぞ」
「全身が泥みたいに怠いわ……。今すぐベッドに潜り込みたい」
「ふざけるなソニア! 俺だってこの場から逃げ出したいのに、今日1日で終わらせるために必死にやってるんだぞ! 全ネージュ今すぐ帰りたい選手権やったら俺がぶっちぎりの1位だからな!?」
「率直な感想を述べただけですぅー! そんなに大きい声を出すから余計疲れるんですよ!!」
「お前にだけは言われたくないな! クエリーの一族はどうしてこう声がでかいんだ!」
ふたりのある意味元気いっぱいのやりとりを見て、俺とサーシャは胸を撫で下ろした。
「良かった。ふたりとも元気そうだね」
「最悪回復魔法を掛けようかと思いましたが、とりあえず必要なさそうです。ジョーさん、テーブルセットを出しましょう」
サーシャの提案で、俺は訓練場の地面がボコボコになっていないところにテーブルセットを出した。
ソニアとエリクさんがゾンビみたいにふらふら歩いてきて椅子に座り、同時に「はぁ~」とため息をついてテーブルに突っ伏してしまった。
「と、とりあえず水をどうぞ」
「あ、そうだ。ジョーさん、レモンの蜂蜜漬けも出してください。それと、先にジョッキだけ出してもらえますか」
俺はサーシャに言われる通りに、容器に入ったレモンの蜂蜜漬けとジョッキを出した。
サーシャは器用に容器に溜まった蜂蜜だけをジョッキに垂らし、それから革袋に入った水を注ぐ。
なるほど、はちみつレモンだ!
これなら疲れてるときに良さそうだな。
「あ、ありがと」
「すまんな」
ヘロヘロになっているふたりはジョッキのはちみつレモンを飲み干した。そしてまた同時に「はぁ~」とため息をつく。
「「お替わり」」
「レモンも入れちゃっていいですか?」
蜂蜜の染みたレモンをジョッキに入れ、サーシャはフォークでブスブスと突いてから水を入れた。それもふたりは一気に飲み干してしまい、再びテーブルに突っ伏した。
「「はぁ~」」
「あ、あの、レベッカさんに俺のベーコンを使った特製麦粥を作ってもらったんですが……食べられそうですか?」
この調子では水分しか無理じゃないかなと思ったけど、突然エリクさんが目を爛々とさせて起き上がった。
「ジョーのベーコンを使ったレベッカ特製麦粥だと!? 食べる! パンはさすがに無理だが麦粥なら食べられそうだ」
「師匠元気じゃないですかー」
「それじゃ、出しますね。ソニアも食べられそうだったら食べて。レベッカさんが疲れてても食べやすいように工夫してくれたみたいだから」
そして俺は病人食、もとい特製麦粥をどんと出して、スプーンを添えてふたりに差し出した。
エリクさんは嬉しそうに早速スプーンですくった麦粥を吹き冷ましながら口に運び、「んんん~」と悶えている。
……これは、なんかすっごいパフェを目にして1口目を食べたときの女子高生の反応だな。
最近で言うとサーシャと神殿帰りに喫茶店に行ったときに見た。対象が違いすぎるけど。
「これはうまいなー。麦粥なんて味気ないものだと思ってたが、こんなにうまくなるもんなのか。味は濃厚なのに、意外にするっと入っていくな」
「タマネギとベーコンをみじん切りにして、バターで炒めてから牛乳を足して、そこに細挽きの何かの穀物を入れて、チーズを削って入れてましたよ。俺と一緒に試作したときには干しトウモロコシを戻したものとかパセリのみじん切りも入れてましたけど、今回は簡易版みたいです」
「そんなに美味しいの? でも、確かにすっごくいい香りだわ」
エリクさんの反応で興味を持ったのだろう。まだ怠そうにソニアがスプーンで少しだけ麦粥を食べた。
一口食べただけで、パアアアア! と効果音が付きそうな勢いでその表情が変わる。
「美味しいわ! これなら食べられる! 一口毎に体力が戻ってきそうよ!」
「それは良かった。レベッカさんに伝えておくよ」
小麦は高価らしいから、多分細挽きの大麦で作ったんだろうな。俺はオートミールってプチプチしてるものだと思ってたから、細挽きで作ったらより「お粥」感があるんだろうと想像するだけだ。
そして俺とサーシャは容器を返しに一度蜜蜂亭に行き、レベッカさんにふたりの感想を伝えた。
細挽きが正解だったみたいだと言うと、彼女はうんうんと頷いている。
「あれなら病気の人でも食べられそうですね。牛乳で煮て、蜂蜜を掛けても美味しいと思いますよ。俺はそういうのも食べてました」
「あら、甘くするのね。確かにその方が滋養がありそう。少し甘いと食べやすいから、それも今度試作してみるわ。病気の時でも食べやすいものがあれば、看病する側もいろいろ助かるでしょうし」
「それがうまくできたら、是非神殿に持って行ってみてください。特にイエヤッス様の神殿なら、病気の人を診てますから喜ばれると思いますよ」
サーシャのアドバイスに、俺は微妙な表情になるのを我慢できなかった。
薬の神イエヤッス様、か。
不意打ちやめて欲しいな……。
ギルドの訓練場に戻ると、まだふたりはテーブルに突っ伏していた。けれど俺たちが戻ってきたのを見て、エリクさんが身を起こす。
「ソニア。休憩は終わりだ。サーシャとジョーに午前中の成果を見せてやれ」
「わかりました!」
なんだかんだ、このふたりは息が合ってるみたいだ。
ソニアもエリクさんを「師匠」と呼んでるし、ちゃんと師匠と認めてる態度を取っている。
俺がテーブルセットを片付けると、ソニアは訓練場の端に立った。
そして、反対側の壁近くにエリクさんが土魔法で的を作る。
「サーシャとジョーは俺の後ろにいろ! 絶対離れるなよ」
慌てて走って戻ってきたエリクさんの言葉が若干物騒だ。
それに従って、俺たちはエリクさんの後ろからソニアを見守った。
ソニアが、20センチほどの長さの杖を構える、キリリとその顔が引き締まった。
「行くわよ、《旋風斬》!」
ソニアの杖から、ゴウっと音を立てて風が走った。……訓練場の地面を抉りながら。
しかも的に当たることなく、かなりずれた場所の壁を直撃している。風は見えないけど、土埃が巻き上がるのは見えるんだよな。
「頼む! お願いだ! もう少しでいいから『発動させよう』という気持ちより『制御しよう』という方に意識を割いてくれ! 的をしっかり見ろ!」
……エリクさんがもはや懇願している。
師匠と弟子ってこんな関係だったっけ?
「これは、ソニアさんはともかくエリクさんまで疲れるのも納得ですね」
とうとうサーシャの顔も無表情になった。
「次、《暴風斬》!」
午前中のうちにふたつも使えるようになったのか! 凄い! ……と思ったのは本当に一瞬で、ソニアの手元で巻き起こった竜巻が無軌道に動き出した!
「《防壁》!」
あわや巻き込まれるかと思ったけども、エリクさんが巨大な土壁を出現させて竜巻を防いでくれた。
「ソニア! 《暴風斬》は竜巻を起こす魔法じゃない! 何度でも言うぞ、《旋風斬》はひとつの大きな風の刃で対象を切りつける魔法、《暴風斬》は複数の小さな風の刃で切りつける魔法だ! 竜巻を、起こす、魔法じゃない!」
「わかってます! 理屈ではわかってます!」
「それじゃあなんとかしろぉー!」
「できないから師匠に教わってるんじゃないですかぁー!」
ぎゃいぎゃいと師匠と弟子の言い合いが続く。
なんだろう、相性が良すぎるっていうのかな。
性別と年齢が違う「同じ人間」がふたりいるような気がする。
「俺、なんでエリクさんじゃないとソニアの師匠が務まらないかわかった気がする」
「私もです。どうして副ギルド長が? と思ったんですが、風魔法をわかりつつ土魔法で自分を守れる人じゃないと無理なんですね」
ソニアとエリクさんの特訓を見守る俺とサーシャの目から、どんどん光が消えていった。
「杖の先に意識を集中しろ! 魔力をそこに集めて、刃を意識して目標に向かって一直線に飛ばせ! あー、これ今日何回言ったかなー!? 100回は言ってる気がするぞ」
「《旋風斬》!」
今度は地面を抉りつつも、ソニアの《旋風斬》は的を直撃した。
エリクさんの作った土の的は、ソニアの魔法を食らって爆散する。
……風の刃で、爆散?
「それじゃあ《突風》だろう! 空気の塊をぶつけるんじゃない、刃を作るんだ!」
「わかってます! 理屈ではわかってます!」
「ハハハ……ソニア……お前が風魔法使いで良かったよ……ハハハ……火魔法使いだったらこんな被害で済まなかった。今頃俺は燃えかすだな……」
こ、これは疲労困憊する!
地獄か!
「私、魔法使いの訓練って初めて見たんですが、きっとこれが普通なわけじゃないんですよね」
いつもより格段に力の抜けた声でサーシャが呟いた。
「俺も昨日引き受けたときから覚悟はしてたが、ここまで酷いとは思わなかった」
午後の訓練が始まってからさほど時間は経ってないのに、エリクさんががくりと膝を付く。
「……仕方ないな、ソニア、魔法の訓練は中断だ。これから剣の稽古をする」
「えええ? 私、剣なんて持ったことないですし、剣で戦うつもりもないんですけど!」
「使うのはそこに掛けてあるシミターだ。最も《旋風斬》の刃に近くて、『風の刃』をイメージしやすくなる」
あ、なるほど。エリクさんが物理戦闘も囓ったというのはこれか!
意外に大変なんだな、風魔法使いは。
俺は空間魔法で本当によかった。
それからの午後の時間は、ソニアは剣の素振りだけをひたすら続けていた。
合間合間にサーシャが回復魔法を掛けていて、「治療しながら続ける拷問ってこれのことかな」と俺はつい思ってしまった。
結局ソニアの風魔法修行は一日で終わらず、エリクさんが次に予定を空けられる明後日に続きをするということになった。
「俺な……この1日を空けるために昨日は必死で仕事したんだぞ……。それを明日またやって、明後日はこの地獄の修行だよ……ああ、土と風の2属性だったばかりに……」
死んだ目でうなだれるエリクさんに、俺は布で包んだベーコンの塊をそっと手渡すことしかできなかった……。
これは……まさに「暴風娘」の二つ名にふさわしい暴走っぷりだったんだろうか。
「あのー……差し入れを持ってきたんですが……動けますか?」
食べられますか? と最初は聞こうとしたんだけど、エリクさんとソニアのあまりの疲弊っぷりに、思わず言葉を変える。
レベッカさんはこの事態をほぼ正確に予測したんだな。
本当にあの人、いろいろ凄いな……。
「ああ、ジョーか……。俺は、まあ動けるぞ」
「全身が泥みたいに怠いわ……。今すぐベッドに潜り込みたい」
「ふざけるなソニア! 俺だってこの場から逃げ出したいのに、今日1日で終わらせるために必死にやってるんだぞ! 全ネージュ今すぐ帰りたい選手権やったら俺がぶっちぎりの1位だからな!?」
「率直な感想を述べただけですぅー! そんなに大きい声を出すから余計疲れるんですよ!!」
「お前にだけは言われたくないな! クエリーの一族はどうしてこう声がでかいんだ!」
ふたりのある意味元気いっぱいのやりとりを見て、俺とサーシャは胸を撫で下ろした。
「良かった。ふたりとも元気そうだね」
「最悪回復魔法を掛けようかと思いましたが、とりあえず必要なさそうです。ジョーさん、テーブルセットを出しましょう」
サーシャの提案で、俺は訓練場の地面がボコボコになっていないところにテーブルセットを出した。
ソニアとエリクさんがゾンビみたいにふらふら歩いてきて椅子に座り、同時に「はぁ~」とため息をついてテーブルに突っ伏してしまった。
「と、とりあえず水をどうぞ」
「あ、そうだ。ジョーさん、レモンの蜂蜜漬けも出してください。それと、先にジョッキだけ出してもらえますか」
俺はサーシャに言われる通りに、容器に入ったレモンの蜂蜜漬けとジョッキを出した。
サーシャは器用に容器に溜まった蜂蜜だけをジョッキに垂らし、それから革袋に入った水を注ぐ。
なるほど、はちみつレモンだ!
これなら疲れてるときに良さそうだな。
「あ、ありがと」
「すまんな」
ヘロヘロになっているふたりはジョッキのはちみつレモンを飲み干した。そしてまた同時に「はぁ~」とため息をつく。
「「お替わり」」
「レモンも入れちゃっていいですか?」
蜂蜜の染みたレモンをジョッキに入れ、サーシャはフォークでブスブスと突いてから水を入れた。それもふたりは一気に飲み干してしまい、再びテーブルに突っ伏した。
「「はぁ~」」
「あ、あの、レベッカさんに俺のベーコンを使った特製麦粥を作ってもらったんですが……食べられそうですか?」
この調子では水分しか無理じゃないかなと思ったけど、突然エリクさんが目を爛々とさせて起き上がった。
「ジョーのベーコンを使ったレベッカ特製麦粥だと!? 食べる! パンはさすがに無理だが麦粥なら食べられそうだ」
「師匠元気じゃないですかー」
「それじゃ、出しますね。ソニアも食べられそうだったら食べて。レベッカさんが疲れてても食べやすいように工夫してくれたみたいだから」
そして俺は病人食、もとい特製麦粥をどんと出して、スプーンを添えてふたりに差し出した。
エリクさんは嬉しそうに早速スプーンですくった麦粥を吹き冷ましながら口に運び、「んんん~」と悶えている。
……これは、なんかすっごいパフェを目にして1口目を食べたときの女子高生の反応だな。
最近で言うとサーシャと神殿帰りに喫茶店に行ったときに見た。対象が違いすぎるけど。
「これはうまいなー。麦粥なんて味気ないものだと思ってたが、こんなにうまくなるもんなのか。味は濃厚なのに、意外にするっと入っていくな」
「タマネギとベーコンをみじん切りにして、バターで炒めてから牛乳を足して、そこに細挽きの何かの穀物を入れて、チーズを削って入れてましたよ。俺と一緒に試作したときには干しトウモロコシを戻したものとかパセリのみじん切りも入れてましたけど、今回は簡易版みたいです」
「そんなに美味しいの? でも、確かにすっごくいい香りだわ」
エリクさんの反応で興味を持ったのだろう。まだ怠そうにソニアがスプーンで少しだけ麦粥を食べた。
一口食べただけで、パアアアア! と効果音が付きそうな勢いでその表情が変わる。
「美味しいわ! これなら食べられる! 一口毎に体力が戻ってきそうよ!」
「それは良かった。レベッカさんに伝えておくよ」
小麦は高価らしいから、多分細挽きの大麦で作ったんだろうな。俺はオートミールってプチプチしてるものだと思ってたから、細挽きで作ったらより「お粥」感があるんだろうと想像するだけだ。
そして俺とサーシャは容器を返しに一度蜜蜂亭に行き、レベッカさんにふたりの感想を伝えた。
細挽きが正解だったみたいだと言うと、彼女はうんうんと頷いている。
「あれなら病気の人でも食べられそうですね。牛乳で煮て、蜂蜜を掛けても美味しいと思いますよ。俺はそういうのも食べてました」
「あら、甘くするのね。確かにその方が滋養がありそう。少し甘いと食べやすいから、それも今度試作してみるわ。病気の時でも食べやすいものがあれば、看病する側もいろいろ助かるでしょうし」
「それがうまくできたら、是非神殿に持って行ってみてください。特にイエヤッス様の神殿なら、病気の人を診てますから喜ばれると思いますよ」
サーシャのアドバイスに、俺は微妙な表情になるのを我慢できなかった。
薬の神イエヤッス様、か。
不意打ちやめて欲しいな……。
ギルドの訓練場に戻ると、まだふたりはテーブルに突っ伏していた。けれど俺たちが戻ってきたのを見て、エリクさんが身を起こす。
「ソニア。休憩は終わりだ。サーシャとジョーに午前中の成果を見せてやれ」
「わかりました!」
なんだかんだ、このふたりは息が合ってるみたいだ。
ソニアもエリクさんを「師匠」と呼んでるし、ちゃんと師匠と認めてる態度を取っている。
俺がテーブルセットを片付けると、ソニアは訓練場の端に立った。
そして、反対側の壁近くにエリクさんが土魔法で的を作る。
「サーシャとジョーは俺の後ろにいろ! 絶対離れるなよ」
慌てて走って戻ってきたエリクさんの言葉が若干物騒だ。
それに従って、俺たちはエリクさんの後ろからソニアを見守った。
ソニアが、20センチほどの長さの杖を構える、キリリとその顔が引き締まった。
「行くわよ、《旋風斬》!」
ソニアの杖から、ゴウっと音を立てて風が走った。……訓練場の地面を抉りながら。
しかも的に当たることなく、かなりずれた場所の壁を直撃している。風は見えないけど、土埃が巻き上がるのは見えるんだよな。
「頼む! お願いだ! もう少しでいいから『発動させよう』という気持ちより『制御しよう』という方に意識を割いてくれ! 的をしっかり見ろ!」
……エリクさんがもはや懇願している。
師匠と弟子ってこんな関係だったっけ?
「これは、ソニアさんはともかくエリクさんまで疲れるのも納得ですね」
とうとうサーシャの顔も無表情になった。
「次、《暴風斬》!」
午前中のうちにふたつも使えるようになったのか! 凄い! ……と思ったのは本当に一瞬で、ソニアの手元で巻き起こった竜巻が無軌道に動き出した!
「《防壁》!」
あわや巻き込まれるかと思ったけども、エリクさんが巨大な土壁を出現させて竜巻を防いでくれた。
「ソニア! 《暴風斬》は竜巻を起こす魔法じゃない! 何度でも言うぞ、《旋風斬》はひとつの大きな風の刃で対象を切りつける魔法、《暴風斬》は複数の小さな風の刃で切りつける魔法だ! 竜巻を、起こす、魔法じゃない!」
「わかってます! 理屈ではわかってます!」
「それじゃあなんとかしろぉー!」
「できないから師匠に教わってるんじゃないですかぁー!」
ぎゃいぎゃいと師匠と弟子の言い合いが続く。
なんだろう、相性が良すぎるっていうのかな。
性別と年齢が違う「同じ人間」がふたりいるような気がする。
「俺、なんでエリクさんじゃないとソニアの師匠が務まらないかわかった気がする」
「私もです。どうして副ギルド長が? と思ったんですが、風魔法をわかりつつ土魔法で自分を守れる人じゃないと無理なんですね」
ソニアとエリクさんの特訓を見守る俺とサーシャの目から、どんどん光が消えていった。
「杖の先に意識を集中しろ! 魔力をそこに集めて、刃を意識して目標に向かって一直線に飛ばせ! あー、これ今日何回言ったかなー!? 100回は言ってる気がするぞ」
「《旋風斬》!」
今度は地面を抉りつつも、ソニアの《旋風斬》は的を直撃した。
エリクさんの作った土の的は、ソニアの魔法を食らって爆散する。
……風の刃で、爆散?
「それじゃあ《突風》だろう! 空気の塊をぶつけるんじゃない、刃を作るんだ!」
「わかってます! 理屈ではわかってます!」
「ハハハ……ソニア……お前が風魔法使いで良かったよ……ハハハ……火魔法使いだったらこんな被害で済まなかった。今頃俺は燃えかすだな……」
こ、これは疲労困憊する!
地獄か!
「私、魔法使いの訓練って初めて見たんですが、きっとこれが普通なわけじゃないんですよね」
いつもより格段に力の抜けた声でサーシャが呟いた。
「俺も昨日引き受けたときから覚悟はしてたが、ここまで酷いとは思わなかった」
午後の訓練が始まってからさほど時間は経ってないのに、エリクさんががくりと膝を付く。
「……仕方ないな、ソニア、魔法の訓練は中断だ。これから剣の稽古をする」
「えええ? 私、剣なんて持ったことないですし、剣で戦うつもりもないんですけど!」
「使うのはそこに掛けてあるシミターだ。最も《旋風斬》の刃に近くて、『風の刃』をイメージしやすくなる」
あ、なるほど。エリクさんが物理戦闘も囓ったというのはこれか!
意外に大変なんだな、風魔法使いは。
俺は空間魔法で本当によかった。
それからの午後の時間は、ソニアは剣の素振りだけをひたすら続けていた。
合間合間にサーシャが回復魔法を掛けていて、「治療しながら続ける拷問ってこれのことかな」と俺はつい思ってしまった。
結局ソニアの風魔法修行は一日で終わらず、エリクさんが次に予定を空けられる明後日に続きをするということになった。
「俺な……この1日を空けるために昨日は必死で仕事したんだぞ……。それを明日またやって、明後日はこの地獄の修行だよ……ああ、土と風の2属性だったばかりに……」
死んだ目でうなだれるエリクさんに、俺は布で包んだベーコンの塊をそっと手渡すことしかできなかった……。
0
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

異世界に来たからといってヒロインとは限らない
あろまりん
ファンタジー
※ようやく修正終わりました!加筆&纏めたため、26~50までは欠番とします(笑)これ以降の番号振り直すなんて無理!
ごめんなさい、変な番号降ってますが、内容は繋がってますから許してください!!!※
ファンタジー小説大賞結果発表!!!
\9位/ ٩( 'ω' )و \奨励賞/
(嬉しかったので自慢します)
書籍化は考えていま…いな…してみたく…したいな…(ゲフンゲフン)
変わらず応援して頂ければと思います。よろしくお願いします!
(誰かイラスト化してくれる人いませんか?)←他力本願
※誤字脱字報告につきましては、返信等一切しませんのでご了承ください。しかるべき時期に手直しいたします。
* * *
やってきました、異世界。
学生の頃は楽しく読みました、ラノベ。
いえ、今でも懐かしく読んでます。
好きですよ?異世界転移&転生モノ。
だからといって自分もそうなるなんて考えませんよね?
『ラッキー』と思うか『アンラッキー』と思うか。
実際来てみれば、乙女ゲームもかくやと思う世界。
でもね、誰もがヒロインになる訳じゃないんですよ、ホント。
モブキャラの方が楽しみは多いかもしれないよ?
帰る方法を探して四苦八苦?
はてさて帰る事ができるかな…
アラフォー女のドタバタ劇…?かな…?
***********************
基本、ノリと勢いで書いてます。
どこかで見たような展開かも知れません。
暇つぶしに書いている作品なので、多くは望まないでくださると嬉しいです。

二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-
ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。
断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。
彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。
通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。
お惣菜お安いですよ?いかがです?
物語はまったり、のんびりと進みます。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。

群青の軌跡
花影
ファンタジー
ルークとオリガを主人公とした「群青の空の下で」の外伝。2人の過去や本編のその後……基本ほのぼのとした日常プラスちょっとした事件を描いていきます。
『第1章ルークの物語』後にタランテラの悪夢と呼ばれる内乱が終結し、ルークは恋人のオリガを伴い故郷のアジュガで10日間の休暇を過ごすことになった。家族や幼馴染に歓迎されるも、町長のクラインにはあからさまな敵意を向けられる。軋轢の発端となったルークの過去の物語。
『第2章オリガの物語』即位式を半月後に控え、忙しくも充実した毎日を送っていたオリガは2カ月ぶりに恋人のルークと再会する。小さな恋を育みだしたコリンシアとティムに複雑な思いを抱いていたが、ルークの一言で見守っていこうと決意する。
『第3章2人の物語』内乱終結から2年。平和を謳歌する中、カルネイロ商会の残党による陰謀が発覚する。狙われたゲオルグの身代わりで敵地に乗り込んだルークはそこで思わぬ再会をする。
『第4章夫婦の物語』ルークとオリガが結婚して1年。忙しいながらも公私共に充実した生活を送っていた2人がアジュガに帰郷すると驚きの事実が判明する。一方、ルークの領主就任で発展していくアジュガとミステル。それを羨む者により、喜びに沸くビレア家に思いがけない不幸が降りかかる。
『第5章家族の物語』皇子誕生の祝賀に沸く皇都で開催された夏至祭でティムが華々しく活躍した一方で、そんな彼に嫉妬したレオナルトが事件を起こしてミムラス家から勘当さる。そんな彼を雷光隊で預かることになったが、激化したミムラス家でのお家騒動にルーク達も否応なしに巻き込まれていく。「小さな恋の行方」のネタバレを含みますので、未読の方はご注意下さい。
『第6章親子の物語』エルニアの内乱鎮圧に助力して無事に帰国したルークは、穏やかな生活を取り戻していた。しかし、ミムラス家からあらぬ疑いで訴えられてしまう。
小説家になろう、カクヨムでも掲載

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~
紅月シン
ファンタジー
聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。
いや嘘だ。
本当は不満でいっぱいだった。
食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。
だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。
しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。
そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。
二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。
だが彼女は知らなかった。
三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。
知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。
※完結しました。
※小説家になろう様にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる