殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

文字の大きさ
上 下
6 / 122
ネージュ編

6 空間魔法、本領発揮(多分3割くらい)

しおりを挟む
 俺は古代龍エンシェントドラゴンを収納するために、目一杯見えないファスナーを引いた。そして、「入れ」と念じると巨大な古代龍がスッと消える。

「うう、やっぱり凄いです! 毎回この場でドラゴンを捌いて、持てるだけ持って帰っていたんですよ。これなら本当に何も無駄にしないで済みます」
「うん、それならよかった」

 サーシャがべた褒めしてくれるから俺は照れたけど、多分顔には出ない。

「空間魔法の一番凄いところって、魔法収納空間の中では時間が止まるってところだと思うんですよね。いつもは腐らせたりしないように冬にドラゴンを倒してたんですが、今回はこのまま冒険者ギルドの素材買い取り窓口に持って行けますね」
「俺よりサーシャの方が空間魔法に詳しいな」
「ジョーさん、習得するのに何も知識がなかったからですよ。女神テトゥーコから与えられた時に説明もあまりなかったんでは?」
「うん、レベルが上がると移動もできるようになるってことと、本当は面倒な詠唱があるけど転移者だからやらなくていいってことくらいしか教わらなかった」
「テトゥーコ様は知識の神ですが、何から何まで与えて教えるというよりは、学ぶことを重んじられるのです。おそらく、空間魔法のことをこちらの世界でジョーさん自身が学んでいくことを期待されているのかと」

 なんだそれ、ちょっと面倒だな。
 でも、何から何まで与えないで学ぶことを重んじるというのは正しいかもしれない。俺は想定外のトラブルでこちらで生きることを余儀なくされたけど、言葉が通じるとか看板の字が読めるとか、そういう恩恵も空間魔法以外に授かっているからそれくらいの努力は当たり前だろう。
 
「さて、帰りなんですが、乗せてもらった荷馬車の目的地の村がこの先にありますが、そこへ行ってみますか? ネージュは大きな街ですから、きっとそっちへ荷馬車が戻ると思うんですよね」
「ネージュ?」
「あ、私たちが会った街の名前です。この国では王都ハロンズの次に大きい街なんですよ」
「へえ、そうなんだ。帰ったら一度じっくり歩いてみたいな」
「はい! 私、案内しますね! そうだ、だったらやっぱりこの先の村へ行きましょう。イスワの村といって、ワインが有名なんです。せっかくですから、一緒にたくさんこの世界のいろんなところを見て歩きましょう」

 ああ、俺はやっぱりサーシャに出会えて良かった。
 俺がこっちに来てから約一週間、最初は泣きもしたけども、沈み込まずにいられたのは常に前向きな彼女がいたからだ。
 今も笑顔で、俺を励ますようにこれから先に楽しいことがあると思わせてくれる。

「そうだね、ありがとう。じゃあ、行こうか」
「山を下っていけば道にぶつかりますから、そうしたら東へ道なりに進めば夜までには着くと思います」
「それじゃあ、急ごう」
「はいっ!」

 俺たちは急いで山を下り始めた。山は登るよりも下る方が本当は危ない。身軽だからって無茶をすると思わぬ怪我をするかもしれないから、そこは慎重に。
 来たときとは逆で、見晴らしのいい灌木の茂る場所の向こうには、色濃い緑が見えた。
 獣道らしきものは少し見かけるけども、とにかく下草を踏みしめながら下へと向かう。
 俺たちは1時間半程度で荷馬車で来た道をみつけて、磁石で方角を確かめて東へと向かった、

 ……よかった、富士山と違って青木ヶ原樹海みたいのが広がってなくて。
 あれ、部活のやつらと夏休みに一度行ったことがあるけど、本当に磁石狂うんだよな。

 
 イスワの村に着いたのは夕暮れ時だった。まずは宿屋へと向かい、無事に今晩の宿を取ることができた。よく小説で見るような、1階が食堂兼酒場で2階が宿泊施設という形態だ。
 ふたりで1部屋と聞いて俺はちょっとうろたえた。今までは野宿で個別のテントに寝ていたから、「ひとつの部屋に女の子と泊まる」なんて、それだけでビビってしまう。
 頼めば衝立貸してくれるらしいんだけど。それって、衝立の向こうでサーシャが着替えるってことで。

 ……やばい、これ以上考えちゃいけない。
 
「俺と一緒の部屋でいいの?」
「お金には余裕がありますが、ひとり1部屋なんて贅沢はさすがに」

 さすがのサーシャも真顔だった。た、確かに、現代日本の感覚と一緒にしたらいけないんだろうな、そこは。

「もしかして、アーノルドさんたちと一緒のときも?」
「もちろんです。大きな部屋ならベッドが6個置いてありますから。ベッドがあるだけいいんですよ? 場所によっては部屋が埋まってて、ただの板敷きの大部屋に雑魚寝の時もありました。この広さにベッドがふたつだけの部屋なんて、私も初めてです。贅沢な気分になりますね」
「あ、ごめん。余計なお金使わせて。頑張って稼げるようにするよ」
「いえ、古代龍を売ったらかなりのお金が入ってきますよ。いつもなら半分も持ち帰れないところですから、むしろジョーさんのおかげで、ネージュに戻ればちょっとした小金持ちになれるくらいです」
「それを聞いて安心したよ」

 俺は全くと言っていいほど何もしていないんだけど、荷物の効率の良い運搬こそ空間魔法の最大の利点だろうな。
 しかも、この宿屋で思わぬラッキーな出来事があった。
 俺たちをネージュから乗せてきてくれた荷馬車の商人が、同じ宿屋に泊まっていたのだ。
 当たり前と言えば当たり前だけど。

「こんばんは、クエリーさん。お仕事は順調に進まれましたか?」
「おお、サーシャちゃんとジョーくんじゃないか。ドラゴンを狩りに行ったんじゃなかったのかい?」

 機嫌良くワインを傾けながら手を上げたのは、ルゴシ・クエリーさんという商人だ。
 ネージュに商店を開いていて、もっと店を大きくするのが夢らしい。
 
「はい、古代龍を倒して、今はジョーさんの空間魔法でしまってあります」
「古代龍!? 古代龍を倒したのかい? 『殴り聖女』といえばとんでもなく強いって評判だから、サーシャちゃんと初めて話した時はこんな華奢な子がって面食らったもんだが。ただのドラゴンじゃなくて古代龍とは全く驚きだよ。それに空間魔法! へええ、ジョーくんがねえ」

 クエリーさんは目を剥いて驚いていた。その反応を見るに、本当に空間魔法の使い手は珍しいみたいだ。あと、サーシャの評判とのギャップについては完全にクエリーさんと一致で、思わず笑いそうになった。

「あの、よろしければ帰りも乗せていってもらえませんか?」
「うーん、難しいかもしれないなあ。行きはまだ場所に隙間があったが、帰りは樽でワインを積んでいくからねえ」
「そうですね、いえ、気にしないでください」
「あ、あの」

 サーシャが肩を落としたのを見て、思わず俺は口を挟んでいた。サーシャとクエリーさんが同時にこちらを見る。

「俺の空間魔法でワインを収納するので、荷台に乗せてもらえませんか? そうしたら荷物も軽くなるから移動も少し早くなるかもしれませんし、仕入れを増やしても運搬に支障は出ません」

 俺の言葉にクエリーさんは驚いた顔をして膝を打った。しかし、そのすぐ後に顎をさすりながら考え込んでしまう。

「うーん、それはそうだが、空間魔法に入れたワインを持ち逃げされたりしたら大損になるからなあ……」
「では、これを保証書代わりにお持ちください。ネージュに着いてジョーさんがワインを全部出し終えたら返していただければ結構です」

 サーシャは革でできた四角いものを差し出した。それには焼き印で星印が5つと、何かの紋章が押されている。

「ギルドの身分証じゃないか! サーシャちゃん、これがなかったらギルドでの古代龍の買い取りも何もできなくなるんだろう?」
「はい。ですけど、ジョーさんと私の信用を形にするには、それなりに価値のあるものをお預けしないといけないと思いましたので」
「……よしわかった! これは俺からの依頼だ。明日ワインを仕入れるから、ジョーくんの空間魔法でネージュまで運搬して欲しい。報酬は、帰りの荷台に乗せていくことと、1000マギルでどうだい?」

 1000マギルの価値と、それが報酬として妥当かがわからなかったので俺はサーシャに視線を送った。俺のヘルプアイにサーシャは軽く微笑んで頷いてみせる。

「荷物の量がそれほどでもないですし、荷馬車に乗せていただけるのでそれでいいと思います。よろしくお願いします」
「よし、今日運んできた荷はこっちで買い取ってもらったから、仕入れられるだけ仕入れよう! 一稼ぎするぞ!」


 後でサーシャに聞いたら、1000マギルは運搬の報酬としてはかなり安いけども、こちらから持ちかけた話だし、荷馬車にも乗せてもらえるのでそれで手を打ったらしい。
 だいたい価値としては、この宿屋にふたりで泊まるのに掛かったのと同じだから1万円くらいかな。

 何の労力もなしに、「ついで」で1万円ならラッキーかな? 日当としては低いけど。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

異世界に来たからといってヒロインとは限らない

あろまりん
ファンタジー
※ようやく修正終わりました!加筆&纏めたため、26~50までは欠番とします(笑)これ以降の番号振り直すなんて無理! ごめんなさい、変な番号降ってますが、内容は繋がってますから許してください!!!※ ファンタジー小説大賞結果発表!!! \9位/ ٩( 'ω' )و \奨励賞/ (嬉しかったので自慢します) 書籍化は考えていま…いな…してみたく…したいな…(ゲフンゲフン) 変わらず応援して頂ければと思います。よろしくお願いします! (誰かイラスト化してくれる人いませんか?)←他力本願 ※誤字脱字報告につきましては、返信等一切しませんのでご了承ください。しかるべき時期に手直しいたします。      * * * やってきました、異世界。 学生の頃は楽しく読みました、ラノベ。 いえ、今でも懐かしく読んでます。 好きですよ?異世界転移&転生モノ。 だからといって自分もそうなるなんて考えませんよね? 『ラッキー』と思うか『アンラッキー』と思うか。 実際来てみれば、乙女ゲームもかくやと思う世界。 でもね、誰もがヒロインになる訳じゃないんですよ、ホント。 モブキャラの方が楽しみは多いかもしれないよ? 帰る方法を探して四苦八苦? はてさて帰る事ができるかな… アラフォー女のドタバタ劇…?かな…? *********************** 基本、ノリと勢いで書いてます。 どこかで見たような展開かも知れません。 暇つぶしに書いている作品なので、多くは望まないでくださると嬉しいです。

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

群青の軌跡

花影
ファンタジー
ルークとオリガを主人公とした「群青の空の下で」の外伝。2人の過去や本編のその後……基本ほのぼのとした日常プラスちょっとした事件を描いていきます。 『第1章ルークの物語』後にタランテラの悪夢と呼ばれる内乱が終結し、ルークは恋人のオリガを伴い故郷のアジュガで10日間の休暇を過ごすことになった。家族や幼馴染に歓迎されるも、町長のクラインにはあからさまな敵意を向けられる。軋轢の発端となったルークの過去の物語。 『第2章オリガの物語』即位式を半月後に控え、忙しくも充実した毎日を送っていたオリガは2カ月ぶりに恋人のルークと再会する。小さな恋を育みだしたコリンシアとティムに複雑な思いを抱いていたが、ルークの一言で見守っていこうと決意する。 『第3章2人の物語』内乱終結から2年。平和を謳歌する中、カルネイロ商会の残党による陰謀が発覚する。狙われたゲオルグの身代わりで敵地に乗り込んだルークはそこで思わぬ再会をする。 『第4章夫婦の物語』ルークとオリガが結婚して1年。忙しいながらも公私共に充実した生活を送っていた2人がアジュガに帰郷すると驚きの事実が判明する。一方、ルークの領主就任で発展していくアジュガとミステル。それを羨む者により、喜びに沸くビレア家に思いがけない不幸が降りかかる。 『第5章家族の物語』皇子誕生の祝賀に沸く皇都で開催された夏至祭でティムが華々しく活躍した一方で、そんな彼に嫉妬したレオナルトが事件を起こしてミムラス家から勘当さる。そんな彼を雷光隊で預かることになったが、激化したミムラス家でのお家騒動にルーク達も否応なしに巻き込まれていく。「小さな恋の行方」のネタバレを含みますので、未読の方はご注意下さい。 『第6章親子の物語』エルニアの内乱鎮圧に助力して無事に帰国したルークは、穏やかな生活を取り戻していた。しかし、ミムラス家からあらぬ疑いで訴えられてしまう。 小説家になろう、カクヨムでも掲載

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...