上 下
38 / 154

38 女たちの石けん会議

しおりを挟む
 エノラとタリアを石けんを試す入浴会に誘うことに成功し、カモミールは念のため石けんを包丁で半分ずつに切り分けていた。
 タリアではなく、ガラス工房のアイザックの妻であるヒラリーを誘うことも考えたのだが、もれなくローラが付いてくることになるので石けんの消費量が心配だったのだ。

 タリアは仕事が終わってから汗を流すために風呂に行くと聞いたので、エノラと一緒に入浴道具を持ってタリア陶器工房経由で一番近い風呂屋へ向かった。

 80年前の大疫禍から、この国では公衆浴場が国策として増やされた。昔ながらのパン屋の廃熱を利用した蒸し風呂もあるが、湯を満たした大きな浴槽に洗い場があるスタイルの風呂屋は本当にあちこちにあり、しかも公営なので安い。風呂は水を大量に使うのが問題だが、北の山脈からの雪解け水が豊富で川の多い地形であることが幸いした。

 100ガラムの入湯料を入り口で払い、更衣室で服を脱ぐ。昔はこんな設備もなく、もっと昔は混浴だったと聞いた。それが伝染病で一度入浴文化自体が廃れ、その後に「やっぱり入浴大切!」となってから作り直されたので設備が良くなったのだという。

 1日目の石けんは、一番使われている油脂が少ないものだった。カモミールがレシピとにらめっこしてわかったのは、「おそらくマルセラ石けんに近く、泡立ちの良さと石けん自体の溶けにくさを付加したもの」らしいということだけ。

 洗い場で20歳、40代、60代と並んで石けんに「へー」と言った後、石けんを泡立てるための麻布を取り出して濡らす。体はごしごし洗ってもいいが、顔はせめてごしごし洗うな、泡立てろという過去の美容家の言葉に基づくものだ。マシューが持ってきた物とほとんど同じで、荒い網のような麻布に石けんをこすりつけ、お湯を垂らして泡立てる。

「わ、すっごい!」
「石けんってこんなに泡立つものなのねえ!」
「楽しそう、次あたしにやらせて!」

 マルセラ石けんでは考えられないほど泡が立って、もこもこの泡で顔を洗うと包み込まれるような感触で気持ちがいい。
 かといって、洗い流した後に突っ張りが残るようなことはなく、非常に快適に体を洗うことが出来た。

「見て見て! 凄いよこれ」

 タリアははしゃいで、手のひらに作った泡を逆さまにしている。それでも泡は落ちない。

 普段使っているマルセラ石けんを50点として、100点満点でふたりには感想を聞いたが、ふたりとも「100点」という答えが返ってきた。

「いつもの石けんより、後までしっとりさが残っているような気がするのよ。そう、冬にかさつきが酷いとき、オリーブオイルを塗ってマッサージしたりするじゃない? あんな感じ」

 最年長のエノラの意見は一番参考にすべきだ。しかし冬にオイルでマッサージしたことなどないカモミールはそっちの方に驚いていた。

「エノラさん、そんなこともしてるんですね! 乾燥酷いんですか?」
「そこまでじゃないけど、推しの舞台を見に行く時は一番綺麗な私でいたいじゃない? ふふふふふ」

 乙女の顔で笑うエノラに、タリアが感心していた。タリアの知らない世界だったのだろう。
 帰りに3人で屋台でご飯を食べて帰ったが、エノラの熱い舞台語りにタリアが食いついていた。今日が初対面のふたりだったが、案外趣味が合いそうだ。


 2日目の石けんは、油脂以外にカオリンが副材料として入っていた。色は薄い緑色で、漂白していないカオリンらしい。石けんに粘土を入れるという発想がなく、カモミールが密かに使うのを楽しみにしていた石けんでもある。

「おおっ、これはまた泡立ちが凄いね。しかも昨日のより滑らかな気がする」
「うわー、小鼻の横がつるっつるになった! 泥パックでこうなるのは体験したことがあるけど、石けんで!?」
「マルセラ石けんより洗いやすいけど、私は昨日の方が良かったわ。ただでさえ少ない肌の脂が全部持って行かれちゃいそう」

 年齢毎の意見が今度は分かれた。点数としては、タリアが「120点」でエノラが「70点」だ。カモミールもこれには昨日の100点を超えた「110点」を付けた。どちらかというと皮脂の多い男性向きに思える。洗い上がりのさっぱりさでは今まで使ってきた石けんと比べものにならない。

「これは、ガラス工房のヒラリーとローラにあげたら喜ぶよ。脂浮きを気にしてたし、暑い職場だからね」

 屋台飯での感想会でタリアがそんな提案をする。ヒラリーとローラだけではなくアイザックも喜びそうだ。彼はいつも鼻の頭から額の辺りがテカっている。

「ちょっとレシピが違うだけで、こんなに想定出来る用途が変わるなんて……石けんって奥が深いわ」

 ヴィアローズは化粧品ブランドだが、男性向けにこの系統の石けんを売り出すのも面白いと思った。現状ではそんな余裕はないのだが。


 3日目の石けんは、優しいオレンジ色の石けんだった。石けんの中にも花びららしきものが入っているのが見える。

「これはまた変わった石けんねえ」
「オリーブオイルに乾燥させたカレンデュラの花を漬け込んで作ってあるそうですよ。確かカレンデュラオイルは傷の治りを早くしたりする効果があったような」
「使い続けないとわからないんじゃない?」

 3人で頭を寄せてうーんと唸る。カレンデュラは確かに外用薬にも使ったりするはずだ。それはロクサーヌの側にいたおかげでなんとなく知っている。その成分がオイルに溶け込んでいるのだろう。

 使い心地としては、「花が……ごそごそするわね」「初日の石けんとあんまり変わらない」というもので、カレンデュラオイルの漬け込みの期間を考えると今回はこれは無しと言うことになった。


 そして4日目。最後の石けんはレシピを見ても使っている油脂が多く、半分に切ったときも他より少し柔らかかった。
 これはきっと贅沢石けんだろうと思うと使うのが楽しみだ。とりあえずエノラとタリアにはそれは伏せて使って貰う。

「あたしにもわかる。これはお高いやつよ……」

 泡立てた時点できめ細かい泡がしっとりとクリーム状になっていて、タリアが唸っている。なかなか勘が鋭い。

「あら、本当。これはきっといい材料を使っているのね。肌への当たりが一番柔らかいし、洗い流してもこんなにしっとりしてるなんて」
「うわー、切り分けてきて良かったー! これ、残り半分侯爵夫人に回して路線変更の相談しないといけないやつだー!」

 それくらい、4つめの石けんは今までの物とは一線を画したものだった。頭の中での石けんという概念が崩壊したと言うくらいのインパクトがある。

「これ、花の香りを付けたら絶対売れますよね」
「お値段次第! でも、あたしは初日の石けんでも、花の香りがついたら間違いなく売れると思うね。安くなるならそっちの方を買うよ」
「花の香りもいいけど、木の香りもいいものよ。それだと男性も抵抗なく使ってくれると思うわ」

 商売人のタリアばかりか、エノラまでネタに出来そうな意見を出してくれる。男性向けというか、労働者向けには2日目のカオリンが入った石けんが良かったな、あれに木の香りを付けたら爽快だろうとカモミールは考える。

 しかし、問題はやはり思った通りに「贅沢石けん」だったこの石けんの扱いだ。カモミールは入浴セットをエノラに一緒に持ち帰ってもらえるように頼み、錬金術ギルドへ急いで向かった。

「キャリーさん、います?」
「こんばんは、カモミールさん! お急ぎでどんな御用ですか?」

 窓口に顔見知りのキャリーがいたのが幸いだ。カモミールは慌てながら、マシューとすぐに会いたいから住所を教えてくれるように頼む。求人を出したときには仮決定状態になってしまい、お互い契約書をまだ交わしていなかったのだ。先日工房にマシューが来たときはすぐ帰ってしまったのでその辺もなあなあになっている。

「そういえば、あの時契約書書いてませんでしたね。こういう事情がない限り本来はお教え出来ないんですが……」

 そう言いながらも融通を利かせてくれるところが、さすがキャリーと喝采したい。
 住所を書いたメモを貰い、カモミールは早足でマシューの家へ向かった。

「おや、カモミールさん。儂の作った石けんはどうだったかね?」

 マシューはカモミールが訪れることを予想していたらしい。それだけ、あれらの石けんは自信がある物だったのだろう。

「マシュー先生! 一番複雑でいろんなオイルを使ってた石けんなんですが、2週間で作れますか!?」

 オイルの仕入れなども考えると、1ヶ月後を想定したヴィアローズのお披露目にはとんでもなくギリギリである。

「おお、やはりあれか。あれはなあ――5週間かかる」
「5週間!! 嘘ー!」

 まさかの答えに、カモミールは絶叫するとふらふらとその場に座り込んでしまったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

楽しくて異世界☆ワタシのチート生活は本と共に強くなる☆そんな私はモンスターと一緒に養蜂場をやってます。

夏カボチャ
ファンタジー
 世界は私を『最小の召喚師』と呼ぶ。  神から脅し取った最初の能力は三つ!  ・全種の言葉《オールコンタクト》  ・全ての職を極めし者《マスタージョブ》  ・全ての道を知る者《オールマップ》 『私は嘘はついてない!』禁忌の古代召喚の言葉を口にしたその日……目の前に現れた使い魔と共にやりたいように楽しく異世界ライフをおくるそんな話。 失恋旅行にいった日に、天使に自殺に見せ掛けて殺された事実に大激怒する主人公は後に上司の巨乳の神アララからチートゲットからの異世界満喫ライフを楽しむ事を考える。 いざ異世界へ!! 私はいい子ちゃんも! 真っ直ぐな人柄も捨ててやる! と決め始まる異世界転生。新たな家族はシスコン兄と優しいチャラパパと優しくて怖いママ。 使い魔もやりたい放題の気ままな異世界ファンタジー。 世界に争いがあるなら、争うやつを皆やっつけるまでよ! 私の異世界ライフに水を指す奴はまとめてポイッなんだから! 小説家になろうでも出してます!

落ちこぼれ一兵卒が転生してから大活躍

きこうダきこう
ファンタジー
 王国騎士団の一兵卒だった主人公が魔王軍との戦闘中味方の誰かに殺され命を落とした後、神の使いより死ぬべき運命ではなかったと言い渡され、魂は死んだ時のままで再び同じ人生を歩んでいく事となった。  そのため幼少時代トロルによって家族を殺され、村を滅ぼされた出来事を阻止しようと思い、兄貴分的存在の人と父親に話し賢者と呼ばれる人やエルフ族らの助けを借りて襲撃を阻止した。  その後前世と同じく王国騎士団へ入団するための養成学校に入学するも、入学前に賢者の下で修行していた際に知った兄貴分的存在の人と幼馴染みに起こる死の運命を回避させようとしたり、前世で自分を殺したと思われる人物と遭遇したり、自身の運命の人と出会ったりして学校生活を堪能したのだった。  そして無事学校を卒業して騎士団に入団したが、その後も自身の運命を左右させる出来事に遭遇するもそれらを無事に乗り越え、再び魔王軍との決戦の場に赴いたのだった······。

異世界最強の賢者~二度目の転移で辺境の開拓始めました~

夢・風魔
ファンタジー
江藤賢志は高校生の時に、四人の友人らと共に異世界へと召喚された。 「魔王を倒して欲しい」というお決まりの展開で、彼のポジションは賢者。8年後には友人らと共に無事に魔王を討伐。 だが魔王が作り出した時空の扉を閉じるため、単身時空の裂け目へと入っていく。 時空の裂け目から脱出した彼は、異世界によく似た別の異世界に転移することに。 そうして二度目の異世界転移の先で、彼は第三の人生を開拓民として過ごす道を選ぶ。 全ての魔法を網羅した彼は、規格外の早さで村を発展させ──やがて……。 *小説家になろう、カクヨムでも投稿しております。

この幸せがあなたに届きますように 〜『空の子』様は年齢不詳〜

ちくわぶ(まるどらむぎ)
ファンタジー
天寿を全うしたチヒロが生まれ変わった先は、なんと異世界だった。 目が覚めたら知らない世界で、少女になっていたチヒロ。 前世の記憶はある。でも今世の記憶は全くない。 そんなチヒロは人々から『空の子』様と呼ばれる存在になっていた! だけど『空の子』様とは《高い知識を持って空からやってくる男の子》のことらしい。 高い知識なんてない。男の子でもない。私はどうしたら? 何が何だかわからないまま、それでも今を受け入れ生きていこうとするチヒロ。 チヒロが現れたことで変わっていく王子レオン、近衛騎士のエリサ。そしてシンを 始めとするまわりの人々。そのうち彼女の秘密も明らかになって?  ※年ごとに章の完結。  ※ 多視点で話が進みます。設定はかなり緩め。話はゆっくり。恋愛成分はかなり薄いです。   3/1 あまりに恋愛要素が薄いためカテゴリーを変更させていただきました。     ただ最終的には恋愛話のつもり……です。優柔不断で申し訳ありません。  ※ 2/28 R15指定を外しました。  ※ この小説は小説家になろうさんでも公開しています。

孤独な腐女子が異世界転生したので家族と幸せに暮らしたいです。

水都(みなと)
ファンタジー
★完結しました! 死んだら私も異世界転生できるかな。 転生してもやっぱり腐女子でいたい。 それからできれば今度は、家族に囲まれて暮らしてみたい…… 天涯孤独で腐女子の桜野結理(20)は、元勇者の父親に溺愛されるアリシア(6)に異世界転生! 最期の願いが叶ったのか、転生してもやっぱり腐女子。 父の同僚サディアス×父アルバートで勝手に妄想していたら、実は本当に2人は両想いで…!? ※BL要素ありますが、全年齢対象です。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

錬金術師の成り上がり!? 家族と絶縁したら、天才伯爵令息に溺愛されました

悠十
恋愛
旧題:『ハーレム主人公』とサヨナラしました  家族にとって『どうでも良い子』。それが、レナだった。  いつしか家族からの愛情を諦めたレナの心の支えは、幼馴染の男の子だった。しかし、彼の周りには女の子が侍るようになった。  そして彼は言った。 「みんな好きだよ」  特別が欲しいレナは、彼から離れることを選択した。  だけど、彼が何故か追って来て…… 「なんで俺から離れるんだ⁉」 「私にハーレムは無理!」  初恋くらい、奇麗に終わらせたいんだけどな⁉ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎関連作品 『野良錬金術師ネモの異世界転生放浪録(旧題:野良錬金術師は頭のネジを投げ捨てた!)』 『野良錬金術師ネモの異世界学園騒動録』 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎お知らせ 2022/01/13 いつも閲覧いただき、ありがとうございます。 今回、『ハーレム主人公とサヨナラしました』の書籍化のお話しを頂き、現在調整中です。 また、その調整の中で、改題を検討中です。 改題をする事になりましたら、旧題も載せておきますが、少し混乱をさせてしまうかもしれません。 ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。 2022/01/20 現在書籍化の話が進んでいるため、該当部分を1月27日を目途に引き下げることになりました。 ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。 2022/01/27 書籍化調整にあたり、改題をいたしました。 また、設定の一部変更がありましたことをお知らせいたします。 イヴァン(男爵令息→伯爵令息) 書籍化予定の該当部分の小説を引き下げをいたしました。 ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。 2022/02/28 書籍の販売が開始されました。 お手に取ってご覧いただけましたら幸いです。

【完結】婚約破棄&追放された悪役令嬢、辺境村でまったり錬金術生活(元勇者家政夫+その娘の女児付き)

シルク
ファンタジー
転生したら乙女ゲームの悪役令嬢でした。婚約破棄イベント前日に過去の記憶を取り戻した侯爵令嬢アンジュ・バーネット。シナリオ通りに、公衆の面前で王子から婚約破棄&王都追放を言い渡されたけれど、堅苦しい王妃候補生活&陰謀渦巻く学園生活とはこれでおさらば。 追放された辺境村の古びた屋敷で、のんびり自由な独り身ライフ……のはずが、成り行きで、パーティーを追放された元勇者「剣聖ユースティス」を家政夫に雇い、その娘・幼女ココも同居人に。 家事全般は元勇者の家政夫に任せて、三食昼寝付きスローライフ&まったり錬金術生活! こうなったら、思う存分自由気ままな人生を楽しみたいと思います。

処理中です...