上 下
23 / 154

23 こういうのが一番いいんだよ

しおりを挟む
 大通りに出ると食堂もあるが、街中にいくつかある噴水のある広場には屋台も出ている。祭りの時はこういう場所にはたくさんの屋台が出るが、普段は売れ筋の商品を扱う定番の屋台が多い。

「おじさん、その豚の串焼き3本!」
「ちょっちょっ……早い、早いよヴァージル」
「あ、この串焼き3本は全部僕のだから。ミリーは何が食べたい?」

 どうやら屋台に来た理由は、食堂で待つ少しの時間も惜しいかららしい。今日はお客さんからお菓子がもらえなかったのかしらとカモミールがあらぬ方向の心配をしている間に、ヴァージルはズボンのポケットから小銭を屋台の主人に渡し、代わりにそこそこの大きさがある串焼きを3本受け取っている。2本を左手に持って、右手に持っている1本目には即座にかぶりついていた。

「どうしよう、お腹空いてたはずなのに、見てるだけでお腹いっぱいになった気がするわ……」
「でもちゃんと食べないと。おばさーん、その薄焼きパン2枚ね」

 人の話を聞いているのかいないのか、まだ片手に串焼きを持っている状態なのにヴァージルが隣の屋台で丸く薄く焼き上げたパンを買っている。パンといっても膨らませたものではなくて、屋台で売っているいろいろな食べ物を載せたり巻いたりして食べるためのものだ。穀物の粉を水溶きして少し厚めに広く焼いているだけなので、厳密にはパンでないが「薄焼きパン」と呼ばれている。
 皿代わりでもあり、味に癖もないので肉を挟んでも良し、果物を挟んでも良しという屋台の定番だ。カモミールはこれにほろほろとしたフレッシュチーズと果物を載せて、蜂蜜を少し掛けてくるっと丸めて食べるのが屋台の締めと決まっている。

「はい、これはミリーの分」
「だから早いって! 私まだここの屋台に何があるのか見れてないんだけど!」

 ヴァージルは薄いパンに残りの串焼きを挟み、串を引っ張って肉だけをパンの上に残す。振り回されっぱなしのカモミールは、女主人からパンを受け取って周囲を見回した。そして、ヴァージルは一番近い場所から始まって、片っ端から食べていこうとしているのではないかと推測ができた。なんとも恐ろしい。

 様々なソーセージを皮がパリッとするまで焼いて売っている屋台、肉と一緒にパンに挟むのが合うピクルスなどを売っている屋台、果物を食べやすいように串に刺して置いてある屋台、大きなチーズが置いてあって、注文を受けたらそれを炙って溶けた部分をパンに掛けてくれる屋台――同じカールセンの中でも今まで住んでいた場所からは離れているので来たことのない広場だったが、屋台はよく見てみればカモミールにはお馴染みのものばかりだった。

「あそこのソーセージがいい。おばさん、豚の血の入ったソーセージちょうだい」

 熱々のソーセージがカモミールの持つパンの上に載せられる。お金を払うのはヴァージルに任せて、そのまま隣の屋台でソーセージの横にマッシュポテトを乗せて貰った。

「お嬢ちゃん、グレイビーソースは?」
「いる!」
「元気がいいねえ。チーズは好きかい?」
「うん、大好き!」
「ははっ、じゃあおまけだよ」
「わー、ありがとう!」

 こういうときだけ、見た目が若いのを利用するカモミールである。素直に喜べば、サービスをした屋台の方も気持ちがよくなるというものだ。
 温めてあるマッシュポテトに削ったチーズが少し蕩け始め、そこに肉汁を使ったグレイビーソースをたっぷりと掛けてもらう。グレイビーソースがマッシュポテトにしみこんで、それを濃厚な味わいのソーセージと一緒に食べると満足感が凄い。

 ソースが垂れないようにパンでしっかりと包んで、思いっきり口を開けてかぶりつく。ソーセージを噛みちぎるとパリッという音と共に肉汁があふれ出して、口の中をやけどしそうだった。

「んー、おいしーい。ヴァージルー、黒ビール買ってきてー」
「買ってあるよ。ミリー、こっち座ろう」

 カモミールの支払いをしながら串焼きを挟んだパンを早々に食べきったヴァージルは、黒ビールのジョッキをふたつ持って彼女を呼んでいた。カモミールの好みはすっかり把握されていて、「この流れなら黒ビール」というのを当てられてしまったようだ。
 ヴァージルに呼ばれて噴水の縁に腰掛けると、ビールのジョッキをそこに置いてヴァージルがふらりとその場を離れた。そして、大皿に魚とジャガイモのフライを乗せたものを片手に、ポケット状に開いたパンの中に挽肉と赤ピーマンと豆をスパイスと一緒に煮込んだものをたっぷり詰めて貰ってそれを食べながら戻ってくる。

「はい、ミリーの好きなフィッシュアンドチップス」

 カモミールと自分の間に大皿を置き、ヴァージルは豆煮込みのパンを食べながらタラのフライを摘まみ始める。

「あー、いいねえー、こういうの」

 一気にジョッキの半分ほど黒ビールを飲んで、カモミールは微妙に地面に付かない足をぶらぶらさせた。

「美味しいものがあってさー、わざわざ言わなくてもヴァージルは私の好物をわかってくれててさー、気を抜いてるとタラのフライは全部先に食べられてたりすることもあるけど、気を遣うこともなくて、なーんにも考えなくてよくて。はー、ビール美味しい。もう一杯」
「はいはい、おかわり買ってくるよ。……僕も、こうして何を食べようかなーってことだけ考えて、ミリーとご飯食べてる時が一番幸せだよ。うーん、次は何を食べようかな。ハーブソーセージに酢キャベツをガッツリ載せて貰おうかな」
「酢キャベツ、たまに無性に食べたくなるよね」
「今がそうだよ。ミリーの分も同じの買ってくる?」
「ううん、私は後はビールと、何か甘い物で終わりかな。ジャガイモ摘まんで待ってるわ」

 言外に胃袋の大きさを一緒にするなーという気持ちを込めて、「行ってらっしゃい」と手をひらひら振る。
 ヴァージルはカモミールに笑いかけて、楽しそうな足取りでパンの屋台に向かっていった。

「うん……こういうのが一番幸せ。ヴァージルと並んで美味しいもの食べて、何でもないこと話して。ヴァージルがたくさん食べるの呆れて見てるのが一番……」

 ヴァージルの隣にいるのが一番幸せ。

 そんな気持ちは微かに心の片隅をよぎっていったが、言葉にはならなかった。彼の隣にいるのは、気楽なのだ。お世話もしてもらえるし。――そう、言い訳めいた気持ちがぷかりと浮かんでくる。

「……ビール、早くこないかなぁー」

 相変わらず足をぶらぶらとさせながら、カモミールは満天の星空を見上げた。楽しいはずなのに、何故か奇妙に寂しかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。 一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。 それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。 ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。 ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。 もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは…… これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

王妃さまは断罪劇に異議を唱える

土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。 そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。 彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。 王族の結婚とは。 王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。 王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。 ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。

玲眠の真珠姫

紺坂紫乃
ファンタジー
空に神龍族、地上に龍人族、海に龍神族が暮らす『龍』の世界――三龍大戦から約五百年、大戦で最前線に立った海底竜宮の龍王姫・セツカは魂を真珠に封じて眠りについていた。彼女を目覚めさせる為、義弟にして恋人であった若き隻眼の将軍ロン・ツーエンは、セツカの伯父であり、義父でもある龍王の命によって空と地上へと旅立つ――この純愛の先に待ち受けるものとは? ロンの悲願は成就なるか。中華風幻獣冒険大河ファンタジー、開幕!!

処理中です...