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113 あっちとこっちでバタバタです
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本来ならば、王都から戻ったら一度里帰りをするつもりでいた。けれど、今カモミールは魔女の軟膏が気になりすぎてそれどころではなくなってしまった。
今までもこういった事はあったので、帰省は少し伸ばすと手紙を出して済ませることにする。
実際のところ、ボルフ村までは徒歩でも1日程度だ。整備された街道も通っているし、馬車を使えば朝こちらを出て午前中には村に着く。
けれど、そこで1泊、もしくは2泊してのんびりと過ごすということが、今は少し考えづらい。
魔女の軟膏の効果が気になるのでエノラの様子を確認したいのも理由だが、もうひとつカモミールにしか判断できない用件が舞い込んできた。
「すっごく、行動が早いのよね……そこに熱意を感じる」
「何日経ってます? 王都からここに郵便が届くまで最低2日は掛かりますよね?」
工房でキャリーとふたり額を付き合わせて覗き込んでいるのは、今日午前中に届いた手紙だ。
差出人はエミリア・ニュートンという女性。その名前をカモミールは知らない。けれど、内容を読めば彼女の素性はわかった。
エミリア・ニュートンは、王都の錬金術ギルドでカモミールが試験管を買った際に対応してくれた職員の妻だった。彼女は夫から「カールセンで話題になっていて、これから王都でも話題になる新しい石けん」の話を聞くと、すぐにクリスティンでヴィアローズのふたつの石けんを買い、それを試して衝撃を受けたそうだ。
王都での滞在最終日にその話はあったわけで、買いに行ったとしても翌日だろう。
つまり、彼女はふたつの石けんを一晩ずつ試した後、すぐに筆を取ってこの手紙を書き、カモミールに連絡を取ってきたのだ。
石けんは手堅いので作っている生活錬金術師は多い。
けれども、エミリアの手紙からはほとばしる情熱を感じた。彼女は惰性で石けんを作っているのではなく、マルセラ石けんの枠を超えない範囲で改良の工夫をしてきたとも手紙に書いてあった。
「マシュー先生にも相談したいけど、このエミリアさんにレシピを教えて、王都のクリスティンに納品する石けんを作って貰ったらいいと思うの」
実質職人を雇うのと変わらず、問題になる熟成場所の確保も今までエミリアが使っていたところを使えばいい。
更に、エミリアに能力があるのなら、アトリエ・カモミールの一員として彼女を雇い、王都での石けん製造に関する責任者にすることも考えている。エミリアの管理の下で、複数の石けん職人に王都で石けんを作って貰えばいいということだ。
キャリーは手紙を何度も読み、険しい顔で考え込んでいた。そして、そろそろ視線で紙に穴が開くのでは、とカモミールが心配し始めた頃にやっと頷く。
「いいと思います。少なくともこの人は『代理で作って利益を取りたい』じゃなくて、『あの石けんを自分も作りたい』という観点から手紙を書いてますし。
今、凄いじっくり確認したんですけど、インクのかすれとか、綴りの違いを慌てて二重線で消したところとか、そういうのがあるじゃないですか。この人、少なくとも凄い勢いでこの手紙を書いたんですよ。一刻も早く話をしたいっていうのが現れてると思います。
多分、情熱に関して言えばキートン先生と同じくらいじゃないですか? 私よりあると思いますよ」
「探偵みたいね」
キャリーの分析にカモミールは苦笑する。確かに、慌てて書いたんだろうなとはカモミールも思っていたが、キャリーほど深くは考えなかった。
化粧水を作っていたテオがスッと寄ってきて、手紙を手に取る。何をするかと思ったら、彼はじっとそれを見つめて思いがけないことを言い放った。
「……魔力が残ってるな。しかも、火の精霊の加護付きだ。この手紙の主、魔力持ちだぞ」
「ええっ! そんなこともわかるの?」
「結構はっきり残ってるからな。ヴァージルに読み取れるかどうかは微妙なところだけど、俺は精霊だから精霊の存在は感じ取れる。
うえー、魔力持ちの錬金術師なのに石けん作ってるのか……。マシューもそうだけど、もったいねえなあ」
「それだー!!」
カモミールとキャリーは同時に叫んでいた。
魔力持ちの錬金術師なのに、わざわざ石けんを作っている。それこそが、エミリアが石けんに情熱を傾けているという証しになる。
「どうしよう、この人に直接会いたくなってきた! でも王都まで馬車だと一週間掛かるのよね……こんなことなら王都であの時もっと詳しく話を聞いてれば良かったー」
「カモミールさんだけで石けんの知識は十分です? キートン先生か私がいないと厳しいんじゃないですか?」
「それもある! あああ、悩ましい!」
「中間の街とかに来て貰います? それか、実際の石けん作りを見せるために一度こっちに来て貰うか」
「こっちに来て貰うのが一番いいのは確かだけど、家庭がある人を往復半月かかる場所に呼び寄せるっていうのはちょっと……って思うのよね」
3人揃って思わず唸ってしまう。もっとも、カモミールとキャリーはエミリアにどう対応すべきかで悩んでいるのだが、テオは別のことで唸っているようだ。
「とりあえず手紙を書こう。是非会いたいんだけどどうしようって、率直に相談しよう」
「そうですね、カモミールさんが半月いないのはともかく、キートン先生に馬車の長旅はきついですよね」
キャリーの一言にカモミールは思わずうなだれた。実際、商品開発を終えてしまえば、カモミールがする作業は他の人間が代わりに出来る物なのだ。今試作しているのは石けんだし、男性向け香水は既にレシピが決定している。
エミリアに手紙を書こうと、カモミールは便箋を用意した。そして椅子に座ったところで、ふと気になったことをテオに尋ねてみる。
「そういえば、魔力持ちの人って精霊の加護が付いてるもんなの?」
魔力のあるなしは簡単に判別できるので、人間にもわかる。けれど、精霊の加護についてはあまり聞いたことがなかった。昔は精霊が見える人間がもっといたというから、そういう人にはわかった類いのものなのだろう。
「付いてる奴と付いてない奴がいる。魔力持ちでなくても何故か加護だけ付いてるって奴もいる。魔力のあるなしと、精霊に好かれるかどうかってのはまた違う話だな。
例えばマシューは魔力持ちだけど加護無しで、キャリーは魔力無しだけどうっすら風の精霊の気配を感じるな。加護まで行かなくとも、風の精霊に好かれやすいか、身近に加護が付いた奴がいるってところだ。あと、エノラに地の精霊が付いてる」
「私の身近に精霊の加護が付いてる人……やっぱりお父さんかなあ」
「エノラさんに! へえええ! ねえねえ、私には?」
意外に身近なところに精霊の加護を持つ人間がいると聞いて、カモミールも興味がでて訊いてみた。しかし返ってきた言葉は無情だ。
「おまえには何も付いてないぞ。あー、ある意味俺の加護が付いてるようなもんだけどな」
どうやら、自分には徹底的に魔法に関わる素質がないらしいことはわかった。
はやる気持ちを抑えて、「是非一度会って話したいけれども、どうしたらお互いにとって都合が良くなるか」とエミリア宛に手紙をしたためる。
それを発送してから3日後、工房のドアが勢いよくノックされた。
「はいはいー、どちら様ですかー」
この叩き方は、貴族関係の人ではない。そう判断してカモミールがドアを開けると、そこに立っていたのは30代中頃に見える見知らぬ女性だった。
「アトリエ・カモミールってここ? 合ってるよね?」
大きな鞄を持ち、息を切らせた女性が早口で尋ねてきたので、勢いに押されながらもカモミールはコクコクと頷く。
すると女性はパアァと輝くような笑顔になって、衝撃発言を繰り出してきた。
「手紙届いてるよね? アタシ、エミリア・ニュートン! 手紙を出した後、どうしても直接話したくなって、飛んで来ちゃった!」
エミリアの言葉に唖然としながら、カモミールはひとつの確信を得ていた。
エミリアは、どうしようもなく「いかにもな錬金術師」だということを……。
今までもこういった事はあったので、帰省は少し伸ばすと手紙を出して済ませることにする。
実際のところ、ボルフ村までは徒歩でも1日程度だ。整備された街道も通っているし、馬車を使えば朝こちらを出て午前中には村に着く。
けれど、そこで1泊、もしくは2泊してのんびりと過ごすということが、今は少し考えづらい。
魔女の軟膏の効果が気になるのでエノラの様子を確認したいのも理由だが、もうひとつカモミールにしか判断できない用件が舞い込んできた。
「すっごく、行動が早いのよね……そこに熱意を感じる」
「何日経ってます? 王都からここに郵便が届くまで最低2日は掛かりますよね?」
工房でキャリーとふたり額を付き合わせて覗き込んでいるのは、今日午前中に届いた手紙だ。
差出人はエミリア・ニュートンという女性。その名前をカモミールは知らない。けれど、内容を読めば彼女の素性はわかった。
エミリア・ニュートンは、王都の錬金術ギルドでカモミールが試験管を買った際に対応してくれた職員の妻だった。彼女は夫から「カールセンで話題になっていて、これから王都でも話題になる新しい石けん」の話を聞くと、すぐにクリスティンでヴィアローズのふたつの石けんを買い、それを試して衝撃を受けたそうだ。
王都での滞在最終日にその話はあったわけで、買いに行ったとしても翌日だろう。
つまり、彼女はふたつの石けんを一晩ずつ試した後、すぐに筆を取ってこの手紙を書き、カモミールに連絡を取ってきたのだ。
石けんは手堅いので作っている生活錬金術師は多い。
けれども、エミリアの手紙からはほとばしる情熱を感じた。彼女は惰性で石けんを作っているのではなく、マルセラ石けんの枠を超えない範囲で改良の工夫をしてきたとも手紙に書いてあった。
「マシュー先生にも相談したいけど、このエミリアさんにレシピを教えて、王都のクリスティンに納品する石けんを作って貰ったらいいと思うの」
実質職人を雇うのと変わらず、問題になる熟成場所の確保も今までエミリアが使っていたところを使えばいい。
更に、エミリアに能力があるのなら、アトリエ・カモミールの一員として彼女を雇い、王都での石けん製造に関する責任者にすることも考えている。エミリアの管理の下で、複数の石けん職人に王都で石けんを作って貰えばいいということだ。
キャリーは手紙を何度も読み、険しい顔で考え込んでいた。そして、そろそろ視線で紙に穴が開くのでは、とカモミールが心配し始めた頃にやっと頷く。
「いいと思います。少なくともこの人は『代理で作って利益を取りたい』じゃなくて、『あの石けんを自分も作りたい』という観点から手紙を書いてますし。
今、凄いじっくり確認したんですけど、インクのかすれとか、綴りの違いを慌てて二重線で消したところとか、そういうのがあるじゃないですか。この人、少なくとも凄い勢いでこの手紙を書いたんですよ。一刻も早く話をしたいっていうのが現れてると思います。
多分、情熱に関して言えばキートン先生と同じくらいじゃないですか? 私よりあると思いますよ」
「探偵みたいね」
キャリーの分析にカモミールは苦笑する。確かに、慌てて書いたんだろうなとはカモミールも思っていたが、キャリーほど深くは考えなかった。
化粧水を作っていたテオがスッと寄ってきて、手紙を手に取る。何をするかと思ったら、彼はじっとそれを見つめて思いがけないことを言い放った。
「……魔力が残ってるな。しかも、火の精霊の加護付きだ。この手紙の主、魔力持ちだぞ」
「ええっ! そんなこともわかるの?」
「結構はっきり残ってるからな。ヴァージルに読み取れるかどうかは微妙なところだけど、俺は精霊だから精霊の存在は感じ取れる。
うえー、魔力持ちの錬金術師なのに石けん作ってるのか……。マシューもそうだけど、もったいねえなあ」
「それだー!!」
カモミールとキャリーは同時に叫んでいた。
魔力持ちの錬金術師なのに、わざわざ石けんを作っている。それこそが、エミリアが石けんに情熱を傾けているという証しになる。
「どうしよう、この人に直接会いたくなってきた! でも王都まで馬車だと一週間掛かるのよね……こんなことなら王都であの時もっと詳しく話を聞いてれば良かったー」
「カモミールさんだけで石けんの知識は十分です? キートン先生か私がいないと厳しいんじゃないですか?」
「それもある! あああ、悩ましい!」
「中間の街とかに来て貰います? それか、実際の石けん作りを見せるために一度こっちに来て貰うか」
「こっちに来て貰うのが一番いいのは確かだけど、家庭がある人を往復半月かかる場所に呼び寄せるっていうのはちょっと……って思うのよね」
3人揃って思わず唸ってしまう。もっとも、カモミールとキャリーはエミリアにどう対応すべきかで悩んでいるのだが、テオは別のことで唸っているようだ。
「とりあえず手紙を書こう。是非会いたいんだけどどうしようって、率直に相談しよう」
「そうですね、カモミールさんが半月いないのはともかく、キートン先生に馬車の長旅はきついですよね」
キャリーの一言にカモミールは思わずうなだれた。実際、商品開発を終えてしまえば、カモミールがする作業は他の人間が代わりに出来る物なのだ。今試作しているのは石けんだし、男性向け香水は既にレシピが決定している。
エミリアに手紙を書こうと、カモミールは便箋を用意した。そして椅子に座ったところで、ふと気になったことをテオに尋ねてみる。
「そういえば、魔力持ちの人って精霊の加護が付いてるもんなの?」
魔力のあるなしは簡単に判別できるので、人間にもわかる。けれど、精霊の加護についてはあまり聞いたことがなかった。昔は精霊が見える人間がもっといたというから、そういう人にはわかった類いのものなのだろう。
「付いてる奴と付いてない奴がいる。魔力持ちでなくても何故か加護だけ付いてるって奴もいる。魔力のあるなしと、精霊に好かれるかどうかってのはまた違う話だな。
例えばマシューは魔力持ちだけど加護無しで、キャリーは魔力無しだけどうっすら風の精霊の気配を感じるな。加護まで行かなくとも、風の精霊に好かれやすいか、身近に加護が付いた奴がいるってところだ。あと、エノラに地の精霊が付いてる」
「私の身近に精霊の加護が付いてる人……やっぱりお父さんかなあ」
「エノラさんに! へえええ! ねえねえ、私には?」
意外に身近なところに精霊の加護を持つ人間がいると聞いて、カモミールも興味がでて訊いてみた。しかし返ってきた言葉は無情だ。
「おまえには何も付いてないぞ。あー、ある意味俺の加護が付いてるようなもんだけどな」
どうやら、自分には徹底的に魔法に関わる素質がないらしいことはわかった。
はやる気持ちを抑えて、「是非一度会って話したいけれども、どうしたらお互いにとって都合が良くなるか」とエミリア宛に手紙をしたためる。
それを発送してから3日後、工房のドアが勢いよくノックされた。
「はいはいー、どちら様ですかー」
この叩き方は、貴族関係の人ではない。そう判断してカモミールがドアを開けると、そこに立っていたのは30代中頃に見える見知らぬ女性だった。
「アトリエ・カモミールってここ? 合ってるよね?」
大きな鞄を持ち、息を切らせた女性が早口で尋ねてきたので、勢いに押されながらもカモミールはコクコクと頷く。
すると女性はパアァと輝くような笑顔になって、衝撃発言を繰り出してきた。
「手紙届いてるよね? アタシ、エミリア・ニュートン! 手紙を出した後、どうしても直接話したくなって、飛んで来ちゃった!」
エミリアの言葉に唖然としながら、カモミールはひとつの確信を得ていた。
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