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第八章 喜色の祝鐘

101:誓い2

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 夜間学校を卒業したら、叔母たちの家を出て一人暮らしをするつもりだった私に、紅君が「一緒に暮らそう」と言ってくれたのは、卒業を三ヵ月後に控えたクリスマスの頃だった。
 
(えっ……紅君と一緒に?)

 考えただけで緊張したのに、彼が次に告げたのは、もっと驚くようなことだった。
 
「結婚しよう、ちい。俺たち、本物の家族になろうよ……」
「えっ?」
 
 どんな思いがけない言葉を聞かされた時よりも、本当に驚いた。
 驚きすぎてとっさに返事ができず、おかげで紅君は何通りも言葉を重ねることになる。
 
「いや……結婚してください……かな? ずっと一緒にいようよ……とか?」
「…………」
 
 黙りこむ私の顔を見ながら、それでも決して笑顔は崩さず、紅君はいく通りもの言葉で、私に自分の気持ちを伝えてくれようとする。
 
「俺のお嫁さんになってください! ……それとも……俺はちいのお婿さんになりたいです! のほうがいい?」
 
 どこまでも楽しそうな笑顔のまま、紅君が問いかけるから、私も自然と笑顔になる。
 なぜだか溢れた涙は、なかなか止まりそうになくて、泣き笑いの顔になる。
 
「俺は絶対ちいを幸せにする。そして、ちいが傍にいてくれれば、絶対に自分も幸せになる自信がある。だから結婚しよう……いい?」
 
 結局、私が何も言葉を返さなくても、ただ頷くだけで気持ちを表現できるようにしてくれた。
 
 そんな紅君の優しさに、自然な心配りに、小さな頃から憧れて、憧れて――。
 いつかあんな人になれたらと、願ってやまなかった人が――大好きな人が――私に向かって手をさし伸べてくれる。
 他の誰でもなくこの私を、真っ直ぐに望んでくれる。
 
 嬉しかった。
 現実だとはわかっていても、まさか夢ではないのかと、何度も何度も確認したいほど、嬉しかった。
 
「紅君……」

 ようやく開いた口で、かすれ声のまま名前を呼んだら、いっそう笑われた。
 これまでで一番と言ってもいいぐらいの、本当にとびきりの笑顔を向けられる。
 
「紅君が、私の家族になってくれるの?」
「うん」
「…………ありがとう……」
 
 そのあとはもう、涙でむせてしまって、何も言えない。
 ようやく言えた言葉が、迷いもなく彼が頷いてくれたことが、自分にとってどれほど大切だったのかと、私自身にも初めてわかった。

 十二の春に私が失くしたものは、どれほど望んでも、もう二度と手に入らない。
 
 ――たった一人の家族だった母。
 
 だからこそ、どこかで気持ちを入れ替え、諦めをつけ、背中を向け続けてきた事実。
 
 ――私には今、家族と呼べる人はいない。
 
 叔父と叔母は、成人するまでの後見人になってくれているし、一緒に生活してもいるが、厳密に言えば私の『家族』ではない。
 私は苗字も『長岡』のままだ。
 
 母が亡くなったあの時から、この世にひとりぼっちになってしまった私にとって、紅君が新しい家族になってくれるのは、とても重要で、この上なく嬉しいことだった。
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