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118 思い悩むこと、それぞれ
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今日のヴァージルは言葉少なだった。時折辛そうな表情でため息をついているのは、ガストンの事を考えているのかもしれない。
屋台の帰りに手を繋いで歩きながら、カモミールは言葉を選んで彼に話し掛けた。
「ねえヴァージル、そんなに悩まないで。誰かのことを恨み続けたりするのって、凄く疲れると思わない? 私はヴァージルの優しいところが好きだけど、あなたは優しいから人のことまで背負って苦しんじゃうんじゃないかって心配だわ」
「僕は……ミリーが思ってるほど優しくないよ、多分」
きゅっと手を握り返される。その手が少し震えているようにカモミールには思えた。
「ヴァージル?」
街灯に照らされた幼馴染みの顔は、カモミールが見たこともないほど暗い。心配になって覗き込めば、弱々しい笑みが返ってきた。
「ごめん、君は許してるのに僕が勝手に許せないって言って、心配掛けて……。ガストンさんはミリーに謝ったんだよね?」
「うん、自分が医者でありながら、ロクサーヌ先生の病気を見抜けなかった不甲斐なさを八つ当たりしてしまったんだと言っていたわ。……だから、もういいの。ロクサーヌ先生はもういない。私はそれを受け入れてる。いつまでも私とガストンが苦しみ続けることは、ロクサーヌ先生は喜ばないに決まってる。だから、なおさら当事者じゃないヴァージルが苦しむことはないと思う」
「違うんだ、僕は……」
立ち止まったヴァージルは、俯いてまた重い息をついた。そして、頭を軽く振って何かを吹っ切ろうとしているようだ。
「――僕が口を出していいことじゃないね。僕にはそんな資格はない。ガストンさんにも、謝らないと」
「ヴァージルも真面目よね、そういうところ。謝ろうって気になれるのが凄いと思う」
実際、カモミールはガストンに謝ってはいない。ヴァージルは本来ガストンとカモミールのいさかいには関係ない人間であるはずなのに、謝ろうとする姿勢に驚きすら感じた。
「ミリーに言われてはっとしたんだ。誰かのことを恨み続けるのは疲れる、って。確かに、悲しいことに心囚われ続けるのは辛いことだよね。……僕は勝手に、ミリーの代弁者になったつもりで、ガストンさんに自分の感情をぶつけただけなんだ。師匠を亡くして家を失ったのはミリーで、親を亡くしたのはガストンさんで、僕はそこに口を出せる筋合いじゃないのに」
「じゃあ、工房に戻ったらガストンに謝ればいいわ。それで気持ちが軽くなるでしょ? まあ、まだガストンがいればの話だけど」
カモミールの前向きな提案に、ヴァージルがやっと笑みを浮かべた。急に手を引かれたかと思うと、抱きしめられて額にキスが落とされる。
「やっぱり、君は僕の太陽だよ。ミリーのそういうところが大好き」
「ちょっと、道でこんなことしないでよー。油断も隙もないわね」
「うん、じゃあ部屋でふたりだけの時にね」
ほんの一瞬前までは落ち込んでいたくせに、金髪を揺らしながら妙に嬉しそうにヴァージルが言う。その言葉にカモミールは顔を赤らめた。
工房の灯りはまだ点いていた。ドアが閉まっているのであまり音は漏れないが、まだガストンがいるのだろう。
「あ、テオにお土産買ってくるの忘れたわ……」
ガストンがいることよりも、テオに文句を言われることのほうがありありと予想できてカモミールは気が重くなった。けれども、このままにしておけないので工房のドアを思い切って開ける。
「ホムンクルス作れよ! これだけ解剖学に精通してるおまえならいける!」
「しつこいな、おまえは! やらないと言っているだろう! それよりも、ここの構造式はどうなっているんだ。魔力で繋げるにしても無理がありすぎる」
工房の中では、ガストンとテオが元気よく怒鳴り合っていた。僅かな間にガストンに「おまえ」呼ばわりされるに至ったテオがさすがとしか言いようがない。この錬金釜の精霊は、人との距離を縮めるのが上手いのだ。
「仲良くなってる……んだよね?」
困惑気味のヴァージルの言葉がカモミールの気持ちを代弁していた。ふたりの会話から、カモミールがいない間にテオがガストンの資質を認め、かつ何度も大錬金術をしろと勧めたことは推測できる。
ガストンがしつこいと怒るほど、「何度も」だ。元々ガストンは厳しいが怒りっぽい方ではないので、彼が怒るのは余程のことであるのに。
「テオ、どんだけしつこく誘ったのよ……ガストンは元々そんなに怒らない人なのよ?」
「カモミール、こいつはどうなってるんだ! 本当に精霊なのか? あまりにもしつこい!」
「うるせえ! 精霊だって証拠は見せただろうが! おまえも魔力持ちの錬金術師なら、少しはでかいことやろうって気概を持ちやがれ! ったく、どいつもこいつも小さい問題にばっかり頭悩ませやがって。だいたい、おまえは頭が固すぎるんだよっ! よくそれで錬金術師名乗れるな!」
ガストンが怒るのは仕方ないが、テオまでもが怒っている。しかもカモミールに向かって言われてもどうしようもない問題で。
「えーと、今どういう状況? ガストンの理解はどこまで進んだの?」
「こちらがひとつ質問すると、3倍の量で勧誘される! 材料の必然性と各々の効果は理解した。魔女の軟膏については理解したが、魔力の運用について確認していたが一向に進まん!」
「だからァー! そこで魔力の運用に頭が働かせられる時点で、おまえは大錬金術に向いてんだよ! マシューなんか完全に石けんのことしか考えねえ。カモミールは魔力無しだ。俺が教えられるだけ教えてやるから、まずはホムンクルスを作れ! そこからまた知識を得られるから錬金医に有用な薬だって作れるんだしよ!」
ガストンが大きい声を出し、更にテオがもっと大きい声を出す。あまりにも混乱した今の状況にカモミールは思わず頭を抱えた。
「テオ、何度も言うけどそこで作った薬はおいそれと使えないものなの! 今の常識から大きく外れたものを作ったら、いろいろと問題が起きるのよ。それで、ちょっとでいいから勧誘はやめて、ガストンのやりたいことに力を貸してあげて!」
「じゃあ、食ってる間だけ黙っててやる! 何か買ってきたんだろう?」
テオが勢いよく手を差し出し、カモミールは思わず後ずさった。
最悪の展開だ。ここで「買い忘れました」と言うのは非常に辛い。
「ごめん、テオ。ちょっと手一杯になってそこまで気が回らなかったんだ」
助け船を出したのはヴァージルだった。買い忘れをしたのはカモミールなのに、何故か彼が謝っている。テオは「ハァ~? 忘れただと?」と不満げに口を尖らせたが、ヴァージルがテオの手を引いて無理矢理工房から連れ出していく。
「おい、なんで俺がそっちに行かなきゃいけねえんだよ。おまえ、意外に力あるな!?」
「いいからいいから。エノラおばさんに頼んで何か出して貰おう。温かいスープにしろ、運ぶのにこぼしたら本末転倒だろう? おばさーん、テオがお腹空いてるらしくて」
ヴァージルがエノラの家にテオを押し込んだ。ガストンとカモミールは呆気にとられてそれを見送っている。
「ヴァージルって、時々びっくりするくらい強引なのよね……」
「だが、助かった。テオから教わったことは多いのだが、頭を整理する間もなく喋り続けられて、どうにもならなかったからな」
テーブルに置かれた魔女の軟膏を手にしてガストンが愚痴る。頭を整理する間もなく喋り続けるテオがあまりにもまざまざと思い浮かべられ、カモミールも顔をしかめた。
「それで、どう?」
「ああ、やはりこの薬を使うのがマリアさんにとっていいだろう。だが、カモミールも言っていたとおり、この薬をそのまま使うのは問題がある。あまりにも効果がありすぎるからな。例えば1ヶ月に一度程度の頻度で塗るならば、ある程度周囲に自然に見える形で傷を癒やすことができるだろう」
「それでも、『この薬を使った』とわかられると厳しいのよね。1ヶ月に一度くらいの頻度か……そのくらいの頻度でできることって何だろう?」
カモミールとガストンは揃って頭を悩ませた。
屋台の帰りに手を繋いで歩きながら、カモミールは言葉を選んで彼に話し掛けた。
「ねえヴァージル、そんなに悩まないで。誰かのことを恨み続けたりするのって、凄く疲れると思わない? 私はヴァージルの優しいところが好きだけど、あなたは優しいから人のことまで背負って苦しんじゃうんじゃないかって心配だわ」
「僕は……ミリーが思ってるほど優しくないよ、多分」
きゅっと手を握り返される。その手が少し震えているようにカモミールには思えた。
「ヴァージル?」
街灯に照らされた幼馴染みの顔は、カモミールが見たこともないほど暗い。心配になって覗き込めば、弱々しい笑みが返ってきた。
「ごめん、君は許してるのに僕が勝手に許せないって言って、心配掛けて……。ガストンさんはミリーに謝ったんだよね?」
「うん、自分が医者でありながら、ロクサーヌ先生の病気を見抜けなかった不甲斐なさを八つ当たりしてしまったんだと言っていたわ。……だから、もういいの。ロクサーヌ先生はもういない。私はそれを受け入れてる。いつまでも私とガストンが苦しみ続けることは、ロクサーヌ先生は喜ばないに決まってる。だから、なおさら当事者じゃないヴァージルが苦しむことはないと思う」
「違うんだ、僕は……」
立ち止まったヴァージルは、俯いてまた重い息をついた。そして、頭を軽く振って何かを吹っ切ろうとしているようだ。
「――僕が口を出していいことじゃないね。僕にはそんな資格はない。ガストンさんにも、謝らないと」
「ヴァージルも真面目よね、そういうところ。謝ろうって気になれるのが凄いと思う」
実際、カモミールはガストンに謝ってはいない。ヴァージルは本来ガストンとカモミールのいさかいには関係ない人間であるはずなのに、謝ろうとする姿勢に驚きすら感じた。
「ミリーに言われてはっとしたんだ。誰かのことを恨み続けるのは疲れる、って。確かに、悲しいことに心囚われ続けるのは辛いことだよね。……僕は勝手に、ミリーの代弁者になったつもりで、ガストンさんに自分の感情をぶつけただけなんだ。師匠を亡くして家を失ったのはミリーで、親を亡くしたのはガストンさんで、僕はそこに口を出せる筋合いじゃないのに」
「じゃあ、工房に戻ったらガストンに謝ればいいわ。それで気持ちが軽くなるでしょ? まあ、まだガストンがいればの話だけど」
カモミールの前向きな提案に、ヴァージルがやっと笑みを浮かべた。急に手を引かれたかと思うと、抱きしめられて額にキスが落とされる。
「やっぱり、君は僕の太陽だよ。ミリーのそういうところが大好き」
「ちょっと、道でこんなことしないでよー。油断も隙もないわね」
「うん、じゃあ部屋でふたりだけの時にね」
ほんの一瞬前までは落ち込んでいたくせに、金髪を揺らしながら妙に嬉しそうにヴァージルが言う。その言葉にカモミールは顔を赤らめた。
工房の灯りはまだ点いていた。ドアが閉まっているのであまり音は漏れないが、まだガストンがいるのだろう。
「あ、テオにお土産買ってくるの忘れたわ……」
ガストンがいることよりも、テオに文句を言われることのほうがありありと予想できてカモミールは気が重くなった。けれども、このままにしておけないので工房のドアを思い切って開ける。
「ホムンクルス作れよ! これだけ解剖学に精通してるおまえならいける!」
「しつこいな、おまえは! やらないと言っているだろう! それよりも、ここの構造式はどうなっているんだ。魔力で繋げるにしても無理がありすぎる」
工房の中では、ガストンとテオが元気よく怒鳴り合っていた。僅かな間にガストンに「おまえ」呼ばわりされるに至ったテオがさすがとしか言いようがない。この錬金釜の精霊は、人との距離を縮めるのが上手いのだ。
「仲良くなってる……んだよね?」
困惑気味のヴァージルの言葉がカモミールの気持ちを代弁していた。ふたりの会話から、カモミールがいない間にテオがガストンの資質を認め、かつ何度も大錬金術をしろと勧めたことは推測できる。
ガストンがしつこいと怒るほど、「何度も」だ。元々ガストンは厳しいが怒りっぽい方ではないので、彼が怒るのは余程のことであるのに。
「テオ、どんだけしつこく誘ったのよ……ガストンは元々そんなに怒らない人なのよ?」
「カモミール、こいつはどうなってるんだ! 本当に精霊なのか? あまりにもしつこい!」
「うるせえ! 精霊だって証拠は見せただろうが! おまえも魔力持ちの錬金術師なら、少しはでかいことやろうって気概を持ちやがれ! ったく、どいつもこいつも小さい問題にばっかり頭悩ませやがって。だいたい、おまえは頭が固すぎるんだよっ! よくそれで錬金術師名乗れるな!」
ガストンが怒るのは仕方ないが、テオまでもが怒っている。しかもカモミールに向かって言われてもどうしようもない問題で。
「えーと、今どういう状況? ガストンの理解はどこまで進んだの?」
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「だからァー! そこで魔力の運用に頭が働かせられる時点で、おまえは大錬金術に向いてんだよ! マシューなんか完全に石けんのことしか考えねえ。カモミールは魔力無しだ。俺が教えられるだけ教えてやるから、まずはホムンクルスを作れ! そこからまた知識を得られるから錬金医に有用な薬だって作れるんだしよ!」
ガストンが大きい声を出し、更にテオがもっと大きい声を出す。あまりにも混乱した今の状況にカモミールは思わず頭を抱えた。
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最悪の展開だ。ここで「買い忘れました」と言うのは非常に辛い。
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助け船を出したのはヴァージルだった。買い忘れをしたのはカモミールなのに、何故か彼が謝っている。テオは「ハァ~? 忘れただと?」と不満げに口を尖らせたが、ヴァージルがテオの手を引いて無理矢理工房から連れ出していく。
「おい、なんで俺がそっちに行かなきゃいけねえんだよ。おまえ、意外に力あるな!?」
「いいからいいから。エノラおばさんに頼んで何か出して貰おう。温かいスープにしろ、運ぶのにこぼしたら本末転倒だろう? おばさーん、テオがお腹空いてるらしくて」
ヴァージルがエノラの家にテオを押し込んだ。ガストンとカモミールは呆気にとられてそれを見送っている。
「ヴァージルって、時々びっくりするくらい強引なのよね……」
「だが、助かった。テオから教わったことは多いのだが、頭を整理する間もなく喋り続けられて、どうにもならなかったからな」
テーブルに置かれた魔女の軟膏を手にしてガストンが愚痴る。頭を整理する間もなく喋り続けるテオがあまりにもまざまざと思い浮かべられ、カモミールも顔をしかめた。
「それで、どう?」
「ああ、やはりこの薬を使うのがマリアさんにとっていいだろう。だが、カモミールも言っていたとおり、この薬をそのまま使うのは問題がある。あまりにも効果がありすぎるからな。例えば1ヶ月に一度程度の頻度で塗るならば、ある程度周囲に自然に見える形で傷を癒やすことができるだろう」
「それでも、『この薬を使った』とわかられると厳しいのよね。1ヶ月に一度くらいの頻度か……そのくらいの頻度でできることって何だろう?」
カモミールとガストンは揃って頭を悩ませた。
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