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53 乙女の買い物――理屈を添えて

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 翌日、キャリーとタマラを伴い、カモミールはプラタナス通りの服飾店にやってきていた。
 このふたりが合うか心配していたのだが、キャリーもタマラの事情には偏見がないタイプでほっとする。
 しかも出会って早々にふたりはテンションの高い意気投合を見せた。

「きゃー、女の子3人でお買い物! 素敵! 最高! しかも自分のお金じゃないし、ミリーを着飾らせるのが私の密かな願望だったのよー!」
「ですよねですよね! カモミールさん可愛いから、実用一辺倒の服ばっかりじゃなくていろんな服を着せてみたいです!」

 カモミールは買い物が始まる前からどっと疲れた。これは今日一日で相当振り回されるし疲れるぞと言う予感がひしひしとする。

「いや、ね……実用一辺倒になっておしゃれ出来ないのは、身長の低さが仇になって着たときにおかしく見えない服って限られるからなのよ……」

 カールセンに来たときには様々な服を扱う店を見てときめいたが、予想に反して身長が伸びず、既製服を着ると袖も裾も余りがちだ。
 結局、カモミールの体格に合っている服を取り扱っている店を1軒見つけたので、そこで買うしかなかった。……今までは。

 今日来ているのは、タマラ愛用の店だ。つまり、186センチという高身長のタマラが着られる乙女の服を販売している凄い店である。
 ひな形が既にいくつかあって、サイズ直しで対応してくれるのだ。もちろん、オーダーメイドもできる。

「あ、これ可愛い! どうですか?」

 キャリーが目を付けたのはワンピースではなくて上下に分かれた服だ。タンポポの様な明るい黄色で、丸い襟には刺繍が入っている。

「可愛い~! ミリー、ほら、合わせてみて」

 キャリーが選んだ服をエノラが凄い勢いでカモミールに合わせて見せる。

「い、色が派手じゃない?」
「派手じゃない!」
「派手じゃないです!」

 ささやかに抵抗してみたが、キッと同時に振り向いたタマラとキャリーが息を合わせて言い切る。

「上はこれで、下はこのスカートなんかどう?」
「あっ、可愛い! タマラさんいいお店知ってますね、私も今度ここで買おうっと!」

 キャリーの次にはタマラだ。ふんだんに布を使ってひだが重なり合った水色のスカートがひらりと舞う。特筆すべきは裾に白い機械編みのレースが入っていて、ウエスト部分がコルセットタイプになっていることだった。

「私の髪の色に合う!?」
「そういうときはアップにしてできるだけまとめて、これに近い水色で大きめの髪飾りを付けるのよ! それだけで一体感がでるわ!」
「タマラさん凄いです、さすがデザイナー!」

 スカートは丈が短めだが、カモミールが穿くと膝下10センチくらいまである。可愛らしいことは認めるのだが、ふわふわしたスカートが作業の邪魔にならないかとても気になる。

「デザインは凄く素敵だと思うの。でも、こんなに布をたっぷり使ってると作業中にどこかに引っかけそうじゃない?」

 カモミールにとっては当たり前の心配だったのだが、その言葉を聞いた瞬間タマラの目がつり上がった。

「今は仕事のことは忘れなさい! 何も仕事の時に穿けなんて言ってないでしょ? お休みの日に着る用の服よ。可愛い服を着なさい、気分が浮き立つわ。なんなら爪も塗りなさい。ピンクの花から採れる染料で1日は綺麗なピンク色に染めておけるわ。洗うと落ちやすいけど、どうせ家事やってないんだから大丈夫でしょう?
 手は目に入りやすい分、おしゃれしてる気分が盛り上がりやすいのよ」
「タマラさんの爪の色ってそれですか? きゃー、いいこと聞いちゃった-」
「そうなの! オシロイバナの赤い花を摘んでおいて、乾燥させて粉にして、塗るときは水をちょっと混ぜて筆で塗るのよ。乾いたら別の筆で粉の部分を落とせば色が付くの! ホウセンカを使うとオレンジ色になるわ」
「ちょっと待って! タマラ、その話詳しく!」

 思わぬ話にカモミールは服のことを完全に忘れてタマラに縋り付いていた。
 爪に色を塗るおしゃれが出来るなら、それはきっと錬金術でもっと使いやすい物が作れるし、ヴィアローズの商品にも加えられる。

「あっ……それは明日教えるわね。今日は買い物よ」
「タマラぁ~」
「迂闊に口を滑らせたわ……はぁ。ミリーが仕事馬鹿なの忘れてた。今日話しちゃうと頭が完全にそっちに行って、服を選ぶどころじゃなくなるでしょ」

 タマラはカモミールの性格をよくわかっている。カモミールも言い返せずに、「これも侯爵夫人からの仕事のひとつ」と割り切って服を買うことに集中することにした。

「着回しできる服がいいですよね。今選んだ上下どちらにでも合う物を探しましょう」
「それと、1着だけは侯爵邸に着ていけるようないい服が欲しいんだけど」
「なんですって!? なんで先に言ってくれないの!」
「ご、ごめん……」

 タマラはバッグの中からスケッチブックと鉛筆を取りだした。常に持ち歩いているようだ。さすがデザイナーというところだろう。

「ミリーは首が華奢ですらっと長いから、首から肩に掛けてのラインがとても綺麗なのよ。鎖骨くらいまで見せるようなデザインにすべきね。具体的にはこんな感じ」

 タマラがサラサラと絵を描き始める。襟ぐりが横に大胆に開いたデザインで、大ぶりのフリルが肩から胸の辺りまでを覆っているのが優雅だ。ご丁寧にペンダントまで描き込んでいる。
 袖は七分袖で袖口が広がっており、ウエストは外にコルセットの付いた可憐なデザインのワンピースだ。スカート部分は布を2層に重ねているのか、真ん中から分かれて内側のレースが見えるようになっている。

「こんなもんかしら。冬になったらこれに合わせた上着を着るの。そうすると1年中着られるわよ」
「冬に首元これじゃ寒くない?」
「んもう、この子は! ペンダントを胸元に飾る代わりにスカーフを巻きなさい。それか、我慢するのよ。乙女のおしゃれは我慢なの。ウエストを絞るのも、寒いのを堪えるのも、全ては可愛さのため!」
「私、ペンダントなんて持ってない……」
「ヴァージルにプレゼントさせなさい! ミリーがおねだりすれば給料つぎ込んで買ってくれるわよ、あいつなら!」

 暴論を吐くタマラに圧倒されながらも、カモミールはそれはそうかも、とチラリと思ってしまった。
 
「もしかしてヴァージルさんってカモミールさんの恋人ですか!?」

 キャリーが目を輝かせながらタマラの言葉に食いついてくる。またか、と思いながらも今まで何度繰り返したかわからない説明をカモミールはキャリーに向かってすることになった。

「ヴァージルは幼馴染みで友達なの。ひとつ歳上なんだけどすっごい過保護で、私が工房の屋根裏に住むって言ったら心配だからって隣の家に間借りしてきたのよ。わけあって今は私もそこに住んでるんだけどね。だからって恋人とかじゃないの。タマラにもいつもからかわれるからせめてキャリーさんはわかって!」
「あっ、はい、ではそういうことにしておきます」

 頭につきりと痛みが走る。けれど今回はそれほど酷くはなく、タマラにも言わずに少し堪えているだけで楽になった。

「ヴァージルには頼みません! 装飾品を付けなきゃ行けないようなときは、クリスティンさんかイヴォンヌ様に相談して借ります!」
「率直に訊くけど、ミリーって今どのくらいお金を持ってるの? あの工房買ったとき、相当値切ったんでしょう? ヴァージルが自慢してたのを憶えてるわよ」
「ええと……今は200万ガラムくらいかな……あ、最初に買ったタルクとかの原材料も経費になるなら、それが戻ってくると考えるともう少しあるわよ」

 正直に答えると、タマラに肩を掴まれる。真顔を通り越して、鬼気迫る表情だった。

「それなら買いなさい、ペンダントのひとつくらい! 20万から30万くらいはかけなさい。一生使えて、子供に受け継がせてもいいって物を買うのよ!」
「20万ー!? ペンダントにー!? ていうかタマラ、そんなにお金がかかるような物をヴァージルに買わせようと考えてたの!?」
「カモミールさんが小市民気質ってこういうことだったんですね……よくわかりました。うちなんか父の研究のせいで貯金が50万超えたことありませんけどやりくり困りません。買っちゃえ!
 宝石は資産になるんですよ! 買うときに20万かかっても、その宝石が手元にある限り20万の価値がそこに生じるのでお金が減ったことにはならないんです。むしろ何かの理由で付加価値が付いた場合価値が上がることもあるんですから」
「ひ。ひええええ……」

 タマラとキャリーの押しが凄まじく強い。
 カモミールは買い物を始めてから1時間も経たず、早くも涙目になっていた。
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