殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

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ネージュ編

16 空間魔法は美味しい

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 今年の大猪ビツグワイルドボア大規模討伐結果。

 討伐、102頭。
 アーノルドパーティー(実質アーノルドさんひとりの戦果)31頭。
 サーシャパーティー(完全にサーシャひとりの戦果)40頭。
 その他パーティー(19組)合計31頭。

 ――なんて酷い結果なんだ。
 まあ、中には星2に上リ立てで、3パーティー合同でやっと1頭倒したなんてケースもあるらしいけども。

 サーシャとアーノルドさんが圧倒的すぎる……。
 聞いたところでは、サーシャがいなかった前回6年前の大規模討伐では、アーノルドさんもまだそんなに有名ではなかったため100頭の討伐には3日ほど掛かったらしい。

 それが、今回は半日ちょっとだ。しかもサーシャの40頭に至っては10分ほどの成果だし。
 半日で終わりました、って、関ヶ原の戦いか。

 今回の宿泊費を負担している冒険者ギルド側は、多大なる経費節約に繋がってウハウハらしい。
 そして、ガツリーの街は冒険者が4日くらいは滞在すると思っていたのに、当てが外れてがっかりしていた。

 大規模討伐に関しては、参加するだけで一定の報酬がもらえて、討伐数に応じて更にボーナスという扱いなので、1体しか倒せなかったパーティーにもそれなりに金が入る。
 しかも今回はサーシャとアーノルドさんの獅子奮迅の活躍で大した怪我人も出ずに済んだので、結果だけを見ればギルド的には大成功だった。

 そんな中、俺とサーシャとアーノルドさんとコディさんは、冒険者ギルドネージュ支部の副ギルド長の元へと、重たい足取りで向かっていた。


 元冒険者だという義足の副ギルド長は、俺たち4人が揃ってやってきたのを見て、鋭い目をこちらに向けた。
 ううう……威圧感……。日焼けしたワイルドな容貌が、また歴戦の冒険者らしさを醸し出してて怖い。
 
「やあ、君たちか。今回の件に関しては、何をしたかわかってるかね?」

 うっわ!
 声低い!
 地の底から響くような声というのはまさにこのことか!

「は、はい……僕がうっかりサーシャさんにまで補助魔法を掛けてしまい」
「いや、俺が悪いんです。コディにサーシャの補助魔法の欠点を伝えてなかったので」
「連携しながらの作戦でひとり先走ってしまい、申し訳ありませんでした……」

 蒼白な顔で頭を下げるコディさん。それを庇うように立つアーノルドさん。その横で縮こまって頭を下げるサーシャ。

 ――俺は、その横に付き添い的に並んで立っていた。ひたすら副ギルド長の顔を見つめながら。

「なーんてな! あっはははは!! 大怪我した奴もいないし、さっさと終わって今回の大規模討伐は大成功だ! いやー、よくやってくれたよ君たちは! ガツリーの街には金を落とせなくて悪いが、まあ報奨金でいい物でも食べて帰ってくれや!」

 うん、謝るサーシャたちを見ながら頬がピクピクしてたから、もしかして、と思ったんだけども。やっぱりあれは笑いを堪えてたのか。
 副ギルド長は豪快に笑って、ぽかんとしているサーシャたちを見て更に腹を抱えて笑っている。

「エリクさん、心臓に悪いですからやめてくださいよ……」

 非常識勇者のアーノルドさんですら苦情を言うレベル!

「お兄ちゃん頑張るぞぉ~、いやー、はははは! あれはよかったなー。アーノルドのあんないい笑顔を見たのは初めてだ」
「ううううう、髭のおっさんにお兄ちゃんと呼ばれても何も嬉しくないんですよ!」

 声真似をするエリクさんにアーノルドさんが悔しそうに拳を握りしめてるけど、正論なのか何なのか若干判断できないな。そもそも論点がずれてる気がする。
 なにせ、副ギルド長――エリクさんが明るくて気さくな人で良かった。
 俺たちは別に呼び出しを受けたわけではなくて、結果を見て真っ青になったサーシャとコディさんがお詫びをしに行くと言っただけなのだ。

「それと、ジョーもちょうどいいところに来たな。集計も終わったことだし、大猪の搬送を頼む」
「はい、わかりました」

 これはもうひとつの、俺がエリクさんのところに来た理由。
 大規模討伐を受注した時点で、狩った大猪をネージュまで搬送する仕事を俺は請け負っていた。
 だいたいこういう仕事があれば俺の師匠になりかけたヘイズさんがやっていたそうなのだけど、今回は先に入っていた別件で不在にしていて、俺に仕事が回ってきた。

 大猪は引きずるだけでも苦労する大物なので、ガツリーの方で買い取りたいという希望のある分は残し、後は山を回って俺が1頭1頭収納していく。
 それをネージュに戻ってから出すだけの仕事で、30万マギルだ。
 最初に話を聞いたときには耳を疑った。
 空間魔法が楽に儲かって美味しい仕事だというのは、こういうことなのか。
 
 1頭あたり3000マギルってことになるけど、こんなデカいものを徒歩3日の距離運ぶと思ったら運送料としては安過ぎるくらいだ。馬車とかとんでもない量を用意することになるし。
 だけど、空間魔法を使えば別にスペースが圧迫されることもなく、特に俺は無詠唱だから歩き回って大猪を回収するのが内容の9割というお仕事。
 俺は楽して儲かる。ギルドは安く上がる。お互いWin-Winってやつだ。
 空間魔法使いがもっといれば請負価格も下がるんだろうけど、生憎希少性が高い。市場原理の法則だな。

「ところで、大猪って味はどうなんですか?」
「ジョーは大猪を食ったことがないのか? 猪と何も変わらないぞ」
「実はないんです。というか、記憶が……」

 一応俺は記憶喪失と言うことになってるから、小ネタ的に演技を挟むことは忘れない。

 実は、大猪を見ている間にちょっと思いついたことがあったのだ。
 ネージュにいるときにちらっと考えてた、もう少し美味しい麦粥を出す店があればいいのになあというアイディアに、大猪がマッチする。

 それは、大猪ベーコン化計画。
 
 ベーコンはバラ肉を使うから、モモ肉とかはハムにしたらいいな……。父が趣味で作った豚のモモハムも美味しかったけど、ベーコンも美味しかった。あれを味が濃いという猪で作ったらまた格別なんだろう。
 幸い、アウトドア趣味は父譲りなので、燻製のやり方は俺もしっかり身につけている。
 何せ中学の頃なんかは、日曜日だと3時のおやつに「アジの開きの燻製できたぞー」とか言われたような家だったんだ。

 塩気の少し強いベーコンとタマネギを入れたミルクスープで煮込んだオートミール。あの大麦のプチプチとした食感に、小さめに切ったベーコンをたっぷり入れてたら噛む度に味がじゅわっと……。
 やばい、考えただけでよだれが出てきそうだ。

「ジョーさん、ジョーさん、大丈夫ですか? なんか目が泳いでますよ」
「はっ!? ごめん、今考え事してて頭飛んでた」

 サーシャに袖を引かれて意識が現実に戻ってくる。
 ネージュに戻ったら大猪の解体があるから、肉は多めに買い取らせてもらおう。
 それで、燻製を作ってみよう。
 
 ……燻製卵とかチーズも美味しいんだよな。
 多分この世界にも燻製はあると思うんだけど、とりあえず食べたことはない。

「ジョーさん、また目が」
「ご、ごめん」
「どうしたんですか? 昔のことを何か……?」

 サーシャが不安げな顔で覗き込んでくる。
 この場合サーシャが言う「昔のこと」は日本での俺の生活のことで、それを思い出したりして情緒不安定になったんじゃないかと心配してくれているんだろうけども。
 エリクさんとコディさんは俺の無くした記憶が蘇りかけてぼんやりしているように見えてるんだろうな。
 
「大猪、解体したら少し買い取らせてください」
「おー、いいぞいいぞ。特別に卸値で出してやる」
「……卸値って、ギルドから他の商人に売るときの値段じゃありませんでしたっけ? 俺たちが買うときも元々卸値でしたよね?」
「うはははは! バレたか!」

 エリクさん、面白いおじさんだな……。高○純次みたいだけど。まさかこの人もプリースト……ではないか、さすがに。


 とりあえずその日はガツリーに泊まって翌日から帰路につくことになり、俺はサーシャにボディーガードになってもらいつつ山を歩いて大猪を99頭収納した。
 3頭はガツリーで買い取ることになったそうだ。
 そして、一番遠くにあった大猪に緑の羽が挿さっていたのは言うまでもない。
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