8 / 122
ネージュ編
8 ギルド登録は嵐の予感
しおりを挟む
ネージュへの道程は行きよりもちょっと時間短縮できて、到着したのは4日目の午後のことだった。
やっぱり、荷台にたくさん荷物を積んでいたか、ほとんど積んでいなかったかでは馬の速度が違った。
実質、俺たちしか乗ってなかったし。
そして、俺とサーシャは真っ先に冒険者ギルドに足を運んだ。俺のギルド登録と、古代竜の買い取りをしてもらうために。
クエリーさんから返してもらったギルドの身分証を握ったまま、サーシャがギルドの大きなドアを開ける。
中には10人程度の人がいた。明らかに冒険者と思える装備を身につけた人と、こっちは職員だなと思えるカウンターの中の人。
そして冒険者の大半は、ボードに貼られた依頼と覚しき紙に見入っていた。
「こんにちは。買い取りをお願いします」
空いているカウンターに身分証を提示しながらサーシャが話しかける。そこにいた黒縁眼鏡の男性職員は、愛想なく返事をして立ち上がると隣にある大きなカウンターに移動する。
「すみません、古代竜なので奥を貸してもらえませんか」
古代竜、という言葉を聞いて周囲がざわついた。一部はサーシャに目を留めて「ああ、なるほど」みたいな顔をしてボードへと戻っていく。
「え、古代竜!? サーシャさん、アーノルドさんのパーティーは脱退したと聞きましたが、まさかひとりで?」
「まさか! 今日ギルド登録するこちらのジョーさんと一緒に。ジョーさんが空間魔法の使い手だったので、1体丸ごと持ち帰ることができましたので、奥を貸していただけないかと」
「空間魔法!?」
新たな声が上がって、俺とサーシャはそちらに目を向けた。男性職員の隣にいた若い女性職員が、勢いよく立ち上がりすぎて椅子を倒している。
「じゃあ、こちらのカウンターが空き次第登録を行いますから、少々お待ちくださいね」
「あ、はい」
「では先に古代竜を出していただけますか」
「あ、はい」
俺は職員の言葉に次々に返事すると、買い取りカウンターの横にある扉から別室へと移った。
そこは、まるで倉庫のような広い空間だった。俺たちが入ってきた扉以外にも、大きな扉がもうひとつある。そっちからじゃないと搬入できないような大物もあるということだろう。
俺は見えないファスナーを引き、古代竜出ろと念じた。それだけで、目の前にドンと狩りたてほやほやの古代竜が現れる。
「無詠唱空間魔法!? 前代未聞です! 素晴らしい……」
「そうなんですか」
男性職員は古代竜よりも俺の空間魔法の方が興味深いらしい。眼鏡を光らせてこちらを見ている。
テトゥーコ様、意外に凄いスキルをさくっと与えてくれたんだな……。これに匹敵する他のものがどのくらいのチートだったのかが逆に気になってくる。
「じゃあ、俺は手続きにいってくるから」
「……わかりました。気を付けてくださいね」
「ん? うん」
ギルドの中で何を気を付けろというのだろう。サーシャが真顔だったので、俺は違和感に首を傾げながら頷く。
隣の部屋に戻るとちょうど手続きしていた冒険者が席を立つところで、俺は先程声を掛けてきた女性職員の前に座った。
「初めてなんで何もわからないですが、よろしくお願いします」
「こちらこそ。大丈夫ですよ、ギルド登録は冒険者の第一歩、みんな初めてですから」
「ああ、なるほど」
確かに言われてみればそうだ。俺はちょっとほっとして肩の力を抜いた。
「こちらの紙に記入をお願いします。それを元に身分証の発行を行います。ギルドに掲示してある仕事は、この身分証を提示しないと受けられません。身分証は偽造防止などの処理が色々とされていますから、くれぐれも紛失したりしないようにしてくださいね。再発行も可能ですが、手数料と日数が掛かります」
説明を聞きながら、俺はサーシャがクエリーさんに身分証を預けたときのことを思い出していた。
日本で言うと運転免許証のようなものだろうか。免許証を紛失したら再発行にどのくらい掛かるか知らないけど、冒険者にとっては大事なものに違いない。
そして差し出された紙に目を落とし、ペンを手に取って俺は悩んだ。
字は読める。ありがたいことに。
でも、俺の書いた字ってこっちの世界の人は読めるんだろうか。
「どうしました? もしかして読めません?」
「いや、大丈夫です」
「ああ、良かった。時々いるんです、冒険者になる前にちゃんと字を習ってこなかった人が」
女性職員は俺の前でニコニコとしていた。20歳くらいだろうか、茶色い髪を結い上げて、とても愛想良くしている。
そうか、やっぱり識字率100%じゃないんだな……。冒険者になったらあの依頼ボードを見る必要とかがあるから、最低限の読み書きはできないと困るってことか。
俺は覚悟を決めて、登録シートに名前やスキルを書き込んでいった。
名前は、ジョー・ミマヤ。スキルは空間魔法。年齢は17歳。それはいいとして、出身地……。それ必要な情報なのか?
その1項目だけを残して、俺の手は止まってしまう。その不自然さに気付かれて、また女性職員が小首を傾げながら尋ねてきた。
「どうしました? 出身地、何か書けない事情でも?」
しまった、ここで怪しまれたら、どこからか逃げてきた犯罪者とでも思われるかもしれない。ニュースでも「住所不定」とか「自称」とか付くだけで一際怪しく聞こえるくらいだから。
「実は――」
俺は腹を括った。内心冷や汗ダラダラだが、きっと顔には出ていない。こういう時は、死んでる表情筋が役に立つな。
「俺、記憶を無くしていて」
「えっ!?」
目の前の職員が、口に手を当てて大げさなほど驚いていた。気のせいか、彼女の目がキラキラしてる。
「覚えてたのは名前と年齢だけで、どこで生まれたのかも、それまで何をしていたのかも覚えていないんです」
大嘘だけど、過去を語れないという点では異世界転移も記憶喪失も大して違いはない。
俺は無表情を貫いた。ここで慣れない「辛そうな表情」の演技とかしたらボロが出そうだから。
「そうだったんですか……。魔物に襲われたのかもしれませんね」
「……はい、その時に頭を打ったのかも」
「大変な経験をされたんですね」
妙に目をうるうるされているけど、何でだろう?
「いえ、でも命が無事で、他のことには支障がない――あ、ちょっといろんな常識が抜けてますが、その程度なので。幸い、サーシャがいろいろと教えてくれますし」
「あ、サーシャさんが。ふうん。なるほどー。……えーと、空間魔法は間違いないですね?」
「入れてきた古代竜が今隣の部屋にありますよ」
「なるほどー、そうでしたね。凄いです、空間魔法はこのネージュ支部に登録してる冒険者の中ではふたり目なんですよ」
「ふたり目!?」
俺は思いっきり驚いた。少ないとは聞いていたけど、この国で第2の都市と言われるネージュでふたりしかいないなんて!
「はい。とても希少ですし、ただの冒険者と違って汎用性の高いスキルですから、特例で星3スタートになります。簡単に説明しますと、星1から星5までの5段階の評価がギルドによって定められています。基本的には上がる一方ですが、極端な規約違反や依頼人からの度重なるクレームがあると降格、最悪登録抹消で追放になりますから気を付けてください。
この星は焼き印で押していますから、降格の場合は再発行になることも気を付けてくださいね。
空間魔法がどうして星3からのスタートかというと、荷物運搬の仕事が星3からなんです。低ランク冒険者が持ち逃げなどをすると困るので」
「ああ、なるほど」
クエリーさんも持ち逃げを心配してたな。でもそれをしたら多分降格か、追放になる。
だけどあの時の俺はギルドに所属してなかったから、そういう犯罪行為をしてもギルドでの評価には響かない。俺がまだギルド未登録であることは行きの荷馬車でクエリーさんとちょっと話したから彼は覚えていたはずだ。
だから、サーシャが自分の身分証を預けたのか……。
あれ? そういえば、サーシャの身分証、星5だったな?
もしかしたら上位聖魔法も空間魔法と同じように下駄を履かせてもらえるのかもしれないけど、それにしても凄いな……。
俺がつらつらとそんなことを考えていると、てきぱきと革の身分証を作成した女性職員が俺の名を呼んだ。
「み、ミマニャさん」
「ミマヤです」
「ミ、ミ、ミミャマ……ううう」
「み」
「み」
「ま」
「ま」
「や」
「や」
「ミ・マ・ヤ」
「ミ・マ・ヤ、さん! ああ、言えましたー!」
凄く喜んでる……。俺の名前、そんなにこっちだと発音しにくいんだろうか。
「はい、身分証はこちらです。大事にしてくださいね」
差し出された身分証を受け取ろうとすると、何故かコンビニで時々店員がやるみたいに、両手で俺の手をぎゅっと包み込まれて握りしめられた。
は? と困惑して彼女の顔を見ると、目が合った途端に笑顔を浮かべられる。
なんだ? と思った瞬間、白い手がスッと伸びてきて、俺の手を思い切り引っ張って彼女から引き剥がした。
「そのように異性の手を握るなんて、はしたないですよ」
俺の斜め後ろにいつの間にかサーシャが立っていた。サーシャは笑顔だけど……なんだ、圧が強いな。女性職員を諭すような言葉も、いつもより声が固い。
「登録、終わりましたね? こちらも古代竜の売却が終わりました。それで、皮を少々ハワードさんに買い取ってもらうために残してありますから、ジョーさんに運んでもらいたいんですが」
「わかった、じゃあ倉庫に行くよ」
「はい、お願いします。それでは、失礼します」
サーシャの最後の一言は、女性職員に向かっての言葉だった。不自然なほどに笑顔で挨拶をしたサーシャと、何故か怒り顔の女性が対照的だ。
倉庫で古代竜の皮を魔法収納空間にしまい、ギルドを出る。そうしたらいきなりサーシャが俺の手を掴んでずんずんと歩き出した。ギルドから少し離れたところまで無言で歩いて、ピタリと彼女の足が止まった。
「ジョーさん、気を付けてくださいって言ったじゃないですか! 空間魔法の使い手って言った瞬間から、あの人目の色が変わりましたよ。きっとジョーさんを口説こうと狙ってたんです! あんな風にわざとらしく手を握ったりして」
あれ、サーシャ怒ってるな?
彼女が怒ってるの初めて見たけど、凄い顔に出るんだな。頭の上にぷんすこって擬音が書かれてそうだ。
なるほど、空間魔法なら他の冒険者より安全に稼げるから、結婚相手の候補としてキープするにはいいってことなのかな。
そして俺は、サーシャがぎゅっと握っている自分の手に目を落とした。
「手」
「はい?」
「サーシャも握ってるけど、いいの?」
「はっ!? あ、あわわわわ」
俺の指摘で彼女は慌てて手を離すと、瞬く間に顔を真っ赤にした。
こ、これは。
嫉妬と、照れと思っていいのか……?
やっぱり、荷台にたくさん荷物を積んでいたか、ほとんど積んでいなかったかでは馬の速度が違った。
実質、俺たちしか乗ってなかったし。
そして、俺とサーシャは真っ先に冒険者ギルドに足を運んだ。俺のギルド登録と、古代竜の買い取りをしてもらうために。
クエリーさんから返してもらったギルドの身分証を握ったまま、サーシャがギルドの大きなドアを開ける。
中には10人程度の人がいた。明らかに冒険者と思える装備を身につけた人と、こっちは職員だなと思えるカウンターの中の人。
そして冒険者の大半は、ボードに貼られた依頼と覚しき紙に見入っていた。
「こんにちは。買い取りをお願いします」
空いているカウンターに身分証を提示しながらサーシャが話しかける。そこにいた黒縁眼鏡の男性職員は、愛想なく返事をして立ち上がると隣にある大きなカウンターに移動する。
「すみません、古代竜なので奥を貸してもらえませんか」
古代竜、という言葉を聞いて周囲がざわついた。一部はサーシャに目を留めて「ああ、なるほど」みたいな顔をしてボードへと戻っていく。
「え、古代竜!? サーシャさん、アーノルドさんのパーティーは脱退したと聞きましたが、まさかひとりで?」
「まさか! 今日ギルド登録するこちらのジョーさんと一緒に。ジョーさんが空間魔法の使い手だったので、1体丸ごと持ち帰ることができましたので、奥を貸していただけないかと」
「空間魔法!?」
新たな声が上がって、俺とサーシャはそちらに目を向けた。男性職員の隣にいた若い女性職員が、勢いよく立ち上がりすぎて椅子を倒している。
「じゃあ、こちらのカウンターが空き次第登録を行いますから、少々お待ちくださいね」
「あ、はい」
「では先に古代竜を出していただけますか」
「あ、はい」
俺は職員の言葉に次々に返事すると、買い取りカウンターの横にある扉から別室へと移った。
そこは、まるで倉庫のような広い空間だった。俺たちが入ってきた扉以外にも、大きな扉がもうひとつある。そっちからじゃないと搬入できないような大物もあるということだろう。
俺は見えないファスナーを引き、古代竜出ろと念じた。それだけで、目の前にドンと狩りたてほやほやの古代竜が現れる。
「無詠唱空間魔法!? 前代未聞です! 素晴らしい……」
「そうなんですか」
男性職員は古代竜よりも俺の空間魔法の方が興味深いらしい。眼鏡を光らせてこちらを見ている。
テトゥーコ様、意外に凄いスキルをさくっと与えてくれたんだな……。これに匹敵する他のものがどのくらいのチートだったのかが逆に気になってくる。
「じゃあ、俺は手続きにいってくるから」
「……わかりました。気を付けてくださいね」
「ん? うん」
ギルドの中で何を気を付けろというのだろう。サーシャが真顔だったので、俺は違和感に首を傾げながら頷く。
隣の部屋に戻るとちょうど手続きしていた冒険者が席を立つところで、俺は先程声を掛けてきた女性職員の前に座った。
「初めてなんで何もわからないですが、よろしくお願いします」
「こちらこそ。大丈夫ですよ、ギルド登録は冒険者の第一歩、みんな初めてですから」
「ああ、なるほど」
確かに言われてみればそうだ。俺はちょっとほっとして肩の力を抜いた。
「こちらの紙に記入をお願いします。それを元に身分証の発行を行います。ギルドに掲示してある仕事は、この身分証を提示しないと受けられません。身分証は偽造防止などの処理が色々とされていますから、くれぐれも紛失したりしないようにしてくださいね。再発行も可能ですが、手数料と日数が掛かります」
説明を聞きながら、俺はサーシャがクエリーさんに身分証を預けたときのことを思い出していた。
日本で言うと運転免許証のようなものだろうか。免許証を紛失したら再発行にどのくらい掛かるか知らないけど、冒険者にとっては大事なものに違いない。
そして差し出された紙に目を落とし、ペンを手に取って俺は悩んだ。
字は読める。ありがたいことに。
でも、俺の書いた字ってこっちの世界の人は読めるんだろうか。
「どうしました? もしかして読めません?」
「いや、大丈夫です」
「ああ、良かった。時々いるんです、冒険者になる前にちゃんと字を習ってこなかった人が」
女性職員は俺の前でニコニコとしていた。20歳くらいだろうか、茶色い髪を結い上げて、とても愛想良くしている。
そうか、やっぱり識字率100%じゃないんだな……。冒険者になったらあの依頼ボードを見る必要とかがあるから、最低限の読み書きはできないと困るってことか。
俺は覚悟を決めて、登録シートに名前やスキルを書き込んでいった。
名前は、ジョー・ミマヤ。スキルは空間魔法。年齢は17歳。それはいいとして、出身地……。それ必要な情報なのか?
その1項目だけを残して、俺の手は止まってしまう。その不自然さに気付かれて、また女性職員が小首を傾げながら尋ねてきた。
「どうしました? 出身地、何か書けない事情でも?」
しまった、ここで怪しまれたら、どこからか逃げてきた犯罪者とでも思われるかもしれない。ニュースでも「住所不定」とか「自称」とか付くだけで一際怪しく聞こえるくらいだから。
「実は――」
俺は腹を括った。内心冷や汗ダラダラだが、きっと顔には出ていない。こういう時は、死んでる表情筋が役に立つな。
「俺、記憶を無くしていて」
「えっ!?」
目の前の職員が、口に手を当てて大げさなほど驚いていた。気のせいか、彼女の目がキラキラしてる。
「覚えてたのは名前と年齢だけで、どこで生まれたのかも、それまで何をしていたのかも覚えていないんです」
大嘘だけど、過去を語れないという点では異世界転移も記憶喪失も大して違いはない。
俺は無表情を貫いた。ここで慣れない「辛そうな表情」の演技とかしたらボロが出そうだから。
「そうだったんですか……。魔物に襲われたのかもしれませんね」
「……はい、その時に頭を打ったのかも」
「大変な経験をされたんですね」
妙に目をうるうるされているけど、何でだろう?
「いえ、でも命が無事で、他のことには支障がない――あ、ちょっといろんな常識が抜けてますが、その程度なので。幸い、サーシャがいろいろと教えてくれますし」
「あ、サーシャさんが。ふうん。なるほどー。……えーと、空間魔法は間違いないですね?」
「入れてきた古代竜が今隣の部屋にありますよ」
「なるほどー、そうでしたね。凄いです、空間魔法はこのネージュ支部に登録してる冒険者の中ではふたり目なんですよ」
「ふたり目!?」
俺は思いっきり驚いた。少ないとは聞いていたけど、この国で第2の都市と言われるネージュでふたりしかいないなんて!
「はい。とても希少ですし、ただの冒険者と違って汎用性の高いスキルですから、特例で星3スタートになります。簡単に説明しますと、星1から星5までの5段階の評価がギルドによって定められています。基本的には上がる一方ですが、極端な規約違反や依頼人からの度重なるクレームがあると降格、最悪登録抹消で追放になりますから気を付けてください。
この星は焼き印で押していますから、降格の場合は再発行になることも気を付けてくださいね。
空間魔法がどうして星3からのスタートかというと、荷物運搬の仕事が星3からなんです。低ランク冒険者が持ち逃げなどをすると困るので」
「ああ、なるほど」
クエリーさんも持ち逃げを心配してたな。でもそれをしたら多分降格か、追放になる。
だけどあの時の俺はギルドに所属してなかったから、そういう犯罪行為をしてもギルドでの評価には響かない。俺がまだギルド未登録であることは行きの荷馬車でクエリーさんとちょっと話したから彼は覚えていたはずだ。
だから、サーシャが自分の身分証を預けたのか……。
あれ? そういえば、サーシャの身分証、星5だったな?
もしかしたら上位聖魔法も空間魔法と同じように下駄を履かせてもらえるのかもしれないけど、それにしても凄いな……。
俺がつらつらとそんなことを考えていると、てきぱきと革の身分証を作成した女性職員が俺の名を呼んだ。
「み、ミマニャさん」
「ミマヤです」
「ミ、ミ、ミミャマ……ううう」
「み」
「み」
「ま」
「ま」
「や」
「や」
「ミ・マ・ヤ」
「ミ・マ・ヤ、さん! ああ、言えましたー!」
凄く喜んでる……。俺の名前、そんなにこっちだと発音しにくいんだろうか。
「はい、身分証はこちらです。大事にしてくださいね」
差し出された身分証を受け取ろうとすると、何故かコンビニで時々店員がやるみたいに、両手で俺の手をぎゅっと包み込まれて握りしめられた。
は? と困惑して彼女の顔を見ると、目が合った途端に笑顔を浮かべられる。
なんだ? と思った瞬間、白い手がスッと伸びてきて、俺の手を思い切り引っ張って彼女から引き剥がした。
「そのように異性の手を握るなんて、はしたないですよ」
俺の斜め後ろにいつの間にかサーシャが立っていた。サーシャは笑顔だけど……なんだ、圧が強いな。女性職員を諭すような言葉も、いつもより声が固い。
「登録、終わりましたね? こちらも古代竜の売却が終わりました。それで、皮を少々ハワードさんに買い取ってもらうために残してありますから、ジョーさんに運んでもらいたいんですが」
「わかった、じゃあ倉庫に行くよ」
「はい、お願いします。それでは、失礼します」
サーシャの最後の一言は、女性職員に向かっての言葉だった。不自然なほどに笑顔で挨拶をしたサーシャと、何故か怒り顔の女性が対照的だ。
倉庫で古代竜の皮を魔法収納空間にしまい、ギルドを出る。そうしたらいきなりサーシャが俺の手を掴んでずんずんと歩き出した。ギルドから少し離れたところまで無言で歩いて、ピタリと彼女の足が止まった。
「ジョーさん、気を付けてくださいって言ったじゃないですか! 空間魔法の使い手って言った瞬間から、あの人目の色が変わりましたよ。きっとジョーさんを口説こうと狙ってたんです! あんな風にわざとらしく手を握ったりして」
あれ、サーシャ怒ってるな?
彼女が怒ってるの初めて見たけど、凄い顔に出るんだな。頭の上にぷんすこって擬音が書かれてそうだ。
なるほど、空間魔法なら他の冒険者より安全に稼げるから、結婚相手の候補としてキープするにはいいってことなのかな。
そして俺は、サーシャがぎゅっと握っている自分の手に目を落とした。
「手」
「はい?」
「サーシャも握ってるけど、いいの?」
「はっ!? あ、あわわわわ」
俺の指摘で彼女は慌てて手を離すと、瞬く間に顔を真っ赤にした。
こ、これは。
嫉妬と、照れと思っていいのか……?
0
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。
藍生蕗
恋愛
かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。
そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……
偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。
※ 設定は甘めです
※ 他のサイトにも投稿しています
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界に来たからといってヒロインとは限らない
あろまりん
ファンタジー
※ようやく修正終わりました!加筆&纏めたため、26~50までは欠番とします(笑)これ以降の番号振り直すなんて無理!
ごめんなさい、変な番号降ってますが、内容は繋がってますから許してください!!!※
ファンタジー小説大賞結果発表!!!
\9位/ ٩( 'ω' )و \奨励賞/
(嬉しかったので自慢します)
書籍化は考えていま…いな…してみたく…したいな…(ゲフンゲフン)
変わらず応援して頂ければと思います。よろしくお願いします!
(誰かイラスト化してくれる人いませんか?)←他力本願
※誤字脱字報告につきましては、返信等一切しませんのでご了承ください。しかるべき時期に手直しいたします。
* * *
やってきました、異世界。
学生の頃は楽しく読みました、ラノベ。
いえ、今でも懐かしく読んでます。
好きですよ?異世界転移&転生モノ。
だからといって自分もそうなるなんて考えませんよね?
『ラッキー』と思うか『アンラッキー』と思うか。
実際来てみれば、乙女ゲームもかくやと思う世界。
でもね、誰もがヒロインになる訳じゃないんですよ、ホント。
モブキャラの方が楽しみは多いかもしれないよ?
帰る方法を探して四苦八苦?
はてさて帰る事ができるかな…
アラフォー女のドタバタ劇…?かな…?
***********************
基本、ノリと勢いで書いてます。
どこかで見たような展開かも知れません。
暇つぶしに書いている作品なので、多くは望まないでくださると嬉しいです。
異世界もふもふ食堂〜僕と爺ちゃんと魔法使い仔カピバラの味噌スローライフ〜
山いい奈
ファンタジー
味噌蔵の跡継ぎで修行中の相葉壱。
息抜きに動物園に行った時、仔カピバラに噛まれ、気付けば見知らぬ場所にいた。
壱を連れて来た仔カピバラに付いて行くと、着いた先は食堂で、そこには10年前に行方不明になった祖父、茂造がいた。
茂造は言う。「ここはいわゆる異世界なのじゃ」と。
そして、「この食堂を継いで欲しいんじゃ」と。
明かされる村の成り立ち。そして村人たちの公然の秘め事。
しかし壱は徐々にそれに慣れ親しんで行く。
仔カピバラのサユリのチート魔法に助けられながら、味噌などの和食などを作る壱。
そして一癖も二癖もある食堂の従業員やコンシャリド村の人たちが繰り広げる、騒がしくもスローな日々のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる