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23 こういうのが一番いいんだよ
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大通りに出ると食堂もあるが、街中にいくつかある噴水のある広場には屋台も出ている。祭りの時はこういう場所にはたくさんの屋台が出るが、普段は売れ筋の商品を扱う定番の屋台が多い。
「おじさん、その豚の串焼き3本!」
「ちょっちょっ……早い、早いよヴァージル」
「あ、この串焼き3本は全部僕のだから。ミリーは何が食べたい?」
どうやら屋台に来た理由は、食堂で待つ少しの時間も惜しいかららしい。今日はお客さんからお菓子がもらえなかったのかしらとカモミールがあらぬ方向の心配をしている間に、ヴァージルはズボンのポケットから小銭を屋台の主人に渡し、代わりにそこそこの大きさがある串焼きを3本受け取っている。2本を左手に持って、右手に持っている1本目には即座にかぶりついていた。
「どうしよう、お腹空いてたはずなのに、見てるだけでお腹いっぱいになった気がするわ……」
「でもちゃんと食べないと。おばさーん、その薄焼きパン2枚ね」
人の話を聞いているのかいないのか、まだ片手に串焼きを持っている状態なのにヴァージルが隣の屋台で丸く薄く焼き上げたパンを買っている。パンといっても膨らませたものではなくて、屋台で売っているいろいろな食べ物を載せたり巻いたりして食べるためのものだ。穀物の粉を水溶きして少し厚めに広く焼いているだけなので、厳密にはパンでないが「薄焼きパン」と呼ばれている。
皿代わりでもあり、味に癖もないので肉を挟んでも良し、果物を挟んでも良しという屋台の定番だ。カモミールはこれにほろほろとしたフレッシュチーズと果物を載せて、蜂蜜を少し掛けてくるっと丸めて食べるのが屋台の締めと決まっている。
「はい、これはミリーの分」
「だから早いって! 私まだここの屋台に何があるのか見れてないんだけど!」
ヴァージルは薄いパンに残りの串焼きを挟み、串を引っ張って肉だけをパンの上に残す。振り回されっぱなしのカモミールは、女主人からパンを受け取って周囲を見回した。そして、ヴァージルは一番近い場所から始まって、片っ端から食べていこうとしているのではないかと推測ができた。なんとも恐ろしい。
様々なソーセージを皮がパリッとするまで焼いて売っている屋台、肉と一緒にパンに挟むのが合うピクルスなどを売っている屋台、果物を食べやすいように串に刺して置いてある屋台、大きなチーズが置いてあって、注文を受けたらそれを炙って溶けた部分をパンに掛けてくれる屋台――同じカールセンの中でも今まで住んでいた場所からは離れているので来たことのない広場だったが、屋台はよく見てみればカモミールにはお馴染みのものばかりだった。
「あそこのソーセージがいい。おばさん、豚の血の入ったソーセージちょうだい」
熱々のソーセージがカモミールの持つパンの上に載せられる。お金を払うのはヴァージルに任せて、そのまま隣の屋台でソーセージの横にマッシュポテトを乗せて貰った。
「お嬢ちゃん、グレイビーソースは?」
「いる!」
「元気がいいねえ。チーズは好きかい?」
「うん、大好き!」
「ははっ、じゃあおまけだよ」
「わー、ありがとう!」
こういうときだけ、見た目が若いのを利用するカモミールである。素直に喜べば、サービスをした屋台の方も気持ちがよくなるというものだ。
温めてあるマッシュポテトに削ったチーズが少し蕩け始め、そこに肉汁を使ったグレイビーソースをたっぷりと掛けてもらう。グレイビーソースがマッシュポテトにしみこんで、それを濃厚な味わいのソーセージと一緒に食べると満足感が凄い。
ソースが垂れないようにパンでしっかりと包んで、思いっきり口を開けてかぶりつく。ソーセージを噛みちぎるとパリッという音と共に肉汁があふれ出して、口の中をやけどしそうだった。
「んー、おいしーい。ヴァージルー、黒ビール買ってきてー」
「買ってあるよ。ミリー、こっち座ろう」
カモミールの支払いをしながら串焼きを挟んだパンを早々に食べきったヴァージルは、黒ビールのジョッキをふたつ持って彼女を呼んでいた。カモミールの好みはすっかり把握されていて、「この流れなら黒ビール」というのを当てられてしまったようだ。
ヴァージルに呼ばれて噴水の縁に腰掛けると、ビールのジョッキをそこに置いてヴァージルがふらりとその場を離れた。そして、大皿に魚とジャガイモのフライを乗せたものを片手に、ポケット状に開いたパンの中に挽肉と赤ピーマンと豆をスパイスと一緒に煮込んだものをたっぷり詰めて貰ってそれを食べながら戻ってくる。
「はい、ミリーの好きなフィッシュアンドチップス」
カモミールと自分の間に大皿を置き、ヴァージルは豆煮込みのパンを食べながらタラのフライを摘まみ始める。
「あー、いいねえー、こういうの」
一気にジョッキの半分ほど黒ビールを飲んで、カモミールは微妙に地面に付かない足をぶらぶらさせた。
「美味しいものがあってさー、わざわざ言わなくてもヴァージルは私の好物をわかってくれててさー、気を抜いてるとタラのフライは全部先に食べられてたりすることもあるけど、気を遣うこともなくて、なーんにも考えなくてよくて。はー、ビール美味しい。もう一杯」
「はいはい、おかわり買ってくるよ。……僕も、こうして何を食べようかなーってことだけ考えて、ミリーとご飯食べてる時が一番幸せだよ。うーん、次は何を食べようかな。ハーブソーセージに酢キャベツをガッツリ載せて貰おうかな」
「酢キャベツ、たまに無性に食べたくなるよね」
「今がそうだよ。ミリーの分も同じの買ってくる?」
「ううん、私は後はビールと、何か甘い物で終わりかな。ジャガイモ摘まんで待ってるわ」
言外に胃袋の大きさを一緒にするなーという気持ちを込めて、「行ってらっしゃい」と手をひらひら振る。
ヴァージルはカモミールに笑いかけて、楽しそうな足取りでパンの屋台に向かっていった。
「うん……こういうのが一番幸せ。ヴァージルと並んで美味しいもの食べて、何でもないこと話して。ヴァージルがたくさん食べるの呆れて見てるのが一番……」
ヴァージルの隣にいるのが一番幸せ。
そんな気持ちは微かに心の片隅をよぎっていったが、言葉にはならなかった。彼の隣にいるのは、気楽なのだ。お世話もしてもらえるし。――そう、言い訳めいた気持ちがぷかりと浮かんでくる。
「……ビール、早くこないかなぁー」
相変わらず足をぶらぶらとさせながら、カモミールは満天の星空を見上げた。楽しいはずなのに、何故か奇妙に寂しかった。
「おじさん、その豚の串焼き3本!」
「ちょっちょっ……早い、早いよヴァージル」
「あ、この串焼き3本は全部僕のだから。ミリーは何が食べたい?」
どうやら屋台に来た理由は、食堂で待つ少しの時間も惜しいかららしい。今日はお客さんからお菓子がもらえなかったのかしらとカモミールがあらぬ方向の心配をしている間に、ヴァージルはズボンのポケットから小銭を屋台の主人に渡し、代わりにそこそこの大きさがある串焼きを3本受け取っている。2本を左手に持って、右手に持っている1本目には即座にかぶりついていた。
「どうしよう、お腹空いてたはずなのに、見てるだけでお腹いっぱいになった気がするわ……」
「でもちゃんと食べないと。おばさーん、その薄焼きパン2枚ね」
人の話を聞いているのかいないのか、まだ片手に串焼きを持っている状態なのにヴァージルが隣の屋台で丸く薄く焼き上げたパンを買っている。パンといっても膨らませたものではなくて、屋台で売っているいろいろな食べ物を載せたり巻いたりして食べるためのものだ。穀物の粉を水溶きして少し厚めに広く焼いているだけなので、厳密にはパンでないが「薄焼きパン」と呼ばれている。
皿代わりでもあり、味に癖もないので肉を挟んでも良し、果物を挟んでも良しという屋台の定番だ。カモミールはこれにほろほろとしたフレッシュチーズと果物を載せて、蜂蜜を少し掛けてくるっと丸めて食べるのが屋台の締めと決まっている。
「はい、これはミリーの分」
「だから早いって! 私まだここの屋台に何があるのか見れてないんだけど!」
ヴァージルは薄いパンに残りの串焼きを挟み、串を引っ張って肉だけをパンの上に残す。振り回されっぱなしのカモミールは、女主人からパンを受け取って周囲を見回した。そして、ヴァージルは一番近い場所から始まって、片っ端から食べていこうとしているのではないかと推測ができた。なんとも恐ろしい。
様々なソーセージを皮がパリッとするまで焼いて売っている屋台、肉と一緒にパンに挟むのが合うピクルスなどを売っている屋台、果物を食べやすいように串に刺して置いてある屋台、大きなチーズが置いてあって、注文を受けたらそれを炙って溶けた部分をパンに掛けてくれる屋台――同じカールセンの中でも今まで住んでいた場所からは離れているので来たことのない広場だったが、屋台はよく見てみればカモミールにはお馴染みのものばかりだった。
「あそこのソーセージがいい。おばさん、豚の血の入ったソーセージちょうだい」
熱々のソーセージがカモミールの持つパンの上に載せられる。お金を払うのはヴァージルに任せて、そのまま隣の屋台でソーセージの横にマッシュポテトを乗せて貰った。
「お嬢ちゃん、グレイビーソースは?」
「いる!」
「元気がいいねえ。チーズは好きかい?」
「うん、大好き!」
「ははっ、じゃあおまけだよ」
「わー、ありがとう!」
こういうときだけ、見た目が若いのを利用するカモミールである。素直に喜べば、サービスをした屋台の方も気持ちがよくなるというものだ。
温めてあるマッシュポテトに削ったチーズが少し蕩け始め、そこに肉汁を使ったグレイビーソースをたっぷりと掛けてもらう。グレイビーソースがマッシュポテトにしみこんで、それを濃厚な味わいのソーセージと一緒に食べると満足感が凄い。
ソースが垂れないようにパンでしっかりと包んで、思いっきり口を開けてかぶりつく。ソーセージを噛みちぎるとパリッという音と共に肉汁があふれ出して、口の中をやけどしそうだった。
「んー、おいしーい。ヴァージルー、黒ビール買ってきてー」
「買ってあるよ。ミリー、こっち座ろう」
カモミールの支払いをしながら串焼きを挟んだパンを早々に食べきったヴァージルは、黒ビールのジョッキをふたつ持って彼女を呼んでいた。カモミールの好みはすっかり把握されていて、「この流れなら黒ビール」というのを当てられてしまったようだ。
ヴァージルに呼ばれて噴水の縁に腰掛けると、ビールのジョッキをそこに置いてヴァージルがふらりとその場を離れた。そして、大皿に魚とジャガイモのフライを乗せたものを片手に、ポケット状に開いたパンの中に挽肉と赤ピーマンと豆をスパイスと一緒に煮込んだものをたっぷり詰めて貰ってそれを食べながら戻ってくる。
「はい、ミリーの好きなフィッシュアンドチップス」
カモミールと自分の間に大皿を置き、ヴァージルは豆煮込みのパンを食べながらタラのフライを摘まみ始める。
「あー、いいねえー、こういうの」
一気にジョッキの半分ほど黒ビールを飲んで、カモミールは微妙に地面に付かない足をぶらぶらさせた。
「美味しいものがあってさー、わざわざ言わなくてもヴァージルは私の好物をわかってくれててさー、気を抜いてるとタラのフライは全部先に食べられてたりすることもあるけど、気を遣うこともなくて、なーんにも考えなくてよくて。はー、ビール美味しい。もう一杯」
「はいはい、おかわり買ってくるよ。……僕も、こうして何を食べようかなーってことだけ考えて、ミリーとご飯食べてる時が一番幸せだよ。うーん、次は何を食べようかな。ハーブソーセージに酢キャベツをガッツリ載せて貰おうかな」
「酢キャベツ、たまに無性に食べたくなるよね」
「今がそうだよ。ミリーの分も同じの買ってくる?」
「ううん、私は後はビールと、何か甘い物で終わりかな。ジャガイモ摘まんで待ってるわ」
言外に胃袋の大きさを一緒にするなーという気持ちを込めて、「行ってらっしゃい」と手をひらひら振る。
ヴァージルはカモミールに笑いかけて、楽しそうな足取りでパンの屋台に向かっていった。
「うん……こういうのが一番幸せ。ヴァージルと並んで美味しいもの食べて、何でもないこと話して。ヴァージルがたくさん食べるの呆れて見てるのが一番……」
ヴァージルの隣にいるのが一番幸せ。
そんな気持ちは微かに心の片隅をよぎっていったが、言葉にはならなかった。彼の隣にいるのは、気楽なのだ。お世話もしてもらえるし。――そう、言い訳めいた気持ちがぷかりと浮かんでくる。
「……ビール、早くこないかなぁー」
相変わらず足をぶらぶらとさせながら、カモミールは満天の星空を見上げた。楽しいはずなのに、何故か奇妙に寂しかった。
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