殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

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ネージュ編

8 ギルド登録は嵐の予感

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 ネージュへの道程は行きよりもちょっと時間短縮できて、到着したのは4日目の午後のことだった。
 やっぱり、荷台にたくさん荷物を積んでいたか、ほとんど積んでいなかったかでは馬の速度が違った。
 実質、俺たちしか乗ってなかったし。

 そして、俺とサーシャは真っ先に冒険者ギルドに足を運んだ。俺のギルド登録と、古代竜エンシェントドラゴンの買い取りをしてもらうために。

 クエリーさんから返してもらったギルドの身分証を握ったまま、サーシャがギルドの大きなドアを開ける。
 中には10人程度の人がいた。明らかに冒険者と思える装備を身につけた人と、こっちは職員だなと思えるカウンターの中の人。
 そして冒険者の大半は、ボードに貼られた依頼と覚しき紙に見入っていた。

「こんにちは。買い取りをお願いします」

 空いているカウンターに身分証を提示しながらサーシャが話しかける。そこにいた黒縁眼鏡の男性職員は、愛想なく返事をして立ち上がると隣にある大きなカウンターに移動する。

「すみません、古代竜なので奥を貸してもらえませんか」

 古代竜、という言葉を聞いて周囲がざわついた。一部はサーシャに目を留めて「ああ、なるほど」みたいな顔をしてボードへと戻っていく。
 
「え、古代竜!? サーシャさん、アーノルドさんのパーティーは脱退したと聞きましたが、まさかひとりで?」
「まさか! 今日ギルド登録するこちらのジョーさんと一緒に。ジョーさんが空間魔法の使い手だったので、1体丸ごと持ち帰ることができましたので、奥を貸していただけないかと」
「空間魔法!?」

 新たな声が上がって、俺とサーシャはそちらに目を向けた。男性職員の隣にいた若い女性職員が、勢いよく立ち上がりすぎて椅子を倒している。
 
「じゃあ、こちらのカウンターが空き次第登録を行いますから、少々お待ちくださいね」
「あ、はい」
「では先に古代竜を出していただけますか」
「あ、はい」 
  
 俺は職員の言葉に次々に返事すると、買い取りカウンターの横にある扉から別室へと移った。
 そこは、まるで倉庫のような広い空間だった。俺たちが入ってきた扉以外にも、大きな扉がもうひとつある。そっちからじゃないと搬入できないような大物もあるということだろう。

 俺は見えないファスナーを引き、古代竜出ろと念じた。それだけで、目の前にドンと狩りたてほやほやの古代竜が現れる。

「無詠唱空間魔法!? 前代未聞です! 素晴らしい……」
「そうなんですか」

 男性職員は古代竜よりも俺の空間魔法の方が興味深いらしい。眼鏡を光らせてこちらを見ている。
 テトゥーコ様、意外に凄いスキルをさくっと与えてくれたんだな……。これに匹敵する他のものがどのくらいのチートだったのかが逆に気になってくる。

「じゃあ、俺は手続きにいってくるから」
「……わかりました。気を付けてくださいね」
「ん? うん」

 ギルドの中で何を気を付けろというのだろう。サーシャが真顔だったので、俺は違和感に首を傾げながら頷く。

 隣の部屋に戻るとちょうど手続きしていた冒険者が席を立つところで、俺は先程声を掛けてきた女性職員の前に座った。

「初めてなんで何もわからないですが、よろしくお願いします」
「こちらこそ。大丈夫ですよ、ギルド登録は冒険者の第一歩、みんな初めてですから」
「ああ、なるほど」

 確かに言われてみればそうだ。俺はちょっとほっとして肩の力を抜いた。

「こちらの紙に記入をお願いします。それを元に身分証の発行を行います。ギルドに掲示してある仕事は、この身分証を提示しないと受けられません。身分証は偽造防止などの処理が色々とされていますから、くれぐれも紛失したりしないようにしてくださいね。再発行も可能ですが、手数料と日数が掛かります」

 説明を聞きながら、俺はサーシャがクエリーさんに身分証を預けたときのことを思い出していた。
 日本で言うと運転免許証のようなものだろうか。免許証を紛失したら再発行にどのくらい掛かるか知らないけど、冒険者にとっては大事なものに違いない。

 そして差し出された紙に目を落とし、ペンを手に取って俺は悩んだ。
 字は読める。ありがたいことに。
 でも、俺の書いた字ってこっちの世界の人は読めるんだろうか。

「どうしました? もしかして読めません?」
「いや、大丈夫です」
「ああ、良かった。時々いるんです、冒険者になる前にちゃんと字を習ってこなかった人が」

 女性職員は俺の前でニコニコとしていた。20歳くらいだろうか、茶色い髪を結い上げて、とても愛想良くしている。
 そうか、やっぱり識字率100%じゃないんだな……。冒険者になったらあの依頼ボードを見る必要とかがあるから、最低限の読み書きはできないと困るってことか。
 俺は覚悟を決めて、登録シートに名前やスキルを書き込んでいった。
 名前は、ジョー・ミマヤ。スキルは空間魔法。年齢は17歳。それはいいとして、出身地……。それ必要な情報なのか?

 その1項目だけを残して、俺の手は止まってしまう。その不自然さに気付かれて、また女性職員が小首を傾げながら尋ねてきた。

「どうしました? 出身地、何か書けない事情でも?」

 しまった、ここで怪しまれたら、どこからか逃げてきた犯罪者とでも思われるかもしれない。ニュースでも「住所不定」とか「自称」とか付くだけで一際怪しく聞こえるくらいだから。

「実は――」

 俺は腹を括った。内心冷や汗ダラダラだが、きっと顔には出ていない。こういう時は、死んでる表情筋が役に立つな。

「俺、記憶を無くしていて」
「えっ!?」

 目の前の職員が、口に手を当てて大げさなほど驚いていた。気のせいか、彼女の目がキラキラしてる。
 
「覚えてたのは名前と年齢だけで、どこで生まれたのかも、それまで何をしていたのかも覚えていないんです」

 大嘘だけど、過去を語れないという点では異世界転移も記憶喪失も大して違いはない。
 俺は無表情を貫いた。ここで慣れない「辛そうな表情」の演技とかしたらボロが出そうだから。

「そうだったんですか……。魔物に襲われたのかもしれませんね」
「……はい、その時に頭を打ったのかも」
「大変な経験をされたんですね」

 妙に目をうるうるされているけど、何でだろう?

「いえ、でも命が無事で、他のことには支障がない――あ、ちょっといろんな常識が抜けてますが、その程度なので。幸い、サーシャがいろいろと教えてくれますし」
「あ、サーシャさんが。ふうん。なるほどー。……えーと、空間魔法は間違いないですね?」
「入れてきた古代竜が今隣の部屋にありますよ」
「なるほどー、そうでしたね。凄いです、空間魔法はこのネージュ支部に登録してる冒険者の中ではふたり目なんですよ」
「ふたり目!?」

 俺は思いっきり驚いた。少ないとは聞いていたけど、この国で第2の都市と言われるネージュでふたりしかいないなんて!
 
「はい。とても希少ですし、ただの冒険者と違って汎用性の高いスキルですから、特例で星3スタートになります。簡単に説明しますと、星1から星5までの5段階の評価がギルドによって定められています。基本的には上がる一方ですが、極端な規約違反や依頼人からの度重なるクレームがあると降格、最悪登録抹消で追放になりますから気を付けてください。
 この星は焼き印で押していますから、降格の場合は再発行になることも気を付けてくださいね。
 空間魔法がどうして星3からのスタートかというと、荷物運搬の仕事が星3からなんです。低ランク冒険者が持ち逃げなどをすると困るので」
「ああ、なるほど」

 クエリーさんも持ち逃げを心配してたな。でもそれをしたら多分降格か、追放になる。
 だけどあの時の俺はギルドに所属してなかったから、そういう犯罪行為をしてもギルドでの評価には響かない。俺がまだギルド未登録であることは行きの荷馬車でクエリーさんとちょっと話したから彼は覚えていたはずだ。
 だから、サーシャが自分の身分証を預けたのか……。

 あれ? そういえば、サーシャの身分証、星5だったな?
 もしかしたら上位聖魔法も空間魔法と同じように下駄を履かせてもらえるのかもしれないけど、それにしても凄いな……。

 俺がつらつらとそんなことを考えていると、てきぱきと革の身分証を作成した女性職員が俺の名を呼んだ。 

「み、ミマニャさん」
「ミマヤです」
「ミ、ミ、ミミャマ……ううう」
「み」
「み」
「ま」
「ま」
「や」
「や」
「ミ・マ・ヤ」
「ミ・マ・ヤ、さん! ああ、言えましたー!」

 凄く喜んでる……。俺の名前、そんなにこっちだと発音しにくいんだろうか。
 
「はい、身分証はこちらです。大事にしてくださいね」

 差し出された身分証を受け取ろうとすると、何故かコンビニで時々店員がやるみたいに、両手で俺の手をぎゅっと包み込まれて握りしめられた。
 は? と困惑して彼女の顔を見ると、目が合った途端に笑顔を浮かべられる。

 なんだ? と思った瞬間、白い手がスッと伸びてきて、俺の手を思い切り引っ張って彼女から引き剥がした。

「そのように異性の手を握るなんて、はしたないですよ」

 俺の斜め後ろにいつの間にかサーシャが立っていた。サーシャは笑顔だけど……なんだ、圧が強いな。女性職員を諭すような言葉も、いつもより声が固い。

「登録、終わりましたね? こちらも古代竜の売却が終わりました。それで、皮を少々ハワードさんに買い取ってもらうために残してありますから、ジョーさんに運んでもらいたいんですが」
「わかった、じゃあ倉庫に行くよ」
「はい、お願いします。それでは、失礼します」

 サーシャの最後の一言は、女性職員に向かっての言葉だった。不自然なほどに笑顔で挨拶をしたサーシャと、何故か怒り顔の女性が対照的だ。


 倉庫で古代竜の皮を魔法収納空間にしまい、ギルドを出る。そうしたらいきなりサーシャが俺の手を掴んでずんずんと歩き出した。ギルドから少し離れたところまで無言で歩いて、ピタリと彼女の足が止まった。
 
「ジョーさん、気を付けてくださいって言ったじゃないですか! 空間魔法の使い手って言った瞬間から、あの人目の色が変わりましたよ。きっとジョーさんを口説こうと狙ってたんです! あんな風にわざとらしく手を握ったりして」

 あれ、サーシャ怒ってるな?
 彼女が怒ってるの初めて見たけど、凄い顔に出るんだな。頭の上にぷんすこって擬音が書かれてそうだ。

 なるほど、空間魔法なら他の冒険者より安全に稼げるから、結婚相手の候補としてキープするにはいいってことなのかな。
 そして俺は、サーシャがぎゅっと握っている自分の手に目を落とした。

「手」
「はい?」
「サーシャも握ってるけど、いいの?」
「はっ!? あ、あわわわわ」

 俺の指摘で彼女は慌てて手を離すと、瞬く間に顔を真っ赤にした。

 こ、これは。
 嫉妬と、照れと思っていいのか……?
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