殴り聖女の彼女と、異世界転移の俺

加藤伊織

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ネージュ編

5 いきなり古代竜

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 俺たちが荷馬車を降りたのは、山を若干登った場所。いわゆる三合目の辺り。
 なんでも、この先に有名な特産品がある村があるらしい。
 富士山の天然水? とか思ってしまったけど、この世界では多分水を運んで販売はしないだろうな。

 遠くから見た感じでは、古代竜エンシェントドラゴンがいるという山は富士山レベルの高山だった。麓に近い部分は森に覆われていて、途中からは山肌が剥き出しになっている。
 富士山は2回ほど登ったことがあるけど、五合目からしか登ったことがない。正直麓から登るのを考えてげっそりしていたので、三合目程度でも途中まで荷馬車が登ってくれたのはありがたかった。

「古代竜は、この山の頂上に?」
「いえ、中腹にいます。山頂では食べ物もないですしね」

 俺のイメージだけの発言にサーシャが答える。俺は平坦な声でなるほど、と返した。
 考えてみれば当たり前だ。草食だか肉食だか知らないけど、捕食者側が他の生き物がいない場所に棲むわけがない。

「じゃあ、2時間も歩けば余裕で着くな。荷物もないし」
「はい。さすがジョーさん、山に慣れてますね。この山は古代竜以外にもいろんなドラゴンがいるので、ドラゴン狩り初心者はまずここを訪れるんですよ」
「ドラゴン狩り、初心者……?」

 俺の認識ではドラゴンって、魔物の中でもかなり上位という感じなんだけど。
 初心者という呼び方がこれ程そぐわないものも、そうそうないな。

 話しぶりから察するに、サーシャは既に何回もここを訪れているようだった。
 なんでも、ドラゴンを倒せる冒険者パーティーは限られているので、勇者パーティーも依頼スケジュールに余裕があるときにはここでドラゴンと戦っていたらしい。
 ドラゴンは皮や鱗、そして牙や爪などは武器防具の素材になり、内臓は薬の材料で肉は美味。まさに捨てるところがない万能な生き物らしい。
 ただ、万能の万能たる由縁は、ドラゴンが圧倒的強者であることだ。

「ジョーさんは危ないので、岩陰に隠れて決してドラゴンに見つからないようにしてくださいね。一番手近な古代竜だけさくっと倒しますから」

 ――決して、こんなに簡単に「さくっと倒す」発言される生き物じゃないと思うんだけどなあ。

「サーシャは、その、本当にひとりで古代竜と戦うつもり? 俺、うまく大岩とか使えば空間魔法で多少はサポートできるかもしれないけど」 

 俺はサーシャと出会った街からここまでの道程みちのりの中で、何かに使えそうなものは片っ端から魔法収納空間に放り込んでいた。倒木、尖った小石、立ったままの俺がまるっと隠れられそうな大岩などなど。
 タイミング良く岩をドラゴンの移動経路上に出せば、一時的に混乱させたりと多少の効果はあるだろう。

「いえ、むしろその大岩に隠れていていただいた方がいいです。私の補助魔法は女神テトゥーコに祈って全ての能力と属性耐性のアップを得るものですが、ご存じの通り私以外には効果がないので。
 アーノルドさんたちだったら元々強かったので大丈夫でしたが、ジョーさんはドラゴンに狙われたら本当に危ないですよ」

 うっ、遠回しに足手まといと言われてる……。
 でもサーシャの言う通りだよな。俺はドラゴンと戦うときの立ち回りとか全くわからないし。

「古代竜が戦い始めたら、周りの他の個体は全て退避し始めます。巻き込まれると危ないとわかっているんでしょうね。なので、逆に私は古代竜との戦いだけに集中できるんです。この森を抜けて、灌木かんぼくばかりになってきたら気を付けてくださいね」
「わかった。サーシャも気を付けて」
「はい、大丈夫ですよ」
「でも、心配だから」
「は、はい! ありがとうございます! ……なんだか、不思議です。アーノルドさんたちと一緒にいたときは、信頼してもらえて頼りにされるのが嬉しかったんですが、ジョーさんに心配してもらえるのって、別の感じで嬉しいです」

 これから古代竜とタイマン張るとは思えない緊張感のない感じで、サーシャはふわふわとした笑顔を浮かべた。

「あのさ……ここまで来てなんだけど、別に俺は古代竜の革鎧とか立派なものを装備しなくてもいいんだ。君が危ない目に遭う方が、本当は嫌だ。でも、多分サーシャも俺を守るには古代竜の革鎧が一番良いと思ったんだよね? それに、皮を取るだけじゃなくて他のことにも使えるから、今古代竜の素材が出回ってないならちょうどいいから取りに行こうとか思った?」

 彼女の行動原理は「誰かのために」だ。付き合いの短い俺にもそれはわかる。
 ハワードさんは、古代竜の素材があれば目玉商品になると言っていた。それに、ドラゴンの一部が薬になるなら、ただのドラゴンじゃなくて古代竜ならばきっと更に効果も高いのだろう。そして、確実に今はそれらが出回っていない。
 もしかすると、俺に古代竜の革鎧を、というのはただのきっかけだったんじゃないかって。俺はこの山を登りながらそう考えていた。

 サーシャは俺の顔を見てあわあわしていた。図星だったのだろう。隠し事できない子なんだな。なんとなくわかってたけど。

「ええと、その……実は、多分私が抜けたアーノルドさんのパーティーだと、古代竜倒せないかもしれないんです。そういうこともあって、倒そうかなーって」
「ちょっと待って? 今凄いこと言ったよね? てことは、あの4人とサーシャひとりでは、サーシャの方が強いってこと?」
「あっ、決してアーノルドさんたちが弱いわけじゃないんですよ! ただ、本来複数の人数に掛かるはずの加護が私ひとりに集中してしまうので、……その……5倍掛けくらいになってしまって……」

 あまり強すぎる自分というのが恥ずかしいのかもしれない。サーシャの言葉は最後は消え入りそうになっていた。
 そして、俺は絶句していた。
 5倍掛けって、いったいどのくらい強くなってるんだ!?

 
 森林地帯を抜けると、山の標高も上がってきて周囲は灌木かんぼくが増えてきた。
 荷物がないとはいえ俺と同じペースで歩けるサーシャが凄い。
 うちの部には女子部員がいなかったからわからないけど、同い年の女の子がこんなペースで山登りできるなんて思ってもみなかった。

「そろそろです、気を付けてください」

 サーシャが小声で俺に注意を促す。

「この山のあちこちにドラゴンは散らばっています。なので、遭遇するのはほぼ確定です。ただ、古代竜はさすがにそれほど数がいないので、探さないといけないかもしれません」
「古代竜って、古代から生きてる竜のことじゃないの? そんなに数がいないなら狩って平気?」
「いえ、種として古いドラゴンという意味で、若い個体もいますよ。だから、一度に何体も狩ったりしなければ大丈夫です」

 なるほど、シーラカンスみたいなものか。だったら大丈夫……なのかな?

「でも、ドラゴンの中では一番強いのは間違いないですから、気は抜かないで行きます」

 きりりとサーシャの顔に気合いが入った。

 待て。

 ドラゴンをひとりで倒すどころか、「最強の」ドラゴンをひとりで倒せるのか。

 偏った効果の魔法、恐ろしいな……。


「あっ、いました、あの白くて他のドラゴンより一回り大きいのが古代竜です。今回は運がいいですね。ジョーさん、私が呪文を詠唱し始めたら、すぐあの大岩を出してその後ろに隠れてください」
「わ、わかった」

 俺は見えないファスナーを引き、別次元に繋がるポケットを広げた。あとは大岩を出すことを念じるだけだ。
 サーシャは左手に白銀に輝く盾を持ち、右手にメイスを構えた。
 そして、涼やかな声で不思議な呪文を唱え始める。

「ベネ・ディシティ・アッティンブート・イナ……」

 彼女の口から紡がれる呪文を聞いて、俺は女神が「パントマイムでね」と言ってくれたことを真剣に感謝した。
 はっきり言って、何言ってるのか全くわからない。まさしく呪文だ。こんなの絶対覚えられる気がしない。

 そしてサーシャの指示通りに大岩をどん、と目の前に据える。さすがに音が響いて、ドラゴンたちがこちらに気付いてしまった。

「オミーネ・ディアム・ロン・ネリ・テットゥーコ!」
「ブフォッ!」
「行きます!」

 呪文の最後にいきなり「テットゥーコ!」と言われて俺は不意打ちを食らって吹きだしてしまった。凄い集中力で呪文を唱えたサーシャは、それに構わずメイスを構えて走り出す。
 い、いや、女神テトゥーコへの祈りなら、今のはむしろ当然なのか!?
 毎回サーシャが呪文を唱える度にあの締めの言葉が入るのか!?
 ある意味、きついな!

 動揺する俺が見守る中で、淡い光を纏って一陣の風のように彼女は駆けた。とんでもない速さだ。周囲のドラゴンも驚いてわめき散らしながら逃げ惑っている。
 彼女がまっすぐに向かっているのは、白い古代竜。
 古代竜は辺りの草が震えるような咆吼を放ち、俺は思わず耳を塞いで岩陰にしゃがみ込む。
 その後は、正直何が起きたのかよくわからなかった。

 古代竜は巨躯を揺らして、長い首を持ち上げた。そして、口から炎のブレスを吐いた。
 赤い炎だから超高温などではないけども、人間にとってはとんでもない脅威だ。
 それを、サーシャは盾をかざしてそのまま古代竜に肉薄する。あの盾は、ドラゴンの炎も防ぐのか!? それとも、5倍掛けになってる属性耐性というのが効いているんだろうか。
 跳躍したサーシャは、ブレスを吐いたために下がっていた古代竜の頭にメイスを叩きつけた。ガアッ! と悲鳴を上げて古代竜の体が揺らぐ。
 
 そりゃそうだ、どのくらいの力で叩かれたかわからないけど、普通に脳震盪起こすやつだぞ、あれ……。
 ズシン、と重い音を立てて古代竜が倒れると、サーシャはもう一撃を頭に入れ、次いで首にも攻撃を加えた。

 くぐもってはいたけれど、明らかに骨が砕けたなって音がしてた……。
 そうか、なにも心臓を刺されたりしなくても、首の骨折られて頭蓋骨割られまくったら、そりゃあ死ぬよな。

 ……打撃武器、怖いな。

「ジョーさーん! 終わりましたー!」

 俺に向かって手を振る彼女の後ろには、ピクリとも動かなくなった古代竜が横たわっていた。


 逃げていったドラゴンたちはまだ戻ってこない。俺は古代竜を収納するためにサーシャの側に駆け寄った。

「少し待ってくださいね」

 サーシャは盾を背負い、メイスを腰にぶら下げると古代竜の前に跪き、手を組んだ。それはまさしく祈りのポースだ。

「神々よ、この魂を正しく迎え入れ、安らかなる憩いをお与えください。……命を奪ってしまってごめんなさい。あなたの全て、無駄にはしません。その命をもって多くの人を助けることを誓います」

 ――だから、どうぞ安らかに。

 澄んだ声が風に乗って流れていく。サーシャはあんな圧倒的な戦いの後とは思えない、静かな表情だった。
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